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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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11 代わり

【前回までのあらすじ】背中を撃たれて気を失ってしまったオレは、苦渋の選択でその後の処理をノゾミに託した。ノゾミはきっちりヒデトを追い払ってくれたようだけど――

(あんた、本当にだらしないな)

(全くもって甘えてる)

(あいつのことも守れないくせに)

(あんたが生きてる価値なんて、あるの?)


(まあ良い。今回はサクヤの涙に免じて譲るよ)


(だけど、次はない)

(今度呼んだりしたら、確実に頂くからな)


 絶対に『次』があると確信した口調で、鼻で笑われた。

 勿論、次にそんなことがあれば、今度こそオレとノゾミの立場は入れ替わるだろうって。

 全ての情報を掌握している今のオレには明確に分かる。


 ああ、理解してるよ。

 次はない。

 あんたに言われなくても、オレだって自分で自分が許せない。


 アカウントが切り替わった瞬間に、今ノゾミの経験したすべてがオレの脳内に滑り込んできた。

 オレより巧みに、力を伴って使われる黄金竜ヴァリィの力。ベースは同じなのだからきっと、彼我の差は単純な修練の差だ。


 結局オレは。

 準備してるつもりで手抜かりばっか。

 好き嫌い言ってて、役に立たない。

 ヒデトを止めるにはワガママ言ってる場合じゃないのに。


 そんなこと考えてる間も、次々とノゾミの記憶が流れ込んでくる。

 その中に、触手ちょうかくが偶然捉えた戦場の片隅の声。

 エイジが何度も呼び掛けているその名前を、繰り返し再生(リフレイン)した。


 助けられなかったのは、ノゾミのせいなんかじゃない。

 きっとオレが咄嗟の判断を誤ったからだ。

 サクヤを守るんじゃない、自分を守るべきだったんだ、あの時。

 そうすれば、サラは――


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 飛び起きた。

 ベッドの上を跳ねる勢いで、飛び起きた。


「――んっ……」


 途端に、上に乗っかってた何かが、呻きながらオレの身体にしがみつく。

 抱き締めるように回された両腕から慣れた南国の果物の匂いがして、それが誰だかすぐに分かった。


「サっ――クヤ……」

「……んぅ……?」


 寝ぼけて擦られる青い瞳が、徐々に焦点を絞って、オレを捉えた。

 ――瞬間。


「このバカ!」


 怒鳴り声とともに強く抱き締められた。

 怒られてるんだか求められてるんだか分かんなくて、びくりと上げた腕のやり場に困る。

 空中で両手をわきわき動かしてると、延々と罵り言葉が続いた。


「ばかばかばかばかばかばかばかっ! お前っ! 本当にバカだ!」

「ご、ごめん……」


 ぐりぐりと強く頭を押し付けられて、胸元を通して聞こえてくる声が響いた。

 謝ってはみたものの、バカバカ言う声は止まらない。

 どうしようかと悩んでいたら、一息に喋りすぎて息が切れたサクヤが、はぁはぁと荒い息を吐きはじめた。


 息継ぎはした方が良いんじゃないか、なんてくだらないこと言える空気じゃないので、とりあえず労る気持ちで小さな頭に手を置く。


「っ……ばか、だ、お前……っ」

「ごめん」


 乱れた呼吸がすぐにしゃくりあげるような音に変わって――ようやく、泣いているんだ、ということに気付いた。


「サクヤ」

「ばかっ……お前っ……死んだら終わり……」

「ああ、ごめん。悪かった……」


 そう、オレが間違ってたんだ、きっと。

 サクヤがいつだって「盾にしろ」と言うのは、その方が結果的に良いことになるって分かってるからだ。

 オレが傷つきさえしなければ、アサギはサラの治癒を続けていられた。

 それなのに、オレのせいで。

 ようやく分かった。だけど――


 ――だけど、もう一度同じ瞬間を繰り返せるとしても。

 オレはきっと同じことをしてしまう。

 自分の欲望に従って、この人を守ってしまうだろう。

 ただこの人の傷付くところを見たくない、という欲求のために、色んな理由をつけて。


 ……多分、そういうとこがオレのダメなとこなんだ。

 もっと色々考えて動かなきゃいけないのに。


 シャツが水分を吸って湿ってきたところで、オレはサクヤの頬に手をかけて顔を上げさせようとした。

 力が入って抵抗されたので、不思議に思う。


「? サクヤ、こっち向いて」

「……嫌に決まってるだろう。俺、きっと酷い顔してる……」


 涙でぐちゃぐちゃだからかと思ったら。


「――お前が起きて、無事でいて……きっと今、俺は嬉しくて仕方ない顔をしてる。本当は喜んじゃいけないのに。俺のせいで、サラは……」


 心臓を抉るような言葉が続いた。


 ――サラ。

 ノゾミの記憶で見た、あれが。

 やっぱり、サラの……。


 気付いた瞬間から、サラと過ごした短くて深い時間のアレコレが、改めて胸に迫ってきた。

 大して喋らないのに何故か伝わってくる仄かな感情。無表情の中に何もかも隠した、彼女の。


 膨れ上がる感情に翻弄されそうになって。

 ふと、サクヤの言葉の中に、聞き流せない単語が紛れてるような気がした。


「待って。『俺のせい』って、サラのことが……何であんたのせいなんだよ」


 出てくる言葉と、感情が一致しない。

 胸奥でぐるぐると苦しみながら、サクヤの言葉を聞いてるような。

 今尋ねた言葉、ちゃんと意味の分かる文章になってただろうか。


 頭の中を占めるのはたった一言。

 サラが。

 あのサラが。死んだなんて。


 振り切るように、オレは言葉を足した。


「継承戦っていうのはそういうものなんだろう? 覚悟なんて皆出来てて……」


 言いながら、そういうことじゃない、と自分でも思う。

 どうもオレは逃げたくて仕方ないみたいだ。サラを殺したのは、自分だってことから。

 当然、オレ自身が信じてないそんな言葉は誰の心にも届かなくて、サクヤの声は止まらない。


「サラのことは……継承戦が原因じゃない。俺がヒデトをこの国に呼び寄せてしまったから……」


 そこでしばらく固まった後、それなのに、とオレの胸に顔を埋めたまま続けた。


「それなのに、俺は……サラに申し訳ないだけじゃなくて……お前が無事で良かったって……あの時、アサギが来てくれた時、本当に嬉しかったんだ……」


 ひぅ、と息を吸う音の後は、もう声になっていなかった。

 息を噛み殺して嗚咽する背中を、静かに抱き締める。


「あんたのせい、じゃない。オレだってきっと……オレがもっとちゃんとしてれば。もっと……」


 こうしてようやくオレは、自分の頭の中の言葉と、口に出す言葉を重ね合わせる。

 瞼が熱くなって、鼻の奥がツンとしてきた。

 涙がこぼれる前に、オレは自分の目の前にある金色の頭に顔を埋めた。

 熱い息を吐いて確かに生きてるその人の身体が目の前にあるだけで、少し安心して。

 安心した分、サラと――サラを失ったエイジに酷いことをしているような気がした。


 息を吐いた直後に、扉から軽いノックの音が響く。

 びくり、と背を震わせたサクヤが突き放すようにオレから離れて、マントのフードをすっぽり被って顔を覆った。

 オレもあふれそうになった目元を拭って、扉に向かって返事をする。


「……どうぞ」

「入るよ」


 扉を潜って入ってきたのは、いつも通りの顔をしたエイジと、泣き腫らした眼をしたアサギだった。


「ごめんね、少年。扉の外で待機してたアサギが、君が起きたっぽいって教えてくれたからさ。君らのいちゃいちゃする時間も大切にしてあげたかったんだけど、待ってる余裕がなくって……ごめんね」


 いつも通りの顔してる、と思ったけど。

 口を開くとどことなく疲れたような様子が漂った。

 オレ達をからかうような言葉も、いつもだったらもっとずっと楽しそうに続くはずなのに。


 蒼白な顔色のサクヤは――それでも、謝罪の言葉を口にしなかっただけマシかも知れない。

 取り返しのつかない失敗については、謝ることなんか到底出来ない……。


「2人とも、何がっちがちに緊張してんの? そんな解体を待つ子羊みたいな顔止めて、ちょっと話聞いて欲しいんだけど」


 どこか投げやりにそんなことを言いながら、ずりずりと椅子を自分で引き寄せて座る。

 背後のアサギは黙って立ち竦み、椅子は余ってるのに座る様子を見せなかった。

 ぐるりと部屋を見渡して、ここが王宮の中のサクヤの部屋だと、ようやく気付いた。


 エイジが胸ポケットから煙草を取り出して、誰にも了承も取らずに火を点ける。深く吸い込んで、吐き出した煙の先をしばらく黙って見つめる。煙がゆらゆら揺れてサクヤの頬を掠めていった。

 そこで初めて、自分が煙草を吸っていることに気付いた顔をした。


「あ、ごめん。ちょっと吸ってても良い? ここんとこしばらく吸ってなかったから反動きちゃって……」


 アサギが黙ったまま、背後から煙草を取り上げる。


「……あっ!」


 エイジが取り返す前に、床に投げ捨てた煙草をじりじりと踏み躙った。

 名残惜し気に文句を言おうと顔を上げたエイジが……アサギの表情を見てそのまま押し黙る。


 アサギは、全くの無表情だった。

 怒っているのか悲しんでいるのか、感情の動きに敏感だと言われる――黄金竜ヴァリィの力を持つオレにすら分からない。

 触手を繋げれば判別できるのかも知れないけど……今は、そうはしたくなかった。


「……勿体無いなぁ」


 いつもよりもちょっとだけ、本気で苛立つ感情が透けている。そんなエイジの声にも、アサギは反応しなかった。

 エイジは溜息をついて、オレに視線を戻す。


「……継承戦の話なんだけど」


 死人が出ようと妨害があろうと、しきたりは続く。

 それがエイジの背負っているものだと、疲れた顔が無言の内に語っている。


「向こうは、やっぱお兄様(カズキ)が勝ったみたい。まあ順当に予想通り。で、最後の一戦は、オレとカズキの決勝戦なんだけど……」

「補欠だったオレが出るんだろ? 分かってる」

「話が早いね」


 肩を竦めて返された。

 フードを被ったままのサクヤが、掠れた声をあげる。


「それは……他にないのか? 誰か……」

「なぁに、ご不満? 少年は強くなってると思うよ。例の黄金竜ヴァリィの力も含めて考えると、少なくとも俺のすぐ思いつく範囲では、少年以上の戦士はご用意出来ないなぁ」

「強さの問題じゃない……」


 サクヤが何を嫌がってるのかなんて、すぐに分かる。

 多分、本当はずっと知ってたんだ。


 この人、すごく弱い人だ。

 失うのが怖くて、だから全部自分で背負って、矢面に立ってる。

 オレのこと信じてくれたと思ったけど、あの時は信じてくれたんだろうけど。

 一度失いかけたことで、すぐまたその恐怖に怯えてる。


「うん、1人欠けた現状じゃ、どっちにしろ現実的に他の選択肢ないんだよね。俺が登録してる補欠は少年だけなの。少年がこんなごたごたに巻き込まれるのが嫌だってなら、補欠使わないって手はあるけど……」


 一度息を切ったエイジは、脅すように正面からオレを見つめる。


「――どうする?」


 切り込むような問いかけに。

 返事は、迷わなかった。


「出る」


 隣のフードの下から、苦しげに息を吸う音が聞こえた。

 エイジが少し皮肉に笑う。


「良いの? 少年も死にかけたばっかだし、サラも……。俺、君を守ってあげれるとは到底言えないよ?」


 分かってる。

 だけど。


「サラの代わりにオレは生き残った。オレはサラの分まで、サラのしたかったことを――願いを、叶えてやらなきゃ……」


 言いながら、またサラのことを思い出して。

 勝手にぽろぽろと涙が溢れてきた。


 拭いながら、もっと色々言おうとするけど、言葉にならない。

 サラがどれだけ、あんたに尽くそうとしてたか。

 あんたのことが、好きだったか……。


 言わなくてもきっとわかってるよな、と思って。

 言葉にするのは止めた。

 そもそも、涙が止まらなくて、うまく喋れない。


 ぼんやりと歪む視界の向こうで、目を見開いたエイジとアサギの顔が見えた。

 泣き腫らして眼の周りを赤くしてるアサギが、ゆっくりと口を開く。


「……カイ、さん。今、何て……?」

「サラの……代わりに……」


 とてもじゃないけど、もう1回なんて言えなかった。

 2度目はそこで言葉が途切れて、後はぐぅっと唸るような音だけが出てくる。

 そんなオレを見て頬を緩めたエイジが、オレの肩に手を置いた。


「あのさ、少年。何か勘違いしてるっぽいけど……サラは生きてるよ?」

「……え?」


 一瞬、エイジが何を言ってるのか分からなかった。

 顔を上げる。完全にいつも通りでにやにや笑っているエイジの顔が見えた。

 視線をアサギの方に移すと、アサギも見開いた眼のままでこくこくと頷き返してくれる。


「……え?」

「いや、だから。サラは生きてるよ。ぴんぴんしてる。いやぁ、さすが獣人の生命力はマジヤバいわ」

「え!?」


 視線を向ければ、再びこくこく頷くアサギ。


「えぇ!? な……どうやって!? あのケガ――アサギも治せなかったのに!」

「いや、少年も見てたじゃん。黒猫ディファイの長老サン来てたでしょうが。アレ連れて転移してきてくれたの、ナチル子ちゃん。青兎リドルの魔力はやっぱ違うね、こう、ぱぱっと」

「それだよ! 何でそもそもあいつら、オレ達のピンチが分かったの!? ペーパーバードじゃ間に合わないだろ!」


 肩に置かれた手を弾き飛ばして、詰め寄るようにエイジの襟首を掴んだ。

 少しも慌てずに、エイジはにやにやと答える。


「いや、あのさー。あっちもこっちも危ないのに、何で連絡取る方法もないまま、戦力分断するのよ? 情報は力だよー。そもそもこっちには青葉の国の大神官さまがいるんだよ? どこに神殿建てるのも、思いのままってね」

「そ、それはつまり……」

「あの、申し上げてませんでしたか。すみません。青兎リドルの集落に、先日建設した神殿の主神官はナチルさんなんです……」

「そもそも、そんなもん建てたって話を聞いてない!」


 神殿と獣人って相容れない存在なんじゃないのかよ!


「はあ、まあ……国内のことに限れば、どこに建てるかとか、神官の配置くらいは私の采配で何とでも出来ますので。中央神殿うえのかたには適当にごまかして……」

「アサギ……」


 忘れてた、この人、真面目でおっとりしてるように見えて、割とちゃっかりしてるんだった。

 さすがはエイジと師匠の幼なじみ!


「矢の在庫ストックを取りに行った時に、ついでに即時通信かけたんだけど、さすがに向こうさんの動きは早かったねぇ。偶然だけど長老さんが青兎リドルの集落にいたのも大きかったんだろうなぁ。人間の増援は無駄だけど、獣人さん達なら操られることはないから安心して助けを呼べる」


 言われて思い出して――確かにエイジは一旦戦場を離れてて……あの時!?

 何だよそれ、もっと早く教えてくれよ!

 待て、じゃあサクヤは何でさっき――


「サクヤ、あんたも知ってたのか? サラが生きてるって」

「……お前こそ、知らなかったとは」


 フードの下から、サクヤの低い声が漏れる。

 どうやら知ってたらしい。


「じゃあ、何であんな言い方したの!? それに、サラが無事なら補欠のオレが参加する必要なんて――アサギは眼が真っ赤だし――」


 言いかけて、ふと気付いた。

 この場にいない後1人。

 オレはその場を見てないけど。

 まさかまさかまさか、師匠は――


「あ、少年、少年。余計な先回りしなくて良いから。ナギはちゃんと元気だから。そもそもあいつ、かすり傷1つ負ってなかったでしょ。心に大ダメージはあったみたいだけど。今は表でお仕事中なだけ」


 ――では、なかったらしい。

 心からほっとした。


 何かあのヒト、何やっても死ななそうな癖に、ある日いきなりワケ分かんない死因とかでぽっくり死にそうで困る。餅を喉に詰まらせた、とか。転けて頭打った、とか。


 そんなくだんないこと考えてると、おどろおどろしい声でアサギが呟いた。


「全部エイジ様のせいですよ……」


 視線を受けたエイジが、うっ、と言葉に詰まった。

 その答えを待つ前に、サクヤがフード越しにすまなそうな声を漏らす。


「あんなに戦いたがってたのに、サラは次の継承戦には出れなくなってしまったんだ。だから……申し訳なくて」


 生きてるなら何故、なんて問うより早く、アサギがエイジに掴みかかった。


「――サラはエイジ様のために戦いたいって、ずっと前から言ってたのに! 何で本人が意識を取り戻す前に、サラのお兄様が出てきて勝手に決めちゃうんですか!?」

「……そ、そう言われても」

「エイジ様ちょっと気合入れて下さいよ! 黒猫ディファイの長老さんに凄まれたくらいであっさりサラを渡しちゃうなんて! それでも! 一国の王子ですかぁ!」


 言いながら段々興奮してきたのか、アサギの頬を涙が伝う。


「あぁぁ、もう悔しい! サラと一緒に戦いたかったのに! サラの希望を叶えてあげたかったのに!」

「……ご、ごめんって……」

「その言葉、私じゃなくてサラに言ってください! 酷いですよ、本当にヘタレなんだから! いくら未来のお義兄さまだからって!」

「え!? ちょ、そういうことじゃなくて……あのほら、ご家族のご意向って大事よ? 結構キツいものがあるのよ、『僕の大事な妹を怪我させたのは君? 僕こんな話全く聞いてないんだけど、どういうこと? そもそもずっと気になってたんだけど、君、妹とどんな関係なの?』みたいなことを延々とさぁ……」

「どんな関係か言ってやれば良いじゃないですか! 男女の関係です、って!」

「ばっ……!? ……あ、アサギちゃん? そういうこと言うの止めてね。俺はね、どっちかって言うと触り心地の良いタイプが好きでね、ボンキュッボンの女の子といちゃいちゃしてたいのよ、ずっと……」

「そういうあなたの態度が今回の状況を招いたんですよ! もう最低です! だから早く心を決めろって言ってるのに!」


 2人の言い合う声で、大体状況を理解した。

 未来のお義兄さま(・・・・・・・・)に詰め寄られたエイジが、トラの言うなりに、ケガの後まだ意識が戻らないサラを向こうに帰してしまったらしい。

 ケガをした経緯もそうだし、アサギにサラの治癒を止めさせてオレの方に回したことも含めて、エイジとしてはなかなか言い訳しづらいみたい。

 ナチルが間に合うかどうか分からない状況だから、エイジは最善を指示したんだろうけど。


 きっと、それがエイジなんだ。

 公平で、公正。

 自分にとっていちばん大事な人に対してすら。


 本人は言わないので良く分かんないけど、エイジってアレなのかな、好きな女には踏み込めないタイプなのかな、もしかして。

 まあ、こんな考え方してるヤツなら、そりゃ踏み込めないだろうなぁ。


 オレみたいに、一番好きだから一番に守る、って。

 立場も何もなく言えるようなヒトじゃないんだから。


 でも、そんなエイジがサラは好きなんだろうから……後は勢いだけのような気もしなくはない。


「いやあのほら……ま、そういうことだから。どっちにしろ、サラはまだ意識を取り戻してないんだよ。カズキとの戦いは明日だからね、間に合わないかもでさ」


 わたわたと話を纏めようとしたエイジが、背後からアサギのワンドに殴られた。


「痛えっ!?」

「ちょっと! 話を逸らさないでください!」

「そ、逸らすとかじゃなくて……ほらあれだよ、少年を放置して2人で話してても仕方ないでしょ。あ、少年、よろしくね。対戦相手に関する情報は、事前にサクヤちゃんから色々聞いといて!」

「エイジ様! どこ行くつもりですか!」


 逃げるように立ち上がったエイジを、ワンドを握りしめたアサギが追っかけていく。

 どうやらこの不毛な追い掛けっこは、場所を移して続くらしい。


 2人が部屋を出て行ったところで、はあ、と溜息をついたサクヤが、フードの下で囁いた。


「お前、明日は俺の傍から絶対に離れるなよ……」


 おっと、久久に聞いたその言葉。

 どうやら、戦いの間見せてくれていた信頼も、またゼロに戻ってる。

 その状況を受け入れるしかないオレは、黙ったままそっと眼を閉じた。


 わざとらしく記憶に残されたノゾミの言葉が、オレの胸を打つ。

 サクヤの横に相応しいのは、なんてそんな言葉が――

2016/06/03 初回投稿

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