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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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6 リハーサル

【前回までのあらすじ】亡くなったリョウ王の正式な跡継ぎは誰になるのか、4兄弟が己の手足となる部下を使って争う継承戦が、もうすぐ始まる――

「ま、下見ってヤツですよ」

「……なるほど?」


 前を行く師匠の言葉にオレは頷き返した。

 下見、ね。言いたいことは良く分かる。

 街はずれから森へと続く一本道を、いつものメンバの後ろをついて歩きながら、オレは空を仰いだ。


「や、でもそれさ、明日の本番に備えて戦場を見に行きたいってことだよな。師匠はそれってもう何回も行ってるじゃん?」


 何せ一番最後にメンバーに加わったサクヤですら半年近い時間があったんだ。他の4人なんかノゾミがいた頃から既に何度も見に行っていることが、ノゾミの記憶から勝手に分かる。

 それなのに何で今更……継承戦の前日にもなって。


「下見だけじゃない、りはーさる」


 ぼそり、と呟いたサラの頭を、歩きながらエイジが撫でる。


「どっちかっつーとそっちだね。動きの最終確認とかするんだよ。それに野外フィールドでの戦闘だからね。もしかすると中の様子も変わってるかもしれないし。罠仕掛けたりされてるかも知れないし」

「それぞれのスキルも多少上がっているかもしれませんもの、何度確認しておいても損はありませんよ」


 そんな風にアサギがほんわか笑いながら言ってくれれば、まあ納得感もあるってもの……?

 いやいや、オレが本当に聞きたいのはリハーサルする理由じゃない。何でそのメンバーにオレが入ってるのか、ってことだ。


「あの……でも、それにオレは必要なくない?」


 エイジと国を守る五方の守護候補であるのはオレの前にいる5人。オレ自身は継承戦に関して何が出来るワケでもない。

 皆の後ろを歩きながら、そっと尋ねると。

 こちらを振り向いた4対の眼がオレをじっと見つめた。

 たった1人、頑なに背中を見せたまま振り向かなかったのは――


「……別に必要なくはないんじゃないか。カイだっていれば何かしらすることはあるだろ……えっと、多分」


 あさっての方を向いたまま、言い訳がましいことを言っているサクヤさん。

 この状況を見てようやく理解した。部屋でごろごろしていたオレを無理やり引っ張ってきたサラに、そもそも指示を出したのが誰なのか、を。

 なので、その指示者に狙いを定めて、オレは反論を投げる。


「あのさ、オレにも何かしらすることがあるって、あんたらの練習に付き合ってオレは何すれば良いの? 自慢じゃないけどオレ到底あんたらの戦いになんか付いて行けないぜ?」

「いや例えば……そう。エイジの矢を拾いに行くとか、喉が乾いた時にコーヒーを差し出してくれるとか。あるだろ?」


 あるだろ? ……じゃ、ないよ。

 それ、どこの雑用係だよ。

 あえて不満を全面に出してサクヤを睨んでたら、横からそっとオレのシャツの袖を引いたアサギがくすくす笑いながらオレの耳元で囁いた。


「そんな顔なさらないでください。サクヤさんは、カイさんがいないと行かない、とそれは可愛らしい様子で主張されて……」

「アサギ! 物事は正確に伝達しろ。俺は『カイを練習に連れて行った方が良いんじゃないか』と提案しただけだ」


 アサギはあっさりと「そうですね」と引き下がったけど、その含みのある笑い方、多分それだけじゃない。

 師匠がかぶせるように恨みがましい声でオレをなじった。


「あなたね、この期に及んでついてけないとか、堂々と言わないでくださいよ。何のために俺が育ててきたと思ってるんですか。継承戦はあなた無関係じゃないですし。そもそも弟子の癖に師匠の長年の目標を掠め取っていってくの止めてください」

「お前は関係ない、黙ってろ」


 何故かサクヤから即座に切り捨てられる。

 今の師匠の言葉、「無関係じゃない」って微妙に気になるんだけど。

 聞き返そうとする前に、師匠が自分で情けない声を上げた。


「あのサクヤさん、あなた旅に出る時だって俺は連れてってくれないのに、何でカイは必ず連れてくんですか……」

「お前はこの国でやることあるだろ、真面目に仕事しろよ。カイは……えっと、カイはつまり……カイがいないとヒデトに襲われた時に困るだろ。だからだ。だから今日も一緒に来なきゃいけない」

「あのどうでも良いけどさ、サクヤちゃん。いかにも今思い付いたみたいに付け足しするの止めてよ、俺はとっくの昔に気付いてたから今日も少年を呼ぶのに賛成したんだけど。まさかここしばらく俺達が集団行動してること、特に意味ないって思ってたの、あなた?」


 エイジが呆れたように口を挟んだ。

 え? あ、そういう意味なの?

 言われてみれば、確かにヒデトを止められるのはオレかサクヤしかいない……かな?

 それでここんとこずっと、サクヤはオレを連れて歩きたがってたのか。


 とか思いつつサクヤの方を見たけど、一切返答はない。

 ……うん。

 この人嘘つけないから自分に都合悪いこと言われると黙るんだよ。それを良く知ってるオレ達は、黙ってじっとサクヤを眺める。


「……何で俺の方を見てるんだ。行くぞ」


 ふい、と目を逸らせるサクヤの言葉に、今まで黙ってたサラの「ふひっ」という笑い声が重なった。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 継承戦の場は河を1つ越えた先にある森の中だった。

 『王家の森』と呼ばれるこの森が、昔から代々エイジの家系――鬼王家の継承戦の舞台になっているという。

 森に入ったところで軽く組み合いながら連携を確認してるサクヤ達を、オレとアサギは横から見守っている。

 その徒然にアサギが継承戦について詳しく語ってくれた。


「継承戦はトーナメント制なのですよ」

「え、総当たりじゃないの?」

「はい。だって……今代は王子が4人しかいないので総当たりでも1戦しか変わりありませんが、代によっては10人以上いたこともあったそうで……。あまり何度も繰り返せばそれだけ五方の守護の死亡率が高まりますからねぇ。人材の無駄です」


 さらっと怖いことを言われた。

 そう言われてみたらそうかも知れないけど。

 にっこり笑うアサギが既に色々と心を決めてるような様子が何だか直視できなくて、オレは慌てて話を少しずらす。


「こ、今回の順番とか、もう決まってるの?」

「ええ。ちょうど一ヶ月前に神聖なる儀式の上で……」

「神聖な儀式?」

「神殿で、神官達が見守る中でのくじ引きですね」


 うふふ、と笑う。

 その笑い方もあんま神聖とか信じてない感じがして、怖い。


「結果として今回、エイジ様は第四王子のシノ様とまず当たることになりました」

「そこで勝ち抜けば、次は第三王子のミズキか第一王子のカズキの勝った方と、ってこと?」

「そう。向こうが全滅したりしなければ、そうなりますね」


 あっさりと言い切った。

 組み合わせを別にすれば、潰しあうことは最初から分かってたワケだから……今更か。

 きっと長い時間かけて、誰と当たっても問題ないように覚悟も準備もしてあるんだろう。どの王子もお互いに。


「……で、こんな森の中で戦って、どうやって勝ち負けを判定するの?」

「この森の中で勝ち負けを決めても誰も判定出来ません。だから、最終的には森の反対側から入って、王宮のある側から先に出てきた方の勝ちです」

「え? じゃあ継承戦ってレースってこと? そんなのさ、戦わずに両方のグループがまっすぐ突っ切って全員が向こうに辿り着いたらどうすんの?」

「もちろん全員が先に出てきたチームの勝ちですよ、その場合はけが人もなく平和的に終わって良いですね。まあ、途中で相互に邪魔し合いますから、まずありえませんが」


 聞いてみれば、ルールは随分簡単だった。

 さっきのくじ引きもそうだけど、あんまり簡単なのでイカサマなんてやりたい放題にも見える。


「なあ、それって例えばさ、五方の守護以外を中に連れて入ったりとか、それこそ外から魔法ぶちかましたりとか、さっきエイジが言ってたみたいに罠仕掛けたりとか……そういうのされたらどうすんの?」

「うーん、一応見届け人が所々見張ってはいますが、常に森の全方位を見ている訳じゃありませんから、やろうと思えば出来なくはないですね」

「え? じゃあ……?」

「どうもしませんよ。勝てば、その方が次の王になるだけです」


 あっさりと答えが返ってきたので、つい2度見した。

 アサギはくすくす笑いながら答える。


「条件は同じなのですから。こちらだってバレなければイカサマしても良いのですよ。その程度の智謀策謀はどうとでもしろ、出来た者が勝ち……というのが、初代から続く考え方のようです。ルールは裏をかく為にある、と」


 はあ? なんてラフルールだ。

 まあ、政治だの統治だのなんてきっと一筋縄ではいかないから、王様ならそれくらいのイレギュラーは軽く乗り越えられないとダメなのかもしれないけど。


「あ、じゃあ……エイジも今回何か仕掛けてるの?」

「エイジ様は当たって砕けろ派です」


 ……そうかよ。

 それはエイジらしいっつーか、らしくないっつーか。


「エイジ様曰く、『手駒が最強過ぎて裏工作とか馬鹿馬鹿しい。君ら負けると思う? 負けないでしょ? よろしくね』だそうです。信頼と言えば麗しいですが、要は丸投げですよね」


 口ではそんなこと言ってるけど、そういうアサギ自身も嬉しそうな顔をしている。

 つまりエイジはそっちを取ったんだろう。

 正面突破したがる部下のやり方に任せて、モチベーションを上げる方を。

 そんな話をしてると、当のエイジがにこにこしながらこっちに近付いてきた。


「仲良しだねぇ、お2人さん。サボってないで、アサギちゃんちょっとこっち確認して」

「はい。何でしょう?」


 呼ばれてちょこちょことエイジの後をついて行くアサギの代わりに、サラが寄ってきて無言でオレの足元に腰を下ろした。

 ふぅ、と息を吐いている様子からすると、疲れたから少し休憩、ってとこらしい。


「お疲れさん」


 さっきサクヤに言われたことを守ってるワケじゃないけど、そっと水筒を差し出した。ちらりとこちらを見たサラは、黙って受け取る。


「調子はどうだ? 明日はいけそうか?」


 そんなサラにとっては当然で益体もない質問は、今更何を言うか、という感じでスルーされた。ふい、としっぽが振られてから、思い出したように、ちら、と黒い瞳がオレを見る。

 何か言いたげにも見えるその眼に、問うてみた。


「……何だよ?」

「いけそう?」


 突然そんなこと聞かれても。

 何のことだかさっぱり分かんない。


「何がいけるって?」

「けいしょうせん」

「明日の継承戦、オレは出ないだろ」

「あしたは出ない。お前はほけつ」

「……ほ、ほけつ!?」


 ――補欠。

 その言葉を脳内に認識した瞬間に、思わず叫んだ。

 人間よりも耳のいいサラが、うるさそうに顔をしかめる。

 オレはその不満げな表情に向けて言葉を続ける。


「あんた今何てった!? 補欠!?」

「ほけつ」

「補欠って何だよ? 欠員補充なんかあるのか?」

「るーる内で死んだ場合はほじゅうしない。でも……」


 サラの言葉はそこで止まったけど、さっきアサギと交わした会話で思い当たった。

 ルール内で殺られても補充はない。

 でも、ルール外で殺られた場合ならある?


「イカサマで死んだと判定された時は、欠員補充するんだ……」

「そのとおり」


 ルールは簡単。作戦は無限。

 そういうもので王子たちの適性を測るのが、継承戦の目的らしい。


「カイはほけつ。サラたちに何かがあったら……カイがたたかう」

「さっき師匠が言いかけたの、それかよ」


 無関係じゃない、なんて。

 文句はないけど、先に言って欲しい……。

 いや、文句はないどころか、補欠でもチームに入れてくれるってことは、エイジや師匠がオレをその程度には認めてくれてるってことなんだろうから、ちょっと嬉しかったりするけどさ。


「それにしても、何かあったら、なんて随分気弱なこと言うじゃん」


 今日のサラは口数が多い。

 やっぱり継承戦前で緊張しているからだろうか。

 指摘すると、鬱陶しそうにしっぽを小刻みに振りながら視線を逸らされた。

 分かりやすい不機嫌の様子で、ちょっとおかしくなってくる。


「おいおい。あんたに何かあったら、エイジを誰が止めるんだよ。あのセクハラと女癖の悪さ、責任もってあんたが結婚でもしてやんないと、止まんないぞ」


 笑いながらそんなことを口にした瞬間に、サラの気配が凍ったのに気付いた。

 怒りじゃない。照れでもない。

 今までのゆるい冗談や気軽な感じの一切ない、本当の無表情。


「エイジは、サラとはけっこんしない」


 ぼそり、と呟いた。

 確信を伴った絶望の色が添えられたサラの声が、低く耳に響く。


「……え? いや、確かにあんたロリだし」

「ろりじゃない」

「エイジはもっと胸のでかいタイプが好きだし」

「むねじゃない」

「王子だから身分違いとか」

「身分じゃない」

「獣人だからって――」


 最後の言葉を聞いた瞬間に、サラの黒い瞳がオレを突きさすように睨み付けた。


「――お前は、その問題の重要性を理解してない」


 片言じゃない、きちんとしたセンテンスで喋られて、オレは一瞬息を飲んだ。

 怯んだオレに、握っていた水筒を投げつけると、サラはふぃ、とオレから目を逸らしてその場を離れた。


 獣人であることって、そんなに問題なのか?

 この、青葉の国においてさえ?


 そんなオレの疑問を放置したまま、黒い影は木々の向こうへ消えていった――

2016/05/13 初回投稿

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