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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第11章 Express Yourself
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3 記録取得時間

【前回までのあらすじ】ヒデトとユズリハは、獣人の長達を代替わりさせることで、女神(・・)を喚び出した。現れた存在は先の姫巫女の姿をしていて、それに惑わされたヒデトはうっかりと()をついてしまった――

「嘘つき」


 先の姫巫女の愛らしい唇が、そっと囁いた。

 まるでその言葉の刃に貫かれたように、ヒデトの身体がぐらりと揺れる。

 同時に、オレの胸の奥、今まで眠っていたソレ(・・)が、断末魔の悲鳴を上げ始めた。


(――きゃあぁぁぁあああぁぁ――)


 たった一度、ノゾミの記憶で聞いたその声。

 黄金竜ヴァリィの力を持つその女――

 身体を抉り取られるようなごりごりとした痛みで、オレは胸を押さえた。


「――カイ!?」


 サクヤが慌ててオレの身体に手を伸ばす。

 その指先がオレに触れた時には、既に痛みは消えて、ただ喪失感だけが残っていた。


 オレの中に確かにあったはずのソレ(・・)が、綺麗さっぱり消え失せた。

 コツさえ掴んでしまえば、あんなに簡単に伸ばせた心の触手が――


「カイ? どうした、大丈夫か?」

「カイ! やだ、いきなり倒れるなんて変態なんだから!」

「……黄金竜ヴァリィの力が……」


 消えた。

 多分、オレの中にいた本体の女ごと。

 つまりこれが――第一誓約うそをつかないに反した一族の、末路ってことか?


「……あと、少しだったのに……ミスっちまったな……」


 苦しそうに、しかし確かに笑う声で顔を上げれば、くらりと揺れた虎獣人ウァーフェアの身体が、ゆっくりと地面に倒れるところだった。

 最後までその瞳は、正面に立つ少女を見つめていた。

 笑ってるような、怒ってるような、何を考えてるのかは読み取れなかったけど。


 完全に意識を失って、どさりと地に伏せた虎獣人ウァーフェアから、きらきらと輝く粒子が散る。

 そして、少女が伸ばした手のひらへ、吸い込まれていった。


 つまりその粒子が、きっと。

 ヒデトの――


「ユーザNo0304、HIDETOの消失を確認。本日本時刻をもって、楽園計画エデンプログラム017:code:varyは失敗と判断……記録します。要求リクエスト者の消失により、No0232、MIKOTOの外見イメージの有用性が失われましたが、次の要求リクエストがあるまでは保持します」


 ぽつり、と呟いた彼女は、全くの無表情だった。

 一族ごと消えたであろう黄金竜ヴァリィ達へも、ただ1人そのヒトだけを愛しただろうヒデトに対しても、哀れみの欠片も見えない。

 幾ら敵対してたオレにだって、こんな無感情なシロモノ――先の姫巫女の姿をした何か不可解なモノ――に、ヒデトがあれほど執着していたとは思えなかった。

 だから、これは――きっと。


「――あなたは、本当に前の姫巫女なのか……?」


 サクヤの声が届いて、少女は静かにこちらを振り向く。

 その紅の瞳は確かにオレ達を見ているはずなのに――まるで、何も写していないガラスみたいだ。


「ユーザNo0299、SAKUYA。認証しました」


 一度だけ瞬きをして。

 微笑む表情は、さっきよりは格段に人間らしさを備えていた。


「ええ、サクヤ。私はあなたの1代前の姫巫女ミコトとして、ここに立っているのです」

「どういうことですか? あなたは俺に姫巫女を継承して、消滅したと思っていたのに……」

「そう、あなたは継承の衝撃で眠ってしまったから、きちんと引き継ぎが出来なかったの。本当は姫巫女はこうして、前の代からきちんとした情報の伝達をするはずなのですよ。だからこそ守り手達は、自らの知識を超えて一族を治めうるのです」


 サクヤの指先が、オレの腕を掴んでいる。

 その指に力が入っていることに気付いて、オレは目の前のソレを睨みつけた。

 多分サクヤにも伝わっている。この違和感。

 目を凝らせば、呼吸で胸が上下する仕草さえ見えるのに――絶対にこれはイキモノじゃないと言い切れる。

 何とも言えない、生きていない(・・・・・・)感じ。

 怯えた様子で、ナチルがサクヤの反対側の横から、オレの腰にしがみつく。


 ふと、それまで地面に計算式を書き連ねていたユズリハが、顔を上げた。


「――ああ! そうだ、折角呼び出せたんだから、自分で計算するより計算させた方が早いんだ! 何でこんなことに気付かなかったんだよ!」


 ヒデトが消えたことなんて、まるでどうでも良いみたいな口調だ。

 一気に立ち上がり、ミコトの姿をしたナニカに向けて声を上げる。


「ねぇ、質問に答えて。君はヘルププログラムでしょ?」

「登録ユーザ以外からのアクセスには応じかねます」


 再び無機質に戻った声に、困惑した様子でユズリハは頭を掻く。


「あ――えっと……僕はNo0305、YUZURIHA。本人認証して」

「スキャニングします――登録ユーザ情報と一致しました。はい、私は楽園計画エデンプログラムのヘルププログラムです。現在は要求リクエストにより、No0232、MIKOTOの外見イメージを採用しています。登録ユーザのご質問にお答えします」


 ミコトの姿をしたナニカは、そっとユズリハの方へと歩み寄った。

 ぱちり、と瞳を閉じて、再び目を開けた時には緩く微笑んでいる。

 やり取りの内容はさっぱり分からないが、どうやら『登録ユーザ』に対応するときだけは、ミコトのフリ(・・)をしているようだ。

 それが、要求リクエストに応えるということだろうか?


 既にいないヒトのフリをすること、が。


 ――そうだ、これはフリ(・・)だ。

 多分ヒデトが言った通り……ミコトじゃないものが、ミコトの記録ログを使ってるだけの。


 そんな少女の存在を予測してたからか、中身なんてどうでも良いからか、全く興味なさそうにユズリハは地面に書いた計算式だけを見つめてる。

 少女に向かってそれを指しながら――ふと気付いたように、頭を上げた。


「……ん? 待って待って待って。もしかして、もう計算とか要らなくない? 君に聞けば、全部答えてくれたりして……」

「ええ、お答え出来ることであれば……」


 地面に書きなぐられた数字と記号の羅列は、オレには全く理解できない。

 このまま聞き流せば、きっと2人でしか分からないやり取りが始まるだろう。

 慌てて、オレは声を荒げた。


「待てよ、先にこっちの質問だ。ヒデトが――黄金竜ヴァリィが消えたのは、あんたが先の姫巫女だからってことか!?」


 呼びかけたオレに、空気を揺らしもせずにナニカは振り向く。

 そっと微笑みを浮かべながら、唇を開いた。


「私は今、先の姫巫女ミコトの記憶ログを使って、あなた達の前にこうして立っています。もともと、楽園計画エデンプログラム017〜021の実験をサポートするのが、私の役目。ヒデトの――黄金竜ヴァリィの消失は、与えられた3条件の内、第1条件を順守できなかったことによるものです。計画プログラムに与えられた3条件はどれも、客観的な事実を問いません。あくまで主観的に……彼は、私のことを『ミコト』だと思っていたのでしょう」


 貼り付けられたような微笑は、ヒデトのことを語る瞬間すら、何の変化も見せなかった。

 オレにとってはそのことの方が恐ろしいくらいだったんだけど、サクヤにとっては違ったみたいだ。

 少女の語る聞き慣れない単語をピックして、尋ね返した。


「……記憶ろぐ? それに、楽園計画えでんぷろぐらむとは一体――?」

「あー! もう良いよ。君らが知りたいことなんか、全部、僕が知ってる。ヘルププログラムに使うエネルギを無駄遣いしなくても、僕が答えてあげるよ」


 腕を組んだユズリハが、少しだけ楽しそうに笑った。


「この世界はね、かつて6人の科学者達が作った――実験場なんだ」

「実験場……だと?」


 呆けたサクヤの声が、ユズリハの言葉を追う。

 ユズリハは説明と言うよりは――何か、勝手に口から漏れる感嘆のように、瞳を輝かせた。


「すごいよね、たった6人だよ? 当時、人間の愚かさに呆れて、より優れた人類を生み出そうとして起こしたのが、楽園計画エデンプログラムなんだってさ。人類をベースに遺伝子――うーん、説明が難しいな、生物を作る時の設計図だと思ってよ――遺伝子を混ぜて、それぞれ少しずつ特性を変えて、原初の五種という彼らにとって理想的な人類を生み出したんだ! 非常に残念ながら、実験の当初の目的が今では忘れ去られてるし、それどころか観測者すら失われて久しいけどね」


 堂々と言う姿は、どこか誇らしげですらある。

 絶望を告げる予言者のような楽しそうな表情が、何となく腹立たしい。


「……待て。何であんた、そんなこと知ってるんだよ。あんたの言葉が本当だとして、誰も知らない失われた目的を、あんただけが知ってる理由は何だ」

「僕だけが知ってる――うん。君は、獣人についての、神殿の教えを聞いたことがあるかい?」


 突如切り替わった話についていけず、一瞬答えに詰まる。

 隣からサクヤが代わりに応えた。


「……何が言いたい。まさか、獣人は獣と人間の交配から生まれた――あれを事実だと言いたいのか」

「完全なる事実とは言わないけど、獣の遺伝子をかなり組み込んだらしいよ。一般に公開されている聖典は『交配』なんて分かりやすくぼかされてるけど……原典には何をどういうふうに取り交ぜたのか、具体的に2万個の遺伝子の――いや、31億の塩基対の、どれをどう獣と合わせたのかまで書いてあるんだ」

「つまり――神殿には、今もその楽園計画エデンプログラムとやらの話が正しく伝わってるということか……?」


 サクヤの言葉でようやくユズリハの話が見えた。

 オレの質問、何故ユズリハだけが知っているか、という答えが。


「中央神殿にいる神王官――神殿組織のトップに立つ者が、代々その知識を管理してるんだよ。まあ、今となっては専門でもない彼らに、どこまできちんと理解できてるかは分からないけど、少なくとも神王官(かれら)の代替わりの時には、獣人達(きみら)のような情報の漏れはないから、大枠は失われてないみたいだね。勿論それは人間の方がきちんと引き継いでるって訳じゃなくて、単にコレが――ヘルププログラムが引き継ぎの時に正常に作動しているからだけど」


 片手を振り上げたユズリハが、隣に立つ少女をびしりと示す。

 ヘルププログラムと呼ばれているソレが、こくり、と首を傾げて待機姿勢を取った。


「本っ当、情報の独占は困っちゃうよね! ヒデトがいなければ、僕もお手上げだったよ。精神体ででもなけりゃ、中央神殿の地下なんてとこ入れる訳がない。本当に、ヒデトサマサマだ」


 消失した協力者に、軽い口調で感謝を捧げてから、ユズリハは興奮した様子で言葉を続ける。


「本来、ヘルププログラムを司るハイパーコンピュータは2台あってね、1台は神殿ニンゲンを、もう1台は獣人の実験をサポートする予定だった。それが、実験開始早々に、獣人側のハイコンはニンゲンによって破壊されてしまった。その名残がこの――絶大な力を持つという神の欠片さ」


 ぐるりと首を回したユズリハの視線が、獣人達の守ってきた神の欠片を1つずつ眼で捉えた。

 洞窟に光を湛える、青兎リドルの泉。

 太い幹で洞窟の中に広がる、白狼グラプルの大樹。

 オレの腕に巻き付き燃え盛る、赤鳥グロウスの炎。

 管理者ヒデトを失った虎獣人ウァーフェアの娘の脇に転がる、黄金竜ヴァリィの宝玉。

 そして、地に伏せたサラの頭の横に刺さったままの、黒猫ディファイの剣――。


「神の欠片は、欠片って言うだけあって、元は1つのハイコンだったんだ。計画では獣人達(きみら)の――獣人の長達の引き継ぎにも、そのハイコンを基盤としたヘルププログラムは有意に働くはずだった。それが、分解されてしまったことで成り立たなくなった。だけどさ、やっぱり実験を始める時には、そういうこともある程度は見越しておく必要があるよね。せめて実験の記録ログだけは取れるように――その為ってのもあって、ハイコンは2台用意されてたんだ。1台が失われても、もう1台が補助的に動けるように。長の代替わりの時、壊れた獣人側のハイコンに代わって、記録ログを回収するために神殿側のヘルププログラムが補助作動してる。その上、今回は1つだけじゃない、3つの長の記録ログを取りに来てるからね、普段よりもヘルププログラムは長くここに存在出来る――存在しなければならない。だから、僕もこんなに悠長に君達に説明してあげてるって訳さ」

「訂正しておきますね。記録ログ保持者の数は関係ありません」


 そっと少女ヘルププログラムが囁いた。


記録ログを取得するのに必要な時間は、記憶データ量に比例するのですよ」


 記録ログ記憶データ量……?

 はっきりとは分からないが、女王みたいに長く生きた守り手の記録ログ取得は長く、トラやツバサのように短期間の場合は短い……ってことか?


「ん? あれ? ……そうすると計算が違ってくるぞ!? 3つも無駄にしたのに、長時間かかりそうなのは白狼グラプルだけじゃないか!」

「えぇ。残り13分25秒、コンマ以下省略で本ヘルププログラムは本体位置へ帰還することになります」

「え!? 待って待って待って! 13分なんかじゃ到底、逆探知かけて転移するなんてことは――」


 言い掛けた声が途中で止まって。

 ぐるり、とサクヤの方へ向けられた。


「……もう1個あった……」


 ぞくり、と背筋を悪寒が走る。

 オレはユズリハの視線を遮るように、ナチルを腰に引っ付けたまま、サクヤの前に立った。


「……ヒデトがこだわってたから取っておいたけど。今となってはそのヒデトもいないし、もう良いよね。記録ログを戻して本人を蘇生させるなんてことが本当に出来るかどうか、確かにちょっとは興味あったけど……それよりもっと気になることあるし」


 ぶつぶつと呟きながら、一歩踏み出してくる。

 オレは慌てて腰の剣を抜こうとして。


「――サクヤ、君、代替わりしなよ。もう十分長く生きただろう?」


 ユズリハの言葉が聞こえた途端に。


「分かった」


 背後のサクヤの囁きが、先に答えた――

2016/07/08 初回投稿

2016/07/08 ユズリハとヒデトの名前間違ってたとこあったんで、修正

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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