13 其は大地に順わぬ者
【前回までのあらすじ】ついに始まった継承戦最終戦。オレに与えられたのは後衛職のサクヤとアサギを守る役目。さて、カズキ陣営の魔法使いユズリハをどう攻略していくか……。
「カイ!」
前回同様、始まりの合図が出た途端に、アサギの手を引いたサクヤが森へと駆け込んだ。
呼ばれたオレは背後に注意しながら、その背中を追う。
と言っても、アサギの足が遅いおかげで、ついていくのにそんなに苦労はない。
アサギと言いナチルと言い、治癒魔法を使うと足が遅くなるとか、なんかそんな呪いがあるんだろうか。
まあ、そもそも青兎は全体に身体を使うことが得意じゃない傾向があるし、師匠辺りに言わせれば「アサギは昔から運動音痴なんですよ、絶望的に」ってことらしいけど。両手を横に振る走りにくそうなフォームで、前を必死に走ってるアサギを見てると、やる気ないとか修練不足とかそういう問題じゃないのは良く分かった。
そんなこと考えて走りながら、不可視の触手を前方のサクヤやアサギと、後ろにいるエイジや師匠に向けて伸ばす。
そっと絡めたところで、ゆっくりと受け容れられてずぶずぶと触手が沈んでいった。
アサギやエイジ、師匠は操られない為の対策。ヒデトの触手がささらないようにする為に。だから、お互いの気持ちや考えてることはあえて読まないようにしてある。
気を抜くと混じっちゃうかもしれないけど……出来ればそうはしたくない、と思ってる。
でも、サクヤだけは違う。
昨日一緒に作戦を練った時、ようやくオレの力の全容を把握したあいつは。
全部見ていい、と言ってくれた。
その答えには躊躇も嘘も一切なくて、だから、今差し込んだ触手に対する抵抗だって全くなかった。
異物が潜り込む違和感で、一瞬だけ足をもつれさせたのが見えたけど、それだけだ。
――もっと、ちゃんと使っていこうと思うんだ。
嫌な能力だし、無断で使うとか人の中を探るとか到底許せないって気持ちは変わらないけど。
嫌なものでも、あれを相手にするなら持てるものを最大限に使わなきゃいけない。
それに、そんなモノでも受け容れてやる、と言ってくれるヒトがいるから。
きちり、と繋がった瞬間に、前方のサクヤが振り向いた。
(――当たるなよ)
その唇が開く前から、繋がった触手を通して、オレにはサクヤが何をしようとしているかが分かる。
無言のまま避けたオレの横を縫うように――
「――月焔龍咆哮!」
白銀の光が真っ直ぐに迸った。
避けたカズキ陣営のメンバ達が体勢を崩したところに、エイジの矢と師匠の刃が襲いかかる。
事前に予想していた通り、黒猫のナユタと鼠獣人族の2人が、エイジと師匠の前に立ちはだかった。
その一団を避けるように大回りして、花柄のシャツの鼠獣人族が1人近寄ってくる。
オレも応えて、剣を抜いて構えた。
オレを睨みつける花柄の背後から。
「――水煙!」
ユズリハの声とともに霧が広がる。
粒子の荒い白煙に包まれて、視界が奪われていく。
前方が見えなくなったことにも驚いたけど、何より今の魔法――
(気をつけろ)
(高度とは言えない魔法だが、詠唱破棄されてる)
(予想してた以上の使い手である可能性が――)
サクヤの警告が流れてくる。
同時に、奪われた視界を補う為に、オレは出せるだけの触手を伸ばして周囲に張り巡らせた。
触手に触れた木々の位置、鼠獣人族の位置、ユズリハの位置を捉えながら――
(――ナユタがいない!?)
気付いた瞬間に、師匠が動いた。
「上からきます!」
師匠の恐るべき気配探知は、オレの触手のまだ広がっていない上方、黒猫の跳躍力で跳び上がったナユタを捉えてる。
その視線の先には、師匠に向けてまっすぐにきりおろされる剣。
慌てて放たれたエイジの矢は少し遅くて、ナユタの服を掠めて霧の中に消えた。
刀を抜いた師匠が軽く身体を捻りながら、渾身の切り下ろしを受け流す。
「……ちっ、上方からの攻撃もお手の物か」
「俺の知り合いには、なぜか上から襲ってくるヤツが多いんですよ!」
そんな攻防を触手越しに感じながら、オレはオレで花柄シャツの鼠獣人族を追って、剣を振るう。ガキン、と弾いた剣のぶつかる感触を何度も繰り返す。
本当は、昨日師匠が言ってたみたいに、相手の心にも触手を突き刺してしまえば良いんだろう。
原初の五種以外の獣人なら――例えば目の前にいる鼠獣人族や、前回の戦いの虎獣人族なら――心の強ささえあれば、きっと操れる。
だけど。
それをしてしまったら、ヒデトと同じじゃないか。
どんな身分でも、どんな種族でも変わらない。
誰もがそれだけは唯一自由なはずの、ヒトの心を操るなんて。
もしそれでこの戦いに勝って、ヒデトもやっつけたとして。
勝ったオレは、本当にオレだと言えるのか――?
昨日の内に、前回の戦いであった全ての出来事を、他のメンバには説明しておいた。
その上でオレは、ヒトの心を操ることだけはやらない、と宣言した。そして躊躇なくそれを実行するノゾミの力も、もう二度と借りない、と。
エイジとアサギはあっさりとオレの言葉を認め、サクヤは良く分からない顔をしながらも、オレの決定に口を出すつもりはない、と応えた。
最後まで懐疑的だったのは、師匠だ。
「そんな便利なこと出来るなら使いましょうよ」「何考えてるか全部分かるなんてすごいアドバンテージです」「俺なら使いまくります、主にサクヤさんに」と延々と説得されたけど……最終的にはサクヤの「お前、俺の頭の中覗きたいなんて考えてるのか、気持ち悪い」の一言で黙った。
結局、そこなんだ。
ヒトの心は最後の聖域。
誰にも見られず、閉ざしておけるはずの場所。
だから、それを覗くなんて、操ろうとするなんて、ひどく気持ち悪い。
そこを譲れば、オレはもう何の為に戦ってるのかも分からなくなってしまうから――そこだけは、絶対に譲らない。
今オレはエイジやサクヤ、他の皆に触手を繋いでいるけれど、扉より中には入っていない。
入っていないことを、皆が信じてくれてるから、繋いでいられるんだ。
「ずいぶん良く見えてるじゃねーか、お前!」
花柄シャツの鼠獣人族の声が、ギリギリと噛み合う2本の剣の向こうから響く。
オレはそれには答えずに、ただ剣を押して間を取った。
瞬間に、背後から甘い声が呪文を唱える。
「――氷結槍!」
「ふーん、じゃあこっちも――氷結槍!」
オレと花柄シャツの頭の上で、2本の輝く槍が鏡写しのようにぶつかって打ち消し合った。
(このレベルの魔法でも詠唱破棄できるだと!?)
(人間がそんな魔力を――!)
触手越しにサクヤの焦った思考が伝わってくる。
ノゾミ曰く、サクヤの使ってる魔法は青兎の魔法であるが故に、体系が違うからどんな魔法かは効果を見なきゃ分からないのだそうだ。
だけど、さっきの水煙や氷結槍は、ノゾミの知識の中にもある。以前にも火焔珠や爆散陣なんて魔法は、サクヤも他の人間のも使っていた記憶がある。
人間が使う魔法と同じ魔法も、青兎魔法の中には存在するらしい。
(打ち消されない魔法……)
(人間には撃てない魔法――!)
気合を入れ直したサクヤが、自ら最も恃む魔法を脳内で編み上げる。
「――月焔龍咆哮!」
咄嗟に下がったオレに合わせるように、組み合っていた花柄シャツが後退った。
オレと花柄の間を白銀の光が通り抜け――
「あ、さすがにそれは――魔防壁!」
白光の迫るユズリハの掲げた手の前に、拡がった透明な壁に遮られて止まった。
いつだったかの双子執事は押し負けた、サクヤの切れるカードの中で最強の手札が、ユズリハの壁にぶつかってバチバチと火花を撒き散らしている。
その様を見たサクヤがますます焦る様子が伝わってきた。
(――馬鹿な! 詠唱破棄で威力が落ちてるとは言え)
(月焔龍咆哮が防がれるなんて!)
暴発を恐れる程の魔力量をして、力任せに踏み倒していくサクヤの魔力が通じていない。
徐々に薄れていく月焔龍咆哮の光の向こう、ユズリハが肩を竦めた。
「うーん、さすがにそこそこキツいかもね、コレは。まあ、何とかなるみたいで良かった」
「――なぜ……!?」
笑い混じりの呟きに、サクヤは疑問をぶつけることしか出来ない。
「お前はあくまで研究者だろう!? 姫巫女の力を遮る程までの魔法使いになるには才能ばかりじゃ無理だ。お前が魔法の練度を上げていたなんて信じられない!」
「それは正しいなぁ。僕は研究ができればそれで良いからねぇ。地道にちまちま魔法を練習するとか、有り得ない」
徐々に晴れてきた霧の向こう、白いローブがゆっくりと歩み寄ってくる。
「……でもさ、ちょっと考えてみてよ。僕の研究対象って、獣人と魔法の2つなんだけどさ……何で1つに絞らないんだと思う?」
「お前の考えなど興味がない」
切り捨てたサクヤの精神から、指示が飛んでくる。
(頼む。時間を稼いでくれ)
今度こそフル詠唱の月焔龍咆哮で片付けるつもりらしい。
承諾の答えを送ったオレは、真っ直ぐにユズリハに駆け寄った。
『我が名は悠き夜の羽
浮遊する器に注ぐ、紅の永遠に沈む――』
背後から詠唱の声とばちばちと爆ぜる火花の音。
ユズリハの元にオレが辿り着く前に。
「おっと、魔法使いは殺らせねぇよ」
行く手を遮ったのは花柄シャツだ。
上手くあしらってユズリハに近寄ろうと、噛み合わされた剣を跳ね除けた。
向かう先では、ユズリハが満面の笑みを浮かべている。
「もう1個増やそうか? 僕の研究対象は、獣人と魔法と――この世界の謎だ」
その不可思議な言葉を理解しきる前に。
「――伏せろ、少年!」
エイジの声が響いた。
考える間もなく前方に転がったオレの頭上を、発射音とともに銃弾が流れていく。
(銃を――)
転がりながら身体を捻って見れば、赤いシャツの鼠獣人族の手に銃が握られている。
(あんなもの、森に入る前は持ってなかった!)
(何故――いつ!?)
オレに共鳴するように、サクヤの心が疑問符を撒き散らしてる。
サクヤから視線を外したユズリハが、立ち上がったオレに向けて囁いた。
「不思議そうだね、黄金竜の少年」
一瞬びくりとはしたけれど、事前に予想済みのことではある。
元々カナイに協力していたユズリハがオレの能力について知っていても、おかしくはない。多分、今回だってヒデトが絡んでる――だからオレのことを知っている。
「君らに出来るのは生きた思考の検索だけだろ。無生物にはその力、及ばない。何のことはない。森の中に隠しておけば、君らに見付けることは出来ない」
「なるほどな」
エイジも、王家の森には罠を仕掛け放題だって言っていた。
武器を隠しておくのも、トラップの一部だと思えば。
すぐに赤シャツに向かって、師匠が刀を振り上げて駆け寄った。追いかけるナユタに向けて、エイジが矢を連射する。
そんな中で、少しずつ近づいてくるユズリハは、笑顔で言葉を続けている。
「何で堂々と持って入らなかったかって? この武器ね、まあ生産拡大し始めたからすぐに広まっちゃうだろうとは覚悟してるけど……出来るだけ広めたくないんだよね。無軌道に広めればどうなるかは分かってるからさ」
分かってる?
その変なアクセントに一瞬疑問がちらついたけど、すぐに横へ押しやった。
今、問題なのはどうやって勝つか、だ。
ユズリハの話なんかどうでも良い。
オレに切り掛かってくる花柄シャツをいなしながら、触手から伝わる情報を重ねて、整理して――答えを出そうと計算する。
だけど、なかなか近付けない。予想外に花柄シャツの腕が良い。
「獣人と魔法と世界の謎、全部結局は同じところに行き着くんだよ。それを理解してしまえば……魔力を操るのなんて難しくない。青兎の泉と一緒さ――いや、もっと根源的なモノになるか」
『泉の声を聞かぬ者、剣の鞘を持たぬ者
大樹の果実を落とす者、炎の腕に焼かれる者
其は大地に順わぬ者――』
オレ同様、ユズリハの話を全く聞いてないサクヤが、着々と詠唱を進めている。
詠唱の声が聞こえているはずなのに、焦りもしないユズリハは不気味だ。
今魔法でサクヤを狙われれば、こちらが不利になるのに――
「カナイと知り合って、一気に研究が進んだ。それこそ――ほとんど全てを理解したと言っても良いくらいに」
『水音に従い、今宵、隷従の命に踊れ
その妙なる罪音を聞け――月焔龍咆哮!』
フル詠唱の白銀の光が、先ほどの数倍の質量の渦となって、真っ直ぐにユズリハに迫る。
ユズリハはにっこりと笑いながら、再びそちらへ手を翳した。
「魔防壁!」
詠唱を破棄したまま再び紡がれた透明な壁。
轟々と木々をなぎ倒して迫る光の塊が――そこで、止まった。
(――馬鹿な!?)
悲鳴のようなサクヤの声が脳内に響く。
正反対にのんきなユズリハの声が、耳に届いてくる。
「……ふぅ。何とかなるみたいだね」
姫巫女の力も通用しないその魔法使いの存在を。
薄れていく白銀の光の中、オレ達はただ見詰めていた――
2016/06/10 初回投稿