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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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3 兄と弟

【前回までのあらすじ】雨降る夕暮れに営まれるリョウ王の葬儀の途中、獣人の長達の姿が見えないと思ったら鐘楼で戦ってた! 襲ってきた相手は焔の騎士、赤鳥グロウスのツバサ――

「ウザいんだよ! 人間と手を組んだ鬱陶しいヤツら――」


 ぶん、と振ったツバサの両手から、オレとサクヤ、女王とトラの2方向に向かって燃え盛る炎が放たれる。

 オレはサクヤの身体に腕を回し引き込むようにして避けた。

 避けきってから女王とトラの方を見れば、反応の早い女王がトラを抱えて襲ってくる炎から跳び退いている。

 その勢いのまま女王は自分の背丈よりも高い鐘楼の手すりに駆け寄り、踏み切り一歩で飛び越えた。


「ひぁぁああぁ!?」


 荷物みたいに小脇に抱えられたまま高速移動しているトラが、聞いたことないような甲高い悲鳴を上げる。

 降り注ぐ雨に濡れながら女王(とトラ)は真っ直ぐに屋根の上を走っていった。

 女王の動きは弾かれる雨の軌跡でぎりぎり見えてる。多分トラが重しになっている分見えやすいんだろうけど、オレの半年の修行の成果も出てる……と、思いたい。

 鐘楼の向こう、神殿の屋根をツバサに向かって駆ける2人は、途中で横から銃の一斉掃射を受けて足を止めた。


 その姿を見ながら、サクヤがオレの胸を拳で叩く。


「追うぞ!」

「追うって……あの手すり結構高いぞ? 越えないと屋根には――」

「俺は跳べる。お前は無理か?」


 声の中に含まれた挑発するような空気を感じて、イラっとしたオレは慌てて助走距離を取る。

 少し後ろに下がってから手すりに駆け寄って思い切り跳ねた。オレの横、さしたる助走もなしに身軽に跳ねたサクヤが、片手を突いて軽々と手すりを乗り越える。

 負けてられない。オレは手すりの壁を蹴りながら両手で身体を持ち上げ、無理矢理によじ登った。壁は内側向きに傾斜がついてて登りにくいけど、何とか持ち上げた身体で壁の上に足をかけて乗り越える。

 流れるような動きで着地したサクヤより数秒遅れて、壁の向こうの屋根の上に足を踏ん張った。


 手すりを越えて見れば、真上から降ってくる雨の量は結構なものだ。目に水が入って視界が悪い。あっという間に水を吸った服が重く湿っていく。


 前方では、ふっさふっさと揺れるしっぽがツバサの前で仁王立ちをしていた。

 その腕から唐突にトラがぽい、と投げ捨てられる。それでも慌てもせずにくるりと空中で回転して着地してるのは、さすが長老と言うべきか。

 そんなトラの姿を確認もせずに、女王は腕を組んで空中を羽ばたくツバサを見上げた。


白狼うちもそんなに赤鳥そっちと行き来があった訳ではないがね。私の記憶では、代替わりの時に挨拶に来た今代の騎士は、もっと素直で幼かったように思ったぞ。確か名前を……」

「――名前はカケル。そいつはボクの弟だね」


 忌々しげに吐き捨てるツバサに、女王は更に言い募る。


「弟? まだ幼いにしろ、歳を重ねればあれも良き騎士になると思っていたが……どうやって君のようなボンクラがその地位を継いだ? 先の守り手の譲位なしに騎士になることは出来ぬだろう?」


 せわしなく揺れるしっぽが苛立ちを顕にしている。

 その不機嫌の理由がツバサの嫌な答えを予測しているからだと分かったのは、実際に答えが聞こえてからだった。


「どうやってだって? 脅したのさ、当たり前だろ。ヒデトと一緒に人間を連れて攻め入って、一族を片っ端から捕らえてさぁ! 『お前が騎士を譲らなければ、1人ずつ殺してやる』って言っただけだよ。今あんたたちを狙ってるあの銃ってヤツはすごいね、普通の赤鳥グロウスなんか太刀打ち出来ない!」


 あはは、と甲高く笑う声に、ぐるるぅ……と唸る音が重なった。


「貴様……同胞を愛するとの誓いはどうした……」

「誓うのは代替わりする時だろう? 代替わりの前に同胞を愛してるかどうかは問われない。それに結局ボクが代替わりを終えて気付いた時には、同胞なんていなくなってた。ヒデトがぜーんぶ殺しちゃってたんだ! 愛すべき同胞がいないんだから誓いを破りようがないよね」


 守るべき同胞を持たない孤独な赤鳥グロウスの長は、雨の中で壊れたように笑い続ける。


「そもそもカケルが悪いんだ。ボクの方がお兄ちゃんなのに、皆ボクが次の騎士になるって思ってたのに……代替わりでお父さんが先代の騎士に推薦したのはカケルだった。弟の癖に……ボクを差し置いて……」


 笑いながら漏らす言葉の幼さ。

 オレはそんな自己愛に満ちた言葉をどこかで聞いたことがあるような気がして、思わずサクヤに視線を送った。

 黙って頷き返すサクヤの様子で、同じことを考えてると知る。


 ――もしかするとツバサには、魔法がかかっているんじゃないだろうか。

 精神を後退させ肉体の時間を進める魔法――サクヤの姪ナチルにかけられていたのと同じ魔法が。


 どうやらヒデトは代替わりさせた姫巫女ナチル騎士ツバサを操って、何かを目論んでいたらしい。

 その為には操りやすい駒であればあるほど良い。だからそんな魔法を例の古都の国の魔法研究者とやらに開発させたんだろうけど。


 そうだとしたら、ツバサの心は見た目よりも遥かに幼いことになる。

 子どもに対するなら、それなりの言い方をしなければ。


「女王、ちょっと……」


 そんな意味を込めて女王を止めようと近付いたオレの手を、女王のしっぽがばしりと一振りで払った。


「少年よ、止めてくれるな」

「いや、多分あいつは……」

「見た目にそぐわず、どこかおかしいということは承知しておる」


 女王は飛びかかる体勢を緩めないまま、ぐるぐると唸り続ける。


「しかし一族の長が一族を滅ぼした者に肩入れするなど、同じ五種の長として見過ごせる罪ではない。己が死を望むまで、我が爪で永遠に引き裂き続けてくれるわ!」


 ぐぁっ、と短く吠えた女王が、屋根を駆けてツバサへと迫る。

 何よりも同胞を大切にする白狼の長の怒りは凄まじいものだった。さっきは見えたはずの動きが、今度こそ全く見えない。

 牽制するように撃ち込まれる銃弾を、どうやら女王も幾つかは避けたようだ。

 それでも鐘楼の壁の中とは違い盾になるもののない屋根の上で一斉に撃ち込まれたことで、空中に赤い血が舞うのが見えた。

 被弾しても、女王はほとんど動きを緩めない。

 痛々しく飛び散る血の雫を見て、オレは尻ポケットから宝玉を取り出した。


「女王の邪魔を――するな――!」


 ぎいぃんっ、と耳鳴りのような音が広がり、銃声が弱まる。

 あんま使いたくないチカラなのは事実だけど、生命がかかってる状況ではそうも言ってらんない。せめて頭の中を覗き込むことは避けて、ジャマーをかけ(あたまガリガリす)るにとどめた。

 こちらを狙ってる狙撃手達の中にも、激しい頭痛を堪えて撃ってくる強者はいなくはないが、さきほどより格段に銃声は弱まっている。その緩い銃弾の弾幕を越えて、女王は嬉々とした様子で走っていく。

 迫る勢いに狼狽えてるだけのツバサの傍まであっという間に到達すると、目にも見えぬ早さでその紅の翼を切り裂いた。


「――ぎゃぁああぁっ!?」


 その瞬間に、悲鳴を上げながら、ツバサの身体は空中をコントロールを失ったように舞い上がる。

 赤い血と羽毛を空に撒き散らしながら錐揉みして上へと登っていく姿を、ぽかんと女王が見上げた。


 羽を千切れば落ちてくる、と思ってたんだろう。

 オレだってそう思ってたんだけど……どうやらあいつが飛ぶ原理は普通の鳥とは違ってるらしい。

 羽は浮遊するツールじゃなくて、飛行をコントロールするツールみたい。ねずみ花火みたいなめちゃくちゃな動きで空中を遠ざかっていくツバサを、オレ達はただ見送ることしか出来なかった。


 呆然と空の一方向を眺めていたオレ達の内、一番最初に気を取り直したのは精神的に意外とタフなトラだった。


「……あ、やばい! 狙撃手達を捕まえなきゃ!」

「あ! えっとー……」

「――月焔龍咆哮ルナティックロア


 ツバサがいなくなって燃やされる恐れがなくなり魔法を解禁されたサクヤが、問答無用で木の上に必殺技を放った。

 見事に木々の上部を巻き込みながら、白い輝きは狙撃手達を消滅させていく。

 その様子を見て、何故かがっかりした様子でトラが呟いた。


「あーあ、やっちゃった。アレ、捕まえられたら例の新兵器を回収出来たのに……」

「……あ。忘れてた」


 サクヤが小首を傾げながらオレを見る。


「な、何でこっち見んの!?」

「ごめん」

「オレに謝られても……」

「いや、お前なかなか剣の腕が上がらないから、持たせてやったら良かろうと思ってたんだったのに、忘れてた。だから、ごめん」


 本気で申し訳なさそうな顔で謝られたけど。

 ぶっちゃけ、オレは。


「――大きなお世話だよ、バカ!」

「何で謝ってるのに怒るんだ。意地が悪い」


 今回ばかりはオレの怒ってる理由が分かんないサクヤが悪い、と思う。

 この人、オレのやる気を奪う天才だ。


「サクヤ、言い過ぎだよ。カイは前より良くなってるよ」

「何を。剣を持っても俺にすら届かない癖に。まだまだだ」


 トラがフォローしてくれたけど、サクヤは一言で切って捨てた。

 「比較対象が悪いんだと思うけどなぁ……」なんて呟きながら、トラが視線を逸らす。さすがに「いや、サクヤより強いよ」とは言えないレベルってことだろう。オレが。

 守り手同士の会話は、そこに嘘が含まれてない分、食い違ってる時は妙にどきどきする。


 や、別にオレ、サクヤのこと言ってるワケじゃない。

 びっしょびしょの薄布が身体に貼り付いてて、すごくいやらしい、なんて――そんなくだんないこと考えてるワケじゃないから……ね?


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「……今度から、そういう時は俺も呼んで下さいね」


 ぐったりと疲れた様子でオレとサクヤを見る師匠に、バスタオルを頭から被ったオレはもうひたすら頭を下げた。

 オレ達の後ろで女王とトラがぼんやりと師匠を見ているが――多分こっちは全く話を理解してないと思う。

 人間たちの社会的なアレコレなんてのは、多分彼らにはあんまり経験したことない問題なんだ。


 葬儀と継承戦の重なったこの多忙の中、師匠にはさっきのツバサとの戦いの色んな後処理をしてもらった。

 後処理っていうのを具体的に言うと、神殿の鐘楼や屋根の破損の弁償。

 弁償だけならまだしも、その……神殿対してに仕掛けたテロなんじゃないかとか疑われて、神官達と非常に揉めた。本当は師匠かアサギがその場にいれば話が早かったんだろうけど、獣人の長達とオレしかいなかったせいで、全く信じてもらえなかった。

 オレ達はまだ生き残ってる狙撃手を確認しに行きたくてそわそわしてるし、神官達はオレ達を本当に信じて良いのかはらはらしてるしで、話が通じない。

 青葉の国だと言うのに、神殿の関係者には獣人が1人もいなくて人間だけなのも、怪しまれた一因だったようだ。

 それでどうしようもなくなって師匠かアサギを呼ぼうとしたんだけど、揉め始めた直後じゃなくて、結構経ってから呼んだことで師匠がこっちに来るまでに時間がかかり、内部では様々な問題が大きくなっていたらしい。


「俺のところに話が来た時には、神殿内ではもうアサギの手前の辺りまで話がいってて、神殿内は上の話と俺からの話とアサギの話がごっちゃになって……とにかく大変だったんですよ!」

「すいません」


 素直に頭を下げるのはオレ。

 ぼんやりとオレの後頭部を見てるのがサクヤさん。


「いいですか? 神殿の教義は基本的に『人間最高!』なんです。アサギのように青葉の国(ここ)で生まれた人間もゼロではありませんが、神官の多くは本部――古代王の国の中央神殿から派遣されてきている人間です。この国のやり方は神殿内部では通じにくいんですよ……」


 こめかみを揉む師匠に向けて、サクヤは小首を傾げながらもあっさりと「そうか、助かった」と答えた。

 例の衣装の上からバスローブを着て、濡れた髪を頬に貼り付かせてる姿は相変わらずいやらしいと思うんだけど……オレだけか? 誰も突っ込んでないってことは、オレだけか……そうか……。

 答えを聞いて、師匠は深い深い溜息をつく。


「あなた、それくらい分かるでしょう? 今日に限って獣人らしい格好してるんですから、こういう時は早めに俺に頼ってくださいよ!」

「だから頼った」

「もっと早くに!」

「まさかこうなるとは予測出来なかった。神官達は俺の顔も知ってるだろうに、服を着替えただけでここまで扱いが違うとは」


 ぐだぐだ言ってるサクヤを睨み付けて、師匠は神経質そうに眼鏡を中指で押し上げる。


「だーかーら! 神殿ってのはそういうとこなんです!」

「この国でもか?」

「この国においてすら、神殿は全く別の組織なんですよ!」

「トップに立つ大神官がアサギでもか?」

「中央神殿にいる更に上のトップは別の考え方してるんですよ!」

「でもここは青葉の国だろう」


 どうも今一つ理解できてない。

 さすがに師匠も付き合いが長いだけあって、その表情を見てサクヤに全く通じてないことと、このままでは永遠に通じないことを認識したらしい。がっくりと肩を落とした。


「……どう言えば分かってくれるんですか、あなたは。そんな姿で俺を誘うなんて、そんなことばっかり覚えて、まともな社会経験はいつになったら身につくんですか?」

「別にお前は誘ってない」

「お前()? その言い方――」

「――うんうん、巫女どのの教育は後でゆっくりそちらでやっておくれ。そんなことより我々は早急に相談せねばならぬことがあるのだから」


 サクヤを押しのけるようにして、話に割って入ったのは女王だった。

 視界からサクヤが隠された途端に師匠の表情が一瞬にして仕事モードに戻ったのは……やっぱ疲れてる様子を見せるってのも、親しい中での甘えの一種なのかもしんないと思う。


「ええ、何でしょうか、白狼グラプルの女王」

「うむ、剣士どの。私が相談したいのはね、我らの集落のことが非常に気にかかる、ということなのだよ。特に青兎リドル――」


 女王の言葉で、ちり、と隣のサクヤの纏う空気が緊張を帯びた。

 女王も師匠の方を向いてはいるが、サクヤを会話の射程に入れているのだろう。頷きながら後を続ける。


青兎リドル赤鳥グロウスの相性は最悪だ。赤鳥グロウスは魔力を燃やして焔とするのだから。どうだろう? この3人の少なくとも誰か1人くらいは集落へ戻って、同胞達を一か所に集め守るべきじゃないかね? こちらも大変だろうが、向こうが手薄になるのも困る。せめて継承戦とやらが終わるまでは……」


 確かに攻め入る方からすれば、バタついている時は好機だと感じるはずだ。

 それにヒデトもツバサも、さすがに原初の五種の長だ。他の長達くらいの力がなければ抑えられないだろう。


「分かりました。こちらはこちらでエイジのお兄ちゃま――カズキのこともありますし、あまり戦力を欠くことは出来ませんが……急ぎ、エイジに掛け合ってみましょう。でもその前に、サクヤさん――」

「ん?」


 再び自分に戻ってきた視線に、サクヤが小首を傾げて問い返す。

 その姿を下から上まで舐め上げるように眺めながら、師匠は割と本気の声色で尋ねた。


「その濡れた姿、本当にそそるんで――抱き締めても良いですか?」

「ダメ! ダメに決まってんだろ、このバカ師匠!」


 サクヤより先にオレが返事をしたことには、他意はない。

 ただ単にほら、オレの方が師匠の近くにいたからって、それだけだよ。

 うん、それだけだ。他意はない。絶対。

2016/05/03 初回投稿

2016/05/06 ルビ修正

2016/05/09 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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