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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第9章 You'll See
148/184

16 思い込み・勘違い・すれ違い

【前回までのあらすじ】麻里公爵の娘エリカから届いたペーパーバード。見た途端にサクヤが不機嫌になったってのは、何が書いてあるんだろう?

「ねぇ、何この長文。込み入っててまとめるの面倒なんだけど。何やったのよ、あなた?」

「何もしてな――くはないんだけどさぁ……」


 恨みつらみの手紙だったら理解できるんだけどなぁ。

 じっとオレを見つめながら、ナチルが小声で呟く。


「……変態」

「やめろ。そういうことはしてない」

「してなくないでしょ、変態。ここに全部書いてあるわよ」

「だから、何が書いてあるのか教えてくれよ!」


 サクヤの様子やナチルの態度からして、何となく予測がつかなくはないんだけど。

 手紙の中身そのものが気になるというより、サクヤがどんな勘違いをしてるのかが気になって仕方ない。


「頼むから! 青葉の国に戻ったら旨いケーキを奢る!」


 表情には変化がないが、『ケーキ』の言葉でナチルの耳がしゅぴん、と立ってオレの方を向いた。

 ……良し! 何かうまいこと興味をひきつけられたようだ。アサギさんご愛用の『風々々堂(ふふふどう)』のケーキなら、きっとナチルの舌も満足させられるはず。


「……あなたの旨いなんて、イマイチ信じられないけど」

「オレもヒトから教えてもらったんだ。ほら、あんた一緒にいただろ。大神官のアサギだよ」

「アサギが……ねぇ……」


 無理に保っている無表情だが、ぴくぴくと耳が動いている。

 考えている間しばらく動き回った後で、ぺたり、と元の位置に戻った。


「良いわ。変態じゃなくてアサギの舌を信じることにする。1日1個、1ヶ月間感謝を忘れずに捧げるのよ」

「1ヶ月ぅ!? 長ぇよ!」


 あのお店、味に比例して価格がものすごい。

 30個も買おうとしたらオレの手持ちの金じゃ足りない。

 まさかサクヤさんはそんなことに使う金を出してはくれないだろう。


「当然でしょ、こんな変態的な文章読ませるなんて……」

「1週間だ!」

「変態! せめて3週間よ!」

「10日間!」

「――うぅうぅっ! 2週間! 2週間、2週間よ! これ以上はびた一文まからないから!」

「よしっ! 恩に着る!」


 手を合わせるオレを見返して、ナチルは1つ息をつく。

 静かに視線を手元に落とすと紙片を音読し始めた。


「最初の春の花がどうとかこうとか言う長ったらしい挨拶は飛ばすわよ。本題から……『――カイ様がいなくなってから嫌なことばかりです。お父様は獣人との戦争に行ってしまいました。しかもお父様がいないのを見計らうように私の結婚の話が持ち上がっています。とても嫌です。だって私はまだカイ様のことが……』」

「……うん?」


 何だそりゃ。

 エリカと最後に会った時のことを思い出す。

 獣人嫌いのエリカに対して、思い切り「いやいや、オレはサラの味方だから」みたいなこと言いまくって、エリカの首にナイフを突きつけて逃走に利用した。


 後悔したりはしてないけど、獣人が母親のかたきだなんてエリカに対して決して良い対応をしたとは思えない。むしろ、ただ単にサラの側に立っただけの酷い言葉をぶつけまくった記憶がある。

 それなのに。

 あんな人質として利用されたような別れで、何でそんな結論になる?


「そんな顔されたって知らないわよ。あたしが言ってるんじゃないんだから」

「あ、悪ぃ。続き頼む」


 したっ、と軽く足を踏み込む音がしたので、慌ててナチルに謝った。

 ふん、と鼻を鳴らしてから続きを読み始める。


「『――カイ様と初めてお会いしたのは王宮の夜会でしたね。あれは素晴らしいひとときでした。それに最後にお会いしたあの日もまた。あの日私たちは』……ねぇ? これ、本当にあたしが読むの?」

「え? 何で?」


 質問の意味が分からずに問い返すと、ナチルは少し頬を赤らめたように見えた。


「……何でって……じゃあ続けるけど……『あの日私たちは素敵な時を過ごしました。あなたはとても優しく私を包んでくれました。その温かい胸に抱かれて――』」

「――ストップ! ちょ、何言ってんの、あんた!?」

「……『抱かれて見た空が今も私の瞳に浮かぶようです。あなたのたくましい腕、私に向かって吐かれた熱い息を――』」

「ストップすとっぷすとっぷ! タンマ! 止めろバカ!」


 無理やりペーパーバードを手の中から奪い返したところで、ナチルはイライラとオレを見上げた。


「だから言ってるでしょ、変態。こんなペーパーバード貰うなんて変態だし、それをあたしに読ませるなんて二重に変態だわ! そもそもあなた、サクヤ一筋じゃないの? 二股三股、来るもの拒まずってこと? ただの変態じゃなくって浮気性の変態ってこと!? ついにド変態にランクアップ!?」

「バカか、あんたは!? こんなん全然記憶にないよ!」


 勝手にランクを上げないで欲しい。

 取り返したペーパーバードをよくよく見ると、『官能の疼き』とか『情熱的な吐息』とかその他あの……確かにあんまナチルに見せるのには相応しくない単語がちらほらと。

 ――何でそんな単語だけすぐ分かるのかって?

 年頃の青少年だから、その、ほら……察してくれ。


 ふと気づくと、ナチルが疑わしそうにオレを睨んでた。


「……何かやらしい顔してるんだけど?」

「し、しししししてない! ちょ、とにかくこんなの嘘だから! 何であの公爵令嬢そんなことを……」


 さっぱり分かんねぇ。何でそんな話作り上げてるの?

 そもそもそんなことする意味があるか?

 オレをまだ氷の島の王子だと思ってるワケでもないだろうに。


「ねぇ、本当に記憶にないの?」

「ないって!」

「うーん、あなたの言うこと信じてる訳じゃないけど……まあ、あなた女の子にしれっと手を出せるタイプじゃないしね。童貞だもの」

「な、何で知ってんだよ!?」


 慌てたオレの返事でナチルが勝ち誇ったように胸を張った。


「ああ、やっぱ童貞なのね。じゃあ彼女の勘違いよね」

「――あっ!? カマかけたのか、あんた!」

「かかる方が悪いのよ。それにしても……うーん、そうねぇ……」


 オレの手から再びエリカのペーパーバードを奪い取ったナチルが、それを見ながらしみじみと言う。


「何かしらね、これ。美しすぎて気持ち悪い。妄想癖あるんじゃないの、この人」


 ばっつり切り捨てる言葉には思いやりというものはなかった。

 否応なしに奴隷なんて社会の底辺を彷徨ってたナチルからすると、夢見がちな乙女なんてものは唾棄すべき存在なのだろうか。


「それにしたって何でオレに……オレなんか、さしてパッとしたとこもないし、サヨナラだって最悪だったんだぜ? それに妄想ったって、それをオレ本人に送れば嘘だってすぐ分かるに決まってるじゃん」

「変態の友達のことなんか知らないわよ。でもこれ文章の感じから言ってどこかの上流階級のお姫様なんでしょ? 何か……外の匂いのする人に憧れてるとかなんじゃない? ちょっと悪い感じとか雑なとことかが新鮮で逆に良いって言うか。それに――良く見れば直接的な性描写じゃないわね。何か良い思い出になってるんじゃない、あなたのこと。それを膨らませたんじゃないかしら」


 ……確かに、よくよく見ればちゅーしたとか、あれしたこれしたなんてことは書いてない。

 けど、温かい胸、たくましい腕――あ、分かった。まさに人質にとった時のことだ!


「どれがたくましい腕よ、どれが」

「言いながら叩くな」

「……最近の若い子はこんなのが好きなのかしらねぇ」

「ちょ、何1人だけ歳食ってるみたいな言い方してんの」

「実際にとってんだから仕方ないでしょ」


 ぷい、とそっぽを向いたナチルは確かに32歳で、見た目は子どもでも中身は大人、ってことになるんだろうか。


「じゃあ、そんな大人のナチルに相談するけどさ。どうしたらいいと思う、コレ?」


 勝手に好かれても……困る。


「あたしに聞くの? 良いじゃない、受け入れれば。逆玉よ」

「レディ・アリアみたいなこと言うなよな。そんなつもりは毛頭ないし……何かしんないけどこれ見てサクヤが怒ってるんだよ」

「――何かしんないけどぉ!?」


 今度こそナチルが、したーん、と足を踏み鳴らした。


「今のもっかい言ってみなさい!」

「え……? ちょ、何でいきなりあんたまで怒り出すの?」

「何でじゃないわよ! これ読んでサクヤが怒ってる理由なんて丸わかりでしょーがっ!」

「え? え? だからオレがエリカをたぶらかした悪人だと思って……」

「ばーかー! もうっ! このバカバカバカ! だからあなた嫌いなのよっ!」


 ぺちぺちと叩かれて、オレは慌てて一歩後ずさった。


「分かんねぇよ、おい、説明してくれよ! それにエリカはどうすれば……」

「エリカぁ!? そんなん放っときなさいよ! 放置よ、放置! それより今すぐサクヤのとこ行って謝って来なさい! そんで誤解だったって一生懸命言い訳しなさい!」


 ぐいぐいと背中を押されて、オレは慌ててナチルに声をかけた。


「いや、あの謝るって……何て謝れば――?」

「そこまで知らないわよ! あたしのサクヤを独り占めしといてぼんやりしてんじゃないわよ!」


 がん、と最後に一発、オレの尻に素晴らしい脚力で強烈なケリをかましたナチルは、ぷんすか怒りながらオレを置いて去って行った。

 何を怒られてるんだか、さっぱり分からないけど。

 とりあえず、エリカをどうこうするよりサクヤの方が先らしい。


 そう思って、オレはサクヤが向かったはずのディファイの集落から外れたところにある監視小屋へ向かった。

 集落の中には入らない女王や、エイジとサラはそこで休んでるって聞いてたから。


 女王がそこにいるなら、サクヤもいるに違いない。

 何だか分かんないけど、謝ってすむならさっさとそうしよう……。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「……あれ、サクヤ来てない?」


 実際に扉を開けてみたら、小屋にいたのはエイジとサラだけだった。

 オレが室内に入った瞬間に、飛び跳ねるようにサラが部屋の隅に移動したのが見えたけど……眼を向けてもサラはそっぽを向いているし、エイジはいつも通りの表情でにやにやしている。


 何なんだよ、もう。

 エイジがにやにやしてんのはいつものことだから、何があったかなんて読めない。

 だからずっと気になってるんだけど、サラの恋心は片想いなのか両想いなのかも分かんないんだよなぁ。弄ばれてるとかじゃなければ良いんだけどさ。

 変にサラに恥をかかせるのは本意じゃないので、とりあえず今は口には出さないことにした。


 エイジが胸ポケットから煙草を抜き出しながら、オレの問いに答える。


「サクヤちゃん? さっき女王サマと一緒に出てったよ」

「あ、そうなのか……」


 どうやら外で話しているらしい。

 戻ってくるまで待とうかと小屋の隅に置いてある椅子に腰かけると、咥え煙草のエイジがマグカップに茶を入れて持ってきてくれた。


「はいよ」

「ぅお!? ありがとう。あんた茶を淹れたりできるんだ?」

「俺は全方位死角なしの王子サマだからねぇ。出来ますよ、それくらい」


 全方位死角なしって何だそりゃ。

 しれっと言ってるけどどういう意味だか。


「そう言えば、キリ達は?」

「カエデ嬢と2人でお散歩。聞けば離れてた幼馴染らしいじゃない。積もる話もあるんでしょうよ」

「……キリが言ってた?」


 キリとカエデの事情はだいぶ込み入ってるんだけど、キリが話したんだろうか、なんて思ってたらエイジがあっさりと首を振った。


「サラから聞いたんだよ」

「サラぁ!?」


 驚きのあまりそちらを向いたけど、サラと目は合わなかった。オレの視線を受けてることに気付いてるだろうに、いつもの無表情で何故か斜め上あたりの天井を不自然にじっと見つめたままだ。

 他のヤツならそれで誤魔化されるかもしれないが、大体サラの行動に検討がついてきたオレには分かる。


 何を適当に知らんぷりしてんだよ、あんたは。

 キリとカエデの事情なんて複雑な話は、オレに対してやってるみたいに無言じゃ伝えられないだろ。


「おい、サラ。あんたエイジとは普通にしゃべってんの?」


 答えは返ってこないけど。

 ちろり、としっぽが揺れたのだけが見えた。


「エイジぃ!」

「何で俺に怒るのよ? そもそもさ、サラが普通に喋ろうが喋らなかろうが、少年に申告しなきゃいけない? 良いじゃないの、サラの勝手でしょ」


 確かにサラの勝手だけど、こっちも誤魔化しにしか聞こえない。

 何かこの2人怪しいんだよなぁ……。


「ま、そんなことはどうでも良くてさ。さっき長老サンが来てたよ。少年とアキラ君を探しに」

「オレとアキラ? 何で?」

「とりあえず人間たちを押し返したから、お祝いにご馳走食べようってさ。長老サンの中では少年も黒猫ディファイの一員らしいよ」


 つまり、手伝わせる為に探してたってことらしい。

 一族の一員として手伝えなんて、嬉しい話じゃないか。

 人間のオレを認めてくれるなんて。


「そっか。んじゃあ、トラのとこ行ってみる」

「はい、いってらっしゃい」


 で、手を振って小屋を出たんだけど。

 オレ、本当に状況を理解してなかったんだ、この時は。

 サクヤとはたまたま会えなかっただけで、すぐどっかで話せるだろうって。


 まさか、こっから延々と避けられ続けるなんて、予想もしてなかった――

2016/04/12 初回投稿

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