15 多分、決めてた
【前回までのあらすじ】魔力量じゃない、あんたそれ以外にも十分強いから! 魔法使いって、どうしても接近戦苦手になると思うんだけど、やっぱ重ねた年月が尋常じゃないからなぁ。ユズリハを圧倒する速度で、オレと心で繋がったままのサクヤが走る――
壁になってた花柄シャツも失って、直接攻撃を受ければユズリハは避けようがない。
サクヤの振りかぶったナイフが、その喉元を切り裂いた。
赤い血を撒き散らしながら、ゆっくりと後ろに倒れるユズリハ。の背後に着地したサクヤが、即座に振り向いて駆け出す。
その先にいるのは、銃を抱える赤いシャツと青いシャツの鼠獣人族たち。
「――氷結槍!」
尖る透明の槍が、真っ直ぐに赤シャツの胸を射抜いた。
銃を構える青シャツの狙いが定まる前に、距離を縮めたサクヤのブーツから抜かれた毒針が、きらきらと輝きながら身体に突き刺さる。
言葉もなく沈んでいく青シャツを一瞥して、息を吐いた。
歴代の姫巫女であれば、悩むはずもない魔力欠乏。
泉から無限に与えられるはずのそれを、受け止められずに苦しんだ。その経験から編み出した、種々の戦闘スタイルが今こうして活きている。
いいじゃないか。
たとえ魔法使いとは到底言えない方法であったとしても。
それが、あんたのやり方で構わない。
「サクヤ!」
呼びかけた声に応えて、触手を通じて伝わってくるのは、何よりも安堵。
カイが無事で良かった、なんて。
金色に戻った髪を揺らしながら、早歩きで近付いてくる。
「……カイ」
あからさまにほっとした様子に、やや情けない思いで苦笑を返すと、すぐに触手を通じて反論が戻ってきた。
(だって、お前が一番弱い!)
(心配するの当たり前だ!)
ちょっとだけがっくりするけど、ちょっとしかがっくりしないのは、反論の裏に(お前がいなくなるなんてすごく嫌だ!)なんて気持ちが、ちらちらしながらくっついてるからなんだけど。
オレの目の前まで近付いてきたところで、一歩踏み出そうかどうしようか、迷う気持ちが伝わってきた。
(どうしよう……)
(抱きついても良いのか?)
(こないだは怒られた)
(今、俺は男だし)
(抱きついて振り払われるの、嫌だ)
(傷付くから……)
(それに、身体が女でも怒られたりする)
(基準が良く分からない)
(ということはつまり)
(抱きつかない方が良い、んだけど……)
(どうしよう)
(抱きついても良いの?)
自分で答えが出てるのに、ずっと同じことをぐるぐる考えてる。
それ、あれだろ? 多分、決めてるんだろ、答え。
傍から見れば、小首を傾げたサクヤさんがオレを上目遣いで見つめ続けてるだけに見えるはず。
けど、触手を通して伝わってくる思考の中身は、傍目以上に破滅的に可愛かったりするから、たまったもんじゃない。
――なんて思ったオレが顔を覆った瞬間に、口にも出してないあれこれは、触手越しに逆に向こうに伝わったらしい。瞳を輝かせて魔力の火花を散らしながら、オレの胸に飛び込んできた。
(やっぱり、これなら良いんだ)
(これなら――)
柔らかい身体が擦り寄ってくる。
嬉しいけど、どうしよう。
あんた本当にやらかいし、いい匂いがするし、すげぇ気持ちよくてバクバクする――なんて感想が本人宛に垂れ流しになってる現状に気付いて、死にそうな気持ち。
くす、と胸元で笑う声がして、ふとサクヤの記憶が流れてきた。
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「うぁいっ!?」
がくんっ、とバランスを崩したカイが。
肩にしがみついてきた。
「こら、サラ! あんたね!」
耳元で怒鳴られて、こちらまでびっくりした。
どうやらサラに意味もなく膝を押されたらしい。
膝が緩んだ拍子に転けそうになったのだろう。
「人混みでサラかっくんは禁止だっつっただろ!」
怒鳴られてる当のサラは、どこ吹く風。
いつもの無表情のまま、ばひゅんと走り去った。
「……ったく……」
仏頂面でぼやいてから、ようやく。
俺の肩を抱いたままであったことに気付いた。
「あ!? うわ、ごめん!?」
わたわたと慌てて身体を離そうとする。
自分が抱きついてきたくせに。
手のひらを返したように離れるのが。
何だか、腹立たしくて。
こちらから、身を寄せてみた。
「……そんなに嫌がらなくても良いだろ」
胸元に顔を埋めると、どこか。
安心するような、鼓動が高鳴るような。
腰に手を回して、頬をすりつける。
「!? わ、ばか! ちょ、人が見てるし……あんた今、女だろ? 胸当たってんだよ!」
「好きなんだろ?」
「へ?」
「……胸が」
「っ……はあ!? 何言ってんの、あんた!」
乱暴に振り払われて。
駆け去ってくカイの背中を見てた。
近くの木の上で。
いつの間にか戻ってきたサラの気配が。
ふひっ、と変な声をあげてる……。
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それはいつだったか、仙桃の国に3人でいた時の記憶。
あぁ……ああ!
もういいよ! 認める。
……好き、だよ。
胸だけじゃなくて。
(胸も)
ああ、はいはい! 胸も! 胸もです!
本当は今だって、こんなほわほわして当たってて気持ち良い……思う存分おっぱい揉んだりしてーよ、畜生……!
(……ごめん)
(あの、触るだけなら……)
バカじゃないの、あんた!
オレが何で我慢してるか分かってんのかよ! 分かってねーだろ! 分かれよ!
あんたのことが好きでもっとこの服の下やらしーことしたくてでも出来なくて出来ないことであんたを責めたくなくてでもあんなんやこんなんや妄想空想イメージ画像で培われた幻想でえっちぃことに興味はあるからきっかけがあるとこうやってイロイロ考えすぎてやらかいやらかい触りたいもっとちゃんと見たい的な頭ぱんぱんになってでも結局出来ないってことに最終的に気付くからヘコむ……。
(……? ごめん、今の思考は早過ぎて)
(ついていけない、何故ヘコんだ?)
(あと、間に肌色の多いイメージ映像が何回か)
(出て来なかったか? 気のせいか?)
うるさいっ! 黙ってろ!
あんた本当に周り見るとか、空気読むとか出来ない人だ。
今だってオレ本当は抱き返したいんだけど、後ろでにやにや笑ってるエイジの視線が気になって、手を動かすのを躊躇ってんだよ。
(エイジ――が、見てる……!)
途端に、人の目を意識したサクヤが身体を離す。
安心したような、寂しいようなもっとくっついてたいような……そんなオレの気持ちが伝わって、迷ったサクヤがおずおずと口を開いた。
「カイ、これ……抜いて。もう継承戦も終わったし。何だか良く分からないが、頭の中のお前がずっと俺を見てて、ちょっと恥ずかしい気持ちがする……」
あえて口に出したのは、聞き耳立ててるエイジに「外すからな」って聞かせたいってことらしい。
けど、今の言い方、それってどっちかと言うとからかいの良いとっかかりなんだけど……まあ、抜いた方が良いのは事実っぽい。主にオレにとって。
オレは無言で頷いて、サクヤに繋げてた触手を回収した。
「……あっ……」
繋がってた精神が途切れる違和感を受けて、声を漏らす恥ずかしそうな表情で。
……ここまでのヤバい妄想の延長であらぬことを想像したオレは、たった今触手が外れて良かった、と心から思いました。
今のが伝わってたら、恥ずかしさのあまり余裕で死ねる。
「えーっと、いちゃいちゃしてるとこ悪いんだけどさぁ……」
アサギのおかげで負傷から回復したエイジが近付いてくる。
ポケットから煙草を取り出しながら、にやにやしてるのが腹立たしい。
何か言い返してやろうと息を吸い込んだ瞬間に、オレの横に立ったエイジのライターを握った右手が。
「継承戦、まだ終わってないんだけど」
ぴし、と指した先には、攻防を繰り返す師匠とナユタがいた。
こくん、と小首を傾げたサクヤが、それを見て囁く。
「……忘れてた」
唯一の救いは、非常に高度な斬り合いを続けつつも存在を忘れられていた師匠本人に、その声が聞こえていなかったことだろう……。
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森を出た途端に、太陽の眩しさが目にしみる。
「――サクヤ! カイ!」
ぱたぱたと近寄ってくる軽い足音が、白くて長い耳を揺らしている。
ばふっ、と胸元に抱きついた小さな影を、サクヤが抱き返した。
「……ナチル」
「サクヤが無事で、良かった……」
たまには素直になる時もあるらしい。
しおらしい姿を意外な思いで見つめていたら、サクヤの腕の中から、ぎんっ、と変な迫力で睨み返された。
「……何よ、何か言いたそうな顔してるわね」
「別に。珍しく素直な……」
「素直とかじゃないもの! 何よ、サクヤなんか勝手にこんな危ないことして! どっか怪我したりしてないんでしょうね!」
突然腕の中からきんきんと叫ばれたサクヤが、ただ単にボリュームの大きさが気になって眉を寄せる。
だけどそんな表情だけで、一瞬泣きそうな顔をしたナチルが、したーん、と足を鳴らした。
「何よ何よ、そんな顔して! どうせ心配なんてしてないもの! ばーかばーか、カイの変態っ!」
「オレ関係なくない!?」
悔し紛れに例の言葉を付け足すと、駆け寄ってきた時より6割くらい遅いスピードで、ナチルは遠ざかっていった。
勢いでキリに抱きついて何かまくし立てているのは、多分オレの悪口を言ってるんだと思う。時々したんしたん聞こえてくるけど、まぁ……オレ、何か余計なこと言っちゃったのかもしれない。
サクヤはオレの隣で何だかしょぼんとして、そんな2人の姿を見ている。
「……ナチルは、俺よりキリの方が良いんだろうか」
そういうことじゃないんだと思うけど、言ったところで信じて貰えなさそうな気がしたので、黙ることにした。
キリに纏わりつくナチルに辟易した様子で、キリから離れたカエデがそっと歩み寄ってくる。
「あのさ、あの子の面倒、もう良いでしょ? そろそろ引き取ってくれないかなぁ。さっきからキリにちょっかいかけまくってて、あのロリババァかなりウザい――」
「――ちょっと! 聞こえてるんだからね!」
したーん、とキリから手を離したナチルが足を踏み鳴らす。
「青兎は耳が良いんだから! ロリババァって何よ! あなたなんかそのまんまババァじゃない!」
「あははっ面白いこと言うねぇ……死にたいの?」
たんたんたんと鳴らしながら再び近付いてくるナチルと、言い返すカエデ。
どうでも良いけど、若いお姉さんがババァババァ言い合ってるのは何だか見ていられない気持ちになるので、出来たら止めてほしい。
隣でオレと大体おなじような感想を抱いていたらしいサクヤが、近寄ってきたナチルの頭を宥めるように撫でた。
大人しくなったナチルの後ろから、解放されたキリもこちらへと歩いてくる。
サクヤが軽く頭をさげる。
「キリ、カエデ。ありがとう。助かった」
「いや、大したことはない。君たちが不在の間、ヒデトの襲撃もなくて良かった」
「いっそ来てくれたら、ぱーっと暴れられて、そのついでにこのロリババァもうっかりぶん殴れちゃったりして、気も晴れたかも知れないけどねぇ」
「カエデ」
窘めたキリに対して、カエデが小さく舌を出して見せた。
「はいはい、森の出口で道ふさがないでねー」
わちゃわちゃしてるオレ達の後から森を出てきたエイジと、その後ろを歩いていたアサギが、見届け人に向けて手を振る。
「はい、うちのチーム、これで全員ね」
エイジの肩に担がれてる師匠に気付いて、見届け人は頷いた。
どっこいせ、と師匠を下ろしたエイジの横から、アサギが師匠の背中を支えて地面に横たわらせる。
師匠が気絶してるのは……その。
結局、師匠とナユタの決着がつくのを待ちきれなかったサクヤが、雷撃槍で強制的に戦闘を終了させたからだ。
実力の均衡した相手と斬り合うのが、よっぽど楽しかったんだろう。呼びかけても応えない師匠に、焦れたサクヤが強硬手段に出たことを詰る気持ちはないけど。
多分、目が覚めた師匠はすごく怒るだろうと思うと、今からちょっと憂鬱。明日の日課の訓練はキツいものなりそうな予感。
溜息をついて、エイジと見届け人のやり取りを眺めていると、横からカズキが近寄ってきた。
「おい待て、俺の部下達はどうした? 少なくともナユタは――」
「森の中でまだおねんねしてるよ、お兄ちゃん」
ふざけたエイジの答えに、あからさまな嫌悪の表情が返ってくる。
「お前はいつもそうだな。大事な場面でいつもふざけやがって……」
「あー……まあ、そうね。深刻に考えるの、あんま得意じゃないの。そういうのはお兄ちゃんにお任せするわ」
やる気のない声で、余計にカズキの表情が歪んでいく。
「お任せだ? いつお前が俺に任せたよ? 何やらせても俺より上手にやりやがって! 今回もそうか、お前の勝ちかよ!」
「小器用なのよ、ごめんね」
「謝んな、畜生! 俺のこと小馬鹿にするな!」
エイジに掴みかかるカズキの姿に、見届け人が止めに入ろうとする。すぐにアサギが手を振って、無用であることを示した。
「誰も彼もお前に頼りっぱなしで、どいつもこいつもお前が勝つことを願ってやがる! 何でだよ、お前の方が後から生まれて、どう見たってふざけてるようにしか見えないのに、いつも軽々と俺を越えてく……!」
シャツの襟首を掴んで、握られたカズキの拳が、エイジの頬に打ち込まれた。
がんっ、と結構な音を立ててぶん殴られたエイジは、それでもカズキから目を逸らさない。
「何だよ、その眼は! 馬鹿にしやがって!」
2度、3度と振るわれる拳を――4度目で、エイジの左手が止めた。
「――お前……!」
驚いた表情を見るに、今までにも何度か同じことがあったのかも知れない。
ずっと反抗なんてしなかったんだろう、エイジは。
自分で言った通り、エイジは深刻にするのが苦手な人だ。できればへらへら笑ってる内に通り過ぎて欲しいと思ってる、多分。
でも、今回は。
「お兄ちゃん、ごめんね。半年前から――いや、生まれた時から、多分決めてた。今回は俺、あなたに譲れないの」
ぎりぎりと拳を握るエイジの手に、力が入る。
カズキが痛みで手を引こうとしたが――エイジの腕がそれを許さない。
腫れた頬を隠しもせずに、エイジの碧眼が、正面からカズキを見た。
「俺はこの国を愛してる。だから、俺が王になるんだ。あなたじゃない、俺が――この国を継ぐ」
はっきりと告げた言葉の直後、手離された拳を引いて、カズキがエイジから距離を取る。
エイジの眼は真剣で――その分、周囲の視線はカズキを憐れんでいた。
出来の良い弟に脅かされる駄目な兄、という可哀想な立場を。
「くそっ、何でそんな眼で見る!? 俺は――こいつは、こんなふざけたヤツで――こんなヤツが何で王に――! 畜生!」
腕を振りながら喚く姿で何と言おうと、カズキが王に相応しいとは思えない。
元の能力の差もあるかも知れない。
確かにエイジは軽いしチャラいし、さして努力もせずに自分を越えていく姿は、見ていて腹立たしいかも知れない。
だけど。
国を支えることにどれだけ一生懸命かだって、知っているから。
態度より、言葉より何より強く。その行動で。
「だけどさ、お兄ちゃん」
暴れるカズキに向けて、エイジは頬を緩め、片手を差し出す。
「俺が王様になって、最初にやりたいことって何だと思う?」
「……何?」
予想外の言葉に、一瞬カズキの動きが止まった。
肩を竦めたエイジの、続く言葉を、カズキを含めた周囲が皆で見守る――
2016/06/17 初回投稿
2016/06/18 エイジ、師匠おろすの忘れてました。加筆。