16 王の責務
【前回までのあらすじ】勝ち抜いた継承戦最終戦。エイジが王位につくことが決まった。兄であるカズキに、エイジは何を語ろうとしてるんだろう。「王になって最初にやりたいこと」って一体何だ?
「オレが王サマになったら何がしたいか、って答えの前にさ、お兄ちゃん。ちょっと考えてほしいんだけど」
「何だよ」
「王サマの責務って何だと思う?」
真剣な調子から一転して、いつもの軽い口調に戻ったエイジに、イラつきながらカズキが答える。
「……国を平和に治めて、発展させることだろうが」
「うわぁ、お兄ちゃん優等生ねぇ。素晴らしいお答え。その通りだけど、他にはないかな?」
「はあ!? お前なぁ! いい加減にしろよ!」
もう一度掴みかかろうとしたカズキの手を、エイジがひょいっと避ける。
そんな2人のやり取りを見つつ、オレはと言うと、何でこの人達が同じ血を引く兄弟の癖に、ここまで関係が破綻しちゃったのか理解出来た気がしてる。
決定的に合わないんだ、性格が。
エイジはふざけることが好きだけど、根は意外に真面目だ。だけどそれを軽い言動に隠してる。
対するカズキは捻くれてるように見えて、おおもとは直球なんだろう。表に見えることしか見えない。だから、エイジがこうしておちゃらける度に、イラっとするんだ。
その辺のモノサシが、恐ろしい程合ってない。
「そうねぇ。平和に治めるの大事だけど、今だけ平和に治めてもさ、ほら。どうせなら『この先も』発展させた方が良いでしょ?」
「あぁ!? 何だ、永遠に生きるのが究極の王とでも言うつもりか?」
ぴくり、と隣でサクヤが肩を動かした。
気付いたオレはその頭に手を置いてやる。
小さな金色の頭を撫でながら、多分サクヤが予想しているのとは違う答えを、エイジが口に出すだろうと予測した。
原初の五種を除いて普通に考えれば、将来を支えるのは不老不死なんかじゃない。
「まさか、そんな分不相応なこと望まないさ。そうじゃなくて、普通は違う手段取るでしょ……つまり」
「……子孫の繁栄かよ」
何てことはない、どこにでもある希望の繋がり。
ようやくそれに気付いたカズキが皮肉に口を歪める。
「ああ、お前んとこは良いよなぁ。女ばっか仲間に入れやがって。サクヤにアサギに……あの黒猫も若い娘だったか。選びたい放題で羨ましいよ」
「あ、ストップストップ。あのさ、俺は確かに女の子大好きだけど、好みにうるさくてね。略奪愛とかもあんま好きじゃないの。だから、見てて哀れになるくらいずっと誰かの背中ばっか見てるウサギちゃんとか、気に食わないことあるとワンドで殴ってくる乱暴な幼なじみとか……えっと……その、ほら、どうしようもないロリ猫とかは、お好みじゃないのよ、OK?」
全然OKじゃない。あんたその言い方、絶対サラのこと……と思ったけど、エイジが禄でもないこと言った瞬間にアサギがワンドでどついてくれたから、オレは沈黙を守った。
隣のサクヤも何か言おうとして、でもオレの顔をチラっと見て、ついでにオレの手を頭から振り払って黙った。何となくその顔が赤くなってるような気がしたけど、何でなのかまではちょっと分からない。
「どうでも良いよ、お前の女の趣味なんか」
「いや、俺だってそんなこと言いたいわけじゃないんだけど」
「じゃあ何なんだよ。お前と話してるとムカつくんだよ!」
「あー……あのね。何が言いたいかと言うとさ、俺、女の子は好きなんだけど、何となーく、この先子どもとか出来ない気がするんだよねぇ……」
突然言い出したワケの分からない言葉に、殴りかかろうとしてたカズキが動きが止まった。
「……はぁ?」
「いや、予感よ? ただの予感ね。でもさ、何かそんな予感がするから……もし良ければ、王サマになるのは無理でも、お兄ちゃんの子どもを王サマにするのは、約束出来るなぁって思うんだけど……」
一瞬考えた後に、カズキが振り上げていた拳をおろして呟く。
「……お前が王位を退く時に、俺の子どもを次の王に指名するということか?」
「そ、そういうこと。そこでお話しておきたいんだけど。あのさ、俺が王サマになって最初にやろうとしてることって何かと言うとね……継承戦の廃止なのよ」
エイジの宣言に、カズキだけじゃない、周囲の見届け人達も驚きの声を上げた。
そんな周囲の空気を放置して、エイジは肩を竦める。
「俺、もう継承戦とかうんざりなんだよなぁ。今回だって何人死んだ? こんなことして血族と有力者が潰し合ってさぁ、国力の無駄遣いだ。いや、昔は意味があったと思うよ? 何せ小国だからね、こうして競い合って力をつけた王子でもなきゃ、他国からの圧力で潰れちゃうとかさ。何て言うの? 強制的に力を付けさせるカラクリ? だけど……もう良いじゃん。この国は俺が安定させるよ。それで、子どもは作らないからさ、お兄ちゃんとこの長子に継がせて、今後は長子相続にしようぜ」
きっと、ずっとそのことを考えていたんだろう。
継承戦という制度を支えてきた見届け人達の前でわざわざこの瞬間に宣言したのも、多分考えていたことなんだ。
ざわめく人の数も、よく見れば随分少ない。もしかすると、根回しとかも終わってるのかも知れない。
一気に吐き出したエイジの前で、カズキが納得した様子でそっと眼を閉じた。
「……なるほどな。だから今回は譲れと、そう言いたいんだな?」
「譲るも譲らないも、俺の勝ちはもう決まってるからさ。ほら、お兄ちゃんは王サマになりたいってより、王サマの名前が欲しいんでしょ? あなたにはあげられないけど、あなたの子どもにはあげられる。それで納得してくれるなら、俺はお兄ちゃんの命までは奪わなくて済むって話さ」
「もし納得せずに、この継承戦は無効だなんて俺が主張すれば――」
「――どっちかが死ぬまで争うしかないよね、俺は譲るつもりないから」
にっこりと笑ったエイジが、視線をカズキから逸らさないままポケットを探ろうとして、途中でその手を止めた。
指先にかかった煙草をポケットから出さないままで、カズキに向けて笑いかける。
「……ってことで、どうする?」
軽い質問だけど。
笑顔に見えるけど。
承認が返ってくることを、強く求めてるって、オレには分かった。
きっと、両手でワンドを握りしめて、食い入るようにエイジ達を見てるアサギにも分かってるだろう。
本当は、目的よりも手段が目的で。
ただ、ともに歩みたいのだと。
頼むから、届いてくれと。
その人の心に伸ばす、誰もが持ってる、誰にも見えない触手。
「……俺の子どもが、王になる、か……」
カズキの口から弱々しい言葉が漏れた。
今までの激昂した様子が嘘のように、肩を落として、一歩エイジに近付く。
エイジは腫れていない方の頬を歪めて、カズキへと手を伸ばした。
求める心をそのまま表す仕草に、カズキはちょっと呆れたように、くすぐったそうに、少しだけ息を吐いて。
ゆっくりと上げた手で。
エイジの手を。
すり抜けたその拳に、ナイフが握られていた――
「――エイジ様!」
アサギの悲鳴とともに、サクヤの傍からナチルが駆け出した。
誰よりも早く動けたのは、きっと、王宮付き治癒術師としての意地だ。
唖然としてしまって遅れたけど、すぐにオレも後を追う。オレの背後、サクヤが黙って片手を上げ、バチバチと白い火花を散らし始めた。
腹にぐっさりと突きこまれたナイフを見下ろして、エイジが皮肉に笑う。
「……はは。なるほどね……っ」
言葉を塞ぐように、すぐにその唇から赤い血が漏れ出した。
咳き込むような音とともに、次々に口からあふれる血液を拭いながら、カズキを押し退けて後ろに下がる。
その勢いのまま倒れそうになった身体を、背後にいたアサギが支えようと腕を回す。
「――っきゃあ!?」
だけど当然ながら体格差があり過ぎて、支えきれなくて一緒に地面に倒れた。
丁度駆け寄ったナチルが、エイジの前に立ち両手を掲げて青兎魔法を謳い始める――
「――お前は、いつもそうだよな。軽い思いつきを口にするだけで、自分の好き勝手に誰も彼もが動くと思ってる」
地面に座り込んだエイジを見下ろして、人を踏みにじるような笑いを浮かべたカズキが、軽く顎を上げた。
そして、決定的な決別の答えを口にする。
「お前の言う通りだ。俺はな、王になりたいなんて訳じゃない。ただ単に――お前を下したいだけだよ! お前のワガママの為の種馬になるなんざ、死んでもゴメンだ!」
「そう……残念だ、ね……ぐっ……」
「エイジ様! 喋らないで!」
エイジの下でもがくアサギが、鋭く注意した。
その様を見ながら、ナイフを持ったカズキが手を伸ばす。
丁度追いついたオレの指先も、同じその方へと手を伸ばし――その銀の髪を掠めて――横からカズキに掻っ攫われた。
「――っきゃあぁぁあっ!? 変態っ! 変態っ!」
カズキに首筋を掴まれ引き寄せられたナチルが、ばたばたと足を振り回す。
だけど首元にナイフを当てられた瞬間に、ぴたりと動きを止めた。
「うるせぇんだよ。ちょっと黙ってろ。おい、そっちのヤツも止まれ」
隙を見てじりじりと近付いてたオレも、視線を向けられて足を止めた。
エイジとカズキに相互理解って言葉が全くないって分かった瞬間から、ここまでとは言わずともごたごたするだろうと予測はついてた。
周りの動きを見てみると、予想できてたのはオレだけじゃなかったっぽい。
カズキの向こうで、キリとカエデも気配を殺してそっと近づこうとしている。オレからは見えてるけど、カズキからは背中側だから見えてないはず。
アサギだって既に治癒魔法をかけはじめてるし、ナイフが小さかった分、エイジの傷も深くはないはず。
危険な状況ではあるが、所詮多勢に無勢。
ナチルさえ取り戻せば、ますますエイジだって大丈夫になる。
状況はすぐに巻き返せる――
――と、思っていた。
その瞬間まで。
「――あー……痛かった。『死ぬ』って結構痛いんだね。初めての経験だけど、ちょっと甘く見てたかも」
言葉の内容と裏腹に、どうでも良さそうな声はオレの背後から。
振り返るより先に、気配察知の為に伸ばしたままだった触手が、森から出てきたその人影の正体を掴んでいた。
「――ユズリハ……!?」
振り向いたサクヤが、息を詰まらせてその名前を呼ぶ。
呼ばれたユズリハは大げさに首を回してから、黙って片手を掲げた。
同時に、ユズリハの後ろから駆けだした親衛隊長ナユタが、カズキに向けて走る。
「――爆散陣」
ナチルを抱えたままのカズキを中心に、足元の広い範囲で、輝く魔法陣が広がっていく。
ぐねぐねと赤く輝く蛇のように、地面に文様が描かれていく。
これ――いつか黒猫の森の中で見た大爆発の魔法の、詠唱破棄バージョン!?
「――爆発するぞ!」
叫んだサクヤの声で、弾かれたようにその場にいた人間は広がり続ける輝く帯を避けて、散り散りに走った。
サクヤとオレはエイジを持ち上げようと藻掻いてるアサギの元へ。
先に辿り着いたキリがエイジを抱え上げ、カエデが地面に転がったままの師匠の身体を担いだ。
アサギを起こしたサクヤが、手を引いて魔法陣の外へ走る。途中で追いついたオレが、サクヤの手からアサギを奪い取って持ち上げた。
「ナチル!」
叫ぶサクヤの声に振り向けば、カズキとともにナユタに抱え込まれたナチルが、こちらに手を伸ばしている。
「サクヤぁ!」
だけど、それを追う時間はなかった。立ち止まったサクヤの腰に手を回して引く。
何とか爆破範囲の一番外側の赤い帯を踏み越えた――と思った瞬間に。
背中に、膨れ上がった熱の塊を感じて。
途端に。
爆風に背を押されて、めちゃくちゃに吹っ飛ばされた――
2016/06/21 初回投稿