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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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12 伸ばされた手

【前回までのあらすじ】ケガでダウンして実家ディファイに引き取られてしまったサラの代わりに、補欠だったオレが継承戦に参加することになった! ヒデトの襲撃も心配だけど、まずは目の前のことを……!

「へんったいっ!」


 したーん、という踏み込みで地面が鳴る。

 継承戦最終戦当日、王家の森前。

 出会い頭の一言に、オレは頭を抱えた。

 こいつもしかして、これが挨拶の言葉だと勘違いしてるんじゃないだろうか。


「……あのさ、何であんた、ここにいんの?」

「何でって、王子に呼ばれたからでしょ!」

「それは前回の戦いの時の話だろ?」

「だから、それからずっとこっちにいるのよ。トラとサラは昨日の内にイツキが迎えに来て、向こうに帰ったけど。あんな大怪我するなんて、こっちをあなた達だけに任せておけないことが分かったんだから!」


 ふん、と鼻息荒く腕組みしたナチルは、オレを真下から睨めつける。


「情けない。あなたも随分やられたって聞いたわよ? ばっかじゃないの」

「……悪かったな」


 それぞれの王子の周りには既にチームメンバが集まってるけど、それとは別に小さなナチルはオレの前でふんぞり返った。


「ナチル」


 オレの背後からサクヤが呼ぶ声で、ぴくり、と頭上の耳だけが動く。


「何で戻らなかった? こっちは危ないと教えただろう」


 責めると言うより懇願するような声色を聞いて、ひそかにナチルが安堵した様子で息を吐くのを、オレは見た。

 だけど、すぐにそんな態度はなかったかのように、傲慢に顎を上げる。


「だってあたし以上に治癒魔法を使える青兎リドルはいないもの。人間も含めてもそうだもの! あたしが面倒見てあげるしかないじゃない!」

「さすがは姫巫女候補だったイワナの娘、優秀だな……と、言いたいところだが。お前がここにいるということはお前の身を誰かが守らなければいけないということだ。向こうなら多くの獣人が守ってくれるだろうに、こんなところにいて人質に取られでもしたら、俺はどうすれば良いんだ……」


 本気で弱った声になってるのは、一族の長だけあって、青兎リドルの特性を良く知ってるってことなんだろう。

 これは皮肉で言ってるんだけど、物理装甲の薄さと戦闘能力のなさで青兎リドルの右に出る種族はない。五種内では次点の赤鳥グロウスも、赤鳥の騎士の弱っちさを見る限りは結構ぺらぺらな装甲だが、それでも炎を飛ばされれば、結構な脅威だ。あちこち火事になりかねない。炎に巻かれれば窒息する。……まあ、当たれば、ってことだけど。

 それですら、治癒魔法のみに特化した青兎リドルの弱さには敵わない。

 姫巫女を除いた全てのリドルが、基本的に戦闘の能力は皆無に等しい。だから青兎リドルの集落は白狼グラプル黒猫ディファイが護衛をしてくれてるはずなんだけど。

 ナチルはそんな安全な集落なのに、何故か戻ろうとしないでこっちにいるらしい。


「サクヤ。君が心配で仕方ない幼い同胞の気持ちも理解してやれ。彼女は私とカエデが全力を持って守ると誓おう。だから安心して戦って来い」

「ちょっと! 違うからね!」


 したんしたん足を踏み鳴らしてるナチルの後ろから、キリが相変わらずの真面目な表情で説得に参戦してきた。

 その向こうには隻眼の美女カエデが、どこか面白そうな顔をして立っている。


「巫女ちゃんの弱点を、私の元雇用主はよーく知ってるからねぇ。ま、そこを突かれないように、せいぜい頑張って急いでこの戦いを片付けなよ。あんまりこの状況を引き伸ばしてても仕方ないって、分かるだろう? キリの片腕分くらいは、私も働くからさ」

「お前に頑張れと言われるとは思わなかった」


 ナチルの説得に失敗したサクヤは、ぶすっとした表情で応える。

 その表情を見て、カエデも苦笑した。


「私も、まさか巫女ちゃんを応援することになるとは思わなかったよ。何回見ても首絞めてやりたいほど腹立たしい能天気ぶりだったけど、今はまあ……ちょっと蹴り入れてやりたいくらいでおさまってるかな」

「出来るものなら」


 無意味にバチバチと視線の火花を散らす2人の間に割り込んで、オレは両手を上げた。


「あんたら、ケンカしてる場合じゃないだろ。カエデも……昔はどうだか知らないが、今はヒデトの敵だと思って良いんだよな?」

「……2度も同じ愚は犯さないよ」


 はは、と笑いながら、腰に佩いた剣の柄を握る手にぎりぎりと力が入ってる。

 そうか、そりゃ当たり前だよな。

 あいつのせいで獣人の誇りである耳や尻尾を失って、同族を罠にかけ続けていたんだから。


「……嫌なこと思い出させた、悪い」

「別に。少年はいつも甘いねぇ」


 くすくす笑う表情は相変わらず蠱惑的。この人、本当に迫力のある美人だよなぁ、なんて見惚れてたら、その手がオレの顔に向かって伸びてきた。

 頬に触れそうになってドキリとしたところで、横からキリの手がカエデの指先を攫う。


「カエデ」

「……おや、キリったらどうしたの? 私と手を繋ぎたい?」

「馬鹿なことを。あまり年若い後生をからかうものじゃない」

「つまり、あれ? 少年に触るな、少年を大切にしろって言いたいってことで良い?」

「ああ、そうだ」

「キリは私に触らせたくない程、少年のことが大好きで仕方ないってことで良い?」

「ああ、良……いや、良くない。そういうことじゃない」

「ふーん? じゃあどういうこと?」

「どういうとは……その……」

「ねぇ、どういうことなの?」


 何となくいちゃいちゃし始めた2人を置いて、オレはそっと距離をとった。

 まあ、生真面目なキリがカエデにからかわれてるだけって説もあるけど……どうやらうまくやってるらしい。ちぇ、良かったな、ちくしょ。

 いつの間にか2人の間に挟まれてたナチルと、会話に飽きたサクヤが、黙ってオレについてくる。


 オレのシャツを引っ張って、ナチルがオレの耳元に囁いた。


「ねぇ、カイ。ちょっとあっち見て」

「ん?」

「あの人、今まで王宮にはいなかったんだけど……あたし、あの人のこと、他で見たことある……」


 言いながらナチルが指さしたのは、エイジの兄――カズキの陣営にいる1人の男だった。

 目に眩しい程真っ白なローブを纏っている茶色っぽい髪と碧の瞳の優男、って言えば良いんだろうか。こんな戦場にいるにしては筋肉なくて細いタイプ。……あ、サクヤもだけど。


 ナチルの言葉を聞いて、サクヤが小さく舌打ちした。

 そちらへ視線を向けると、黙って頷き返される。どうやら昨日の内にサクヤから聞いてた『例のあの人』で間違いないらしい。

 例の、ナチルの――


「あのね、あたし、あの人に魔法をかけられたの……」

「育成と成長の魔法だな――」


 オレが囁いたところで、向こうもこちらに眼を合わせてきた。

 にこにこしながら近寄ってくる。


「や、お久しぶり、サクヤ。一族と泉の調子はどう?」


 屈託のない笑顔は、それ自体が既に胡散臭い。


「ユズリハ。お前に一族や泉の情報を漏らす気はない」


 ユズリハ――以前にも聞いた古都の国の獣人研究者。

 ナチルやツバサに成長の魔法をかけたヤツ。

 半信半疑のレベルだったけど、今回はカズキの陣営で参戦するかもしれないという情報を、事前にエイジ達は掴んでいた。昨日の内にオレも教えてもらってたけど。


 にべないサクヤの返答にも、ユズリハの表情はちらりとも曇らない。

 すぐにオレのシャツを握って震えているナチルを発見して、瞳を輝かせる。


「うわぁ、こっちは青兎リドルの子ども……あれ? このぐらいの歳の子、最近どっかで見たことあるような?」

「ああ。お前が成長の魔法の実験台にした、今居場所の分かっている中で最も年若い同胞だ」

「実験台? 失礼な。完璧だっただろ、僕の魔法。カナイの依頼でかけてみたけど、どこにも失敗はなかったはずだよ。実験なんかじゃない」


 言ってにこにこしながら、ナチルの方に手を伸ばす。


「あの時はさっさと回収されちゃったから、うまく調べられなかったけど……まだまだ色々知りたいことあるんだよねぇ。ちょっと貸してくれる? ほら、どうやって魔法を解いたのかも知りたいし」


 恐怖のあまりオレにしがみついて、完全に耳が寝てしまっているナチルの目の前で、オレはユズリハの手をはたき落とした。


「痛! ――あれ? こちらはどなた?」


 どうやら実験動物ナチルへの興味が勝ちすぎて、オレの存在は目に入っていなかったらしい。

 初めて目が合ったところで、数秒後すぐに興味が失せたのが態度から分かった。問うておいてから答えを聞く様子を見せずに、ナチルを見るためにオレの背後に回り込もうとしてる。


「おい。それ以上ナチルに近付くなよ」

「……邪魔だなぁ」


 ナチルを背に庇いながら剣の柄に手をかけて見せると、さすがにこっちを向き直したけど……その目は壁を見るような無関心な目だ。

 人間に対してそんな目が出来るヤツ――禄なヤツじゃないと断言しよう。


「あんたを見てナチルは怯えてる。あんたがかけた魔法は、ナチルにとって嫌なものだったみたいだ。そんなことするヤツに近づかせるワケにいかない」


 あからさまに喧嘩腰のオレを見て、男は溜息をついた。


「カナイの依頼で最後に1回かけただけじゃないか。何にもないのにもう1回かけようなんて思ってない。あの魔法はもう完成したんだ。実験は終わり。この先はお金もらわないと使わないよ。それにあれはただ単に精神こころの年齢を下げて、肉体からだの年齢を上げるだけの魔法だよ。難点があるとしたら魔法をかけられる瞬間は酷い痛みを覚えるってとこぐらいで」


 びくん、とナチルの身体が竦んだのが分かった。

 なるほど、それを怖がってるんだとしたら、余程の痛みらしい。

 かける方は痛くないワケだから、そりゃ気楽にも言えるだろう。


「何? 痛いのは可哀想? だけどさぁ、そもそも僕の研究室ラボでは日に何人もの獣人達が、僕の実験の為に――」

「――ユズリハ」


 それまで沈黙していたサクヤが、無表情のまま、再び名前を呼んだ。


「どうしたの、サクヤ。そんな怖い顔して。僕が青兎リドルに手を出したのはそこの子が初めてだ。僕達はお互いに利用価値がある。そうだろう?」

「お前がここにいなければ、今後もそういう関係が続いたかもな。カズキの魔法使い」


 そう、ここにいるということは、否応なしに敵同士。

 今日この森の中で、どちらかが死ぬかもしれない、ということだ。

 険しい視線を浴びて、ユズリハは肩を竦めた。


「君と戦いたいワケじゃないんだよ? でもさ、僕すごい話聞いちゃって」

「すごい話?」

「この国に今、獣人の中枢――原初の五種が集まってるって」


 黒猫ディファイ白狼グラプル、そして青兎リドル

 更に言えば、それを狙う赤鳥グロウス黄金竜ヴァリィ

 後者の2種の存在までは知らなくても、黒白青の3種族がこの国に居を構えていることは明白だ。


「お誘いを受けてね」

「誘いとは……?」

「この戦いに勝って自分が王になったら、少し実験に使わせて貰えるって」


 だんだんだん、とオレの背後でナチルが足を踏み鳴らした。恐怖と怒りの入り混じったワケの分からない緊張。

 よくよく耳をすませば、小声で「変態……じゃすまないわよ、これ! この悪魔!」と囁いてる。

 ナチルの罵倒語彙において変態の上位は悪魔らしい。

 良かった、オレとユズリハは少なくとも別のカテゴリにあるっぽい。

 不快そうに眉を寄せたサクヤがじゃり、と足元を鳴らした。


「俺がそれを許すと思うのか」

「許すも許さないも。王が国民をどうするかに対して、君の許しなんて必要ないでしょ」


 あは、と笑うユズリハの言葉を、ばちばちと鳴り始めた火花が取り巻いた。

 サクヤの髪が白銀に輝き始める。


「――王になるのがどちらか、この森の中で教えてやる」

「はいはい。君って本当にいっつも真面目だねぇ。まあ、僕この戦いで損はしないし。せいぜい怪我しないようにするよ」


 軽く手を振って去っていく白いローブの向こうに、黒猫ディファイの剣士ナユタが立っていた。黒い瞳を無感情にこちらに向けている。

 その視線が軽くオレから外れてるな、と思ってたら、背後から声をかけられた。


「……サクヤさん、気をつけてくださいね。変な男に引っかからないように」


 相変わらずちょいズレた忠告をサクヤに告げてきたのは、師匠。

 ナユタの視線は、オレ達に近づいてきた師匠に向けられてたものらしい。

 以前にもかち合ったことがあるし、お互い剣士だから思うとこがあるのだろう。

 師匠の伸ばした腕を、魔法の光を消したサクヤが鬱陶しそうに払い除けた。


「お前が一番変な男だ」

「またそんな……俺が一番だなんて」

「言葉を途中で切って、意味を歪めるの止めろ」


 学習しない受け答えを一通りしてから、師匠はようやくオレの方に視線を向けた。

 あえてカズキの陣営に目を向けぬまま、今日の作戦をおさらいしてくれる。


「向こうのカズキ様は当然参戦しませんからね。メンバはさっきのユズリハとナユタ。それにコマンド族の獣人が3人。事前情報から判断するに、ユズリハが魔法使い枠。コマンド族の3人のうち、あれが遠距離武器、あっちが治癒魔法使いです」

「もう1人のコマンド族は剣士……だったよな」


 カズキの側をうろうろしている3人のコマンド族達を見れば、3人ともが軽装で剣を腰に佩いているので、どれがどれだか分からない。

 師匠の指してくれた通りにならば、赤いシャツが遠距離武器、青いシャツが治癒魔法、花柄のシャツが剣士なんだろうけど。


「そうですね。俺とエイジはナユタを中心にコマンド族を2人受け持ちますから、あなたはサクヤさんとアサギを守って、コマンド族の剣士を押さえてください」

「うん、分かった。花柄な」

「サクヤさんは、ユズリハの相手をお願いします。でもあんまり可愛い顔して誘惑しちゃダメですよ、あいつ突然姿を現して、俺のサクヤさんに勝手に近づいてくるとか最悪ですからね」

「後半何言ってるのか分からない」

「……変態」


 サクヤとナチルのリドルコンビから冷たい視線を受けて、師匠ががっくりと肩を落とした。


「何で俺の想いって、通じないんでしょうかねぇ……」


 オレに言わせれば、微妙に遠回しなのと、文脈無視して突っ込んでくるのが良くないとしか。

 あと、好きが暴走してちょっと思い込みが強すぎるとこ。

 基本的にサクヤは「理解できないもの」をスルーする傾向があるから、このままじゃ一生通じないと思う。別に他人事だから良いけど。


 今回も落ち込む師匠の姿を完全に無視して、サクヤがぽつりと呟いた。


「俺もユズリハの魔法を見るのは初めてだから対策が立てられてるとは言い難いが……エイジの魔法使いとして、敵対する魔法使いは何とかする」

「本当に気をつけてください。本職は研究者らしいですが、前情報では魔法使いとしてもかなり腕が立つということなので」

「ああ」


 今度の言葉にはきちんと反応したので、やっぱり普段は意味が分からないからスルーしてるんだろうな。

 オレのシャツから手を離したナチルが、サクヤの背中に手を伸ばす。


「気をつけてね、サクヤ……泉よ、我らが姫巫女を守りたまえ」

「泉の水が、いつも、そなたとありますように――いってくる」


 獣人達の祈りの言葉を交わして、少しだけ微笑んだサクヤがナチルの肩を抱いた。

 一瞬だけの抱擁の後、すぐにナチルは身体を離して、キリとカエデの方へと駆けていった。

 その背中を追ってから再びこちらに視線を戻したサクヤの紺碧の瞳には、楽しそうにこちらを見るユズリハの姿が映っていた。


 黙ったままアサギがワンドを握り込んでオレ達の方へと歩み寄ってくる。

 その後から、エイジが弓を肩にかけて近づいてきた。

 オレ達に微笑みを向けてから、ちょっとだけ真面目な顔になってカズキの傍へと向かう。


「さ、じゃあ始めましょうかね、お兄様。正々堂々よろしく」


 伸ばした右手に返されたのは、憎悪すら感じさせるカズキの強烈な視線だった――

2016/06/07 初回投稿

2016/06/07 誤字修正


下のリンク外れてたので、直しました。教えていただきありがとうございました。

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