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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
162/184

interlude21

(――ノイズ音)

(――ノイズ音)

(――ノイズ音)


【管理者権限の承認により緊急設定】

【ユーザアカウントを変更します】

【強制再起動、5カウント後に実行します】


【カウントダウン――。5……、3……、1……】


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 もう、何なんだよ、鬱陶しい。

 追いやられたと思ったら、突然呼び出された。

 えっと、この前はどうなったんだっけ……?


 ディファイの森の中、あのバカと身体を奪い合ってサクヤの心を覗いたら、それはもうガラスハートが当たって砕け散るような玉砕で――


「……頼むから、死なないで……カイ……」


 顔の間近から甘い声が聞こえて、途端にテンションが上がった。

 この声――サクヤだ!

 眼が開かなくて顔が見えないんだけど、サクヤが近くにいる!


「……ぐっ……」


 名前呼ぼうとしたけど、全然ダメ。

 胃から血の塊が込み上げてくるだけだ。


「……ごっ……がふ……」

「バカ! 止めろ、喋るな!」


 ぐいぐいと押されて、ただ呻いた。

 何だこれ、この身体。

 あのアホ、譲ってくれたのは良いけど、死にかけじゃないか。

 こんな死にかけの身体でどうしろって言うんだ。


「俺が……俺が純粋な青兎リドルだったら……こんな傷! くそっ……」


 オレの身体を抑えながら叫ぶそのヒトの姿に、深く同情した。

 あんたはいつだってそうして自分を責めてる。

 何で自分は人間なのか、なんて。

 考えてもどうしようもないこと。


 バカだな。そんなこと気にしなくて良いのに。

 あんたが人間で、時々すごくズレてて、でもそれも可愛いあるがままのあんたで――オレはそんなあんたがすごく好きなのに。


 そうそう。

 こういうときはむしろ……アサギどこだ、アサギ。

 あいつなら治せるはず――


 触手を伸ばそうとして、既にアサギを捉える触手が繋がってることに気付いた。

 よくよく感覚を広げれば、他にもたくさんの見知らぬ人間達、それにエイジやナギ、サラにも触手を絡ませてある。


 しかも絡んでいるのはオレの触手だけじゃない。別の黄金竜ヴァリィの触手が、交差するように縦横無尽に張り巡らされている。


 どうやら、アホのやりたかったことが見えてきた。


 はいはい。そういうことね。

 そう、オレなら全然うまくこれを操れる。

 つまり、そうしろって言いたいんだろ。

 このもう1人の触手の主――ヒデトとかいうイケスカナイ野郎を追っ払えって。


 となれば、もうちょいで良いから回復させて欲しい。

 余裕ゼロだぞ、こんなん。

 死ぬのと追っ払うのとどっちが早いかみたいな状況じゃねぇか。


 再びアサギの触手を探る。


「――いや! サラ、いやぁ! 死んじゃダメ!」


 泣き喚きながら、治癒魔法を使う切実な声。

 何とか応えようとして、力なく首を振るサラの姿。


「ダメよ! 何言ってるの、絶対死なせないから!」


 温かい光がサラの心臓に降り注いでいる。

 だけど――サラとも直結してるオレには、すぐに分かった。

 サラが、何故首を振ってるのか。

 貫かれた心臓にいくら治癒魔法をかけても、アサギの力じゃ絶対に修復は仕切れないだろうってことを。


 致命的な能力の限界。

 あんたには多分これ以上は無理。

 ……っても、今のアサギは止まらないよな。

 昔からあいつは、言い出すと聞かないんだから。

 ま、放っておいても、どうせそう長くはかからない。最期まで好きなようにやらせてやろっと。オレの治療はその後でも……まあ、多分。大丈夫かな、ぎりぎり?


 そんなことを考えて、何だか……喪われたどこかが痛んだような気がした。

 何故だろう。

 オレはサクヤのことだけ、考えてれば良いはずなのに。


 そこはかとない疑問が浮かんできたけど、すぐに消えた。

 良いや、サクヤがここにいるんだから。


「カイ……」


 ぽたぽたと頬に落ちてくる雫が温かい。

 これがオレのための涙なら――と、胸を熱くしてから、そうじゃないってことに気付いた。

 泣いてくれるのは嬉しいけど、欲を言うなら。


 頼むよ、サクヤ。

 オレの名前を呼んで。

 それだけで、黄金竜オレはもっともっと力を出せる。


 残ってる体力エナジィは心もとないけど、あんたを守るためなら。

 このまま、このアホと心中でも良い。


 オレは余った触手を操って、サクヤの身体こころに潜り込ませる。


「――っは……!?」


 一瞬の衝撃でぐらりと傾いだ身体が、オレを抱え込んだ。

 近づいた距離にわくわくしながら、その身体こころに直結した触手を通して、そっと語りかける。


(……サクヤ、オレのポケット)

(尻ポケットの中のヤツ、取って)


「――え、何? ポケット……?」


 腕を伸ばしたサクヤの手が、オレのポケットの中に入ってくる。

 血を失って鈍いオレの身体でも、指先が太腿の裏を探る感触はくすぐったい。

 すぐに見つかった宝玉がポケットから持ち出された。


「……これ……?」


(そう、それ)

(それを、オレの手に乗っけて)


 投げ出したままの手の上に、コツン、と硬い感触。

 宝玉を握ったまま、サクヤがオレの手に指を絡ませてきた。

 途端に、目に見えて触手の動きに切れ味が増す。

 あー、うんうん。良い感じ。

 やっぱ宝玉のバックアップ+愛の力って最強。


(お願い、サクヤ)

(あいつを倒すために)

(オレに――ねぇ、オレの名前を、呼んで)


 触手越しに、迷う気配が伝わってくる。

 数瞬の沈黙の後、静かに涙を拭いながら、囁く声が聞こえた。


「カイじゃ、ない。ノゾミ……か?」


 見えなくても、オレの名前がその薄い唇から漏れたと思っただけで、身体中がぞくぞくと震えるような気がした。

 オレが心から愛して止まない、その人が。今。

 オレの名前を、呼んだ――


 一気に振り切れた最大出力のメータ。

 勝ってやる、あんな亡霊にあんたを渡したりしない。

 誰が何と言おうと、アホが全力で否定しようと。

 あんたはオレのものだ。

 少なくとも、今だけは――


(――そこのロクデナシ! いいか!)

(オレがここにいる限り)

(あんたがサクヤを連れてくのは不可能だと思え!)


「……あぁ? お前、誰だ――?」


 触手越しの呼びかけに、ヒデトが実音声で応えた。


 口を開く――そんな少しの時間ですら、オレにとっては隙に見える。

 1つ1つの触手を細かく、だけどいっぺんに操って、ヒデトの触手コードを引き抜き支配権コントローラを取り返していく。

 あのアホが苦労したその作業が、オレな 1人3秒×触手の数で進められるぜ、ざまぁみろ。

 バツン、バツン、バツンと切り離されて切り替えられる触手の、オレとヒデトにしか聞こえない音がリズム良く響く。

 切り替えたついでに、アホがやらなかったこと――ヒデトが支配してたその人間達を、今度はオレが支配し返した。


「……あれ? どういうことですか……?」


 振り上げた刀を、違和感のある急な身体のひねりで避けられたナギが不思議そうな声をあげてる。

 しばらく周囲を見回して、さっきまでヒデトの思い通りに操られていた見届け人達が、突如向きを変えて今度は逆に虎獣人ウァーフェアの娘に向かって切り掛かって行ってるのにも気付いたらしい。


「……ちっ! てめぇ……あのガキじゃない、『もう1人』か!」


 黄金竜ヴァリィの魔術師が、向かってくる人間たちを躱しながら、悔しそうに叫んだ。


「死にかけの割に出し惜しみしねぇな、お前!」


(あはは! 実体はもう死んでるからな!)

(もう1回死ぬのなんか、全然怖くない!)


 もしも、怖いことがあるとしたら。


「ノゾミ、お前……!」


 オレを見つめるこの青い瞳。

 この人を失うことだけだ――!

 ぽつぽつとオレの頬を打つ涙は、きっと。

 さっきとは違う、オレの。オレのためだけの。


 胸にこみ上げる幸福で、ますます出力が上がる。

 きゅいぃん、と空気を震わせるような高音が、周囲に満ちた。


 まだまだ。

 もっともっとたくさんの人間を操ってやる。

 それこそがあんたのために出来る、オレの愛の証。

 途中から焦ったヒデトと、取り返しては取り返されての支配権コントローラの取り合いになってるけど……構うもんか! 取り返されたら、またこちらが取れば良いだけだ!


「どういうことか知りませんが……褒めてあげますよ、バカ弟子!」


 横たわるオレの傍を駆け抜けたナギが、ヒデトの憑依してる虎獣人ウァーフェアに向けて斬りつけた。


「――うぜぇんだよ!」

「こっちの台詞ですよ!」


 ヒデトの爪がナギの刀を弾いたけど、ナギはそんなんじゃ諦めない。

 果敢に切り合う2人は良い勝負になっている。

 そして現実の攻撃にヒデトの注意が逸れてる隙に、オレは更に支配権コントローラを取り返していく。


 そんな中、戦場の端でふと、アサギの治癒魔法の光が途切れた。

 ついにサラが死んだか? とちょっと興味を覚えて触手コードを伝って様子を見に行く。

 黒猫ディファイの娘は、か細い呼吸を繰り返し、エイジの腕の中に収まっていた。

 正直な話……そろそろオレもヤバい。

 これ以上ここでアサギがぐだぐだしてたら、オレが先に死にそう。

 そしたらどうするかな。

 だいぶヤな感じだけど、ナギの身体でも貰うか?

 サクヤに嫌われるのはイヤだなぁ……。


「……アサギ、もう良い」


 鬼気迫るようなアサギの治癒魔法のおかげだろうか。どうやらサラはかろうじて生きてる。

 それなのに、アサギを止めたのはエイジだった。


「何が良いんですか! まだ全然――」


 泣きながらエイジに食いかかる灰色の瞳を、エイジは静かに見下ろしている。


「……もう良いんだ。それより少年を頼むよ。あっちはまだ助かる」


 エイジの言葉を聞いて、腕の中のサラがほっとしたようにかすかに笑った。

 蒼白な頬を撫でながら、エイジも微笑み返す。


「まだ、なんて! サラだって助かります! 絶対助けて見せます!」


 吐くような叫び声を、エイジは許さなかった。

 冷たい瞳でその身体をオレの方へ向けて突き放す。


「お前の魔力は有限だろ。どっちにしろお前じゃこれ以上は無理だ、無駄遣いは許さない。これは俺の為政者としての判断だ。ヒデトを倒すためには少年の力は必要な武器だろ。それにサクヤちゃんもこれ以上遊ばせておけない。あっちが手遅れになる前に、早く行け」

「そんな――」


 それでもまだ踏みとどまろうとするアサギに、エイジの腕の中からサラが囁く。


「……ね、がい。……たり、だけに、して」


 つっかえながら何とか言い切ったその言葉を、オレの触手は身体こころ伝いにクリアに聞き取ってた。

 このまま繋いでいれば、もちろんこの後のやり取りも全部聞くことが出来るんだけど。

 止めた。


 サラはもう、あの身体じゃ動けない、のが分かった。

 だから黙って触手を切り離した。

 今は自由になる触手は1本でも惜しい。動けない身体サラの為に触手を使っておく余裕はない……から。


 だから。

 だからだ。

 だからオレは今、触手を切り離したんだ……よな?


 オレの中にはもう無い、ニンゲンだった頃のどこかが軋む。

 決して、サラの願いを叶えたワケじゃない……。ひたすらその言葉を繰り返しながら、そっと触手を手元に戻した。


 今度こそ、アサギは何も言わなかった。溢れる涙を拭いながら、うなずいた。

 サラの唇が緩いカーブを作る。その表情を見て無理にアサギも笑い返してから、静かに踵を返してこちらに向けて駆け寄ってくる。

 アサギに繋いでいる触手越しに、背中の向こうで語りかける声が聞こえてきた。


「……エイ、ジ……や、くそく……」


 言いかけて、がふっ、とひどく咳込む。

 それでもエイジはもう動揺しなかった。咳音に重ねて答える。


「ああ、約束、してたね――」


 ――結局オレは、その続きを聞かなかった。


 ふと。

 サラとエイジの様子よりも、別の気配に気を取られて。


 戦場の先、王家の森の隅っこに、突如現れた気配。

 オレじゃなくて。

 この身体(カイ)の良く見知ったその2人。

 オレは自分の届くぎりぎりまで触手を伸ばして、2つの気配に向けて呼びかける。

 こっちへ……頼むから、こっちへ来い!


 そんな心を込めた呼びかけの途中、自分の実体の耳が聞き取った、ばたばたとこちらへ駆け寄ってくる足音で、自分の身体に意識が戻された。

 血が減って、だいぶ集中力が落ちてるみたい。

 何だかふわふわして、夢うつつ。

 昔はよく聞いた乱暴な足音――小さい頃はしょっちゅうこの足音に追い回されたな、なんてちょっと懐かしく。


「――サクヤさん! カイさんは……」

「アサギ、良かった……頼む、出血がひどくてこのままじゃ……」


 オレの傍に来たアサギが、サクヤの横に膝を突いてオレの身体を診る。


「ええ、ええ……大丈夫です。すぐに治癒魔法を!」


 呪文を唱え始めたアサギの姿を、祈るようにサクヤが見つめる。

 別に、さっきのエイジの言葉を聞き入れるワケじゃないんだけど。

 ……何となく、オレも意地を張ってみたくなった。


「……クヤ、あんたも、あいつらを――」


 掠れた声だけど、サクヤはオレの願いを過たず理解した。

 瞳を大きく見開いてから、ちらりとアサギを見る。

 頷き返すアサギをしばらく見つめてから、シャツの袖で目元を拭った。


「分かった。行ってくる」


 答えて、顔を上げた時には、その心はもう迷っていなかった。

 立ち上がって駆け去っていくその気配が、遠ざかる様子すら愛しくて。


「――雷撃槍ライトニングストローク!」


 まぶたを閉じていても感じられる電光が、誇らしい。


 もしかすると、サラもこんな気持ちなんだろうか。

 オレのことなんかより、その人が立ち上がって歩んでくれることが嬉しいなんて。


 何て、オレらしくない。

 触手コードを繋いでた分、ちょっと感化されたのかな。

 それとも、身体の持ち主に?


 ヒデトの支配権コントローラが繋がっているニンゲン達が、サクヤの魔法で一時的に力を失って地に伏せる。

 自分(ノゾミ)も魔法を使うけど、サクヤの使う青兎リドルの魔法は全然系統が違うから、こうやって使ってるところを見ないと良く分からない。どうやら雷撃槍ライトニングストロークは、激しい電撃で人の身体の自由を奪うタイプの魔法らしかった。受けた人間達は生きてはいるけど、呻きながら身体をくねらせている。


「あはっ! 燃料が来たよ、燃料が!」


 炎を纏わせて楽しそうに上空から舞い降りてきたツバサに――さっきオレが頑張って呼びかけた気配が近づいてきた。

 正面から駆け寄っていく――隠密と敏捷のその一族は。


「――剣よ!」


 白いローブを纏った黒猫ディファイの長が、不可視の剣を掲げて疾走はしる。


「――え!?」


 間抜けた声を上げるツバサに、トラはあっという間に駆け寄った。

 他人の身体を勝手に踏み台にして、空中に思い切り踏み切る。獣人の身体能力を使った見事なジャンプでツバサの真正面へ辿り着き、上から体重をかけて切り下ろした。

 咄嗟の羽ばたきで、剣は何とか避けたけど、ぶつかる身体は避けきれなかったらしい。トラの重みでツバサの身体が少しずり下がる。


 ――ナイスチャンス!


 そのチャンスを見逃さず、オレは支配権コントローラを握ってるニンゲンを操って、ツバサの足首を掴んで引き摺り落とす。


「っぎゃぁあああっ! 何だよ、こいつら! 手を離せ――」


 そのまま、囲ませた人間達の剣でめった打ちにした。


「そいつ! 僕の妹を――許すもんか!」


 うまく着地したトラが途中から混じって、怒り任せに剣を振るっている。


「――っあぁあぁぁ! 痛い、痛いよぅ! ヒデトぉ!」

「ちぃっ、あのバカが――!」


 ナギから身体を離した虎獣人ウァーフェアの娘が駆け寄ってくる。

 人間たちをその腕力で押し退けてから、爪の先にツバサの服を引っ掛けて離脱した。

 その背後から斬り掛かったナギの刃は、皮一枚で避けられる。


「ちっ。獣人はすばしこいから嫌いですよ。1対1でやらせてくれるなら勝つ自信もなくはありませんが……」


 ナギに向かっていくのはヒデトだけじゃない。かなり数が減ったとは言っても、いまだヒデトに操られている人間たちも片手間に相手にしてる。それでも獣人の身体を支配したヒデトと互角にやり合ったことを考えれば、ナギはかなり善戦したと言える。


「そりゃあ残念だ。けど俺も少し読み違えたみたいだ。あのガキと黒猫、王子の周りを探らせた限りでは黒猫の生命を取るだろうと思ってたんだがなぁ――」


 なるほど。

 こないだツバサが見に来てたのは、その辺りの調査だったのか。

 シノとレイの微妙な関係や、操りやすそうな相手、継承戦の情報なんかもその前後で掴まれたんだろうな。なかなか良く調べたじゃないか。

 それに……それを切欠にして、獣人の長達を集落へ追い返す判断もさせた。

 一族を大切に思う長達と、人間を分断したつもりだったんだろう。


「それに、どうやって黒猫ディファイの長は気付いたんだ? 青兎リドルがいるから、気付けば転移魔法を使われるとは知っていたが……ペーパーバードの速さじゃ間に合う訳がない……」

「あんた、人間をバカにしすぎなんですよ!」


 独りごちるヒデトに、ナギが再び切り掛かった。

 自分は避けたが、代わりに爪の先に引っかかったツバサがその刀をマトモに喰らって、泣きわめく。


「ぅぎゃあぁぁっ! 痛い! 痛いよ、酷いよ!」

「……うるせぇなぁ。もう良い。今回はここまでだ」


 ざっ、と大きくジャンプして後退するヒデトの視線がおれに向けられてるのを感じた。

 正確には、オレの手の上で輝くその宝玉に。


「これで確信した。次は貰いに来るぞ、その宝玉――」


 ああ、バレちゃったのか。

 ま、仕方ない。バレないワケがないとも言う。

 これだけ使って見せたら、そりゃバレバレだろう。


 ――本当のこと言えば。

 現在の正当な持ち主と言えるのは、きっとヒデトなんだろうから。


 ヒデトがくくっ、と笑った声が最後に響く。


「俺には時間は無限にあるからな、お前らを少しずつ削って色々試して……最終的に全部手に入れば良いんだ、急いじゃいない――」


 威圧的な視線とともに、少しずつ声が遠ざかっていった。

 ナギや人間達の追撃を躱しながら、離れていく足音。

 目を閉じたままでも、薄れていく気配が感じられた。

 適度なところで、オレは操っていた人間達から触手を引き抜く。触手コードの長さにも限界がある。とてもじゃないがこれ以上は追いきれない。


 全ての触手コードを引き抜く直前に、戦場の端で、そっとサラの名前を呼ぶ低い声が聞こえた。

 間に合わなかったんだろうか。

 折角、触手コードで伝えたのに、アレ、足が遅ぇから……。


 緊張から解放されると同時に、強烈な眠気。

 加えてアサギの治癒魔法が、体力を補うために強制的にオレの意識を奪っていく。


「アサギ、カイは――」


 追跡を放棄して戻ってきたサクヤが、心配そうに尋ねる声が聞こえた。

 もう、またその名前かよ、腹立たしい。

 この難局を乗り切ったのはオレだってのに……。

 苛立ち紛れに、オレは脳内に沈み込んだ管理者アカウント(もうひとりのオレ)に語りかける。


 ほら、あんたのご希望通り。

 乗り切ってやったぜ、この状況。

 どうだ? あんたよりも華麗に見事に。


 全く、手がかかる。

 大口叩いておいて、いざとなったらオレ頼みか?


 オレの大事なモノを奪っておいて。

 サクヤさえこんなに望んでなければ、このままオレが奪えたとこだけど。


 いいか、自覚しろ。

 あんたなんかにゃ何も守れない。

 サクヤの横に相応しいのは、オレだ――


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


【ユーザアカウントを管理者へ戻します】

【強制切断、5カウント後に実行します】


【カウントダウン――。5……、3……、1……】


――暗転――

2016/05/31 初回投稿

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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