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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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18 奪取

【前回までのあらすじ】ナチルを人質にとられたサクヤは、ユズリハの言うことを聞くと誓ってしまった。ああ、もうだから……姫巫女の誓約なんて、大嫌いなんだよ!

 サクヤの眼が迷いだけを映して、揺れている。

 外の声が聞こえているのかさえも分からないほどに。


「……サクヤ。あんた――」


 思わず呼びかけると、それだけでびくりと肩を震わせる。


「……カ、イ……?」


 オレを見て、少し眉を寄せて。でも。


「――君は一族の為に生きてるんだろう? 目的を見失うなよ。ほら、あいつの持ってる宝玉を取ってくるだけだ。簡単だろ?」


 耳元で囁かれるユズリハの声で、身体が揺れた。


 だめだ。宝玉を、ヒデトに渡してはいけない。

 全ての黄金竜ヴァリィの力を格段に跳ね上げる、神の欠片。

 これを失えば、きっともう、オレにはヒデトの企みを防ぎようがなくなる。

 そうなれば――


「……サク、ヤちゃん! 行くな……!」


 キリの足元から、身体を起こしたエイジが手を伸ばしている。

 さすがにはっとした表情でそちらを見たサクヤに、ちらりとヒデトが視線を向けた。

 すぐにエイジに目を戻して、馬鹿にしたように笑う。


「必死だなぁ、王様。これが国を背負うものの覚悟かねぇ」

「うるさ、い……! お前な、んかに――」

「ははっ。ああ、俺なんかにゃ分からねぇな。分かんねぇついでに、どうでも良いさ。お前らは随分俺を警戒してるようだが、俺は人間と対立してるつもりもねぇ。どうなろうと構わんよ。世界征服を企んでる訳でもなし、この国の王が誰になろうがどうでも良い。信じられないなら、守り手と神の欠片を手に入れたら、すぐにこの国を離れると約束してやろう。それが、お前にとっちゃ一番なんじゃないか? なあ、王様よ」


 意外な言葉で、エイジが眼を見開いてヒデトを見つめた。

 守り手の言葉に嘘はない。だから、ヒデトのこの言葉は、近いうちに実行される。


「お兄ちゃ、んは、それで良いのかよ……?」


 手を組んだはずのカズキを切り捨てる発言に、エイジが不信感を露わにする。

 カズキは馬鹿馬鹿しそうに、肩を竦めた。


「元々、こいつらとは継承戦前までの約束だ。そっちから獣人達が消えればだいぶ俺もやりやすくなる。人間同士でドロドロの内戦でも起こすか。言っただろ、俺は王になりたいんじゃなくて、お前に嫌がらせ出来りゃそれで良い」


 滅茶苦茶だ。

 さすがのエイジも、カズキの言葉が本気かどうか、悩んでる。

 エイジは、オレみたいに背負うものが何もない人間じゃない。

 ヒデトの言葉を真実と理解してしまったからこそ、エイジの瞳に迷う影が映る。


 カズキの動きは読めない。

 でも、ヒデトまでも敵に回さなくて良いなら、楽になる。

 失うのは獣人の長達だけ……。


 ――多分それが、エイジの判断だ。

 公正で公平。

 命の重さはすべて平等。

 愛しいものも、そうでないものも。

 国民すべて1と1を、正面から比較するエイジの……。


 ――だけど。

 だけど、オレにとっては平等なんかじゃない!


 渡せない、その人だけは。

 世界もこの国も関係ない。ただ、オレの為だけに!


 にやにやしながら、エイジの表情を見ていたカズキが、ナチルの首を締めながら息を吐いた。


「……はっ! 王様は大変だよなぁ、エイジ。親父が良く言ってたよ。『冷血漢と言われたら褒め言葉と思え』ってな。ナユタ、行け。冷血漢あいつは人質なんざ無視するだろうが、サクヤは違うぞ」


 びくりと揺れたサクヤの肩が、ゆっくりとカズキを向く。


「サクヤ。こいつの生命が惜しけりゃ、俺を守れ」

「……サク、ヤ!」


 苦しそうなナチルの声を聞いて、一度閉じられた瞼が――再び開いた時には紅に変わっていた。

 ばちばちと鳴る火花の音が、周囲を包む。


雷撃流星ライトニングシャワー!」


 サクヤの声に応えて、電撃の雨が空から降り注ぐ。


「……ふーん、綺麗なもんだね――っ!?」


 輝かしい光の雨に向けて、無警戒に手のひらを差しだしたユズリハが、腕を貫かれて悶絶しながら倒れた。


「……あほか」

「今のは俺のせいじゃないぞ……」


 ヒデトとサクヤが口々に呟く。

 師匠が食らって気絶してた雷撃槍ライトニングストロークと同じ威力があるのだとしたら、ユズリハは衝撃で口もきけない状況だろう。


 降り注ぐ雷撃の隙間を縫うように、エイジに駆け寄ったナユタが剣を抜いた。


「――殺せ」


 冷たいカズキの声に応えて、ほんの一瞬躊躇したナユタの剣が振り上がる。

 アサギが、剣を遮る為に慌てて立ち上がろうとして、自分のローブの裾を踏んづけてコケた。


「ぃきゃあっ!?」


 だけど――地面にぶつかる直前でアサギを支えた片手がキリの腕で。

 エイジの前に立ち、ナユタの剣を弾いたのが、カエデの剣だった。


「えぇ!? ちょっとちょっと。ブラコンの王子サマに顎で使われちゃって……黒猫ディファイってこんな一直線な忠誠心あったかなぁ?」

「種族に意味などない。死にかけの私を拾ったのがカズキ様で、私はその恩を返すだけだ」

「それで愛しいカズキ様が反逆者になっても? 随分ステキな恩返しだことっ!」


 言い切って切り込んでくるカエデを見て、カズキがユズリハに向かって叫ぶ。


「おい、魔法はどうした!」

「……あがががっ……ちょ、僕今動けない……サクヤ、やっちゃって。僕の魔力使うなんて勿体無いからさ」


 一瞬だけ間を空けて、サクヤの指先がびしりとカエデに向けられる。


雷撃槍ライトニングストローク!」

「――っざっけんなよ、巫女ちゃんよぉ!」


 悪態をついたカエデが、驚異的な体さばきで襲い来る電撃を避ける。

 ただし、避けたその隙を突いて、後から襲ってきたナユタの剣までは避けきれない。


 正面から切り下ろす刃を、カエデの代わりに、アサギから離れたキリの剣が止めた。

 直後。


「――こんの……どけやぁあ、くぉるぁあぁあ!」


 今まで聞いたことないような巻き舌の師匠の声が響いて。

 真横から、眼にも見えない居合抜きで、ナユタの胴を一刀両断した。

 どうやらごたごたのさなかでようやく眼を覚ましたらしい。サクヤの頬を撫でるユズリハの指を見て、状況を理解してるのかしてないのか、眼を覚ました途端にテンションマックスに上がってる。


 臓腑を撒き散らしながら絶命して崩れ落ちるナユタの身体を踏み越えて、師匠がサクヤの元へ走る。


「――ナユタ……!?」

「あんたぁ! また俺の手の届かないとこへ行く気かよ!? 折角捕まえたはずなのに――あの時みたいに俺を置いて――そんなの許せるかぁあ!?」


 カズキの小さな悲鳴も聞こえない様子で、駆け寄る師匠に、対峙するサクヤの瞳は冷たかった。


「お前に、俺の行く先を決める権限はない」


 冷酷な事実を、受ける師匠は一瞬息を呑んだ。

 腰に戻した刀を、サクヤの隣でぷるぷると震えながら立ち上がろうとしてるユズリハに向けて、抜き放つ――


「サクヤ、頼んだ」


 ユズリハの言葉に応えて、サクヤのナイフが伸び上がるように刃を弾いた。


「……ちっくしょおぉ! 何でいつまで経っても勝てないんだよ、あんたに――!」

「お前が、俺の後を追ってるからだ――雷撃流星ライトニングシャワー!」


 刃を逸らした隙に放たれて、再び周辺に、雨のように降り注ぐ輝く槍。

 その数本を至近距離で受けた師匠は、悲鳴も上げられないまま、その場に落ちるように倒れ込んだ。

 飛来する光から身を呈してカエデを守ったキリが、同じように雷撃に貫かれ地面に倒れ伏している。


 ナユタを失った驚きで、ナチルを押さえたカズキの腕が少しだけ緩んでいる。

 そのことに自分で気付いて、ナチルに巻き付かせた腕に力を入れようと、息を呑んだ瞬間に――

 ――額を貫いたのは、雷撃魔法の範囲外にいたエイジの矢だった。


「……ごめんね、お兄ちゃん」


 ぼそりと呟いたエイジの声を、カズキは最期に聞いただろうか。

 さすがに限界なんだろう、構えていたエイジの手から弓が落ちた。

 力を失って倒れていくカズキの腕から、脚をばたつかせながらナチルが離れた。その身体へ手を伸ばし、雷撃の中を駆け抜け、飛びかかるようにしてカエデが向かう。


 だけど。

 カエデの指先の直前で、降り注ぐ電撃を自分の周囲だけ燃やしながら、急降下したツバサがその小さな身体を攫った。


「――こんのぉ!」


 剣を振ろうとしたカエデの背中に、今度こそサクヤの雷撃が落ちる。


「っがぁあぁあっ!」

「あはははっ! ざまぁ見ろ!」


 笑うツバサがナチルを抱えたまま、ヒデトの横に降り立った。


「あーあ、兄、死んじゃった。弟より先に」

「お前は生きてる、いいじゃねぇか」

「……うん。ま、そうだね」


 ヒデトの言葉で再び笑顔を取り戻したツバサが、幼い仕草でくるりと回った。泣き顔のナチルを人形のように抱えたまま。


 気が付けば、立っているのはヒデトの周りのヤツらと、オレとサクヤだけだった。


 サクヤが多分、誓約を破らないギリギリの範囲で作った無差別攻撃というチャンスを、オレは全然生かせなかった。

 動けないのは、ヒデトの触手とオレの触手がよそ見もせずに拮抗しているから。

 ヒデトに動く隙を与えない。

 代わりに、オレも動けない。

 動けないまま、ただ真っ直ぐに、サクヤの顔を見ていた。


 ユズリハが、サクヤの背後から囁いた。


「さあ、邪魔者はいなくなった。宝玉を取っておいで」


 泣きそうな顔で、オレを見てる。

 サクヤの心が揺れている。

 一族とオレを天秤にかけて。


 ユズリハの言葉を無視すれば、第一誓約うそをつかないに引っかかる。

 だけど、ユズリハの言う通りにするなら。


「……ヒデト。お前が言った守り手(おれ)かみのかけらさえ手に入れば、この国には手出ししないというのは本当――?」

「嘘はつかねぇ。それが守り手だって、お前も分かってるだろう」


 考える間もなく返されたヒデトの言葉で、安堵したように肩を落とす。

 だけど、それは。

 つまり。


「……オレと、戦うつもりかよ」


 はっとした表情で、顔を上げたサクヤの。

 その瞬間だけぶれた瞳が、すぐに。

 紅く色を変えた――


 分かってる。

 サクヤにとっては、同胞が最優先。

 愛情も感謝も悔恨も、全てを捧げる対象。


 いつかニンゲン達に抵抗して、蹂躙された記憶も相まって。

 言うことを聞けば同胞は助かると言うならそちらへ。

 ――天秤が、傾く。


 オレは、ヒデトから触手を外した。

 サクヤに向けるつもりで伸ばしかけて――うまく動かせずに、途中で諦めた。


 あんたの顔見るだけで、オレ。


 ……オレが、あんたに危害を加えられるワケがないじゃないか。

 誰よりも愛してやまない、オレの――


「――雷撃槍ライトニングストローク!」


 正面からまっすぐに飛び込んできた電撃の槍が、オレを貫いた。

 痛いとか痺れるとかじゃない、息が止まるような衝撃が一番に来て、物凄い打撃で身体が動かなくなった。

 悲鳴も上げられないまま頽れたオレの傍に、静かに近寄ってきた気配が。


 そっと。

 ポケットから宝玉を抜き出した。


「……ごめん」


 噛み殺した謝罪の後ろで、哄笑をあげるヒデトの声が聞こえる。


「良くやった! これで――これで俺の願いが叶う! さあ、行こうか、サクヤ」

「……どこへ行くつもりだ」

「獣人達の所に決まってるだろう。この機会に原初の五種を全て抑えるぞ!」


 ぐい、と腕を引かれたサクヤの、不思議そうな声が聞こえる。


「お前はこうして守り手と神の欠片を集めて、何をするつもりなんだ……?」

「神の欠片は力、守り手は生贄だ。俺の愛した唯一の同胞を――今度こそ救うための……」


 掠れたヒデトの声が、その疑問に答えた。

 言葉の直後に、思わずという感じで吹きだしたユズリハの笑い声がかぶさる。


「……何かおかしいか?」

「べっつにー。ま、良いんじゃない? 僕は困らないし。さて、獣人の集落だったよね。転移するからこっちへおいで」


 全部聞こえているのに、痺れるとかじゃない、とにかく強烈な痛みで動けない。

 それでも少しだけ動くようになった首を回して、地面から見上げれば、なれなれしくサクヤの腰に回されたユズリハの腕が見えた。


 ふざけんな――そいつに――!

 動かない身体で、怒声をあげる前に。


「そうだ。やっぱこの機会に、邪魔されないように全部片付けとこう。折角サクヤの魔力を好きなように使えるんだし……これ、サクヤの見た時から、1回使って見たかったんだよね」


 気楽に上げたユズリハの右手の前に、白銀の光が渦巻く。

 その輝き。

 闇を飲み込む姫巫女の、最強の――


月焔龍咆哮ルナティックロア!」

「――爆風バーストウェーブ!」


 一瞬早くユズリハの思惑に気付いて、重ねるようにサクヤが放ったのは、爆発的な威力の風の魔法だった。

 その吹き荒ぶ風に煽られて、地面に立っていられずに人々が伏せた頭上を、暴風に煽られて散り散りになった月焔龍咆哮ルナティックロアの白い光が飛び散っている。

 轟々と鳴る風の向こうで、少しだけ、喧嘩する声が聞こえた。


「――サク――何で邪魔――」

「――るさい! 邪魔するなとは――あれは俺の――」


 俺のものだ、と。


 聞こえたような気がしたけど。

 その直後に、宥めるような呆れたようなヒデトの声が聞こえて。

 それでも、風の中をかすめるように、かすかに。


「……頼むから、追ってくるなよ」


 聞き慣れた甘い声が響いた。

 それは、まるで祈りのように。

 荒れ狂う風の壁の向こう――


「――聖転移魔法エンタイアディスプレース!」


 黄金に輝く光の柱が立ち上った。


 風が落ち着いて、ようやくオレが立ち上がった時には。

 倒れ伏した人々と、荒れ果てた野原だけを残して。

 オレの大事なそのヒトは、金色の光の向こうへと、消えていた――

2016/06/28 初回投稿

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