14 君の居場所
【前回までのあらすじ】サクヤさんの必殺技「月焔龍咆哮」が防がれた!? 青葉の国の王位を巡る継承戦。最終戦はさすがに一筋縄じゃいかない……かも?
「青兎の魔力も結局この程度かぁ。うーん。こんなのなら、たとえ全滅してもまあ、そんなに惜しくはないね」
「全滅!? この――」
(――泉よ――!)
ユズリハの挑発に激昂して、更なる出力を求めるサクヤの祈りが、胸をびりびり震わせる。
脳裏に浮かぶのは島を襲われた時の記憶。
人間に島を蹂躙され、同胞を殺され汚され奪われた歴史。
サクヤがオレに語ってくれなかったソレ、が。
繋がっている意識に融けて、一瞬の内に頭の中に広がった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「――止めて! 姫巫女は私よ! この子は関係ない!」
腕を広げて、自分を庇う義姉の背中を、ただ見上げた。
「……が、はっ……」
その名を呼ぼうとして、完全に失敗した。
息が出来ない。貫かれた胸が、酸素を求めて激しく動く。
必死に膨らませた肺は、突き刺された剣のせいで役に立たない。
「ほらな、やっぱり姫巫女に耳がない訳がないって言っただろうが」
「獣人の長だから、獣人じゃないとな……」
「こいつ、髪の色もおかしいし」
近付いてきた人間の手を、イワナが平手で打った。
「触るな! 私の家族に触らないで!」
したん! と足を踏み鳴らして、睨み付けている。
「家族……? こっちも連れて行くか?」
「いや、ここまでやればもう死ぬだろう。無傷で捕まえれば良い金になったかもしれないが……」
地面に磔にされた身体では、呪文の1つも唱えられない。
もがくことさえ。
腕を上げることも出来なくて。
ただ、人間の腕に絡め取られる義姉の背中を見詰めるしか。
翻ったイワナの服の裾が、頬を掠める。
「……サクヤ……」
泣きそうな顔でしゃがみこんだイワナが。
その指先が、俺の顔を――
「……お願い、サクヤ。必ず生きて、私を助けに来てね?」
一度だけ撫でて、そっと離れた。
遠ざかっていく細い背中。
イワナ――と。
声に出ない名前を。
心の中で叫んだ。
イワナ、イワナ!
イワナ――!
自動再生は働くそばから、剣の刃に傷付けられていく。
せめて彼女に向けて伸ばされる、あの汚らわしい手を。
吹き飛ばして、やりたい、のに。
駄目だ……。
意識が……保たない。
死と再生を繰り返す、深い深い、闇へ。
ゆっくりと――落ちて――
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
落下の恐怖で、がくんと膝が折れて現実に戻った。
濃密に詰まった感情と時間にくらくらする。
頭を振りながら、初めて見た情報を整理する。
そうか、人間達の目的は、青兎じゃなかったんだ……。
姫巫女を捕らえに来て、間違ったまま義姉を連れて行ってしまった。
自分のせいで、島は蹂躙され。
自分のために、多くの同胞が命を喪った。
その抱えきれない罪悪感が、この人を。
同胞を救うという使命へ駆り立てる。
同時に。
自分の存在を捨ててしまいたい衝動へと――。
正体も分からない深い絶望に触れる度、オレ、傍に寄って抱きしめてやりたかった。
それなのに、いつだってそんなことが出来ない状況で歯がゆかったんだけど。
今は。
繋がった触手を通して、触れられる。
その心に。直に。
大丈夫だから、と言い聞かせながら。
(大丈夫!?)
(何が大丈夫なものか!)
(人間風情に――人間なんかに――!)
(粗暴で愚かで下等な種族が賢しげに!)
(お前もあいつも誰も彼も!)
(俺の――我らの――同胞の――虐げられた我々の!)
(一族の憤怒と苦悩を知らぬままに!)
(――ああ、泉よ――!)
普段、種族差別なんて口に出さない人だから、掘り返せばここまで深い憎悪を抱えていたとは気付かなかった。
でも、憎しみも嘲りも本当は。
それを止められなかった自分へ向けたもの。なんだろ?
きっと、自覚してるから口に出さないんだ。
ただ、直結しているから、今だけ。
言葉にしないことまで全てが筒抜けなだけで。
教えてくれて、良かった。
オレに嫌われるかも知れないと、それだけを少し怖がってる心の端っこを捕まえた。
焦りと屈辱で興奮するサクヤの中身を、宥めるように優しく撫でる。
まるごとのまま触れている精神がオレの想いも、逆にあんたに伝えてくれる。
大丈夫、あんたを愛してる人間だってここにいる。なんて。
口では言えないあれやこれやを。
同胞という弱点に触れられた途端に熱くなるあんたの性格、戦いでは不利に働く。
もっと冷静になって。一緒に考えよう。
オレもついてるから。
触れているオレの心にくるまれて、徐々に落ち着いたサクヤの心。
燃え盛るように熱かったのに、ある瞬間からすっと冷えて、か細い謝罪を伝えてきた。
(……ごめん。お前を馬鹿にした……)
そんなことどうでも良いよ。
さしてどうとも思ってない。
そりゃちょっと位は傷付いたけど。
だけど、あんたの中に積み重なってる人間達の行いを。
あんたらが何をされたかって、全部見てしまったから。
ぐちゃぐちゃに蹂躙された、島の姿。
島を出て独り放浪しながら、同胞を探していた間に受けた裏切り。
騙され、惑わされ、繰り返す人間への失望を。
あんたが開いてる心の分、全て。
――あんたを愛してる。
誰も知らない、傷付いたその幼い心。
自分も人間なのに、同じものだなんて認められない。
矜持も自覚も罪悪感も全部ごったになって、自分は姫巫女であると叫ばずにはいられないあんたを。
自分よりもオレよりも、一族を愛するあんたを。
(……ごめん……)
2度目の謝罪は何に対するものか、オレには良く分かってたけど。
あえてそれには応えなかった。
謝罪も否定もいらない。
そのまま。今のままのあんたを愛してるから。
ありのまま、生まれたままの――
……生まれたままの?
(――お前!)
(そ、それ以上いやらしいこと考えたら)
(これ引っこ抜くからな!)
……あ、何か変なのが混ざったらしい。
考えてることが全部まるごと伝わるって、便利そうで微妙に不便。
今のなしなし、と首を振って、頭に浮かんでたアレコレの半分くらいを振り切った。
残念ながら、残りの半分は振り切りきれなかったので、照れたサクヤが誤魔化すように言葉を付け加える。
(そういうとこ、やっぱり師匠譲りなのか)
(……へんたい、め)
いや、待って待って! アレと一緒にしないで!
あの人は真性、オレは普通の思春期のオトコだ!
師匠の名前が出たとこで現実に意識を戻して、周囲を見回した。
話題のその人は相変わらず、こっちの状況を無視してナユタと斬り合いを続けてる。結構楽しそうな顔してたりするのは……楽しいんだろうな、やっぱり。変態だから。
それをきっかけにして、オレは主意識の大半をサクヤとの心内高速通信から、戦場に戻した。
ちょうど切り掛かってきた花柄シャツの鼠獣人族をいなしたところで、楽しそうなユズリハの声が響く。
「さあ、次はどうしようかなぁ。あ、そこの君、黄金竜の少年の抑え役しっかりよろしくね。近づかれると困っちゃうから」
声をかけられた鼠獣人族が溜息をつく。
「はいはいよぉ。……魔法使いサマってのは羨ましいよなぁ。こっちはこうしてせせこましく地面を走り回るばっかりだっつーのに」
頭の端っこで次の手をサクヤと打ち合わせつつ、花柄シャツの攻撃を捌いた。
無言のままのオレを煽るような舌打ちが聞こえてくる。
「おーい、聞いてるか? 人間の坊っちゃんよぉ。流れ流れてこの国について……ようやっと見付けた雇い主だ。あんたらみたいにだらだらと何となく生きてられるヤツらぁ、羨ましいぜ。王子サマ方ぁ才能も金も権力も全部抑えやがって、何がご不満でこんなことしてんだかねぇ」
愚痴る毎に自分で興奮する花柄の打ち込みが、段々鋭くなっている。
怒りを晴らすような力の籠もった剣を、オレは正面から受けて、払い除けた。
知るもんか、あんたの苦しみなんか。
王子だ、魔法使いだ、人間だって。カテゴリだけで語るあんたの言葉なんか。
人の心は最後の聖域。
オレは今、その聖域に踏み入っている。
そこで見かけたものは、全てが表に出てくるワケじゃない。
サクヤだって、ろ過した後の綺麗なものしか、口には出さない。
瞬間の感情を、そのまま口にするな――!
切り込まれた剣を跳ね返して、強く睨み付ける。
その間に、完全に思考回路を立て直したサクヤが、指示を流してきた。
(アサギを頼む。ユズリハは――俺がやる)
思考を読んで肯定を返した。
花柄の剣をいなしながら、アサギの傍へと走る。
「逃げるつもりか、坊っちゃんよぉ!」
「ああ、そうだったら、あんたにとっては良かったのにな!」
ワンドを抱えるアサギの傍まで辿り着いたところで、即座に踵を返す。
逆に斬り込んだオレの剣を弾いた花柄は、昏い笑顔で「逃がすかよ」と囁いた。
ここで初めて会ったばかりの人間に対して、そこまで憎しみを抱ける精神性を、少しだけ哀れに思う。
背中から、澄んだアサギの声が響いてきた。
『子らよ 聖なる光 器に受けよ――』
その声を追って目を向ければ、アサギの生んだ治癒の光は、少し向こうの木の影に隠れながら矢を番えるエイジへと向かっている。どうやらさっきの銃弾で足をやられたらしい。
オレの視線に気付いて、血色の悪い頬を歪めて笑っている。
「アサギ、距離があっても治癒魔法っていうのは、ちゃんと効くもんなの?」
「触れられるくらい間近の方が効きは良いのですが――効かないことはないですよ。後は根性で……」
呪文を中断したアサギの答えをまともに考えれば、じゃあ近付いた方が良いってことだよな。
「よしアサギ、エイジのとこまで行こう。オレが守るけど、あんた手を引かなくても1人で走れる? 途中でへばらない?」
「そ、そこまで運動音痴じゃありません!」
どうだかなぁ。
怪しいとこだけど、本人が「やれる」というなら信じよう。
花柄のせせら笑う声を聞きながら、背後のアサギの位置を触手で把握する。
『天上の歌声 地上に満ちよ
麗しの御方を讃えよ――』
花柄を壁にオレやアサギが銃の的にならないように、微妙に立ち位置を調整してエイジにじりじり近寄る。
じりじりしか近付けないのは、アサギのスピードに合わせてるせいなので、もうコレはどうしようもない。走るの苦手な人っているんだなぁ……。
「うわーい、アサギちゃんナイス。はい、もっと早く、走って走って!」
「はっ、はぁはぁ……『母よ、生命の……大樹――』……はぅ」
のんきなエイジの声が向こうで呼んでるけど、息が切れてるアサギは返事すらしなかった。
呪文唱えながら走ってるだけで結構な苦しさらしいので、悪意があって無視してるワケじゃなくて、普通に返事出来ないんだろう。いや、悪意があるのかも知れないけど。
「月焔龍咆哮!」
「あはは、むだむだ! 魔防壁! バカの1つ覚えでまた力押しなの?」
遠くでサクヤの呪文がユズリハの壁に衝突して消える音がした。
繰り返される同じ攻撃に油断しているユズリハの哄笑が響いてる。
それでも触手に繋がるサクヤの心は揺れない。
その動かない心を撫でてから、オレは再び前方に意識を戻して、花柄シャツの肩口に剣を振り下ろした。
弾かれた剣を急いで引いて、反撃に備える。
一方、オレ達の向かってる先のエイジは、声だけはのんきそうにしながら珍しく額に汗をかいてる。キツい状態なのは間違いないっぽい。それでも弓を手離さずに、隙あれば鼠獣人族達に射掛けてるのはさすがと言うべきか。
「……はっ……はぅ……エイジ様……!」
ようやくエイジの足元に着いたアサギが、ワンドを地面に突いて倒れ込む自分の身体を支えた。
その肩を抱きながら、エイジがオレに向けて笑う。
「はい、お疲れー。少年、お守りご苦労さん」
偉そうにも聞こえるその言葉を、オレを追い掛けてきた花柄がふと耳にして、皮肉な笑みを浮かべた。
「人間で王子で……何もかも持ってやがる癖に、何でこんなとこ出てきやがった。てめぇの兄貴みたいに、後ろで大人しくしてりゃ良かったのによ」
言葉と同時にオレの横を駆け抜けて、エイジに向かって剣を振りかぶる。
「――この人間野郎! 死ねやぁ!」
そのがら空きの背中に向かって、オレが真横から剣を走らせるのと。
番えた矢を真っ直ぐに向けたエイジが、手を離すのが、同時だった。
正面から額を貫かれ、胴を両断された花柄の、生命を止めた身体が地面に落ちていく。
オレとエイジのどちらの攻撃で絶命したのかも分からないけど。
「……悪いね。俺は確かに王子サマだけど、お育ちはそんなによろしくないのよ」
くすっと笑ったエイジが、一瞬置いて剣から血を拭うオレに視線を向けた。
「さ、少年。こっちは良いから君の持ち場に戻りな。足を引っ張るアサギちゃんも俺が引き受けましょう」
「だ、誰がっ、足を……はっ、ごほごほ……」
息を切らしたアサギが、反論しようとして咳込んでる。
他の誰にも出来ない役目を果たしてるから、足を引っ張ってるとは言えないけど、えっと……移動速度が落ちることは確かだ。
振り返れば、サクヤが白銀の光を振りまきながら、ユズリハに向けて飛び掛かっている。
「月焔龍咆哮!」
「魔防壁! 何発撃っても無駄だって――」
止められた月焔龍咆哮の光の渦が霞んで消える瞬間に、駆け抜けたサクヤが大きく跳んだ。
宙空を踊るしなやかな身体が、左手に構えたナイフを振り下ろす。
「――うわぁ!?」
ぎりぎりで身体を捻ったユズリハの焦った声が、森に響いた。
魔法なんて使わなくたって、サクヤは十分強い。
だから、魔力だけで押し通すことにそんなにこだわらなくて良いんだ。
プライドに拘れば、道を見失う。
自分の存在価値なんて、自分で決めない方が良い。
たとえあんたが何も出来なかったとしても。
オレがあんたを想う気持ちは変わらないから――。
2016/06/14 初回投稿