表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第11章 Express Yourself
180/184

10 最後の魔法

【前回までのあらすじ】データから現実に戻ってきたオレ達を襲ったのは、黒い触手――ノゾミの黄金竜ヴァリィの力だった。

黄金竜ヴァリィは消滅したんじゃないの!?」


 悲鳴のようなナチルの声を聞いて、飛び掛かったサラが危ういところでナチルごと触手を避けた。

 オレは目の前に迫った黒い触手に、右手をかざす。


「――『炎よ』!」


 燃え尽きる触手の向こうから、別の触手が伸びてくる。きりがない。


「カイ」


 シャツの裾を引っ張られて振り返った。

 長い銀髪を触手の動きに靡かせながら、先の姫巫女(ミコト)がオレのシャツを握っている。

 さっきまで実体と区別がつかないくらいはっきりしていたその姿が、今やあちこち掠れていた。


「え、何だその姿、どうした!?」

「ノゾミによる神殿ニンゲンのハイパーコンピュータの侵食が進んでいます。獣人達の神の欠片(ハイコンのなれのはて)を使って、完全に再構成されたサクヤたちとは違い、私やあの――ユズリハは今もハイコンからエネルギを得ていますから……ハイコンが完全に乗っ取られれば――」


 ミコトの白い指先が、そっとユズリハを指す。


「――ああ、なります」


 心臓を貫いた『剣』はそのままで、その瞳も焦点を結んでいない。

 ノゾミはユズリハの精神こころが戻ってくることを許さず、ただその肉体からだから触手を現実に表出させている。ただの触媒みたいなものなのだろう。


「あんたも、あんな風に操られるって?」

「ええ。神の欠片は3人を再構成させる為に、ほぼ力を使い果たしました。もうすぐ完全に動作を停止し、守り手への力の供給もなくなってしまうでしょう。出来ればそうなる前に、神殿ニンゲン側のハイコンも破壊してください」

「破壊!? そんなんしたら、あんただって……」


 ヒデトだって、とは口には出さなかった。

 寂しげに微笑んだミコトが、良いのです、と答える。


「良いのです。私もヒデトも、長く生き過ぎたわ。ヒデトや私の記録データには色々とこの世界の人間達には知らせたくないこともありますし……共に消えるのが良いのでしょう。それに、そんなことよりも、ハイコンが停止した時の影響は――ほか、に――?」


 突然、ノイズが走るようにミコトの身体を揺らす掠れが大きくなる。


「あ……おい!?」


 声をかけたけど、苦しげに顔をしかめた先の姫巫女は、その言葉を最後に、光る粒子になって宙へ消えていった。

 無言のまま、サクヤが追いかけるように手を伸ばして、何も言えずにそっとその手を閉じた。

 そんなサクヤの背中を守っているナチルが、したーん、と足を踏み鳴らす。


「もー! ハイコンをどうするって!? 火焔珠フレアジェム!」


 ナチルの目の前に迫ってきた触手が、炎の魔法で焼き散らされた。


「……破壊ね」


 サラのナイフが、オレの背中に近寄ってきていた触手を切り落とす。ぼそり、と呟いた言葉を聞いて、女王が楽しそうに黒い直方体へ飛び掛かっていった。


「これを壊せば良いのだな!?」


 哄笑を上げながら蹴りをかまして――かましてから、直方体に傷も付けられずに弾かれ、そこで初めてその蹴りがさしたる力を持ってないことに本人も気付いたらしい。


「……あれ?」

「――女王様、どいてください!」


 女王の後ろから駆け寄った新女王サクラが、同じ場所に蹴りを入れると、音を立てて凹んだ直方体は簡単に大穴をあけた。


「……あ、私、もう女王じゃないからか」


 しょんぼりと尻尾を垂らす女王の肩を、歩み寄ったトラが黙って叩く。


「大丈夫です。僕ももう長老じゃないんで、サラに邪魔者扱いされて――」

「――してないから、触手片付けるのを手伝え!」


 迫りくる触手を切り飛ばし続けているサラが、怒声を上げている。

 もともと長老の特別な力なんて『剣』だけで、その『剣』は今ユズリハの胸に埋まってるので、結局、新長老サラは別に普段と変わらない戦い方しか出来てない。いっぱいいっぱいの状態で見物されれば、そりゃイラっとするだろう。

 だけど、トラにしてみれば、妹からの言葉は何でも嬉しかったみたい。呼ばれた途端、嬉々としてオレの腰から勝手に剣を引き抜くと、サラの方へと走って行った。


「ふむぅ……こっちは君らに任せたぞ!」


 荒事の好きな女王も、自慢のツメを振りかぶりながら、トラの背中を追いかけていく。

 任されたオレは、そっとナチルへと近付いた。


「おーい……」

「えぇ!? ちょっと……ねぇ、これ全部壊すの!? 端っこ見えないんだけど!」


 悲鳴じみたナチルの声が返ってくる。

 黙々と直方体を蹴り壊していく新女王サクラも、3つ目くらいからはうんざりした顔をしてる。

 オレの後を追ってきたサクヤが、不思議そうな顔でナチルに尋ねた。


月焔龍咆哮ルナティックロアを使えば良いだろう? まだかろうじて泉の魔力が残っている間に……」


 確かに、あれなら貫通力もあるし、何発かかませば結構簡単に全壊させられそうな気がする。

 オレとサクヤの期待の視線を受けて、ナチルは泣きそうな顔をした。


「やだ。あたし、あれ制御出来ない……。さっきやってみたけど、すごく怖いの……」


 どうやらあの魔法、ナチル的には難易度の高い魔法らしい。

 サクヤさんが大好きでぽんぽん使ってたから、あんまり難しそうに見えなかったんだけど……威力ある分、難しいのかな。


 サクヤがナチルの後ろに膝を突いて、後ろから肩に手を置いた。

 どこなく嬉しそうな顔で、黒い直方体の群れを眺めながら呟く。


「あれは溢れそうに巨大な魔力を制御しようとしない方が、うまくいくんだ。もう俺には泉からの魔力供給はないが、操作の仕方は身体が覚えてる。一緒にやろう。さあ、魔力を集めて――」


 嬉しそうなのは……こういう時間を、きっとサクヤがどこかで待ってたから。

 イワナから教えてもらった魔法を、ナチルに教えてあげる――そんな瞬間を。

 サクヤに身体を預けるように目を閉じたナチルが、呪文を唱え始めた。


「――我が名は悠き夜の羽

 浮遊する器に注ぐ、紅の永遠に沈む

 黄金の鎖かけ、古の盟約に従う者――」


 こちらへ向かおうとするほとんどの触手を、女王やサラ達がねじ伏せてくれている。それでも撃ち漏らしたものは、2人の背中を守るオレが、炎で焼き消す。

 今まであったハイコンを破壊したとき、何が起こるかは分からないけど……諦めるヤツは誰もいないみたいだ。

 言葉を交わさぬ中にも「全員で戻る」って言葉だけが、浮かんでくる。多分、みんなそうなんだろう。

 背後では、幼いナチルの声を追うように、サクヤの低音が混じり始めていた。


「泉の声を聞かぬ者、剣の鞘を持たぬ者

 大樹の果実を落とす者、炎の腕に焼かれる者

 其は大地に順わぬ者――」


 いつにない圧迫感を感じて、ちらりと振り向いた。

 真っ白い光の渦が突き出したナチルの両手の前に生まれ始めている。

 轟々と物凄い音を立てるその大きさが――既にナチルの――いや、もしここにいたらエイジの身長も超えてるんじゃないか、アレ!?


「――新女王サクラ! あんたも危ないからこっち来い!」


 オレは慌てて、1個1個着実に直方体を壊してた新女王サクラに呼びかける。

 声に答えてこちらをちらりと見た白狼グラプルの娘が、目を剥いてばたばたとこちらへ駆けてきた。

 そんなオレ達を他所に、2人は黙々と魔力を練り上げ続けている。


「一の雫、二の糧、五の影に委ねよ

 汝、深淵を翔ける者よ――」


 サクヤの声がオクターブ高くなり、その髪が白銀に染まった。

 いつもならバチバチと火花が飛ぶところだが、さすが、正統な姫巫女たるナチルの行使する魔法には、そんな無駄な魔力の余波はないらしい。それとも2人がかりで制御してるからだろうか。

 白い光の渦は、師匠の屋敷|(2階建て)の高さを超えた辺りから拡大のスピードが増して、あっという間に青葉の国の王宮|(4階建て)のてっぺんを超えるような大きさになってる。ひたすらに拡大していく光の渦を――どちらかと言うと、ノゾミの触手よりも恐怖しながら、黙って見つめた。


「水音に従い、今宵、隷従の命に踊れ

 その妙なる罪音を聞け――月焔龍咆哮ルナティックロア!」


 ナチルとサクヤの重なる声と共に、白い光の渦が手綱を解かれて、真っ直ぐに進んでいく。

 この地下室の両端の壁をごりごり擦って、ナチルより前方にある黒い直方体の全てを、見える限りどころか、見えない範囲まで飲み込み消し飛ばしながら――


 さすがに少しぐったりした様子で、ナチルが後ろを振り向いた。


「サクヤ――ありがとう」


 瞳を開けたサクヤが、ナチルとそっくりな紅を輝かせて、微笑んで頷き返した。

 血が繋がってないはずなのに、どこか似てるようにも見えるのは、やっぱイワナの薫陶によるものなのかも知れない。

 片やクーデレ、片やツンデレだけど……2人とも本当は、大胆で派手好きで――力押し。


「あ、大樹が――!」


 新女王サクラが声を上げながら、オレの背後を指差す。

 見れば、洞窟から移転してきていた神の欠片――大樹と泉が、どちらも砂糖菓子を砕くように、ほろほろと崩れていくところだった。

 埃よりも小さく風に溶けながら、消えていく。

 ナチルが両手を覗き込んで、「ああ、魔力の供給が……」と囁いた。

 オレの身体の中でも、黄金竜ヴァリィの力を失ったと同じ喪失感――赤鳥グロウスの炎が消えていくのを確かに感じる。


 ユズリハの胸に刺さっていたままの『剣』も崩壊を始めた。

 だけど――たった今破壊したハイコンから再生の力を得ていたユズリハの身体には、邪魔するモノがなくなったところで、もう一度復活する力はないようだった。

 完全に死体に戻っていくユズリハの身体から伸びた触手も、『剣』と一緒にぼろぼろともろく崩れている。


「――サ、ク、ヤ――」


 ユズリハの唇で名前を呼ばれて――でも、多分呼んだのはユズリハじゃない。

 サクヤは、ナチルの身体を離して、そちらへと歩いていった。

 足音も立てない静かな動きで、ユズリハの身体――ノゾミへと近付いていく。


「ノゾミ」

「サ、ク――」


 焦点を結ばない瞳が、それでもサクヤの顔を必死に見つめている。

 その視線を受けて、紅の瞳が伏せられた。

 何を言おうかと迷った様子の後に、開かれた瞳は苦しげで。


「……おやすみ」


 甘い声が囁いた瞬間に、どさり、とユズリハの身体が地面に落ちた。

 サクヤの後ろから近付いたオレが探って――それがもう、本当にただの死体になってることを確認した。

 同情も慰めもおかしい気がして、結局は振り返って分かりきった言葉をかける。


「終わったな」


 サクヤの紅い瞳が、オレを真っ直ぐに見上げた。

 白銀の髪がきらきら輝いて――ふと、違和感を感じる。


「あれ、あんた……その髪……」

「え?」


 どうやら本人は気付いてなかったらしいけど、今のサクヤさん、金髪でも青い瞳でもない。いつも魔法を使ってる時の青兎リドルの姿になってる。なってると言うか、なったままだ、さっきから。

 自分の髪を手櫛で目の前に寄せて、初めて気付いたらしいサクヤは紅い瞳を丸くした。


「あれ? ……いつからこの姿になっていた?」

「魔法使ってたときから」

「全然気付かなかった。ぴりぴりする感じがなかったから……」


 そう言えばいつだったか言ってたな。

 女になってる時は肌がぴりぴりする感覚があって、何かだるいって。オレは勝手に魔力を帯びてるとそんな感触なのかなって思ってたんだけど。


「泉が消えたのと、関係してるんだろうか……?」


 不安そうに見上げてくるその身体を――見てる内に、ふと気付いた。


「あんた、声も――」


 オクターブ高いままだ。

 え!? 何これ、つまりこれって――


「――んぅ!? お前、いきなり何を――」


 目の前の身体を抱き寄せれば、やらかいクッションが挟まってる感覚。

 これは――この2つの丸いやらかい――いやいやいや、ちゃ、ちゃんと確認しないと、早合点は良くない。

 落ち着き払ったつもりで、両手をソレ(・・)に当てて、ふにゅ、と揉む。


「っ――!?」


 サクヤがオレから身体を離そうとして、一歩後退した。

 信じられなかったので、追いかけてもっかい揉む。


「っや――!」


 また逃げられて、追いかける。

 揉む。


「っこの――!」


 がっ、と底の硬いブーツで足払いをかけられたけど、予測してたオレは華麗にかわした。もうあんたの攻撃なんて食らうもんか。

 そんでもっかい――


「――変態っ!」

「セクハラ」


 揉む前に、すぱーん! と良い音が2つ、オレの背中で鳴った。

 はっと正気に戻って見回すと、どうやら両側からナチルとサラに平手で叩かれたみたい。

 気付けばサクヤは自分の胸を両手で覆うようにして、エビみたいにずざざざざと後ずさってる。

 オレはその真っ赤になってるエビを指して、2人に自分の発見したことを教えようとした。


「ちょ、2人ともあれ見ろよ! サクヤが――」

「――気持ちは分かるが、生命が大事なら、ちょっと上を見てみろ」


 いつの間にか近付いてきていた女王が、オレの言葉を遮って、天上を指している。

 天上? と思って丁度見上げたところに、かつーん、と真上から石が落ちてきた。


「……石が?」

「どうやら、さっきの魔法、ちょっと強大過ぎたらしいな。……崩れるんじゃないか、これ?」

「……崩れ――はぁ!?」


 ナチルがしたーん、と足を鳴らす。


「もう、この変態! 変態行為してる場合じゃないのよ!」

「変態行為って……いや、待って! え、ど、どうすれば……ここ中央神殿の地下だったよな!?」


 慌てるオレに、ナチルは両手を腰に当てる例のポーズで、落ち着き払って答えた。


「さっきまではどうもハイコンが妨害してたみたいだったけど……今なら多分、転移魔法が使えると思うわ! この青兎リドルきっての天才魔法使いナチルさまなら!」


 胸を逸らして威張るナチルに、サラがこくん、と頷いてみせる。


「早く」

「――問題は、さっきの月焔龍咆哮ルナティックロアで、残り魔力が割とギリギリになってて……泉からの供給ももうないし、どこまで跳べるか分かんないし、多分絶対青葉の国までは跳べないってことなんだけど……まあ、良いわよね」


 笑顔のままナチルが応えるけど、微妙に笑顔が引き攣ってる。


「どこまで跳べるか分かんないって……具体的には……」

「この中央神殿の敷地内のどっかとか……最悪、地上まで届かないで、地面に埋まることに――?」

「――死ぬだろ、バカ!」

「何よ、じゃあ何か良い考えがあったら言ってみなさいよ、変態!」


 いつの間にかナチルの側に戻ってきていたサクヤが、こくん、と小首を傾げた。


「……ないな。ナチル、頼む」

「ちょ――あんた何でそういう嫌な決断ばっか早いの!?」

「だって、迷ってる暇はもうないから」


 す、と上を指す細い指を追いかけて顔を上げると、何かすごいでかい、具体的に言うとオレ3人分くらいの大きさの岩が、真っ直ぐに落ちてきている。

 慌てて少し移動したオレ達がさっきまでいた場所に、落ちてきた岩は地響きを立てながら激突した。


「――んな!?」

「あれはまだ序の口だぞ。ほら、今の間に魔法陣も描いておいた」


 黙ってた間、別に赤くなってただけじゃなくて、黙々と魔法陣を描いてたらしい。

 床に描き込まれたいつもより大きめのそれは――何回見ても、アサギがよく使うアレの100分の1くらいしか画数がないようにしか見えなかった。

 ああ、あれだ。恥ずかしさのあまり勢い任せに描いたんだ。きっとそうだ。そうじゃなくても、この人こういうことに関しては大雑把なのに!


「あの、描いてもらって悪いんだけど……何かこれ、いつにも増して雑じゃね?」

「文句言うなら、自分がやるか?」


 眉を上げたサクヤの背後に、別の岩が落ち、砕け散る。


「ああ、もう! 新しいの描いてる暇なんてないでしょ! 行くわよ、魔法陣から出ないで! ――そは天空をすべる夜のじょおうっ!」


 両手を掲げたナチルが、ヤケクソみたいに雑な感じで呪文を唱え始めた。


 ほーら見ろ。こいつら、本当にそっくりじゃないか。

 それもこれも全部――イワナ義姉ねーちゃん、ここで死んだら、あんたのことマジで恨むからな――!

2016/08/02 初回投稿

2017/03/22 誤字訂正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ