4 心のアルバム(裏)
【前回までのあらすじ】リョウ王の葬儀に紛れてちょっかいかけてきた赤鳥の騎士。女王がかるーく撃退したけど、獣人達の集落はちょっと心配。色んな大人の事情がある分、儀式のアレコレを止めるワケにはいかないから、女王は自分達だけでも帰りたがってる――
結局サクヤさんは寒い寒い言いながら、リョウ王の葬儀全てをこのうっすい服で通しました。
仙桃の国で買ったピアスはめて、裾ひらっひらさせながら。
見てるこっちの方が心配になるくらい無防備な女の姿で!
ようやく3日間の連続した儀式が終わって、エイジの執務室に戻ってきたいつものメンバーは肩の力の抜けた様子で思い思いにリラックスしている。
エイジはどっしりした椅子に背中どころか後頭部までのっけて天井見上げてぼんやりしてるし、その足元に丸まってるサラは隣の部屋から勝手に毛布引っ張り出してきて既に寝てる。
そんな2人を見るでもなく見やりながら、師匠は応接セットの1人掛けのソファの上で肘掛けに頭を乗っける。その隣のアサギはさすがにだらーんとはしてないけど、やっぱりどことなく疲れた様子が見えてる。
そんな青葉の面々を見回していたら、オレの隣で3人掛けのソファに座ってるサクヤは、自分の両肩を自分で抱いたまま小さくなっていた。相変わらず例のうっすいリドル衣装を着ているので、隣に座ってるオレからは色々見えてしまいそうで……何か落ち着かなくて困る。
このうっすい衣装、仙桃の国で会ったあの仕立屋――ユウキが作ってくれたらしい。青葉の国に移転してから良い評判をちょくちょく聞いてる。ずいぶんと売れっ子みたいだから忙しいはずなのに。
まああの人なら女のときのサイズ1回測ってるし、サクヤさんに傾倒しちゃってるから、依頼さえあれば何着でも作ってくれるだろうけどさ。
ふとオレにもたれかかってる頬を見た時に、えらく青ざめてることに気付いた。もしかして悲しみや疲労よりも単純に寒いって理由がでかいんじゃないかとようやく思い当たり、脱いだジャケットを肩にかけてやるとほっとした様子で青い瞳が見上げてきた。
こんな格好でこんな顔されたら、もうオレ、どぎまぎして仕方ない。
物理的に距離を開けるために咄嗟に立ち上がって、立ち上がった後で無理やり理由を考えた。
「……こ、コーヒー淹れてやるから!」
「助かる、ありがとう」
珍しくものすごく感謝した声が返ってきて、こんな時にアレだけどつい笑ってしまった。
連日続く葬儀の中で一番大変だったのは、やはり今日――最終日だった。
棺を火葬場まで送ってそこでリョウ王の魔法使い――先代の『五方の守護』の1人が炎の魔法を放つ儀式。
火葬場って言っても結局はただのだだっぴろい野原。昼下がり、少し気温が下がり始めたところから全て露天での儀式なんだぜ。火が燃えてるったって火葬の炎で暖を取るワケにもいかないし。
最終日は雨が降っていなかったのでその点だけは良かったが、それでも気温は低い。
普通にスーツ着てたオレですら、ちょっと冷えるな、と思ったくらいだ。
『神の守り手』は風邪ひいたりしないんだそうだけど、こんな格好はやっぱ大変だろ。夏ならまだしも、青兎の島と青葉の国では気候が全然違うんだから。
炎の揺らめく向こうでサクヤがずっと顔を伏せていたのは、アレ、もしかしたら悲しみじゃなかったのか。くしゃみを我慢してたのかも。
ってことで、ようやく暖かい部屋に戻ってきて、執務室の脇にある給湯室で熱いコーヒーを淹れてると、一息ついた様子の面々が口々に葬儀について語り合っている。
「……あのさ、棺の中に花入れておいてくれたじゃん? あれって手配したの誰? なんであんなファンシーな花用意したのさ、俺もう棺覗き込む度に、バックにふわふわしたお花ちゃん背負った親父見えるからおっかしくって……」
本気で笑いを堪えながらエイジが執務机に肘を突いた。額を手で覆ったまま背中を震わせている。
「えぇ!? ダメでしたか!? コスモスもバラも綺麗ですし今が見頃ですから……」
「ほら止めとけって言ったのに。先代の五方の守護だった剣士のキョウ様が亡くなった時みたいに、白のシルクだけで良いって散々に止めたんですよ、俺は」
アサギと師匠が口々に言い返してる。
棺に花が入ってるのはそんなにおかしいことじゃないけど、多分アサギの好みでピンクとかイェローとか可愛らしい色が多かったのと、そもそも生前のリョウ王のゴツい性格を良く知ってるエイジや師匠からすると笑えて仕方なかったらしい。
ようやく笑いの治まったエイジが、目尻を拭いながら顔を上げずに呟いた。
「やー、こっちも大わらわだったけど女王サマ達は大丈夫かねぇ。こないだの神殿の屋根の件も、ヒデトさんはきっと何かしてくるだろうとは思ってたけどさぁ……」
独り言のような質問に答える声はない。
赤鳥の騎士ツバサの襲撃を受けた直後に、女王とトラは集落に戻ることを決めた。
ついでにナチルも連れて行って、先に白狼の集落に隣接する青兎の集落から一族全員を連れて移動することになってる。それぞれに弱点もある3種族は、一時的に白狼の集落へかたまって身を守ろうと決めたそうだ。
さすがにエイジの魔法使いであるサクヤは一緒に戻らなかった。それよりも一族のことをすべて女王やトラへ託し、王宮を護衛する方にまわることになった。
だって、ヒデトの陣営とオレ達は、じゃんけんみたいにお互い相性の悪い相手がいるんだ。
魔力特化の姫巫女に対し、魔力を燃やす騎士は圧倒的優位に立っている。
だけど騎士は物理攻撃にはてんで弱いので、女王やエイジ、師匠やサラが力推しで戦えば勝てる。
ところが人間やサラはヘタするとヒデトの『精神支配』にやられる可能性がある。周囲の人間を操って、数の力で攻撃されるのも怖い。
ヒデトに対抗出来るのは獣人達や――黄金竜の力を持つオレだ。
エイジ達は葬儀と継承戦があって王宮を離れられず、獣人達は泉と大樹から離れられない。ヒデトとツバサがバラバラに襲ってくるとしたらどっちがどっちに襲われても大丈夫なように人員を振っておかなきゃ。
その結果、ナチルは向こうに戻った方が安全だろうということになった。継承戦の間、ナチルの身を守れるような信頼できる人間がオレしかいないから……。
もちろんその話を本人は心底嫌がって、王宮の床が抜ける程にしたんしたーん、と鳴らしまくってたのは言うまでもない。
最終的にサクヤが説得したらしいけど……サクヤさんが誰かに理を言い含めることが出来るようになっただなんて。驚きです。
呆れたような師匠の声が響く。
「あの、エイジ。他人事みたいなこと言わないで下さいね。こっちも安心出来る状況じゃないんです。あなたが死んだら全部終わりなんですから」
盆にコーヒーを乗せて戻ってきた時も、相変わらず師匠は肘掛けに重ねた両腕の上に顎を乗っけた姿勢のままだ。
やる気ない風に言ってるけど、そのくせ本当にエイジが危機に陥ったりしたら生命賭けるんだろうって、前回サクヤが扉を爆発させた時に分かったので……オレはコーヒーを応接テーブルの上に置いてやった。
師匠はちらっとそれを見て、黙ったまま手を伸ばして飲み始める。
本っ当にオレの師匠って、ツンデレ。
礼を言いながらカップを受け取るエイジやアサギと違って、サラはぴくりとも起きなかった。1つ余ったカップをどうしようか自分のソファに戻って困ってたら、サクヤが早々に自分の分を2杯確保した。
両手に握ったカップを抱え込むようにして身体を温めてるところを見ると、本当に寒いんだと思う。
師匠が対面のソファから手を伸ばして、サクヤの衣装の裾を掴む。
いい加減寒がるサクヤさんの姿は見飽きたらしい。ちょっと呆れた声を出した。
「この薄い布って何か意味があるんですか? もっと暖かそうな布で作れば良いのに」
「布が薄いのはそれが我らに伝わる伝統的な織物で、風に揺らぐ様子が泉の水を……っくしゅん」
「確かにこのデザインでは私達みたいに下に何か着込むのも難しそうですしねぇ」
アサギが自分のローブの袖を折って下に着てるシャツを見せてくれた。
ローブ自体がすとんとしてるのではっきり分からないけど、どうやら結構下に重ね着してるらしい。
その間も師匠が薄布の端を持ってひらひらさせてるから……オレとしてはいつそれが捲れたり破れたりしないかと、気が気じゃない。
サクヤは片っぽのカップを膝に乗せ、もう片っぽに口をつけながら、眉をしかめて見せた。
「でもこういう衣装だから仕方ない。俺だって好きで着てる訳じゃない。寒いし、下着もつけられないから落ち着かないし……」
「――ぶふぁっ!?」
ようやく腰掛けて、丁度飲もうとしてたコーヒー噴いたのはオレ。
えぇ!? それ、下着つけてないってあんた……!
アサギが即座に立ち上がって汚れたテーブルやオレのスーツをタオルで拭ってくれる。
「だ、大丈夫ですか!? あぁ、折角のスーツが……」
「うわアサギ、ごめ……ちょ、サクヤ! あんたその下――」
「カイ、お前汚い。勿体無いだろ」
すごく苦々しい表情をしているのは、どうも大事なコーヒーを無駄にするなと言いたいらしい。
けどあんたね、他に言うことあんだろ!?
「へぇ、その下って何にも着てないんですか? 本当に何にも? ちょっと確かめても良いですか?」
「あー、そう言えばリドル島って暖かかったねぇ。あのさ、その服もっと近くでお兄さんに見せてくれる? リドル島の風俗とかって何か興味出てきたなぁ、今になって」
「エイジ、あなた何かいやらしい顔してますよ。サクヤさん、俺は昔から本当に興味ありました、あなたの出身ですからね。だからこれは純粋な学術的好奇心なんで、その服の中身見せてください!」
「うわぁ!? 止めろ、バカエイジ! バカ師匠!」
アホな師匠に裾引っ張られた瞬間にオレの方から白い太腿がちらりと見えて、慌てたオレは、組まれた脚に上から覆い被さるようにして邪魔をした。
その途端にサクヤが脚の上に置いてたカップが倒れて、オレは頭から熱いコーヒーをひっかぶることになる。
「――だぁ!? あっちぃ!」
「あ、バカ! 何やってる!」
焦った声のサクヤが師匠に服の裾を掴まれたまま立ち上がろうとして――その瞬間に、ふわりと空気をはらんだ布が脚の付け根まで捲れ上がったのを……見てしまった。
「――きゃあ! か、カイさん! 鼻血出てます!」
「何でいつもいきなり鼻血吹くんだ、お前は。鼻の粘膜弱すぎる」
オレが何を見たかに気付いてない女性陣があわあわと顔をタオルで拭ってくれたり、氷持ってきて冷やしたりしてくれるけど。
頼むからあんま近寄らないで欲しい、そこのうっすうすの人。
思い出して……鼻血止まんなくなるからっ!
わたわたするオレ達とは裏腹に、エイジと師匠は何か悔しそうな目で見据えてくる。
「うわぁちっくしょー、今のずるいですよ。弟子の癖に正面から、とか。あぁ俺も見たかったなぁ……」
「あー? そっちの方が近いでしょ。こっからはほとんど見えな――痛ぇ!」
エイジが最後にヘンな悲鳴を上げたので、一瞬、全員の注意がそっちに集まった。
注目の先には、寝ぼけ眼のくせしてガッシリとエイジの踝に噛み付いてるサラ。
「さ、サラちゃん……何か分からないけど、俺が何かしたんだったらごめんね。そんでさ、謝るからそれ止めてくれる? 何がそんなに気に食わないのか分かんないけど、そこ肉が薄いからすごい痛――いててててっ! ごめん、悪かった、俺が悪かったからかじったままゴリゴリしないで! 痛いって!」
「ほーらエイジ、俺も見たいとかヘンな発言するからバチが当たるんですよ。えぇ、いいでしょう。俺は見なくても触るだけでも――ふべっ!?」
被っていた毛布を思い切り師匠の顔に向かって投げつけたサラは、ふしゃー! と叫びながら、しっぽをぱんぱんに膨らませて飛び掛かった。
これでようやく室内のセクハラ発言の元が絶たれた。
ただし、サクヤとアサギは状況を良く認識していないようで黙ったまま、暴れるサラを見ている。
サラのしゃー! という声とエイジと師匠の悲鳴が響く室内で、2人は不思議そうな顔でオレの応急処置を続けてくれた。
ちなみに。
確認したオレだけが、その薄布の下が本当はどうなってるかを知っているワケだけど。
……絶っっっ対に言えるもんか。
誰にも言わずに、心の裏アルバムに永久保存しておきたいと思います。
2016/05/06 初回投稿
2016/05/06 補足追記
2016/05/10 補足追記