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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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1 変わらぬ日々、進む時間

【前回までのあらすじ】蔵の国とディファイのごたごたが落ち着いたところで、オレ達は青葉の国へ戻ってきた。先に控えるのは青葉の国の王位継承戦――

 青葉の国に戻ってきたオレ達は、相変わらずの日々を過ごしてる。

 オレは日々師匠の屋敷で寝泊まりし、剣の訓練をする傍らで、時々サクヤに連れられてリドル族を探す旅に出る。

 黄金竜の力は普段使わないようにしてるけど、寝てる時にはどうも自制が甘いらしくて、時に暴走してはサクヤの過去を夢に見たりする。

 オレには無理やりプロテクトを破るようなことは出来ないから、サクヤが許してくれる範囲だけしか見えないんだけど。


 そんな合間に獣人達は順次青葉の国にお引越ししてきた。

 先に移動してきたのは、女王を頂点とする命令系統の確立している白狼グラプルだった。

 お国でごたごたが起こっているワケでもないのに急いで転移してきてくれたのは、実は戦闘力の低い青兎リドルを姫巫女の代わりに守る為、なんて理由があることは、オレとエイジしか知らない事実だったりする。

 察しが良くて正義感の強い神官のアサギや、頭固いけど読みの深い青兎リドルのイツキ辺りはこっそり気付いてたりするかも知れないが、当の姫巫女サマは多分気付いてない。

 まあ、女王も気付いて欲しいワケでもないだろうから、オレも黙ってる。


 その次に、ようやく意見がまとまって移住してきたのが黒猫ディファイ達。

 一度は移動することに一致した意見がバラけたのは、実は、とある(彼らにとって)大切な植物が青葉の国には自生していないのではないか、との噂が広まったことが原因だったりする。

 その、とある植物とは。

 そう……マタタビだ。


 黒猫ディファイ達はこのマタタビの実を酒に漬けてマタタビ酒として嗜むのが好きらしい。

 オレも詳しくは聞いてないけど、色々と重宝するんだとか。

 どんな時に使うのか教えてくれ、と言ったら弓使いの黒猫娘ヤナギに顔を真っ赤にして殴られた。そんなに怒らなくても良いんじゃないかと思うけど、種族の秘儀……みたいなものなんだろうか?


 そんなこんなで「マタタビがない土地になんかいられない!」派が「マタタビないとちょっと寂しいんじゃない?」派を取り込んだり、「毎年、季節になったらマタタビだけ取りに戻れば良いじゃん!」派が「マタタビ移植しようぜ!」派に強く批判されたり、話がすすむに連れて派閥は分断・再編成されていき、最後の方ではもう誰が何派なんだか分かんなくなった。

 常に見てたワケじゃないけど、時々一族内の会議を傍聴したり立ち話聞いたりしてたオレからすると、最終的にはまとまったと言うよりは「もうどうでもいーわー」ってなったみたいだ。

 揉めるのに飽きた、と言うか。

 長老がそんなに移転したいなら良いんじゃない? って意見が大勢を占めたと言うか。


 そうこうしている間にエイジの「マタタビ? めっさ生えてるよ、山の方に」の証言を受けて、満場一致でそのマタタビ自生地の周辺に集落を移動することが確定したと言う……あんたら交通の便その他の地理的条件は気にしないのか? なんてオレは思ったワケだけど。

 実際のところ後からトラに話を聞くと、土壌環境や水脈などのことを色々考えてその場所を選びマタタビで一族を釣った感があるので、まあ一族全員がトラの意図した通りに動いた、ということなのかもしれない。

 青兎リドルの『泉』や白狼グラプルの『大樹』と違って、守るべき神の欠片が『剣』という持ち運びしやすいものであるために、「1回やってみて失敗だったらすぐ元の場所に戻ろう」と気軽な気持ちで臨めたのも、黒猫グラプル的には良かったようだ。

 それでも2ヶ月近く揉めてはいたので、もう何と言うか……個人主義のヒト達をまとめて動かすのは本当に大変だ。トラの苦労は推して知るべし。


 彼らが移住してきてからもう3ヶ月になるが、王都を歩いている時に買い物してる黒猫ディファイ達を良く見かけるようになってきた。どうやらそれなりに楽しく過ごしているらしい。


 対して、ほとんど自治領から出てこないのは青兎リドル達だ。白狼グラプル黒猫ディファイが持ち回りで長期逗留して護衛してくれてるから、閉鎖的と言うワケではないけど。彼ら自身に自分の身を守る術がほとんどないことを考えると、その判断も宜なるかな、というところか。

 一部の青兎リドル達だけが、エイジの手引で王宮付きの治癒術師として働いている。その場合も必ず黒猫ディファイ白狼グラプルの護衛がついているから、彼らが王宮外の仕事に出る時には、黒白の尻尾がまとまって揺れながら付いてくところが見れる。

 サクヤの義理の姪であるナチルも、そんな王宮付き治癒術師の1人だ。おかげでオレ達が王宮に逗留している間は毎日のようにオレと顔を合わせては、喧嘩してる。


 白狼グラプルはあちこちで主に用心棒的な仕事を請け負っていて、外に出て来ないワケじゃないんだけど――1人で王都をウロウロ買い物してる姿、なんてのはあんまり見ない。

 そもそも集団行動が好きなのだろう。

 例外は変わらず『森と外との繋ぎ役』についているキリぐらいか。

 女王に色々お使いを頼まれては、王宮に顔を出したり王都で必要なモノを買い求めている。

 最近は、そんなキリの後ろにカエデの姿を見ることがあるので、もしかすると罪を犯したカエデへの、一族の風当たりも少しは変わってきているのかも知れない。


 エイジと師匠は相変わらずだ。

 国民じゅうじんが増えたことで色々と仕事も増えたらしいけど、ボヤきながらも楽しそうに毎日過ごしてる。

 ここんとこ新しい法律が幾つか増えたりしたのは2人の仕事によるものだ。どれも国外から流入してきた獣人をどう扱うか、なんてことに絡む法律なんだけど。

 父親であるリョウ王の承認を一応は得ているけど、あの人は相談されれば「好きなようにやれよ」なんてあっさり言いそうな気がする。

 第四王子のシノもそこにかなりの助力をしてはいるらしい。しかし名実ともに中心になってるのはエイジなんだから、継承戦なんてしなくてもエイジが王様で良いんじゃないかなぁ、と思う。エイジ曰く「伝統を甘く見ると痛い目に合うよ。手続きに則って決められたこととそうじゃないことは、かけるエネルギの効率が全然違うから」だ、そうだ。

 そうして国政に精を出す師匠とエイジの尻を叩くのがアサギなのも、相変わらず。アサギを通して神殿と連携を取りながら、新しい高等教育の機関を作ってはどうか、なんて話を企画してるらしいってのも聞こえてくる。


 黒猫ディファイ達が青葉の国へ移って来たのをキッカケに、トラはサラを一族へ戻そうとする努力を止めた。

 そもそもサラ本人がエイジの傍を離れたがらないし、いつだってトラの方からサラに会いに行くことが出来るようになったからだ。

 王都のメシ屋で他の黒猫ディファイと一緒に昼メシ食ってたりするので、集落の敷地に入れないだけで、『追放』はほぼ有名無実化してると言って良いだろう。

 そんな姿を見て誰よりも嬉しそうにしていたのがアサギだったりするから、友情に理解って不可欠じゃないんだな、なんて思ったりする。


 エイジは密かに探らせてると言ってたけど、ヒデトのその後の行方は分からない。

 青葉の国の第一王子カズキも、さしたる動きを見せない。

 そんな、変わらない毎日だ。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 継承戦が目前に迫ったある早朝、エイジがオレを呼び出した。

 第二王子の執務室に入って見ると、珍しく片付いたその部屋には既に先客がいた。

 獣人三種族の長――女王と長老トラ姫巫女サクヤ

 それにエイジ、師匠、アサギとサラ。


 つまり、エイジが共にこの国を背負っていこうと思ってるヒト達が、皆揃ってる。

 オレを含めて8人。

 これが、エイジの信頼出来る仲間ってことなんだろう。


 さわやかな朝の光が窓から差し込んでる。

 思い返せば、昼夜逆転生活から久々に光の下に出て来たような気がする。

 昨日までサクヤと一緒に王都の外にとある調査に出ていて、戻ってきたばかりだったオレはあくびを噛み殺しながら、室内の誰にともなく声をかけた。


「……悪ぃ。遅れた?」

「遅い」


 無表情のまま一言告げたのはオレの愛しい姫巫女サマだ。

 そんなサクヤを宥めるように、装飾の多い神官のローブを着たアサギが執り成してくれる。


「大丈夫ですよ、カイさん。カイさんを呼ぶ前から私たちは王宮にいたので、すぐ来れただけなんです」

「久しぶりだね、カイ。何かまた背が伸びた気がするなぁ」


 嬉しいことを言ってくれたのは、人当たりの良いトラだ。

 白いローブのふんわりした袖を引きながら、オレの背を視線で測るように手を動かしてる。

 オレが笑顔で頷き返すと、無言のサクヤがトラとの間を空けて自分の隣を指してきた。


「えぇ!? ちょっと! 弟子は師匠の近くに座るモノですよね?」


 対抗するように上下黒の軍服を身に着けた師匠が声をあげるけど――あんた、1人掛けのソファに座ってるじゃん。

 オレは肩を竦めてサクヤの導く通りにトラとサクヤの間に座った。

 3人掛けのソファは大きいので、3人で座っても十分に余裕がある。


 机を挟んでサクヤの対面に座ってるのが師匠で、同じ1人掛けのソファ、師匠の隣に座ってるのがアサギだ。丁度トラの正面になるか。

 そして、行儀悪く執務机に腰掛けてるのは黒いツナギみたいなのを着たサラと、いつもの布を被ったような衣服の女王。

 ちっこいのが2人並んで足をぶらぶらさせてると微笑ましいけど……どことなく不満げなサラの様子から推測するに、女王がサラをからかいがてらマネしてるんだろう。

 2人の向こうに、どっしりした執務用の椅子に座って正装したエイジが見える。


 朝早くから皆、えらくまともな格好をしている気がする。

 それからすぐに、珍しいことにエイジが少しも笑ってないと気付いた。

 継承戦が近いから何か新しい作戦でも考えついたんだろうか、なんて思ってたんだけど。

 どうやらそんなレベルの話じゃないらしい。


 息を呑んだオレの様子で、全員の心の準備が出来たと知ったエイジが唇を緩めて、落ち着いた声で語り始めた。


「朝から突然呼び出してごめん。皆さんに言っとかなきゃいけないことがあってねぇ……」

「どうした王子どの、珍しく口が重いじゃないか。さっきから何度聞いても『少年が来るまで待って』などと。皆が揃わねば言えないこととは何かね?」

「継承戦も近いもんね。僕らは参加はしないけど、出来ることがあれば応援するよ?」


 口々に言う女王と長老に、少し微笑むように視線をあててから。

 エイジはどこへともなく眼を向けて、独り言のように呟いた。


「……親父が死んだんだ」


 しん、と一瞬にして室内が静かになった。

 毎日王宮に来てるアサギと師匠は既に知っていたようだ。何も言わない。

 いや、この服装からすると既に最後の挨拶を済ませて、諸々の手続きに動いてるのだろう。


 エイジの父親――リョウ王は長く病みついていたから、いつかこんな日が来るとは思っていたけど。

 王都に戻ってきたばかりのオレには、衝撃的な事実だった。


「……いつだ?」


 誰よりもリョウ王と付き合いの長かったサクヤが、一番最初に声を上げる。

 その拳が握りしめられてることに気付いて、オレは上から包み込むように手を乗せた。冷たい拳がゆっくりと緩んで、オレの指に指を絡めてくる。


「昨晩遅く。君らが戻ってくる直前だ。まだイケると思ってたし本人もそのつもりだったみたいだけど……まあ、こればっかりは神のみぞ知る、だよね」


 冗談っぽく言って見せたエイジは笑ったつもりだったらしいけど、頬が引きつっていてうまく笑顔が作れてない。

 自分でそのことに気付かないまま、その固まった微笑みでエイジが続ける。


「そんで申し訳ないんだけど、皆さんの時間をちょっと拘束することになるのよ。今夜からこの国の大神官たるアサギが取り仕切って葬儀が始まるから、ご出席頂けないかな、とそういうこと」


 ああ、それでエイジや師匠は正装してるんだ。

 振り向いてエイジの顔を見た女王はただ、非常に事務的なことを口にする。


「国王が死んだとなれば、我らに何か影響があるのかね?」


 冷たいように聞こえるけど、むしろ。

 早くこの話を終わらせて、リョウ王の死を悼む時間をとってやりたいという気遣いなんだと思う。

 白狼グラプルの女王はそういう人だ。

 この数ヶ月で女王の人となりを思い知ったこの場の面々には、そのことが漏れなく伝わっているようだった。誰も彼女の言葉を咎めたりはしない。

 女王らしい分かりづらい気の遣い方に、エイジはようやく少しだけ頬を緩めた。


「そうね、これに起因する影響なんてものはないと思って貰って良い。しばらく儀式的なモノが幾つか続くことになるから、王宮にいてくれると助かるってくらいかな。サクヤちゃんはその雑な服止めて、喪服っぽいものを着るか、リドル族の伝統装束に見える服を着てくれると助かるわ」

「……善処する」

「ありがと。あくまで『ぽい』で良いから。こんなド田舎で儀礼なんか誰も気にしやしないし、リドルの伝統装束なんて誰も知らないだろからさ」


 エイジの陣営として参加するか一族の代表として参加するかで、衣装は変わってくるのかもしれない。だけどエイジにとってはそれはどちらでも良いらしかった。

 それは興味ないとか、今それどころじゃないとかじゃなくて。

 どちらであろうとうまく世論を操作する自信があるんだろう。


 肉親が死んでも悲しむだけではいられない、それがエイジの選んだ道で。

 黙ってエイジを見ている師匠やアサギはそれを良く理解している。だから黙ってるんだと思う。


 そろそろとトラが手を上げた。


「あの、継承戦はどうなるんですか? 早まったりとか……逆に服喪の期間が終わるまで延びたりとか?」

「変更はありませんよ。最優先事項ですから。葬儀は3日で終わります」


 正面に座るアサギが微笑みを浮かべて答える。

 いつもと違う曖昧な笑みになっているのは、きっとどういう顔をすれば良いのか分からないんだと思う。ヒトの痛みに敏感なアサギには、自分の辛さ以上にエイジやサクヤの辛さが痛いはずだ。


 サラの黒い尻尾がぴしぴしと短いリズムで執務机を打っている。

 どうやら女王に苛立っているなんてのは大した理由じゃなくて、エイジを気遣ってるっていうのが不機嫌の理由なんだろう。

 それに、サラにはサラなりにリョウ王との付き合いがあったんだと思う。本人はあまり喋らないけど、病室に見舞いに行くこともあったのかも。誰も知らない内に忍び込むようにして。

 リョウ王の性格からすれば、向こうも誰にも言わなかっただろう。だから2人の間でどんな言葉が交わされたのかは、多分、永遠の謎になる。


 師匠は静かに立ち上がって、オレ達を見下ろした。


「継承戦は一週間後。そこで次の王が決まります。俺達はしばらくバタバタしますが、それぞれ事前の打ち合わせ通りに最善を尽くしてください」


 それだけ告げて執務室を後にする背中の後を、一礼したアサギが追った。


 隣のサクヤが、小さく息を吐く音が聞こえる。

 きりり、とオレの手の甲に食い込む指先は冷たくて。

 オレはただその手を何とか温めようとしたけど、しっかりと手を繋ぎ直すしか出来なかった――

2016/04/26 初回投稿

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