10 選択
【前回までのあらすじ】会談も無事終わって、残る問題はノゾミとオレ。このうるさい頭の中の存在、ずっと眠っててくれたら良いんだけど、きっとそうはいかないだろうなぁ……。
【ふわぁ……】
【ん? 何か明るくね?】
あぁ、やっぱ起きちゃったか。
もう朝だからな、そりゃ明るくもなるよ。
【今、何やってんの?】
ん? 会談も大まかな方向は同意を得られたからさ、とりあえず1回解散になった。オレは今、1人朝日を見てるとこ。
ほら、この岩に座って東を見ると、すげぇキレイだろ。
山の稜線に輝くラインが走って、どんどん光の帯が伸びていく。
真上の空は濃紺なのに、あっちの方だけ紅に光って。
あぁ……なんて綺麗。
【朝日ぃ? 何気取ってんだよ、寒いセリフ】
【さて、オレが寝てる間に何があったのかな】
【……ふむふむ……なるほどね】
オレの脳内で動き出したノゾミが寝てる間の記憶をチェックしてる。
あんまじろじろ見ないで欲しいんだけどな、恥ずかしいから。
「――カイ」
微妙にむずがゆい気持ちを逸らすように登る朝日を眺めていたところへ、岩のふもとからオレに呼びかける声が聞こえてきた。
「カイ。なあ、私もそちらへ行っても良いか?」
オレの背中にかけられた声は幼くて、すぐにグラプルの女王だと分かる。
振り向けば岩をよじ登ってきている少女は、供も連れていない。
「良いもくそも、あんたオレが答える前に上がってきてんじゃん。ほら、手」
手を差し伸べながら声をかける。
女王はにっこり笑ってオレの手を取った。
その身体を持ち上げてやると、尻尾を振りながら岩の上に乗っかりオレの隣にしゃがみ込む。
「ふむ、なかなか良い景色ではないか」
「そうだけどね。……何しに来たの?」
「何だ、随分冷たいな。熱い身体をぶつけあった仲だと言うのに」
「微妙な言い回し止めろ」
オレの連れには、そういうの聞くとすぐ誤解するバカがいるんだから。
くくっ、と笑った女王がオレの腕に頭を寄せてきた。
「あのさ……もっかい言っとくけど、オレはロリコン属性ゼロだからな」
「2度も言わんで良いわ。君な、恋人に『一言多い』とか言われるタイプじゃないか?」
「オレ恋人とかいないから」
【そうそう。サクヤはオレのだし】
や、あんたのでもねーよ。
ノゾミに冷たく答えておいて、隣に意識を戻す。
オレの答えを予測していたらしい女王は、楽しそうに尻尾を振っている。
「若いのに何を枯れたこと言うか。恋愛は楽しいぞ? 君のではないと言うなら私に譲っておくれ」
「オレのじゃないから、あんたにやることも出来ない。自分で勝手に正面から口説けば良いだろ。サクヤだって大人なんだから自分で決めるさ」
「まあ、私は誰のこととも言ってないがね」
にたり、と意地悪く笑われてオレは沈黙した。
これはもう何を言い返しても無駄だ。
「そんな膨れた顔をするな。君をからかいに来た訳ではないのだ」
とてもじゃないが信じられない。
じゃあ何をしに来たんだ、と言おうとして。
【オレのこと探りに来たんだろうさ】
ああ、そういうことか……。
苛立ちの混ざったノゾミの声で理解した。
女王は元々黄金竜の存在を知ってたんだから、一騎討ちの時に見たオレ/ノゾミの能力についてもすぐに見当がついたのだろう。
女王の顔をちらりと見ると、いつの間にか朝焼けに照らされた水色の瞳は笑いを引っ込めて、オレを見据えている。
「何しに来たか気付いたようだな。まあ、私もおおよその予測はついている。だからね、今君に聞きたいのは1つだけなのだ」
「1つ? 何を聞きたい」
小さな手がオレの喉元に伸びて、ぐぃ、とシャツの胸元をひねりあげた。
そのままオレの顎先に顔を近付けた女王が忌々しそうな表情で見上げてくる。
「私が不思議なのはね、なぜ君がそんな有用な能力を隠して生きるのか、ということだよ。君のそれ、巫女どのにもっと早く伝えていれば如何様にも使い道があったはず。君自身が先程言ったように、ことこの状況に至っておるのだ。全力を出さぬのは怠慢が過ぎると言うものじゃないのか?」
分かってるよ。
でも、怠慢なんて偉そうなもんじゃない。
ただの腰抜けなんだ。
言われたくない。
「お前はイラナイ」って。
【諦めろ】
【――そこは、オレの場所だ】
分かってる。
突然失われて胸にぽっかりと空いた穴に、代わりに押し込まれただけの出来の悪いコピー。
でも、分かってても。
そんな風には言われたくないんだ、あいつには。
それが怖くて……ずっと黙ってる。
「何て顔してるんだ、もう……私を相手取ってた時のあの眼はどこにいったの?」
オレ、そんなに情けない顔をしてるんだろうか?
怒りよりも哀れみを多く含んで、女王はため息をついた。
「さっき私たちに決断を迫ったのは君だろう? 今となってはそれどころじゃないと。自分に対してそうは思わんのか? 恥じる気持ちはないのかね?」
一言も言い返せなかった。
確かに、オレが隠しさえしなければ、これからのヒデトとの戦いに対して何か有効な戦術が使えるのかもしれない。オレが思いつかないこの力の使い方を誰かが思いつくかも。
これじゃ、びっくりするサクヤの顔が見たい、なんて理由で黙ってたノゾミちゃんとまるで一緒だ……なのに……。
【一緒にすんなよ】
【オレの時はそんなに切迫してなかったの】
【オレが今のお前だったらバラすもん】
【自分のワガママより、皆の幸せだよな】
真面目そうなことを言っているけど、これっぽっちも本気っぽくない。
あんた絶対そんなこと思ってないだろう。
つまり、そういうこと。
オレはノゾミちゃんに本音を隠せないのに、ノゾミちゃんはオレに隠していられる。
コレが――今のオレ達の力の差だ。
女王がオレのシャツから手を離して、ぶらぶらと両手を振った。
「……と、言ってはみたものの。さっき言った通り大体の事情は把握出来てるのだ。同情する気持ちもなくはない」
水色の瞳が再び面白そうな色を湛え、ぴんと立ち上がっていたふさふさのしっぽが背中で揺れ始める。
「様子を見るに、今私と話をしている君は『寄生されてる』方なのだろ?」
「……何で分かったの?」
「君の知らぬことを色々と知っているだけさ。まあ、あれだ。先の姫巫女どのは博識でね、彼女が知らなんだのは色事のみ……」
にへら、といやらしい笑顔を浮かべる女王から、オレはずりずりと尻で後退って距離を取った。この人、本当に脳みその半分位が桃色なんじゃないだろうか。
前の姫巫女さんとやらが、この毒牙にかかってなかったんなら良いんだけど。
【うーん、それはちょっと探れなさそう……】
【オレがヴァリィだって知って、この人プロテクトかけたみたいだ】
【さすが女王だね、隙がない】
プロテクト……?
詳細をノゾミは教えてくれないけど、ヴァリィの能力を防ごうとしさえすれば、守り手ならそんなことも出来る? のか?
だったら余計に、それを誰にも伝えてない今のオレの状況は、まるでゲスな覗き野郎だ。
女王はのぼってきた太陽の光に、眩しそうに眼をすがめながら呟く。
「『寄生する』方は自覚があるから良かろうが、『寄生されてる』方の恐怖は想像にあまりまる。突然他人に入り込まれて、危ういバランスで釣り合っている共存から、少しずつ己を削られていくのは怖いだろうさ。それに……黄金竜は想いの強さがそのまま力になる。君たちの想い、君たちを取り巻く人々の想い。だからもしも、もう1人の君の存在を強く求めるような人が他にいれば――それだけで今の均衡は簡単に崩れてしまう」
どうやら女王はノゾミちゃんと同じ位ヴァリィ族について知っているらしい。
ノゾミちゃんがオレに教えてくれたソレ。
女王の言っているソレ、が。
オレが尻込みしてる理由だ。
もしも、皆がオレよりもノゾミちゃんを求めていれば、それを知るだけでオレ達のパワーバランスは一気に傾く。
気持ちの面だけでなくて、現実的にオレの居場所はきっとどこにもなくなる。
「黄金竜は自我が強い程、他から望まれる程、その力が強くなる。君はそうなることを恐れているのだろう?」
「……そうだな。ま、そんなとこ」
ノゾミちゃんを求められればこいつの力は増し、そうじゃなくても形勢の悪いオレは捩じ伏せられてぽい、だ。
ノゾミには渡したくない。
オレの身体も。サクヤも。
【渡すも渡さないも】
【サクヤはオレのモノ、だ】
うるさいって。
それを決めるのはあんたじゃない。
「――と、いうことまで見当がついているというのに、何故私は今、君にこうして話をしてると思う?」
「……戦力を増強したいからじゃねーの?」
オレがこの話をバラさないままにしておけば、ヒデトに対して有効な作戦を立てられないから。
だけど女王は真剣な表情で首を横に振った。
「違う。それなら私が勝手に皆にバラせば良いだけさ」
あ、まあ……言われればそうか。
別にオレに許可とる必要もない。
「私は君のことを割と気に入っていてね。このまま君が不幸になるのは忍びないのだ」
「素直に全部バラせば幸せになれるとでも?」
選ばれるとも決まってないのに。
【なれるさ】
【オレに全部明け渡して、後はもう何の苦しみもない世界――】
うるさい、あんたは黙ってろ。
女王の瞳がオレから離れて、暁の空へ向かう。
オレの方を見ないまま、そっと囁いた。
「どうなるかは分からんがね、少なくとも選択肢なのだから幸せになる可能性はある。だがこのまま黙っておけば……じりじりと削り続けられてやがては消え失せるだけなのだ。この状況、そう長くはもたんぞ」
女王の声は異様なほどに優しい。
その優しさがどこから出てるのか、多分オレは理解してると思う。
そう、多分。
同胞達を見守るのと同じ眼差しなのだろう。
ふっくらした頬が赤い太陽に照らされて輝く。
その背中でしっぽの揺れが徐々に小さくなり、やがて完全に止まった。
【余計なことを……】
こればかりは本気の感情をにじませた悔しそうな声。
どうやら散々オレを煽ってたノゾミは、オレがバラさないまま時間切れになるのをを狙ってたらしい。
つくづくセコイヤツ。
そうか……このままでいることも出来ないのか。
どちらかしかない。どちらかが生き残るしか。
オレか、ノゾミか――。
少ししおれたように垂れさがるもっさもさの毛束を見下ろして、オレは尋ねる。
「長くもたないって……あとどのくらいもつと思う?」
「私は予言者ではない。忠告できるのは――可能な限り早く決断しろ、ということだけだ」
「……そっか」
オレは少しだけ笑って見せて。
どんどん鮮やかな青色になってく空に視線を戻した。
オレの考えていることを読み取ったノゾミちゃんが、喜びの声を上げる。
【あはは、そうか……!】
【あんた、そんなこと考えてるの!?】
【じゃあ、この身体はオレがもらう!】
【サクヤの幸福の礎になること、誇りに思っていいぜ】
特に言い返す気も起きないまま、はしゃぐノゾミを黙って脳内で追っ払っていると、突然女王が立ち上がった。
「さ、私は言いたいことを言った。後は自分で決めるが良い。……度胸もあるし手先も器用だし、変な人脈もあるしでなかなか見どころのある奴なのだがなぁ」
「変な人脈――? あぁ、大臣の話か」
「そうさ。どこで作った人脈なんだか、全く。惜しい奴から先に逝ってしまって、最後に残るのは私のような憎まれっこだけか……」
それはオレの人脈じゃないと、答えようとしたオレに寂し気な微笑を一つ残して、女王は岩から飛び降りた。
岩の下からこちらを一度だけ見上げると、そのまま駆け去って行った。
去っていくその背中を途中で見送るのを止めて、オレはもう一度明けていく空に視線を戻す。
ああ、ほら。
この濃紺と紅の――。
ノゾミが脳内でくすくすと笑う。
【あいつ来たときはどうなることかと思ったけど】
【ちょっと安心した】
【あんた、サクヤに言うつもりないんだ】
ものすごくムカつくけど、事実なので何も言い返しようがない。
【いや、すごいよ! その発想オレにはない】
【びっくりだ】
【選ばれないのが怖いんじゃなくて――】
いや、選ばれないのは怖いよ。
サクヤに正直に打ち明けたとして。
『本物』がいるならそっちの方が良い、なんて言われるのは本当に怖い。
【でも、それは想定の範囲内で】
【本当にあんたが心配してんのは】
【オレに譲った方がサクヤが幸せになるかもってことなんだろ?】
嘲笑じみた笑い声が脳内で響く。
どんなに耳障りでも頭の中の声だから、耳を塞ぎようもない。
嫌な声をBGMにぼうっと空を見ていたら、突然背後に気配が増えた。
「――カイ」
座ってるオレの頭上から降ってきた声は甘くて。
「……サクヤ」
【サクヤ!】
仰ぎ見上げれば、見下ろしてくる青い瞳と目が合った。
まっすぐにオレを見るその視線が、少しだけほころんで。
それを見た瞬間に、記憶の中からノゾミの拾い上げた画像が背景にオーバーラップした。
自分に向かって完全に心を許して、すっきりと笑うサクヤの表情。
今こうして対面してても、サクヤはオレにこんな顔してくれてない。
どこか緊張したものを抱えて、表面だけ微笑んで見せてる。
改めて認識した。
あんたを包めるのはオレじゃないんだ。
オレに出来るのはただ、正面からその手を引くことだけ。
今までずっと辛い思いをしてきたあんたを、優しく癒せるのはオレじゃない。
【ほらな、分かったらこのまま黙ってろよ】
【まあ、言ったとしても、選ばれるのはオレだし】
【言わなければ、時間切れで残るのもオレ】
【どうせあんたには勝ちのない時限爆弾なんだけどな――】
2016/03/22 初回投稿