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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第11章 Express Yourself
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8 絶対なんて

【前回までのあらすじ】ハイパーコンピュータの記録ログを垣間見ながら、ようやく見付けたサクヤは、オレが世界で一番理解できないヤツ――ノゾミの腕の中で眠っていた。

「……サクヤ」


 呼びかけて、伸ばした手を何故かノゾミに振り払われて、イラっとした。

 見上げてくる姿は、周りから言わせれば見間違えるほどオレとそっくりらしいけど……オレにはそんな自覚はない。

 向こうもきっと同じだろう。

 苦々しい表情で、膝の上のサクヤを改めて抱き寄せている。喋るのも嫌そうに、口を開いた。


「うわー、やっぱあんたのことこうして見てるとキモいわ。全然オレとは似てないと思うんだけどな」

「ああ、同感だね。あんたとオレ、全く違ってる。何でサクヤが間違えたのかも分かんないよ」


 言い返しておいて、もう一度手を伸ばす。

 ノゾミが再度振り払おうとした時、その手を止めるように細い指先が伸びてきた。


「サクヤ!」


 ゆっくりとノゾミの膝から身体を起こすサクヤを見て、嬉しそうにノゾミが名前を呼ぶ。

 瞼の下からあらわれた青い瞳はいつもと同じ輝きで……少し安心した。

 良かった。これが本物だ。


「カイ……? 何でこんなところへ……」


 聞き慣れた低い声。

 身体を起こす途中で後ろから抱き寄せられて、少し困惑したように、背中から腕を回してるノゾミを振り向いた。

 邪気のない(ように見える)笑顔に、諦めたように頷き返してから、ノゾミの膝の上に座り直してる。


「……あんたね」

「ん?」


 イラついてるオレの声を聞いて、不思議そうな顔で見上げてきた。

 あんた、本当に相変わらずだ。ノゾミちゃんは、あんたがそんな信頼して良い相手じゃないってのに。

 寝てる時だってムカついたけど、サクヤが自分の意思でそこに座ってると思うと、ますます腹が立つ。

 乱暴に腕を掴んで引っ張ろうとして、腰を締め付けるように抱いているノゾミと引っ張り合いになった。痛みで、サクヤが顔をしかめる。


「あ、悪い……」


 苛立ち紛れに強く握った自覚はあったので、慌てて手を離した。

 サクヤはそっと頷き返してくれたけど、ノゾミの腕を振りほどいてこちらに来ようとはしない。

 この人を探しにここまで来ただけに、こっちは顔見れてすごく嬉しい。なのに向こうはそこまでじゃないのかと思うと、少しだけ切なくなった。


「サクヤ。オレ、迎えに来たんだ、一緒にかえろう。あんたのデータここに完璧に保管されてるから、神の欠片を使って肉体復元すれば、またオレと一緒に……」


 ノゾミの腕の中から、オレを見上げたサクヤが。

 黙ったまま小さく首を振った。


「サクヤ……?」


 ハイコンの妨害があるかも、なんて話は聞いてたけど、まさか本人に拒絶されるとは思わなかったので、びっくりした。


「うるせぇなぁ、見りゃ分かるでしょ、あんたお邪魔虫なの。何でわざわざ来たんだよ、サクヤにはオレがいるから心配ないのに」


 サクヤの背後から投げかけられる嘲るような声は、本当、憎たらしくて蹴り飛ばしたくなる。

 何よりムカついてるのは――サクヤが、そんなノゾミの言葉を否定しないことだ。


「ノゾミちゃんは関係ねーだろ! 大体あんた何でここにいるんだよ! 守り手でも何でもねーだろが!」

黄金竜ヴァリィってのは色々特殊でさぁ。人の心の中を覗くときハイコン通してるんだよな。そのおかげでハイコンまでのルートしっかり覚えてたから、消滅の瞬間にこうして逃げてこれたってワケ」


 オレに言わせれば、不必要に小器用って感じ。

 オレなんかハイコンが間に入ってたことすら、さっき初めて気付いたのに。あらゆる点で、こいつはオレの上を行く。

 困った顔をしたままのサクヤが、そっと囁いた。


「……喧嘩するの止めろ」

「ごめんごめん、喧嘩なんかじゃないよ、説明してただけだから」


 ころっと手のひらを返すのは、やっぱ小器用なノゾミちゃん。

 オレはイライラをうまく発散出来なくて、黙ったまま横を向くだけだ。

 そんなオレから、サクヤも眼を逸らした。


「カイ。俺は――」


 顔を伏せたサクヤの白い首筋が見える。

 そこに、調子に乗った顔つきのノゾミがそっと唇を当てたので、ますますムカついて――あぁ、もう!


「ちょ、とにかくあんたら離れろ! 人前でいちゃいちゃすんじゃねぇ!」

「いちゃいちゃ? そんな……ノゾミは弟みたいなものだ。お前、俺とナチルが抱き合ってても何も言わない癖に――」

「そうそう。サクヤとオレの付き合いはあんたに会う前からずっとだから。もうほら、弟って言うか、家族みたいなもんだから。夫婦みたいなもんだから」

「弟と夫婦全然違うだろうが!」

「違いませんー! 家族ですー、仲良しですー」

「バカ、弟って言ったらなぁ――」

「――少なくとも俺は、お前とナチルが抱き合っても、文句は言わなかった」


 頭越しにヒートアップするオレとノゾミちゃんの下で、サクヤがそっと囁いた。

 その声色に何か不穏なものを感じて、思わず一度口を閉じる。


「……サクヤさん?」


 伏せたままの顔をこわごわと覗き込んで見ると、微妙に唇を尖らせていた。

 ナチルとオレが抱き合ってたって、いつのことだろう?

 そう言えば、サクヤが消える直前、ナチルはオレの腰にしがみついてたような。抱き合う、とはちょっと違うような気もするけど。

 ……待て待て。その文脈で「カイを頼む」って、まさか――あんた、何か余計なこと考えてないだろうな!?


 目が合ったところで、はっとしたように逸らされた。


「……ダメなんだ」


 ぼそり、と呟く寂しい響きを聞いて、背後からノゾミがぎゅっとその身体を抱き締める。

 顔が見えないのが不安で、オレはサクヤの前に跪いた。

 下から見上げても、横を向いたままでこちらを見てはくれない。


「サクヤ」

「……ダメだ。お前と一緒に戻ったら、俺は今度こそナチルやサラに嫉妬してしまうかもしれない」


 オレ、ロリ属性ないんだってば。

 だけど、そんな説明しようと思うより、その言葉が嬉しくて何かにやにやしてしまう。

 幾らでも嫉妬して良いよ、あんたにはその権利があるって。

 言おうとしたオレを止めたのは、サクヤの背後からかけられた変に優しい声だった。


「サクヤ。もっとはっきり言わないと分かんないよ、こいつ。バカだから喜んじゃってるし」


 バカで悪かったな。でもさ、好きなヒトにこんなこと言われて、喜ばないなんて……あれ?

 こっちを見たサクヤが、はっきりと眉を寄せてる。


「カイ。わざわざ迎えに来てもらったのに悪いが、俺は――」


 確実に拒絶の言葉が続くと分かったから、オレは慌てて首を振った。


「待て待て待て、言うな! 何でダメなんだよ、これからだろ? ヒデトのことも継承戦も片付いて――そうだ、あんたももう姫巫女じゃないんだから、これからは――」


 これからは、と言いかけて。

 ようやく気付いた。


 潤んだ瞳のサクヤが、顔を上げてオレを見た。

 その白い頬を静かに、雫が伝う。


「……もう俺は姫巫女じゃない。だから俺……もう女にはならない。お前の望むモノを俺はやれない」

「具体的にはおっぱいとかね」


 軽ーい口調で付け足したノゾミを、ぶん殴りたくなった。

 サクヤを抱き締めたまま器用にオレの拳を避けたノゾミは、こうなることが分かってた様子でにやにやしている。

 そっちをもう一度ぶん殴るほど元気出なくて、呆然としながらも、思いついた言葉が口から流れる。


「……や、でも……あんたとそういうこと出来ないのは、姫巫女だった時から分かってたし……」

「違う。許せないんだ……見たくない。俺とは出来ないからって、お前が誰かと……そういう……」


 口ごもって赤くなるサクヤさんを見て。

 もう何か――考えるのをやめた。

 よしよし、なんて言いながら髪を撫でているノゾミの手を払い除けて、サクヤの身体を自分の方に引き寄せる。

 腕の中に抱き締めた細い肩が、緊張して一瞬震えるのを生々しく感じた。


「オレ、誓っただろ。誰ともそういうことしないって。あんたとずっと一緒にいるって。あんた、オレに誓約がないからって信じてないのか?」

「姫巫女じゃなくなれば成長だってする。ひげとか生えて、お前より筋肉がついて男らしくなるかも……」

「良いよもう、そんなんどうでも良い。生きてたら、この先どうなるかなんて分かんないだろ。あんたオレのことばかり心配してるけど、もしかしたら男らしくなったあんたの方が先に、可愛い嫁さん見付けちゃうかも知れないし。もしかしたらオレだって、脛毛まみれのあんたの脚に興奮するようになるかも知れないぞ。オレ、もうあんたが生きててくれたら、何でも良い……」

「……何言ってるんだ――」


 口では、ばか、なんて言いながら――オレの背中に両手が回ってきた。くっついてきた小さな頭が、オレの喉元を擦る。


 腕の中からサクヤを奪われたノゾミが、噛みつくように言い返してくる。


「……何言ってんだよ、そうやって何があるか分かんないからこそ、イヤなんじゃないか。ねぇ、サクヤ。オレと一緒にいれば絶対傷付くことなんかないよ。何も変わらない。絶対に離れない。このデータの世界で、ずっと綺麗なままのあんたを、ずっとずっと愛してあげる」


 オレとノゾミを交互に見ながら、サクヤは小首を傾げている。

 そのキラキラしてる眼を――きっと最初から、オレ、手に入れたくてたまんなかった。オレのこと見て欲しくて仕方なかったんだ。

 濡れた頬に手を当てて、親指で拭う。

 オレの手を嫌がらずに、擦りつけてきたそのなめらかな感触で、心が決まった。

 顔を近付けると、自然に瞼が降りてくる。


「ああ、そいつの言うとおりだよ。あっちの世界では、明日、何が起こるかなんて分かんない。永遠の気持ちなんか存在しなくて、何一つ確約されたものなんてない。あんたはきっとこれからも傷付くはずだ。騙されたり、怒られたり、拒絶されたり……でも」


 青い瞳が、静かに閉じられる。

 囁きながら、その唇に唇を近づけた。


「でも、何の保証もない世界だけど、オレは誓う。あんたとずっと一緒にいる。他の誰ともそういうことしない、あんただけだ。保証はないから代わりに、あんたが信じられなくなる度に何回でも言ってやる。予定調和のない、絶対なんてない世界だから――オレが、あんたに絶対をやるよ」


 掠めるような口付けは、やっぱり柔らかかった。

 こうして触れられたのはすごく久しぶりで――もう何かめちゃくちゃ興奮して、頭ぶっちぎれそうになったけど、辛うじてソレ以上の行為を慎んだ。

 別に、相手が男だからじゃない。ノゾミが見てるからだ。


 それに……これ以上は何か違う、と思ったから。

 あんたへの想い、カラダだけじゃないんだって、見せてやりたくなった。

 だから、唇離したところで、息を吐いてから言葉を続ける。


「大体あんたは口悪いしワガママだし、言葉こねくり回す癖に思いついたら直球だし、時々暴力的だし、可愛いのを鼻にかけて偉そうだし……」

「な! 鼻にかけてなんか――!?」

「でも、良いんだ。オレはずっと、そういうあんたを追いかけてきたんだから……」


 抱き締めると腕の中で、安心したように長い長い息が吐きだされる。

 シャツを透かしてオレの胸元温めるみたいな感触に、きゅんとした。


「だから――オレと一緒に、帰ろう」


 こくり、と頷いたサクヤの額が、オレの鎖骨に当たった。

 その軽い感触で頬が緩む。


 黄金竜ヴァリィの力なんてなくたって。

 言葉がすべてを伝えてくれなくたって。

 オレの言いたいこと、全部は分かってくれてなくたって……良い。

 完全でも完璧でもない世界が、オレとあんたの未来には続いてるんだから。


 ようやく緊張してた肩から力を抜いた。

 その途端に、ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえる。

 顔を上げると、忌々しげな表情のノゾミが、オレ達を睨みつけていた――

2016/07/26 初回投稿

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