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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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8 立入禁止

【前回までのあらすじ】第四王子シノの陣営を初戦として、継承戦が始まった。森の中を戦場にするエイジ達を他所に、森の外で待っているオレとシノ王子はヒデトとかち合った――

「お前、本気で俺とやる気か? いくら黄金竜ヴァリィの力があるったって……この身体、中々強いぜ?」


 馬鹿にしたように笑うヒデト――レイに対して、オレはじりじりとシノを遠ざけながら距離を取る。

 ゴールについたにも関わらず戦う様子を見せるレイの姿に、傍にいる見届け人達がざわめいた。


「レイ様、森の外に出てからの争いはルール違反に――」

「うるせぇ」


 忠告を一言で切って捨てたレイが剣を鞘から引き抜く。


 その姿を見ながらオレは慌てて脳内の情報を引っ張り出した。

 黄金竜ヴァリィを相手にするなら、ノゾミの記憶が必須情報。

 パラパラと辞典をめくるように記憶を遡る。

 何とかヒデトを追い出して、レイを救う方法はないのかって。だってそうじゃないと、シノが――。


 必死でめくってる間に、ノゾミの記憶から幾つかの情報がもたらされる。

 この状況、レイはただ閉じ込められてるだけで、それを解放しさえすれば助かること。

 黄金竜ヴァリィの力は支配する相手の肉体能力もある程度は手に入れられること。


 前者は良いニュースだ。

 どこかに隠されてるレイの意識を呼び覚ましさえすれば良いってことなんだから。

 半年前、まだこの力について何も知らなかった頃とは違う。麻里公爵やカナイの時は思い付きもしなかったけど、今ならきっとヒデトを追い出して彼女を助けることだって出来るはず。ぐるぐるに縛って閉じ込めたノゾミと同じように……あの身体のどこかにレイはまだいる!


 後者は……ちょっとまずい。つまりヒデトが、仙桃の国のカナイや蔵の国の麻里公爵に精神支配をかけていたあの時ならいざ知らず、王子の親衛隊長である獣人レイの身体を乗っ取っている今は、個体としてかなり強いってことだ。

 こうなるって知ってたら、レイの実力について自分でもっと事前リサーチしておくんだった。

 どうせオレは継承戦には参加しないから、なんてタカをくくらずに。

 

 レイの身体がゆったりと動いて、しゃりん、と鳴らしながら剣を上げる。

 細い刀身は……えっと何だっけ、レイピア? フルーレ? 何かそんなヤツだ。

 剣先を真っ直ぐにこちらに向ける構えの隙のなさ。元が肉弾戦最弱の誉れ(?)も高いリドル族とは到底思えない。

 オレは黙って構えを崩さずに相手の動きを待つ。


「……そうかよ。お前がやると言うなら――行くぞ!」


 鋭く息を吐くと同時に、レイの身体が踏み込んできた。

 それに合わせて、オレは背中でシャツを掴んでるシノを自分の背後に突き飛ばして、その反動も使いながら前に踏み込む。

 そのままレイの掲げる細身の剣を受け――られずに、頭を狙ってきた刀身を避けて慌てて仰け反った。

 速い! 突きの速さがハンパない!


「カイさん! レイに何してるの、やめてよ! レイが死んじゃう!」

「あっ……このバカ!」


 言いながら後ろからシノがオレを引っ張る。

 丁度バランス取りづらい体勢だったのもあって、うっかり一緒に尻もちをついた。


「はははっ! レイが死んじゃうぅ……だってよ。てめぇで戦いに送り込んどいて、殺す覚悟もねぇのか坊っちゃんは」


 レイの身体で嘲られて、シノの顔色が赤くなった。

 動揺するシノに覚悟が足りないのは事実かも知れないが、人の愛情を隙として突いてくるやり方、オレだってどうかと思う。


 振りかぶったレイの剣先を、固まってるシノを抱き寄せたまま地面を転がって避けた。

 追ってくるレイに足払いを仕掛けるけど、軽く避けられてしまう。

 シノを遠くに突き飛ばしながら、立ち上がりざまに斬りかかった。

 それでようやく一旦レイが足を引いたけど、追っかけて攻撃する段とも思えない。オレも体勢を整えるに留めた。


「ふん。多少は腕を上げたか。もっと楽にイケるかと思ったが」


 剣先を引き戻す時の動きも隙がない。

 見届け人達も周囲で騒いでるけど、そもそもこの人を正面から抑えられる実力があるワケもなく。「ルール違反だ」なんてことを叫びながら、オレ達を遠巻きにしてるだけだ。期待できない。


 顔立ちはあの生真面目そうな親衛隊長そのままで、歪めた笑いは全くの別人。

 知っているはずのヒトの中身が知らないヤツに入れ替わる――何度見ても気持ち悪い。


「レイ……!」


 後ろの方で見届け人に助け起こされながら、シノが彼女の名前を叫んだ。

 ひくり、とレイの耳が動いたが、その表情は変わらなかった。

 代わりにふるふると頭を動かした後で、吹っ切るように息を吐く。しかめられた眼がオレの視線とかち合った途端に、唇が歪んだ。


「ほーらー、次行く……ぞっ!」


 声を発しながら突き出される剣を、必死で叩き落とす……けど、落としたと思った瞬間にそこを軸に刀身をくるりと回されて、オレの剣を絡め取られそうになる。

 やっぱ強い、この人! 継承戦に参加するだけある。

 力尽くで無理に剣を引き剥がした。


「レイ、ねぇもう止めてよ! いつものレイじゃないよ! 僕の声が聞こえないの!?」


 シノの声に反応して、レイの背中でぱた、と短いしっぽが揺れたけど表情は変わらない。

 だけど――反応はしてる。つまり。


「シノ、もっと名前呼べ! レイの意識が残ってる! あんたが呼べば――」


 レイはまだ完全に押し込められてない。

 あんたが呼べば、閉じ込められてるレイにも聞こえる!

 そうすれば……触手をねじ込む隙も出来るはずだ!


「……ちっ」


 舌打ちしながら方向を変えて、レイはシノに向かって飛び掛かってきた。間を邪魔するように自分の身体を入れ込みながら、オレはポケットに手を突っ込む。


「レイ! あんた何で自分を奪われるような隙を作ったんだ!? 大事な人がいて、その一番傍でそいつを守れる立場で……何が不満なんだよ!」


 さして知りもしない人だけど、とにかく名前を呼べば多少は揺らぐかもしれないと、偉そうなことを言いながら宝玉を握った。


 きゅいーん、と甲高く空気が揺れて、オレの胸元から不可視の触手が伸び始める。

 半年間の練習で何とか操れるようになった心の触手。ノゾミほど自由自在とは言わなくても、黄金竜ヴァリィの力をいくらか使いこなせるようにはなった。


 同じ力を持つオレとヒデトにしか見えない透明な触手で、レイの身体こころを絡め取るように伸ばしていく。

 本当はこんな力使いたくないけど――ヒデトを相手にするなら別だ!


 気合入れて触手を操るけど、これだけじゃ多分ヒデトの方が強い。幾重にも絡みつく触手を、レイの腕がヒデトの力を纏って引きちぎっていく。


「……くだんねぇ。こんなもんが黄金竜ヴァリィの魔術師に効くと思うな!」


 オレはそれでもめげずに触手をまとわりつかせながら、突きかかってくるレイの剣先を剣で払った。


「シノ、呼べ!」

「レイ! レイ、レイ! お願いだから……!」

「――ぐぅ!?」


 払った剣先が戻ってくる前に、頭を押さえたレイが低く唸って距離をとる。

 その身体を、ここぞとばかりに触手でくるんだ。

 ヒデトの掠れた声が、空中を漂う。


「……ちっ、うぜぇ! 何だ、おい。お前(レイ)は約を交わしただろうが――俺に従えばあのガキを王にしてやると!」

「――レイ! ねぇ、何を言ってるの!? 僕は王位につくような柄じゃないから、お兄ちゃんに任せるんだってあんなに伝えたじゃないか! 皆の安全が一番だよって! 分かってるだろ!?」


 シノが叫ぶ声を聞いて、触手に絡まれたレイの身体が揺れる。

 ふらふらと揺れながら伏せた顔の下、その唇から不意に弱々しい声が漏れた。


「私は……シノ様を王にする、その為なら何でもすると言った。しかし、それなら何故、継承戦を放棄してこちらに向かった? エイジ様達を倒さねば、この戦いはシノ様の負けだ……」


 そんなことばを抑えこむように、顔を上げたレイの同じ唇が、荒れた息を吐く。


「はっ……そんなのはなぁ、後で良いんだよ。別にこの森の中であろうがなかろうが、最終的に王子なんか全部ぶっ殺しちまえば、こっちのもんだろが! それに、俺は今サクヤにこの戦いから降りられちゃ困るんでな」


 シノを王にするために結んだ契約には、相互で思惑が違ったようだ。

 あくまで継承戦での勝利による正統な王位を目指すレイと、継承戦は継続させて王位を後で簒奪すれば良いと考えるヒデト。

 争う2人の隙を突いて、オレは絡め取ったレイの身体に触手をねじ込んだ。

 ぐちゅ、と精神こころを穿つ感触は生々しくて、何度経験しても慣れそうにはない。


「――っがぁ!?」

「レイ!?」

「シノ、もっと呼べ! あの人の正気を取り戻すような言葉で――」

「レイ! ねぇ、レイ! 僕は……あなたがいるだけで良いんだ! 王子候補としてじゃなく、本当の僕を見てくれるあなたが僕の傍にいるだけで――だからお願い、いつものレイに戻ってよ!」


 シノの声をそのまま触手で中継しながら、オレはレイの深いところへ自分の意識を潜りこませた。触手を逃れようとするヒデトと、シノに寄り添おうとするレイの抵抗をすり抜けながら。


 レイの中身こころは煉瓦造りの小さな家のようだった。

 赤い屋根、クリーム色の壁。

 木製の扉には「KEEP OUT(立入禁止)」の文字が繰り返される黄色と黒のテープがでたらめに貼ってある。

 オレには読めない文字だけど、精神こころが繋がってる今、テープを貼った当人であるヒデトの意識を通してその言葉の内容が理解できる。


 ノブを回しても、当然開くことはない。

 だけど、オレにはとっておきの鍵がある。


(――レイ! お願い、レイ!)


 現実そとで彼女を呼ぶシノの声で、扉の隙間が緩んだ。

 その声を中継する触手を鍵穴にねじ込んで、無理矢理に肩を押し当てて力任せに扉を開いて中に入る。


 中はカーテンも窓も締め切って暗い室内。

 棚の中、綺麗に整頓されたアレやコレや。几帳面にラベルが貼ってあるけど、出来るだけそれを見ないように奥へと進む。

 目をそらしていても、引きずり出されて床に散らばったものが否応なく目に入ってきてしまう。どれもこれもシノとの思い出ばかりで、それを見る度に罪悪感。


 だから嫌なんだよ。

 誰だって心の中は自分だけの聖域。

 こんなの……オレが見るべきじゃないものなのに。


 それでも引き返すことは出来ないから、黙って歩を進めた。

 建物の一番奥、白い縁取りの古い扉を開ける。

 扉の向こうには1人の男が座っていた。


黄金竜ヴァリィどころか獣人ですらない、ただの人間がここまで出来るようになるとはな……」


 聞こえた声は、もう今までに何度も聞いたひび割れた音。

 男の髪は白銀、憎悪と倦怠を湛えた瞳は紅。

 頭上から伸びる長い耳が、元の彼の種族を物語る。


「ヒデト……!」


 どっかりと椅子に腰を下ろした彼の姿を良く見れば、その指先や膝、身体の端々で砂嵐がかかったように掠れていた。

 オレの視線に気付いて、ヒデトが嘲笑う。


「あぁ? お前はヒトの中にいる他の黄金竜ヴァリィを見たことねぇのか。これが黄金竜ヴァリィの宿命さ。コピーは所詮コピー、繰り返せば劣化していく……」


 霞むように薄れた指先を見下ろして、歪めた唇は諦めたような笑いへと変わる。

 コピーを繰り返せば劣化する? つまり――


「『精神支配』で他人に乗り移るたびに、『自分』が減ってく……?」

「精神支配ぃ? ……変な呼び方してんな、お前。これは支配ってより憑依だろ」


 そんなこと言われても、オレは黄金竜ヴァリィに詳しいワケじゃない。

 唯一、黄金竜ヴァリィについて知ってた女王だって、その能力を何と呼ぶか、なんて細かい話は教えてくれない。


「自分自信が移る『憑依』、遠方から操る『操作』、単純に思考にノイズをかける『ジャマー』……俺はそんな分け方してるが。まあ、ここにいる限りはお前の言いたいことはイメージで分かるから良いか。そりゃ『憑依』となりゃ多少の剥落は覚悟してる。特に獣人ですらない野生の動物に身を移せばひでぇことになるのも分かってたが……落ちてくものよりも大事なものがあるんでな。それさえ毀れなきゃもう良い」


 どうやらヒデトは『王家の森』にいる動物に憑依して忍び込んだらしい。

 なるほど、だからオレが森に入るヒト達を検索サーチした時には引っかからなかったんだろう。


 でもそんな方法なんかよりも、オレにはヒデトの最後の言葉の方が気になった。何て意外な言葉。


 他人の気持ちを踏みにじって歩く、その男に。

 たとえ自分が自分でなくなっても、守りたい何かがあるなんて。

 でも――


「そんな……大事なものがあるって言うなら――あんた、レイの気持ちだって分かるだろうが!?」


 全力でその人の幸せだけを祈る思い。

 それを踏みにじって、自分の願いを満たそうとするあんたのやり方。

 許せない。あんたに大事なものがあると言うなら、余計に。


「ん? この鹿女か……。なあ、こいつが純粋にあの王子殿下の幸せを祈ってるって、お前はそう思うのか?」


 含みのある言葉だけど、オレは迷わなかった。

 即座に「思う」と答える。

 だってこの家の中、シノの面影と思い出でいっぱいだ。

 レイはシノのことが好きなんだ、だから……。


「じゃあ、見ろよ。ほら」


 ヒデトは靴先の霞んだ足で、1つの汚い箱をこちらに向けて蹴りやった。

 ずざざ、と音を立てて滑ってくる箱の蓋はホコリまみれで、かなり奥の方に追いやっていた気持ちであることが分かる。

 開けたくなくて躊躇してると、ヒデトの指がぱちん、と鳴って勝手に蓋が開いた。


 中に詰まっていたのは――


 置いて行かれたような寂しさ。

 自分だけのものだった王子が、皆の王として君臨する。

 晴れがましくも虚しい気持ち。


 自分以外を見る彼の笑顔。

 悔しさ。嫉妬。

 ずっとこの手の中にいてほしいと――どこかで望む気持ち。


(私とシノ様が結ばれることはない)

(一国の王族が、獣人との婚姻を選ぶことは有り得ない)

(何故ならば――獣人と人間の間には、子が産まれないから!)


 流れ出したレイの声を抱き締めるように、オレはその箱を胸に抱えた。

 本音の詰まったこの箱の中――レイの心が隠されている。


 ……人の心の中に入るのなんて大嫌いだ。

 聞く必要のない言葉を聞くことになるから。

 本当ならレイが決して口に出さなかったであろう、その言葉を――


 箱を抱いたまま顔を上げて、オレは正面からヒデトを睨み付けた。


「汚い部分だってあるさ、生きてるんだから……。だけど、表に出してないなら誰に文句言われる筋合いがあるんだ! 勝手に人の中覗き見て、勝手に採点してんじゃねぇ!」


 呼び込んだオレの怒りに従って、触手がヒデトに向けて走る。

 その身体を貫こうと上下左右から触手が伸びて――触れる直前で、ヒデトの姿が薄れた。

 半透明のその身体を通りながらも、スカった触手の感触に思わず声を上げる。


「――な!?」

「……はは。良いぜ、お前に免じてこの鹿女からは手を引こう、大した問題はねぇ。こいつの抵抗もうざいし……約を違えるヤツとは手を組めない」


 空を切った触手の先には何の実感もなく、透けたヒデトはにやりと笑いながらオレに近づいてきた。


「俺の狙いは王位じゃない。こんな人間の国がどうなろうと俺の知ったことか。俺が必要としてるのは守り手と神の欠片だけだ」


 哄笑を響かせながら、薄れて消えていくヒデトの声に背筋がぞくりとする。

 継承戦の場にいる守り手は1人だけ。

 狙われてるのは、つまり――


「――サクヤ!?」


 オレがその名前を呼んだ時には、ヒデトの姿は完全に消えていて、最後に残した言葉だけが名残のように部屋を掠めた。


「なあ、お前ずいぶん黄金竜ヴァリィの力を使いこなせるようになったみたいだが。俺とどっちがうまく人間達を動かせるか、争ってみるか? より巧みにより多く操れるのはどちらかなぁ……?」


 複数の人間を同時に操る?

 ようやくレイをヒデトの手から解放したばかりだと言うのに、まさか――


 くらくらするような焦燥感で、オレは慌てて現実へと駆け戻る――

2016/05/20 初回投稿

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