15 口にしなくても
【前回までのあらすじ】こういうの何て関係って言うんだろう。家族じゃないらしいし、友達よりは色々絡んでるけど恋人――とは違うだろうし。何て言うかは分かんないけど、何だかオレだけ切ない清らかな関係になりそうです……。
「何か色々ごめんな」
謝ってるアキラのにやにやした表情は冷やかす感じに歪んではいた。
だけど、その暗い眼の色がそれ以上にまだ色んなものを引きずってたから、オレは素直に頷き返した。
辛い時期を、アキラはきっとまだ乗り越えてはいない。
だけど道理の分からないヤツじゃないから、オレ達への暴言は何とかしなきゃ、と思ってくれたんだろう。
それくらいは分かってるから、オレはそんなことアキラのあれこれに気付かない振りして、ただ頷くだけだ。
イオリの名前は出さなかった。
アキラと悲しみをともにするのはオレ達の役目じゃない。
それはきっとトラや他のディファイ達と分かち合わなきゃいけないことだ。
多分サクヤも同じように思ってるんだろう。
「それを言いに来たのか?」
その声がそこはかとなく優しく聞こえるのは気のせいじゃないと思う。
まだ自分のことで一生懸命なアキラには伝わってなくても。
「ん? ……あ! それだけじゃなかった。ほらこれ。姫宛に来たら受け取っとけって言ってたろ」
ごそごそとポケットを掻き回して差し出してきたのは、数枚の紙片――ペーパーバードだ。
オレはそれを覗き込みながらどちらにともなく尋ねる。
「自分宛に来たペーパーバードって、他の人に受け取ってもらう魔法があるんだっけ?」
「そう。自分がうろうろしてる場合は使うと便利だ。――アキラ、ありがとう」
質問に答えたのはサクヤだった。アキラの方に手を差し出しながら、そっと唇を緩めた。
礼を言われたアキラは照れくさそうに頭を掻いてる。
「え? えへ、あはは……おい、カイぃ! 姫のことちゃんと見張ってねぇと、やばいぜコレ。前より何か笑顔の破壊力増してない? こんな可愛いこと言う人だったかなぁ?」
どうやら、あるかなしかの微笑み+ありがとうの言葉が胸にずきゅんと来たらしい。
だけどその言葉を聞いた瞬間に、かすかに眉を上げたサクヤが例の重たいブーツでアキラの腹に蹴りを入れる。
「誰が可愛いだ、しばらく黙ってろ」
「えぇ!? ちょ、あんたさっきの会談でカイに可愛いって言われたときは――痛ぇ!?」
最後まで言い切る前に脛に蹴りを食らって、今度こそアキラが涙目でしゃがみ込んだ。
「……ずりぃ。何それ、カイだけ特別かよ?」
「問題があるか?」
「いえ、ありませんとも」
腕を組み顎を上げて偉そうに言い放つサクヤは、全くいつも通りの奴隷商人サマだ。
アキラの恨めしそうな眼が心に痛いけど……まあ、あれだよ。申し訳ない気持ちとともに、ちょっとばかり嬉しいってのも感じたりして。
誰にでも無警戒に近寄られるよりは、よっぽどさ。
ただし、引き換えにオレ自身も苦悩することが分かりきってるんだけどな。
ちょっと何とも言えない気分を味わってたら、不意にサクヤがオレのシャツを引っ張った。痛みのあまり鼻を啜ってるアキラを放置して手の中のペーパーバードを読んでた中に、何か気になるものがあったらしい。
「ん、どした?」
「お前……俺の名前で何をした?」
サクヤの差し出してきた紙片を覗き込むと、差出人は『砂の国 大臣 東龍洞 司』になってる。
ツカサ――以前レディ・アリアの夜会でサクヤとあれこれあった砂の国の偉い人だ。
何で覚えてたかって言うと、まだサクヤと会って間もない頃に偉い場違いな感じで出会ったから。
あと、ついこないだペーパーバードを送ったばっかだから。
さすがにオレの汚い字じゃ信じてもらえないと思って、わざわざサラに書いてもらって、更にそれをサクヤの名前で送っておいた。
……ってことをまだサクヤに教えてなかったことを、名前見てから思い出した。
「ああごめん。バタバタしててそれ言い忘れてた。砂の国はこの蔵の国から言うとお隣さんで――しかも大国だろ? だからリークしてみたんだよ。蔵の国で内乱が発生してるみたいですよ……って。あと、砂の国の白狼の女王がこっちの国に攻め込むつもりらしいって嘘ついて、国境付近の警備を緩めて貰って女王が通り抜けやすくして貰ったりとか……」
「この大げさな賛辞と謝辞のオンパレードはそういうことか……」
ぱっと見た感じで読解するには、オレには量も多いし言葉も難しすぎて良く分からない。
「何て言ってきてる?」
「微妙に濁してはあるが……どうやら、この機に乗じて何か蔵の国に仕掛けるつもりらしいな。麻里はだいぶ動きにくくなるだろう」
「だろ、どうよ? 良い時間稼ぎになったと思わない?」
サクヤはそれには答えずため息をついてから、他のペーパーバードに取り掛かってしまった。
「おい、良いか悪いか教えてくれよ。イマイチだった?」
「こっちもギリギリだから悪いとは言わないが……蔵の国はどうするんだ。このままじゃ砂の国との戦乱に巻き込まれる」
なるほど、それを気にしてたのか。
オレは自分のケツポケットを掻き回して、以前届いていた別のペーパーバードを探す。
「うん、それも大丈夫。んっと……あ、ほらこれ。蔵の国の王子スバルからだ。こっちにも砂の国が何か考えてるぞ、って伝えてあるから、スバルならぴしっと対応するだろ」
「……あぁ、なるほどな」
「はぁ!?」
サクヤが沈黙したところで、声を上げたのはオレ達の反対側から手紙を覗き込んだアキラだった。
オレの方を見て呆れたように問うてくる。
「ちょっとちょっと、あんた、どっちの味方なんだよ?」
「そういう言い方するなら、オレはあんたらの味方であってツカサの味方でもスバルの味方でもない」
いつだって獣人達の側に立ってやる。
そうオレに覚悟させた当の姫巫女サマは、言い合うオレ達を放っておいて他のペーパーバードを読んでいたが、ある紙片に辿り着いたところで、突如ぴりりと緊張した空気を発し始めた。
「……ど、どうした、姫?」
さっきから蹴りを食らいまくってるアキラはまだ何も言われてないのに、ちょっと及び腰になってる。
だけど、どうやらサクヤの怒りの矛先はアキラじゃなかったらしい。
「カイ。これはどういうことだ?」
冷たい視線とともにひらりとオレに向けられたのは、びっしりと細かい字で埋められたペーパーバード。
何とか見付けた差出人の名前は――麻里公爵の娘、エリカ。
「エリカ? エリカから何であんた宛にペーパーバードが届いてんの?」
「俺宛じゃなくてお前宛なら納得出来るのか? そういうことなら予想通りだな。宛先はお前だ」
ばん、と叩きつけるようにオレの胸に押し付けられた。
ペーパーバードの宛先のところだけ何とか読んだけど、オレ宛て(レディ・アリア経由)になってる。
レディ・アリアがサクヤに向けて転送してきたらしい。
「――おい、何怒ってんだ?」
「何を? 読めば良いだろ、そのペーパーバード」
「こんな長くてちまちましたの読めねぇよ! 日が暮れる!」
「……俺は説明したくない」
ぷい、とそっぽを向いたサクヤはそのまま踵を返してしまった。
「あ、サクヤ! どこ行くんだよ!?」
「ツカサの動きを女王に確認してくる。その間に、お前はそのペーパーバードになんて返事するか考えておけ」
その背中を黙って見送っていると、アキラがいかにも楽しそうにくすくす笑い出した。
「カイ、それきっと恋文だぜ。あの様子は間違いない。ジェラシーだよ、ジェラシー」
つんつんと肘で突かれたけど……アキラのそんな言葉なんか、色んな意味で信用できない。
誰かこれを読んでくれるヒトを探さなきゃ。
そんなこと考えながらペーパーバードを見下ろしてると、オレの表情から何を読み取ったのか、アキラは勝手にぶんぶん首を横に振った。
「あ、言っとくけど、おれは読めねぇからな?」
「例えあんたが読めたとしても、絶対読ませない」
今までのこと考えるに、どんな風にからかわれるか知れたもんじゃない。
読めそうな人は――と考えてみる。
エイジ、はパス。絶対適当言う。
しかもアキラと一緒で散々からかわれる。
サラ、じゃ読むのは読めてもオレに内容を教えるのに難がありそう。
あとは――
「……あ、ナチルがいたか」
偉そうに「読めるもん」って言ってたのを思い出す。
もしかしたらあいつならこんな長文でも読めるかな。
オレの独り言をアキラが拾った。
「ナチル? あぁ、あのリドルのちびっ子な」
が、認識には微妙にずれがあるっぽい。
「ちびっ子って……あんた、あれ32歳らしいぞ」
「さん――え!? 長老より年上? マジかよ……」
見えねー超若作り―、なんてぼそぼそ呟く様子に……何かまだ誤解があるような気もしなくはない。そもそもリドル族の特性である成長の遅さについてアキラは何も知らない可能性だってあるんだけど……もう良いや。
説明せねばならんとも思わなかったので、そこで話を打ち切ることにした。
「じゃあ、オレ。ナチルのとこ行ってくる」
「あ――あのさ」
背を向けようとした瞬間に声がかかったので、視線で尋ねたら。
オレの方を向かないまま、アキラがぼそりと呟いた。
「あの、色々ありがとうな。お前が来てくれたから、おれ達生きてるんだ。それも分かってるって言っときたくて。何て言うか、1人1人じゃなくて種族単位で話しようとすると色んなことを見失うんだな……」
――そんなこと。
言わなくて良い。
誰だって辛い時はあって、気持ちがいっぱいいっぱいの時は言いたくないことだって言ってしまう。例え本気じゃなくても。
それに皆を代表して話をしようとすれば、個々で話してるのとは違う結論を出さざるを得ないことだってある。
きっとオレだって。
だから。
「もうそういうことは口に出さなくて良いよ。オレはあんたとは友達だと思ってるから……1対1であんたとこうしてちゃんと話せたならそれで良い」
「うん……」
頷くアキラに手を振って、オレは今度こそナチルの元に向かった。
口に出さなくても、分かってることだってあるから。
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「……で、何しに来たのよ」
ぐったりと座っているナチルにこれ以上モノを頼むのは忍びない気もする。
ちょっと躊躇したけれど、生意気そうな紅の瞳が先を促してイライラしてるのを見て、考え直した。
ぐったりしてるのは、さっきまでディファイの負傷者に治癒魔法を掛け続けていたからだ。
今はサクヤと一緒にここにきたイツキが代わってくれているけど、それまで1人で癒し続けてたのだから、疲れるのも当たり前だろう。
なのに。
「早く言いなさいよ。言わなきゃかじる」
強がりなんだか何なんだか、睨み付けるようにして変な脅しをかけられた。
かじられるのはちょっと遠慮したいけどさ。
どうもオレには弱みを見せたくないらしいので、素直にその挑発にのってやることにする。
「いや、あのさ。頼みがあって……」
それを聞いた途端に、ぐったりしてたはずのナチルはしゅたーん、と立ち上がった。
「頼み!? あなたがあたしに!? 何よ、頼みって何よ! 早く言ってみなさいよ!」
にやにやとした表情は明らかに……何か含みがあってやな感じ。
「頼みは……えっと、このペーパーバードをだなぁ……」
「あは、そう言えばあなた字が読めなかったわね。読んで欲しいんじゃない? 読んで欲しいんでしょう? 読んで欲しいのね! いいわよ! このナチルさまがあなたの代わりに読んであげるわ!」
びしっ、と両手を腰に当てて胸を張る姿はまるっきりいつも通りに戻っていた。
あんたさっきまで魔力切れでへたばってたのはどうなったんだよ。
嬉しそうな顔でしゅたん、と垂直に跳ねてる。
「うふふ、そこまで必死に頼まれたとあっては仕方ないわ。これであなたは一生私の奴隷ね!」
「……やっぱ良いや」
何かイラッとしたので、笑顔で手を伸ばしてくるナチルから遠ざけるように、片手でペーパーバードを上に掲げた。
ムッとした表情でナチルが背伸びしたので、オレは更に後ろに引いてその指先を避ける。
紙片を奪い取ろうと跳ねまわるナチルとオレの横を、ディファイの女達がくすくす笑いながら通り過ぎていった。その背中の向こうから「いいわね、仲良くて」「兄妹みたい」なんて声が聞こえて――オレ達はつい顔を見合わせる。
ナチルが跳ねるのをやめて、うんざりした顔で手の平を差し出してきた。
オレも多分似たような表情をしてると思う。
ナチルの小さな手に黙ってペーパーバードを乗せた。
全く。兄妹なんてとんでもないよ。
こんな跳ねっ返りの年上の妹なんか。
けど、まあ……あんたがそんなに嫌なヤツじゃないってのは知ってる。
そんなことを思いながら、ペーパーバードを読むナチルの横顔を見ていたら、オレの視線に気づいたナチルは、ぐっしゃぐしゃに顔を歪めて思い切り舌を出してきた。
前言撤回。
あんた、やっぱ嫌なヤツだわ。
2016/04/08 初回投稿