7 記録の扉
【前回までのあらすじ】ハイパーコンピュータに保管されている記録の中へ、オレはサクヤを探しに行く。絶対に、見つけ出して――今度こそ、一緒に生きる為に。
【外部インターフェースより、入力データあり】
【非正規ログインを確認しました】
【外部インターフェースの要求により接続】
【カウントダウン――。5……、3……、1……】
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気付いた時には、ふわふわと浮かんでる感じだった。
明るくも暗くもない。
壁も床もなく全方向に広がる空間の中に、大小・形も様々な扉だけが、幾つも浮かんでいる。
見回しても、さっきまで一緒にいたナチルもサラもいなくなってた。
きっと、一緒に探すことは出来ないんだ。
それぞれが今、こんな空間にいるんだろう。
探さなきゃ。
オレのーーサクヤを。
一番近くに浮かんでいた扉の、ノブに手をかけると、オレが何をするまでもなく、内側に開いた。
開いていく扉に身体を引っ張られて、オレは扉の向こうに引き込まれた――
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「楽園計画なんて、ちょっと大げさじゃないか?」
「そう? 良い名前だと思うわ。これが成功すれば……人類は楽園に住まうことになるのよ」
白衣を着た6人のニンゲンが、さっきの黒い直方体の群れを前にして、口々に語り合っている。
男が5人、女が1人。
こんな無機質な空間にいるのに、それぞれの表情はびっくりするほど明るい。
「良いんじゃないかな。科学技術は夢があってこそ発展する」
「おれは中二病のように聞こえるけどね……まあ、あれだな。新しい人類を創ろうなんて構想自体が中二病みたいなもんで……逆にぴったりの名前かも知れない」
「中二病……まあ、良いけどな。ねぇ、みんなはもう遺伝子デザインは完成したのかな?」
「ああ、僕は狼を――」
「きた、中二病」
「とか言ってる君は鳥だって? 羽を生やしたいって聞いたけど」
「……まあ、この場にいる6人は、誰もそんなもんだよ。そうでなければ、超人類を創ろうなんて思わないって」
お互いに顔を見合わせて、思わずと言った様子で苦笑した。
声が入り交じって、どれが誰の声か良く分からない。その中でたった1人、女の声だけがはっきりと高く聞こえる。
「わたしは爬虫類を混ぜたいの。code:varyには」
「鱗か……強靱な種族になりそうだな」
「さすがだね」
「それでね……テレパシの能力を組み込みたいんだけど……何か方法ないかしら?」
一瞬沈黙が落ちた後から、勢い込んだ5人の男たちが口々に答えた。
「顔色を読む方向ではどうだ? 温度センサと湿度センサを遺伝子に内蔵させて」
「いや、それじゃ嘘発見器レベルだろ。多少は読めると思うが」
「全種族の遺伝子に発信器付けるか」
「旧人類はそこまで大きくは弄れないぞ」
「じゃあ、ハイパーコンピュータを間に咬ませたらどうだ?」
最後に響いた言葉で、一瞬静かになった。
興奮した様子で、男が1人話を続ける。
「それなら遺伝子操作は最小限ですむ。ハイコンに受信させて、code:varyに向けて送信させるんだ。」
「……良いわね。ハイコンが稼働してる限り、それ以上の工数もかからないし」
にこりと笑う女の表情は、神殿の入り口に必ず掲げられてる女神の横顔に似ているような気がした。
code:varyについて語り合い、見つめ合う2人を邪魔するように、別の男が空咳をする。
「こほん。……ま、結局は、最終的なコンセプトにそってれば何でも良いんだ。旧人類のことは心配する必要ない。幾ら改造したところで、まさかこの核に汚染された地球で旧人類が長く生き延びられるとは思わないよ。だからこそ、俺達を含めた大半の人類は宇宙へ逃げ出すんだから」
「抽選に漏れて地球に残る――旧人類達の人体改造は終わったの? ……ねえ、あなたの担当でしょ?」
女から話を振られたのは、先ほどのcode:varyのハイコン経由案を出した男だ。
照れ臭そうに頭をかいて、返事をする。
「いや、まだ最後までは……ただ、君達が新しく創るニンゲンとは違って、彼らは既に自我のある人間だからね、外見的にも内面的にも現行の人類と大きくは変更出来ない」
「大陸は全て沈んでしまったけど、この島国だけでも残って良かったね」
「でも人種が入り混じることになるし、1国じゃなくて、もっと小国に分割した方が良いかもよ」
電子音と同時に空中に映像が浮かび上がる。
縦に細長く伸びる4つの島とそれを取り巻く無数の島々――いつだったか、師匠が見せてくれた世界地図に似てる。
まるで昔話で聞いた龍みたいな形。
その丁度、腹に当たる、真ん中よりちょい下の辺りで、赤いランプが光る。
「2つのハイコンの1つはここに置こうと思う」
「旧首都ね」
「ここなら、旧人類のデータ回収がしやすいよな」
「新人類側は?」
「こっちだ」
再び電子音。
海に浮かぶ小さな島の1つが、ぴかりと光った。
「ここに、あまり外敵と戦える力を持たないような種族を作って、繁殖させようと思ってる」
「ああ、例の……この種族が一番心配ね、他種族や旧人類と争えば、最初に全滅しそう」
「……少しリーダの能力を上乗せしとくか。あと寿命を延ばしてやって」
「『魔法』の方は調整が終わったのか?」
「新人類の方は、組み込み済みよ」
「旧人類は適正のある者とない者に分かれそうだ。仕方ない。起動デバイスを遺伝子に組み込むなんて、初の試みだ」
「新人類も、組み込む種族と組み込まない種族両方作ってみれば、良い対照実験になるんじゃないか」
「そこも検討が必要だなぁ」
二重らせんが絡み合う幻影が、空中に現れた。
何番をどう変えた――と、その幻影を見ながら、更に専門的な会話が続く。
「だけど、新旧が交配しないように、生殖的隔離が必要ね。折角能力を上乗せするのに、旧人類と交わって劣化しちゃ実験の意味ないし」
「そうだな、後は……新人類によって旧人類が弾圧されないように、パワーバランスも調整しないとな。肉体的・能力的には新人類の方が圧倒的に強靭だから」
「バカだな、そんなことある訳ないじゃないか。新人類には、最初から相応しいリーダを設定することになってるんだぜ。誠実・清純・博愛を遵守する最高のリーダだ」
その声や、他から漏れた笑い声は、いかにも馬鹿にしてるようにも聞こえる。
守り手の誓約を考えた彼らは、本気でそれが有効だと思ってたんだろうか。
それを守れば、最高のリーダになって――世界は平和になる、なんて。
「ふふ……人類の創生なんて、これじゃまるで私達、神様にでもなるみたいだわ」
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扉を出て、吐き気を堪えるように自分の身体を抱えた。
オレの身体。
いまの記録が旧人類、と呼んだコレ。
最終的には、神殿による情報統制で、新人類達とのパワーバランスってことなのだろうか。
神殿は、宗教集団が大きくなって、情報や経済を担うようになってきたんだと思ってたけど、もしかすると逆なのかも。
情報や経済を一手に握る団体が、何百年もかけて、宗教を創り上げてきたんじゃないだろうか。
これが、科学者達の考えた平等なのかな。
旧人類に強靱な肉体の代わりに、組織力と情報力を与えることが。
それに……オレがずっと使ってた黄金竜の力。
あれ、相手に直接接続してるんだと思ってたけど、科学者達の話を総合すると、どうやら違うらしい。
一旦ハイコンに受信させて、それを見に行ってるみたい。
ハイコンが受信した、相手の記憶や感情を。
触手は多分、生粋の黄金竜じゃないオレが、うまく力を操る為の補佐的な役割のものなんだろう。対象をはっきりさせる為の照準器みたいなもの。
サクヤの記憶に入り込む時に、時々聞こえてた無機質な機械音声。そう言えば、ここに入ってきたときにも同じような声が聞こえてた気がする。
唯一、生身でハイコンに接続できるのが、きっと黄金竜の力なんだ。
さっき、ミコトは言っていた。
本体がオレ達の邪魔をするかもって。
こうして扉がたくさんあるのが、本体なりの妨害なんだろうか。
それとも、オレの行いが、偉大な科学者達の実験を中止させることになるって知らせることが?
もしもそうなら、本体の考え方はだいぶ、製作者の科学者達に引っ張られてるようだ。
どれもこれも、見透かしたように。
何もかも、上からしてあげる感じがして腹立たしい。
とは言え、記録の日付はもう何千年も前。
今更、オレ1人が腹を立ててても仕方ない。
探せばもっと詳しい記録もあるだろうけど、別にこんなもん見に来たんじゃない。
この世界が誰かの実験場だって、方舟から見捨てられた旧世界の名残だって。
オレ達が生きてる世界は、ここにしかない。
だから、もうこれ以上を考えるのは止めた。
ユズリハ辺りは、この科学者達が乗った方舟の行方が知りたかったのかも知れないけど。
オレには興味もない。
どうやら、この扉じゃなかったらしい。
オレは扉を開け直して、お目当ての記録を探す。
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「――何でお前がここにいるんだ? 代替わりしたばっかだろうがよ」
掠れた声が苦々しく響く。
どっしりとした椅子に身体をもたせ掛けている青兎の青年。
種族特性的に筋肉のつきにくい細い身体に、皮肉に輝く紅の瞳。
白銀の髪と、青兎族特有の白い長い耳
最初に会った時におっさん貴族だったのもあって、何だからしくないけど……オレはこの姿を、以前一度、見たことがあった。
「お前こそ、ヒデト」
「騎士はどうした、早速次へ押し付けたのか? それとも赤鳥なんざもうお前しかいねぇから、どうでも良いと思って自殺したか?」
くくっ、と笑う忌々しい声。
最初から最後まで、自分の望みだけを追いかけて、周囲を踏みにじり続けた、その。
「あんたには会いたくなかったな……」
「そりゃすまんね。変な人格が紛れ込んできたから、様子見てこいってよ。俺の記録も全部こん中に保存されてるからな、何かあれば呼び出されることもあるさ。まあ、正直言えば、俺もそんなにお前に会いたい訳じゃなかった」
皮肉っぽい言葉の使い方は、少しだけサクヤの持って回った言い方を思い出させる。
最初はサクヤのそんな言葉の使い方は、全然好きじゃなかった。
だけど、守り手達はみんなこうして、第1誓約を誤魔化しながら生きてるんだろうって分かったから。
それに、むしろあの人が勢いで素直に答えちゃう時は、全然良いことないから、そっちのが心配。
マジで。
ヒデトのコレも、黄金竜の魔術師としての癖みたいなもんだろう。
肉体が消滅してデータだけの存在になった今でも。
ため息をついたオレの様子を見て、初めて自分のそんな発言の無意味さに気付いたらしい。
変なタイミングで、ヒデトが苦笑した。
「馬鹿馬鹿しいよな、守り手の誓約なんざ。くだんねぇ理想の存在を作るために、夢みたいな理論で作られただけの……」
割と同感ではあったけど、こんなヤツに同意するのは悔しいから、沈黙を守ることにした。
だけど、オレの表情だけで、そんな微妙なプライドは見抜かれたらしい。
さしてこだわりもなく笑ったヒデトが、小さく呟いた。
「今になって思うんだが……最初から、こうすりゃ良かったんだな。ミコトはここにいるんだから」
「ここにいる」の意味は、尋ねるより前に判明した。
ヒデトが手を伸ばすと、その先に、幼い姫巫女が姿を現す。
「……ヒデト」
さっきまでオレが聞いてたより、少しだけ甘えた声をしてる。
そんなミコトを、ヒデトは椅子に腰掛けたまま、強く抱き寄せた。
「この中では、会いたければいつだって会える。俺とあいつの全データは保管されてて、何一つ記憶と違うことはない。最初からこうしてれば、犠牲になるのはせいぜい黄金竜の奴らだけで済んだのに……悪いな。お前らにあんだけ迷惑かけといて、結局、俺は別の方法で望みを叶えちまったよ」
「本当に……最悪です」
ヒデトの髪を撫でながら、ミコトがそっと囁く。
「あなたはいつもそう、自分勝手で我儘で……でも、姫巫女ではない私を望んだのがあなただけだったから……そんなことで絆されるなんて、私は、本当に駄目な姫巫女でした……」
千年を生きた少女が、最後に陥った罠は、どうやら情と言う名の落とし穴だったらしい。
そんな彼らを見てるとオレには、この実験を始めた人の思惑が、改めて腹立たしい。
誓約の3条件を守り続けるなんて、きっとイキモノには不可能だ。
何も知らないだけの清純なんて、何の意味もない……。
「そんな私に与えられた罰は、1人残したあなたがずっと苦しんでいたことを知ることなのね……」
少しだけ意地の悪い声を出すミコトの顔を、下から見上げてるヒデトは呆れたように笑っていた。
その口が開いて、何かを答える前に。
オレは、扉を出た。
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1人彷徨ってた150年は、ヒデトに何ももたらさなかった。
ヒデトにはたった1人しかいなくて。
人を傷つけながら、自分も苦しんで。
多分、ダメなんだ。
あれじゃ、ダメなんだ。
ああいうやり方じゃ、きっと、サクヤを連れ戻せない。
それに、ヒデトは満足してたみたいだけど――オレはこの箱の中は嫌だ。
ここにあるのは過去だけ。過去は思いがけないことをくれない。
予定調和の幸せだけが存在する、優しい世界。
今のも、ハイコンの妨害なのかな。
この中なら、こんなに幸せに一緒にいられるよ、って。
オレが――オレやサクヤが生きてきたのは、そんな場所じゃなかった。
もっと、嫌なことや、苦しいことや、辛いことや。
オレには想像も出来ないようなおかしな考え方をするヤツがいて。
でもその代わり、予想出来ないような美しいものが、時々オレを待ってる。
サクヤを追いかけてたあの夕暮れ。
まさか自分が、こんなところまで追いかけ続けることになるなんて、思ってもいなかったんだ。
こんなにも愛しく思う存在が、自分に出来るなんて。
なあ、だから。
ここまで追っかけてきたんだから。
なあ。
……頼むよ。
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小さな扉を潜った途端に、慣れた気配を感じた。
例えるなら、よく熟れた南国の果物みたいな――。
探してたソレにようやく出会って、オレは泣きたくなる。
だけどすぐにもう1つの気配にも気付いて、はっと身構えた。
薄々予感はしていた。
黄金竜の存在は、随分と優遇されてるようだったから。
今までずっと、オレの中にいたあいつ。
黄金竜の力が消滅した時に、オレの中から見えなくなった、あいつ。
共闘することだってあったけど――きっと一番大事なとこは、オレと食い違ってる。
そんな――もう1人のオレ。
「ノゾミ」
甘々の溺愛系。オレには、相手のこと馬鹿にしてるとしか思えない。
「まさか、本当に来るとはなぁ」
床に座り込んだノゾミが、嫌そうな顔でオレを見上げてきた。
分かりたくはないけど、その表情の意味が分かってしまう。
オレが嫌なのと同じくらい――いや、それ以上にノゾミがオレに会いたくなかったってことが。
だって、折角。ついに。
その腕の中に、望んでたモノを手に入れたんだろうから。
ノゾミの膝の上に身体を横たえて、安らかな顔で眠る、その。
「――サクヤ……」
青い瞳が、どうしても見たかった。
オレの声で身じろぎしたその肩を、ノゾミが押さえる。
「大丈夫だよ、サクヤ。まだ起きなくて良い」
優しげな囁き声を、オレは黙って上から睨みつけた――
2016/07/22 初回投稿