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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第11章 Express Yourself
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4 だから、さよなら

【前回までのあらすじ】古代人達の楽園計画エデンプログラムによって作られたハイパーコンピュータ。獣人を導くはずのそれは破壊されていて、残った神殿のヘルププログラムが、オレ達の前に顕現した。ヘルププログラムは獣人の長達の記録ログを取る為だけにここにいる。記録ログ取得時間を伸ばすには、サクヤも代替わりさせれば良いなんて――ユズリハの命に従うサクヤを、オレはどうすれば……?

「――サクヤ! 何言ってんだ、あんた!」


 叫んだオレを、ユズリハがちらりと見る。

 オレの手が剣の柄にかかってることに気付いて、肩を竦めた。


「うわあ、やっぱ邪魔。さっきちゃんと殺しておけば良かったかなぁ……や、むしろ今からでも――」

「ユズリハ。ソレは今は関係ないだろ。俺が大人しく記録ログ取得時間を伸ばせば満足なんじゃないのか?」


 言いながら、前に出てユズリハに近づこうとするサクヤを、背後に押し止めるようにオレは片手を伸ばした。


「バカ、行くなよ! あんた本当に滅茶苦茶だ。そんなことしたら消えちゃうって分かってるんだろ!? あいつの言うことなんか聞かなくて良い! 今すぐオレがぶっ殺――もが!?」


 言いかけた言葉は途中で止められた。

 背後から回ってきた細い指が、オレの口を押さえてる。

 耳元に囁くように、不機嫌な声が響いた。


「不用意なことを言うな。お前はもう、炎の継承者なんだから」


 その言葉で、さっきツバサから赤鳥の騎士を継承したことを思い出した。

 あの熱いものの流れ込んでくる感触――多分、アレが継承したってことなんだよな?

 ってことはつまり、オレも第一誓約うそをつかないように気を付けて発言しなきゃいけないってことだ。

 サクヤは、それを注意してくれてるらしい。

 だけど――そんなことより、あんたが――


 混乱するオレの耳に、くすくすと笑う声が聞こえた。

 再びそちらに視線を戻して、睨みつける。


「うっわぁ怖い。ねぇ僕が大人しくしてたとしても、彼にはそのつもりはないみたいだけど。僕だって向かって来られれば、ハエは追い払わないとねぇ」


 嘲笑じみたユズリハの声。

 そうだ、ユズリハはハイコンから得た力で、獣人の長達みたく死なない身体を持ってる。

 だけど長を継承してるワケじゃないから、ユズリハには誓約はない。誓約を破って消えたヒデトの二の舞を演じることはない。

 そんなヤツをどうやって倒せば良いんだ……。弱点もない不死身の存在なんて……例え斬りかかったって時間稼ぎにしかなんないかも。


 それでも、黙って見てるなんて出来なかった。

 サクヤが消えてしまうのを許すなんて。


 何とかならないかと思って――具体的にはこれまであれだけ使える武器だった『精神操作』が出来ないかと思って――自分のこころを探ったけど、やっぱり黄金竜ヴァリィの力はきれいさっぱり消え失せてしまってた。

 封じ込めた後も、ずっとどこかに気配だけは感じていたノゾミの姿さえ、見付けられなかった。

 ノゾミは黄金竜ヴァリィの力でオレの中にいたんだから、それがなくなって、消滅しちゃったんだろうか……?


 や、今はノゾミのことなんかどうでも良い。

 それよりも何か――サクヤを助けられるような……!


 何も思い付かないのに、何かをしなきゃいけないって焦燥感だけに急かされる。

 ナチルが怯えてオレの腰にしがみついているのを、乱暴に引き剥がしてオレは剣を抜いた。


「誓約なんか知るもんか! オレは、あんたが――」

「カイ、止めろ! 言うこと聞かないなら――」


 そっとサクヤの手がオレの背中に当てられて。


「――雷撃槍ライトニングストローク


 ばつんっ、と一息に背中から貫かれる。

 ゼロ距離で、ヒドい雷撃を受けた。


「――っぐぁ!?」

「きゃあ!? カイ!?」


 ナチルの悲鳴を聞きながら、地面に膝から崩れ落ちる。

 息が詰まって、自分自身は悲鳴も上げられない。衝撃で肺が止まったようにさえ感じる。

 無言でうずくまるオレの頭上へ、呆れた声が放られた。


「またそれ? もういっそ殺しちゃった方が楽そうなのになぁ」


 ぼやくユズリハに、サクヤが小さく笑い返す声が聞こえる。


「お前は理解していないのかも知れないが……カイが生きてここにいるから、俺はお前の言うことを聞いてるんだ。それを忘れるな」

「ん? 君はそこにいる小っちゃな同胞を守るために、僕の言うことを聞くと誓ったんじゃなかったっけ?」


 ユズリハの不思議そうな声に、ナチルが息を呑んだ。

 サクヤの低い声が落ち着いて答える。


「俺だって伊達に150年も姫巫女をやってる訳じゃない。お前の言うことを聞きながら、お前に逆らう術は幾らでも思い付く。例えば――さっきの命令、ここから転移して、どこかでひっそりと代替わりすることにしようか。そうすれば同じ消えるにしても、お前に目にもの見せてやれるけれど」

「……確かに、それはちょっと困るかもね」

「お前の言葉には隙が多い。だから、そこを突いてお前の邪魔することもできる。それでも、俺がこうして従ってるのは、ここにカイがいるからだ。一族とカイと……両方を守ることは出来ない。お前はそれを良く理解して、切り札は最後まで取っておけ」


 のたうち回る衝撃の中で、ただ。

 ずいぶん優しい声をしている、と思った。


 きっと、語りかけられてるユズリハに対する優しさじゃない。

 それは、オレの。残されるオレの為の――


「ふーん……君の一番は同胞だって思ってたんだけどねぇ」

「そうだよ、それは今も変わらない。俺は常に同胞を最優先いちばんに動く。だけど、そんな俺のことを、一番に見てくれてたのは……カイなんだ」


 さっきの電撃のせいで、涙が勝手にぼろぼろ溢れて、前が見えない。

 立ち上がりたいのに、膝が笑って力が入らなくて。

 ただ這いつくばって呻くオレの頭を、さらり、と細い指が撫でた。


 ――サクヤ!

 サクヤ、サクヤ――ああ、ようやく気付いた。

 王家の森で、何でサクヤはいつも同胞ナチルの為に自分を投げ出すのかって、腹立たしかった。

 あんた自身の幸福なんていつも二の次なのかって。


 ――だけどサクヤが本当に守りたかったのは、ナチルだけじゃなかったんだ。

 オレが、あそこにいたから。

 全てを早く終わらせる為。誰も巻き込まない為に。

 サクヤにとっては、オレだって守る対象になってたんだ――あの時も、今も!


 頭上で、ナチルが鼻を啜る音が聞こえる。


「ねぇ、サクヤ、本当に姫巫女やめちゃうの? そんなことしたら、サクヤが……」

「ごめんな、ナチル。お前には苦労をかけるけど……一族と、カイを頼む」


 嫌だ、頼む、やめてくれ。

 どうでも良い、どうでも良いんだ、オレは。

 もうオレのことも、同胞のことも。

 どうでも良い。

 あんたが生きてさえいれば、それで――


「カイを、守れば良いのね?」

「ごめん……もしかしたら、こうしてカイのことを気にかける俺は、もう姫巫女にふさわしくないのかも知れない。一族じゃない、別の誰かの為に生きてるなんて……だけど、同胞達の生命を背負ったまま、諸共に消える訳にはいかない。だから」


 ふわり、とオレの頬に魔力の風が当たる。

 その優しい感触に、嗅ぎ慣れた南国の果物の匂いが混じってた。


「……だから、さよならだ」


 別れの挨拶を最後の言葉に、サクヤはその――決定的な呪文を紡ぎ始める。


「我が主、時の鎖の囚われ人よ――汝に仕える新しき姫巫女を祝福せよ」


 止めろ、止めろ止めろ止めろ!

 サクヤの一言ずつが、甘く響いて耳に届く。

 バチバチと鳴る火花の音さえも。


 聞いていたい、一音もあまさずに。

 聞きたくない、これが最後だなんて――


「泉の守り手をここに、主に捧げる――」


 ぶわっ、と一気に風が吹き上げた。

 髪が乱れて前が見づらい、でも。

 ようやく動かせるようになった腕を地面に突いて、頭を起こす。


「さ、クヤ――」


 まだがくがくと震える肩を叱咤して、地面から身体を離す。

 目の前で、ナチルの額に自分の額をつけて、目を閉じていたサクヤの瞼が開いた。

 ちらりとこちらを見た紅の瞳が――少しだけ、微笑んで。


 直後に全てが弾けるように、きらきらと輝く粒子になって、消えた――


「サクヤぁ――!」


 必死に伸ばしたオレの手を遮るように、少女ヘルププログラムの姿がオレの前に立つ。

 突き出した小さな手のひらに、宙を舞う粒子が吸い込まれていく。


「ユーザNo0299、SAKUYAの消失を確認。新規ユーザ登録、No0313、NACHIRU。ユーザ要求リクエストに従って、No0299、SAKUYAの外見イメージを採用します」


 多分、予め決めら(プログラミングさ)れていたのだろうその言葉を、囁いた。

 途端に、光に包まれた少女ヘルププログラムの姿が――サクヤの姿へと変わった。


「……ナチル。引き継ぎを――」


 薄っすらと微笑むその姿。

 輝かしい金の髪、紺碧の瞳。

 たった今目の前から消えた、オレが愛する、その。


 ナチルに向けて伸ばす手を、飛びかかるようにしてオレは払い除けた。


「――っざけんなぁ!」

「カイ……っ!」


 状況を理解できず、差し出された手をおずおずと取ろうとしていたナチルが、オレの気勢に怯えて叫ぶ。

 だけどそれを優しくフォローすることなんて、到底できなかった。


 さっきこのヘルププログラムの姿を見たヒデトが、何故あんなに苛立ったか、多分、今のオレが一番理解してると思う。

 たった1つの目的だけを追いかけてきたヒデトが、何であんな簡単に、心乱されたか。


 ――コレ、は、サクヤじゃない。

 サクヤの記憶ログを勝手に使う、サクヤじゃないもの。

 サクヤじゃないのに――サクヤのフリをするニセモノ!

 胸にしまってるあいつの思い出さえ切り刻まれるような……痛みと苛立ちで、オレは流れる涙を拭うのも忘れて、ソレ、を睨み付けた。


 不満げに、こくり、と首を傾げてオレを見上げる姿も――まるで本物のようで。

 だけど、違う。絶対に違う。


「カイ……俺の邪魔をしないでくれ」


 囁く声も、本物と違わず。

 だけど――


 ヒデトはきっとこの二律背反に、耐えきれなかったんだ。

 ニセモノだと怒りながら、どこかで本物であって欲しいと願う。

 この、逆方向の祈り。


 守り手の第一誓約うそをつかないは、客観的な事実を判断していない。発言者の主観のみによってる。ならば。

 自分が嘘だと思ってしまえば、それで終わるのだろう。


「あんたは――」


 オレは。


「あんたは、サクヤじゃ、ない」


 オレは、はっきりと。

 最後まで言い切った。


 消滅の痛みは訪れなかった。

 言い切れたのは、愛情の差なんかじゃない。

 ただ、ついさっき消えたばかりの面影がひどく鮮明だったから。

 それに。

 あいつは、自分のニセモノなんて決して許さないだろうって、信じられたから。


 ニセモノは首を傾げたまま、眉をひそめて口を開く。


「俺は――No0299、SAKUYAの記憶ログにより――」

「あんたはサクヤじゃない! ――今すぐ、その姿を止めろ!」


 全身全霊で叫び倒した瞬間に、再び輝きに包まれたその姿が、光を失った時には元の少女ミコトの姿に戻っていた。


「ヒデトと違って、迷わないのですね……。No0312、KAIの要求リクエストを採用し、外見イメージを旧世代の記録ログへ戻しましょう」


 はあはあと肩で息をするオレを、後ろから近付いてきたユズリハが押し退けた。


「もう、無駄な時間使わないでよね。ヘルププログラム――って呼ぶのも面倒臭いなぁ。ミコト、記録ログ取得残り時間は何分?」

「登録ユーザ以外からのアクセスには応じかねます」


 途端に表情の消えたミコトの顔に、オレは背筋をぞくりと震わせる。

 良かった。

 もしも、サクヤの姿でこれをやられてたら、発狂したかもしれない。

 それくらい人間味のない姿。


「はあ!? ……やっぱ、むりくり押し込んだ登録じゃあ、正統な継承者とはちょっと扱いが違うのかなぁ。No0305、YUZURIHA。本人認証よろしく」


 文句を言いながらも、ユズリハはさっきと同じ手続きを繰り返す。

 頻繁にユーザ認証が必要なのは、本人ユズリハが言った通り、あいつが正統な守り手じゃないからだろう。

 ヒデトが精神体になって、中央神殿に忍び込んだときに、簡易登録とか仮登録とか何かそういう裏技で登録したんだと思う。


「スキャニングします――登録ユーザ情報と一致しました。はい、残り36分12秒、コンマ以下省略で私は本体位置へ帰還します」

「よし、それだけあればイケるか! じゃあ、急いで準備しよう」

「……待てよ」


 駆け出そうとするユズリハの前方に立ち、オレは地面から拾い直した剣を突きつけた。

 まるで不思議なものに出会ったみたいに、ユズリハは両目を見開いてオレを見る。


「え? 何? 何か用?」

「あんた……このまま無事に目的果たせると思ってんのか! 何やりたいのか知らねーけど、ヒデトもあんたも、ヒトの生命も人生も気持ちも、何でもかんでもぐちゃぐちゃに踏みにじっといて……」


 言いながら、本当は、もう何もかもどうでも良かった。

 怒って見せてるのも、ケンカ売ってるのも、オレの表面――皮1枚だけみたい。

 もっと内側の全部はむしろ、何にもなくなって、すかーんとしてた。


 きっとオレの全部、サクヤと一緒にどっか消えちゃったんだ。

 だってほら……もう、涙さえも出てこない。


 ユズリハにひねり潰されて死ぬでも、誓約を破って消えるでも何でも良い。

 サクヤを消滅させたこいつに仇討ちとかすれば良いんだろうけど、心の奥では、そんなもの求めてない。

 だけど、何かしてなきゃ立ってることすら出来なさそうな気がして、八つ当たり――でもないんだろうけど、とにかく目の前のユズリハに剣を向けた。


 そんなオレの胸の中を完全に見切ったように、ユズリハは苦笑する。


「君さあ、そんな状態で剣振ったって無駄だよ。僕が何の力も持ってなかったとしても、そんな気合の入ってない剣、当たらないし。ましてや――今の僕には剣なんて効かないよ」


 ごぅ、と風が鳴る。

 ユズリハの差し出す手のひらに、集まってきたその力。


「――氷結槍フリージングジャベリン!」


 真っ直ぐにこっちを目指して飛来する透明な槍を、オレは、もう避ける気もなかった。

 ぼんやりと、迫る刃を見ていると――


「――カイっ!」


 叫んだナチルが、横からオレを押す。

 オレには、その小さな身体が、槍に貫かれてボロクズのように吹っ飛ぶのを、ただ見ているしかなかった――

2016/07/12 初回投稿

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