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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第9章 You'll See
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14 誓うよ

【前回までのあらすじ】サクヤの中で見つけたのは、オレにとってすらびっくりするような、そんなサクヤの気持ち、だった。きっとそれに調子乗っちまったんだと思う。オレは、ついに自分の想いを口に出してしまった――

 今度こそ脛に蹴りを食らった。


「いってぇ――!」


 しゃがみ込んだオレの背中に、冷ややかな怒りに満ちた声が降ってくる。


「俺の中を見たくせに……揶揄うつもりか?」

「痛ぇなぁ、もう! からかうって――そんなつもりない!」


 慌てて言い返すが、見上げたサクヤの眼は全くオレを信じてない。

 蹴られたことより、その信用のなさが痛かった。

 そもそも両想いだって言ってるのに、何で怒られてるのか全く分かんない。


「何だよ!? あんたにとってオレが特別なら、オレにとってもあんたが特別だって良いだろ!?」

「……なるほど」


 鼻で笑ったサクヤがしゃがむオレの正面に片膝を突いて、目線を合わせてきた。

 輝く紺碧の瞳を間近で見て、何だか水を浴びせられたようで。

 オレが好きって言ったなら、あのちょっとはにかんだ感じで「俺も」って言われたりするのかな、なんて甘いことを考えてた頭が、一気に冷めた。


「……お前は、俺の気持ちを全く理解してないんだ」

「何で? 分かってるよ。見たって言ってるだろ!」

「分かってない。だって、俺は――俺は男なのに!」


 叫んだサクヤの声に驚いて、近くの木から鳥が羽ばたいていった。

 凍ったような無表情を保っているのに、その唇から出るのは苦しくて仕方ない声。まるで拠り所を失ったような。


「俺は男だし、姫巫女だし、こんなの困る。お前に触りたいなんて……」


 吐き出すように絞られたその言葉を、確かに。

 可哀そうに、とは思った。


 思ったけどさ。

 そんなの、オレの方はここまでずっと揺さぶられては悩み続けてたことなんだ。


 あんたは男だし、姫巫女だし、触れたいなんて言えない、なんて。

 だからもう何なら「ざまあみろ」ってぐらい言ってやりたい。オレが悩んでた間、素知らぬ顔で人を誘惑し続けやがって、って。


「ああ、うん。まあ、あれだ。男同士でいちゃいちゃすんの良くないよな、何かおかしい」

「……分かってるじゃないか。そうだよ」

「だけど、あんたオレの中では男じゃないから」

「――はぁ!?」


 オレの胸を叩こうとした腕を逆にとって、引き寄せる。

 近付いた身体が一気に緊張で固まって、その初心な反応にちょっと面白くなった。


「お前……さっき俺の身体が戻った瞬間にため息ついたばっかりだろ!」


 気付かれてたらしい。

 だけど、そんなオレの反応がお気に召さなかったってことは。

 それ、オレにとっては――なんて考えて、知らない内に頬が緩んできた。


「はは。だって、オレおっぱい好きなんだもん」

「お前という奴は……」

「それよりあんたさ、そんなこと言うってことは、オレが手を止めたのが残念だったってこと? やっぱりあんたもオレのこと好きで、オレがしたいと思ってること、あんたもしたいってことで良いの?」


 顔を覗き込もうとすると、凄い勢いでそっぽ向かれた。

 でも耳元が赤くなってるから、もう眼を見なくても分かってしまう。

 あさっての方を見たままで、サクヤは口を開いた。


「……第二誓約があるから……」


 ダメ、と囁いた声が掠れてて、思わず息を飲む。


 そう、男なんだって。この人。

 こんな細いのに。

 だけどさ、だけど……男だろうが女だろうが、第二誓約のあるこの人とはどうせこれ以上は何も出来ないんだから……もう、どうでも良いわ。


 両手を背中に回して抱き締める。

 手を振り払われる。

 逃げようとする腕をもっかい引いて、抱き締める。

 また振り払われる。

 だけどしつこく腕を引き寄せる。

 腹を殴られて――けど、非力なこの人のパンチなんか、鍛えた腹筋で受け止めれば何てことない。

 だから、全然ひるまずに無理やり。

 力づくで抱き締めた。


 弾む息を自分の胸に強く引き付ける。


「……バカ。俺は、男なのに」

「オレもうあんたが何でも良いの。言っただろ。あんたと一緒にいたいだけなんだ」


 それに、この人自分は男だって言い続けてるけど、それって本当に自覚あるのか。本当は何もないんじゃないか?

 だってこの人の中に潜った時、どこにも女に対する性欲なんて見えなかった。欲情に似たようなものはあったけど、それを押すスイッチはなくて。

 唯一あったのは『カイ(オレ)に触れたい』なんて曖昧な欲求だけ。それをノゾミに振り回されれば、咄嗟に反応するくらいが関の山らしい。


「あんたもそうなんでしょ。オレの性別なんか関係なくて、もう――」

「良く分からない。誰にもこんなこと思ったことないんだ。こんな風に触られて胸が疼くなんて。義姉イワナに抱き締められた時はもっと安心する感じだったのに、今は……」


 分かるよ、オレも一緒だから。

 どっちのか分かんない心臓がばくばく言ってる音が、ずっと聞こえてる。

 何もしてなくて、ただくっついてるだけなのに息が熱くなって。


 くす、と真下から小さな笑い声が聞こえた。


「――これが、『押し倒したいキモチ』?」


 胸元で笑われるとくすぐったい。

 何となくオレだけがバカにされてるみたいで釈然としないので、言い返しておくことにした。


「あのさ言っとくけど、あんたが女だったらね、ここじゃ止まんないから。第二誓約なんてどうでも良くなるんだから。今更ながらご理解頂けたんならありがたいけど」

「ここから、どこをどうしたら第二誓約に引っかかることになるんだ? お前は知ってるのか?」


 それをオレに説明させるの!?

 嫌な問いかけを受けて、半泣きしそうになりながら腕の中を見下ろした。

 見上げてる瞳が笑っていたので、からかわれていたことに気づく。


「……人が悪いよ、あんた」

「でも半分くらいは本気で尋ねたいかも知れない。知識としては知ってるけど、したことなくて具体的にどうすれば良いかは分からないから」


 そりゃそうだ。してたら姫巫女ではいられない。


「それに、どうせお前もしたことないんだろ」


 小悪魔じみた瞳の輝きでちょっとだけ笑って、でもすぐにその表情が曇った。

 曇った理由は考えるまでもない。

 どうせ、この先のこと考えたんだ。

 そこで時間が止まってる自分と、この先へ動くオレのことを。


 そんなあんたに。

 ノゾミのもたらす永遠の代わりになるものを。


「……あのさ。オレ――」


 それを言っていいのか。

 言ってから守れなかった、なんてなったら余計に傷つける。

 今は良くても、そんな先のこと本当に。


 ちょっとだけ悩んで。

 でもどうしようもなくて。

 だって、先のことなんか誰にも分からない。

 オレにも、あんたにも。


 だから。

 少なくとも今、この瞬間の気持ちだけは本物で。

 それだけを口にした。


「――オレ、そういうこと誰ともしないつもりだから」


 あんた以外の、誰とも。


 ……ああ、言ってしまった。

 これで一生童貞だ、こんちくしょう。

 ちょっとやけっぱちな気持ちで笑って見せる。

 怒るか、笑うか、どっちだろうかと思ってたら、顔を上げたサクヤは泣きそうな顔をしていた。


「馬鹿だ……お前」

「知ってる」


 そりゃそうだ。

 オレの言葉なんて、何の意味もない。

 オレが純潔守ったって魔法が使えるようになるわけじゃなし。

 ただ、あんたに捧げたかっただけだ。

 目に見えるような形で、目に見えない心ってヤツを。


 額にかかった金髪を指先で掻きあげてやった。

 前髪の下から覗く青色の、出会った時から変わらない綺麗な輝きに、目を奪われる。


「……本当に?」

「誓うよ」


 細い指先がオレの手を握った。

 徐々にサクヤが身体を寄せてくる。


「絶対に?」

「誓う」


 ピンク色の唇が近付いてきた。

 鼻先を甘い呼吸が掠める。


 今は男だって分かってるけど、顔だけ見てるともう分かんないし。

 さっきから何か……どっちがどうでも良い。そんな気分。

 だから、うっとりと受け入れそうになってたのに――唇が触れる直前で、ぴたり、とサクヤの動きが止まった。


 もうオレは半分くらい目を閉じてたから、何だろうかと不思議に思いつつ片目を開けて周囲を伺う。

 サクヤの背中の向こう、木の枝の上。

 こっちを見ながら何かあからさまにニヤニヤしてる黒猫ディファイが1人。


「……アキラ」

「あはは、ごめん。続けて貰って良いぜ。邪魔するつもりじゃねぇから、こっちの用事はそっちが終わった後で――」

「――氷刃グリーミングブレード


 冷え切った低い声で唱えられた呪文が透明な刃を生み、アキラの乗っかってる木の枝の根元に突き刺さった。

 幹からざっくり切り離された枝と一緒に、変な悲鳴を上げながら落下する黒猫。


「――っにゃー!?」


 しかしそこはさすがのディファイ族。

 落ちる途中で一回転して、きっちりと足から地面を踏みしめた。

 危機を免れたように見えたけど、魔法の直後に岩を飛び降りて落下点に向かってたサクヤが、ちょうど着地したアキラの腹に例のブーツで蹴りをかます。


「ぐぇえぇっ!?」


 奇声を上げて吹っ飛んでくアキラを見ながら。

 オレはため息をついてから、ゆっくりと岩から降り始めた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「なんだよ、ひでぇ……いきなり蹴ることねぇだろよ」


 泣きながら身体を捻ってあちこち見回してるアキラを、サクヤは冷たい視線で見下ろす。

 だけどその冷たさの8割位が照れ隠しだってオレには分かってる。

 だからまあ、あんま迫力があるとは言えないかも。


「……何しに来た」


 ご機嫌は低空飛行。

 オレもそんなに気分良いワケじゃないとは言え、サクヤの方が圧倒的にキレてるので、さすがにアキラが可哀そうで黙ってる。

 アキラは頭をかきながら、そっぽを向いて答えた。


「いや、あのほら。さっきの会談で姫とカイに……おれ何かさ、やなこと言っちゃったから……」


 好意的に見れば、謝りに来たけど中々声をかけられなかったってことだろう。

 大事な人を亡くしたばっかりで、周囲の全てに苛立つ気持ちってオレにも分かるから、それに対しては何とも思ってない。

 それに対しては。


 オレが何とも思ってるのは。


「――それで何でにやにやしてるんだよ!?」

「いやぁ、だってさぁ! そんで来てみたら、あーんな密着して、愛の告白――んぎゃあ!?」


 サクヤが蹴った。

 ぶっちゃけオレも蹴りたかった位なので止めなかった。

 ほらな、覗きってサイテイの行為だよ。


「いってぇよ、もう! そんなことより姫は『守り手』なのに良いのかよ! そんな格好であんなくっついてたら、この童貞に何されるかわっかんねぇぞ!」

「おま……自分のこと棚に上げて童貞なんてなぁ――」

「――カイは俺に何もしない。しないって言ったから」

「え!?」

「はぁ!?」


 サクヤはアキラを見てきっぱりと答えたけど。

 そんなサクヤの横顔を見て声を上げたのはオレで、オレを見て不満げな顔をしたのはアキラだ。

 オレの視線を受けて、不思議そうにサクヤが見返してくる。


「さっき言っただろ『誰ともしない』って。俺はそれを信じる」

「や、それは……」


 そういう意味じゃない、と言い返そうとした。けど。


「その代わり、俺も『押し倒したいキモチ』とやらが何となく分かったから、多少は気を付けようと思う。……例えば、カイ以外の前では服はちゃんと着るとか」


 言いながら、胸元全開のままひらひらさせてた自分のシャツのボタンを留め始めた。


 ……あれ、これ良い方向なんじゃね?

 つまりオレのことが好きだって分かったから、オレと他の人の間に明確に線を引いてくれたワケだよな。

 オレ以外の前ではきちっとしてくれると……うん、何かオレが教育したかった方向に成果が出たと言って良い……のか?


 そんなこと考えてる内に何も言えなくなって黙って頷き返したところで、オレの代わりにアキラがため息をついた。


「あんたらがそれで満足なら良いけどさぁ……」


 即座にサクヤが言い返す。


「良いに決まってる」

「いや、良いけど、それ、カイの前なら今まで通りってことだよな?」

「だってカイは俺に何もしないって言ったから。俺は信じてる」


 だよね? って感じで斜め下から見上げながら微笑みかけられて。

 その表情のあんまりすぎる信頼感に、笑い返すオレの頬が引き攣ってるってことについては――とりあえず内緒にしておきたいと思う。

2016/04/05 初回投稿

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