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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第9章 You'll See
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8 違うこと、同じこと

【前回までのあらすじ】黄金竜ヴァリィとの戦いに備えて、獣人達に共闘して欲しい。そのための会談なんだけど、さてどうなるか……。

「おれは反対だからな……」


 意外にも一番最初にオレの申し出を拒絶したのは、黒猫ディファイのアキラだった。アキラとはオレずっと仲良かったから、ちょっとびっくりしたけど。

 その顔を見て、何故アキラが反対してるか、すぐに分かった。

 アキラの瞳には憎しみがこもっていて、真っ直ぐに女王の傍に立つキリを睨みつけている。


「おれは反対だ! 白狼グラプルは同族殺しを受け入れるんだろう!? そんなヤツらと一緒に戦えるわけない! いっそおれ達だけで戦った方がマシだ!」

「ちょっと、アキラ! 長老の前にあんたが発言するなんておかしいから!」


 同じ黒猫ディファイのヤナギがアキラの袖を引いたけど、アキラは言葉を止めない。むしろ、矛先をヤナギに向けて、食ってかかった。


黒猫ディファイの誇りはどうなったんだ! 人間に襲われるなんて今までだって何度もあったのに、今回に限ってもうずっと暮らしてきた集落を捨てるのか!? イオリや、ヨシや……皆、皆が生命を賭けて守ったのに、こんなちょっと話しただけで簡単に他の種族に喉を鳴らして擦り寄るのかよ!」

「アキラ! いい加減に――」


 止めようとするヤナギの腕に手を乗せたのは、黒猫ディファイの長老トラだった。

 落ち着いた声で、ただ一言、名前を呼ぶ。


「アキラ」

「長老は平気なのか!? おれは白狼グラプルが、人間が憎い。あそこでしれっと座ってるヤツ、あいつだって人間じゃないか!」


 指されたエイジは何も言わなかった。後ろに控えたサラも黙ってゆったりと尻尾を振るだけだ。

 エイジ個人には罪のないはずのあれやこれやを押し付けられても。

 多分2人とも、アキラの気持ちが分かってるから。

 アキラはすぐにエイジから視線を逸らして、サクヤの方を見た。


「元々は今回襲ってきたヤツは青兎リドルだったんだろう!? じゃあ全部ぜんぶ青兎リドルのせいなんじゃないか! あいつらが責任取れば良い!」


 沸点の低いサクヤですら表情を変えなかった。

 アキラと今日初めて会ったイツキだけは、いつも剣を佩いている腰に黙って手を伸ばしたけど、この会談は武器の持ち込み禁止。外してたことにようやく気付いて、空中を掻いた手を苦々しい表情で見下ろし、右足をしたんっと踏み込んで黙った。


「今回の話を持ってきたあいつ――カイだって! 所詮、人間だ! 人間の言うことなんか、やっぱり信用するんじゃなかった!」


 アキラの視線が長老から外れて一瞬空中を彷徨ったけど、結局はオレの方を見ないまま地面に落とされた。


「何だよ……何で皆平気なんだよ? イオリが……皆が死んだって言うのに、何ですぐに次のこと考えられるんだよ? 何で許せるんだよ……?」


 悔しそうな声で地面を見たままのアキラに、立ち上がったトラが近付く。


「アキラ」

「……長老も……永遠に生きれるあんたからしたら、死んだヤツらなんかどうでも良いってことかよ……?」


 あまりの言い草に舌打ちをしたヤナギを、再びトラが止める。

 視線の合わないアキラの顔を見つめたまま、トラは黒い尻尾を静かに振った。


「ねぇ、アキラ。イオリは君に最後に何て言った?」

「……『剣』と長老あんたをお願いって」

「何でそんなお願いしたと思う?」


 トラの声はただ静かで。

 でもきっとアキラ以外のヤツにはイオリを悼む気持ちが伝わってるはずだ。その何の感情も表せないほどに固まってる表情から。

 アキラだって、本当は分かってるだろうに。


「知らねぇよ。長老あんたのことが好きだったんだろ!」

「イオリは君のことが好きだったんだ。だから君に仕事を与えた。君があそこで座り込んでしまわないように」

「嘘だ! そんなの……!」


 守り手の言葉に嘘があるはずがない。

 それを知っていながら嘘だと叫ばざるを得ないアキラの背中を、後ろからヤナギが両手でぺしぺし叩いた。


「何であんたずっと気付かなかったの、鈍感なんだから! イオリがあんたのこと、どんだけ心配して守ってやってたか! あんたが集落の決まりを知らなくてロクでもないことする度にイオリが謝って回ってたのも、戦いのさなかでイオリがずっとあんたの背中ばっかり見てたことも、何であんたは知らないままなのよ!」

「――!? そんな……でもそれは、おれを拾った責任みたいなもんで……」

「ふざけんな、バカ! あんたが憎しみを捨てられないのは良く分かる。あたしだってヨシを――だけど、イオリの気持ちを捻じ曲げるのは許さないから!」


 ばんっ、とでかい音を立てて、ヤナギの手の平がアキラの背中に思い切り振り下ろされた。

 力いっぱい叩かれた背中の痛みより話の内容に困惑した表情のアキラに正面から対峙して、トラはそっと両手を広げる。


「僕もイオリのことは好きだ。掛け替えのない友人だった。ヨシもタツキもソウも……僕の同胞を殺した人間を許せる訳がない」


 差し出した手をアキラの肩にまわして、静かに抱き寄せた。


「だけど。愛してるからこそ、この先同じように喪いたくない。君や、ヤナギを」

「長老……」

「――ヤナギの張り手は痛いよね。力加減をしないんだ、いつも。だからさ、痛いから。泣いてもおかしくないんだよ……痛いからさ……」

「……ぅ……」


 されるがままトラの胸に顔を埋めたアキラが、嗚咽を殺す声を聞きながら辺りに沈黙が落ちた。

 きっとここにいるヤツは皆、大切な誰かを喪った記憶を持っている。だからアキラの気持ちが分かってしまうんだ。

 誰かに噛み付いてないと、悲しさに溺れてしまいそうな辛さを。


 しばし同情的な空気が周囲を満たしていたけれど、ふと、サクヤの隣のイツキがため息をついた。


「……サクヤ。俺達がここにいる意味はあるんですか? あなたは既に決断をしました。もう差し迫る危機もない。個人主義の黒猫ディファイと違って、あなたが決めたことに従わないような同胞もいない。だから――」

「――だから巣穴あおばのくにに帰って早くのんびりしたいかい? この騒乱の世に呑気なものだな」


 白狼グラプルの女王の皮肉な言葉に、イツキがきっと顔を上げる。


「何かご不満か? 我らは猟犬どもと違って、平和を愛する種族なのでね」

「止めろ、イツキ。その言い様、平和を愛する種族が聞いて呆れる」


 鋭くたしなめてから、サクヤは女王にも視線を投げた。


「女王も。俺自身ならともかく、純真な同胞達をからかいの対象にするのは止めてくれ」

「これは失礼。だがね、巫女どのの一族はちょっとばかり平和ボケが過ぎる。姫巫女の言に従うと言えば悪くないように聞こえるが、結局は長の言葉を右へ倣えで聞いているだけだろう。此度の転移も反対の声は上がらなかったのかね? そこの黒猫ディファイは上意下達がなっていないと言えばそれまでだが、それぞれに意見を出して話し合う気風はあるようだよ」

「女王様、他所の種族に対して、少しお言葉が……ぎゃんっ!」


 青兎リドルへの嘲りに、口を挟もうとしたキリの尻尾が思い切り握られた。

 その瞬間の跳ねるような鳴き声を聞いて、場にいる女王以外の獣人達が全員ドン引きして尻尾を丸める。


「キリ。私は君に発言の許可を出した覚えはない」

「し、失礼しました……」


 オレにはない器官だから良く分からないけど、キリの目尻に涙が浮かんでいるのを見ると、余程痛かったらしい。

 それでも堪えて頭を下げるキリの姿を見て、一番キリを嫌ってたはずのアキラすら拳を握って頷いてたので、もしかすると種族超えて共通する獣人の急所なのかも知れない。


「君らにはただ私の横暴のように見えるかも知れんがね。私の可愛いキリはな、こうなる危険も分かっていてそれでも口を出したのだ。私を諌めねばならぬという責任感で。……これが我らの社会だ。私からみれば黒猫ディファイは緩すぎる、股の緩い雌犬のように。青兎リドルは逆に意気地がない、去勢された雄犬だな。どちらも我が戦友として心を許すには少しばかり頼りないと言わざるを得ん」


 他種族との姿勢の違いは、勇猛果敢をもって鳴らす白狼グラプルには理解しがたいらしい。

 だけどそれって、ただの種族の特徴というか気風というか文化じゃないか。メリットもあればデメリットもある。

 今のキリの行動は素晴らしい忠心かもしれないが、白狼グラプルにだって問題はある。チームワークは得意かもしれないが、オレに言わせればちょっと猪突猛進過ぎる気がする。女王の命じるままに突撃する白狼グラプル達は、負けることが分かっても彼女の指すままに最後の一兵まで戦うだろう。


 アキラとイツキが同時に女王を睨み付けたが、両の長は何も言わなかった。全く見当外れの言葉でもないのだから、それぞれ思うところがあるのだろう。

 ふっさふっさと尻尾を振りながら、岩場から立ち上がった女王がエイジの方を見る。


「さて、人間の王国のあるじよ」

「あ、ごめんね。俺まだ王国の主じゃないの。そのうちそうなるつもりだけどね」

「おうじ」


 サラは補足するようにぽつりと呟いて、キリを見てから丸まったままだった尻尾を少しずつ伸ばしていく。

 女王がサラの言葉を受けて、呼び掛け直した。


「ふむ、王子どの、だな。ここに君が来ているということは、王を代理するに相応しいだけの力があるということなのだろうね?」

「ま、そう思ってもらって良いよ。うちの事務手続きザルだし、ほとんどアサギに丸投げだから、移民受け入れはオレの権限で決められる。元々うちの国、人間の王国ではあるけど、サクヤちゃんとこの一族を除いても国民の3分の1が獣人なのね。奴隷解放と言えば聞こえは良いけど、足りない人口を何でも良いから充填しようとしてたら、いつの間にかこうなってたって言う、さ」


 道理で青葉の国には獣人がうろうろしてると思った。

 女王がぴくりと眉を上げる。


「ほほぅ……白狼グラプルの者もおるかね?」

「さぁ? 黒猫ディファイの流れ者は見たけど……うちは出自を問わないからなぁ。聞いて回ればもしかしたらいつの間にか混ざってるかもね」

「王子どの、君はどう思っているのだ。既に泉を移転したという青兎リドルだが、彼らは君の中ではどう区分されている? 手下か? 奴隷か? 国民か? 彼らの自治権はどうするつもりだ?」


 人間に対する徹底的な不信感をちらつかせながら、女王はエイジの方へ歩み寄る。

 縮められた距離に警戒して、サラが尻尾を持ち上げて攻撃体勢に入ろうとするのを、エイジの手が遮った。


「言ったでしょ、国民だって。俺あんま権力とか興味ないんだよね、正直。だけどさ、青葉の国って場所で幸福に生きることが出来るって言うためには、親父がやり切れなかったことが幾つかあって……それを何とかしたいと思ってる」


 エイジが何故王位を目指すのか、そう言えばオレも今初めて聞いてる気がする。今までとにかく、エイジの兄のカズキが王様になったらヤバそうって気持ちが強くて、それでエイジ頑張れよ! みたいなとこが大きかったから。

 黙ってエイジの後ろに控えるサラが全く驚いた顔をしていないのは、きっと。

 共有したことがあるんだろう。

 エイジの理想、描く未来図を。


 女王が腕組みして尻尾を振る。


「ふむ、では君が王になったら我らに何をしてくれるのかね? その答え次第では我々も転移することを本気で考えよう」

「おや、プレッシャーかけるなぁ、俺の一言にかかってるなんて。細かいことは色々あるんだけどね。そうだな……」


 エイジが少し言葉に詰まった。

 いつも経験に裏打ちされた余裕を失わない第二王子には珍しい逡巡の間で、オレにも分かった。

 この問いに答えることがどれほど難しくて、そしてエイジがどれほど真剣に答えようとしているかを――。

2016/03/15 初回投稿

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