5 オレが勝ったら
【前回までのあらすじ】武闘派のグラプル族に説得は無意味。ガチで女王と戦わせて頂きます!
震えてはいない、はず。
身体も固まってない。
勿論、相手が圧倒的に強いことは分かってる。
でも。
サクヤだけに任せて見過ごすことは絶対出来ない。
いざとなったら、ノゾミに全部明け渡しても――
【人使い荒いなぁ】
【ま、明け渡してくれんのは嬉しいけどね】
いや、いざとなったらだからな?
脳内で微妙なパワーバランスの取り合いをしてるオレ達を、オレの身長の半分くらいしかない女王が間近から見上げながら赤い唇の端を吊り上げた。
「あん……興奮してきちゃった、早く始めよう」
「え、あ……ま、待って待って! 確認しとくけど。あんたが勝てばオレはあんたの言うこと聞く。オレが勝ったら……」
「君が勝ったら我が同胞は君の望みに従おう。私の身体は差し出せないけど、一族を手に入れられるなら良いでしょ? それとも……私が欲しい?」
幼い瞳が妖しく細められる。
その水色の輝きを見ながら、オレは軽く手を振った。
「あ、オレ、ロリコン属性ゼロだから」
どっちかって言うとおっぱいおっきい方が良い、ってとこまでは言いそびれた。
ぴし、と音を立てたように女王の微笑が固まる。
それと同時に、ものすごい勢いでキリが向こうから走ってきた。
「――カイ! 君は何てことを!」
すぱん、と頭を叩かれて、そのままぐいぐい押されて下げさせられる。
「お許しください! カイはあまり考えずに物を言う癖がありまして……」
何かえらく慌ててるけど、見れば、隣でキリも一緒に頭を下げている。
【キリ、それフォローになってないぞー】
フォロー? 何なんだ一体。
不思議に思いながら、オレは頭の上の手を払い除けた。
目の前の女王は固まった笑顔のままだけど――この際無視。
「ちょ、キリ離して。……とにかく女王、あんたの身体も一族もオレ興味ない」
「……興味ないとな?」
「興味ない。それよりも、オレが勝ったらトラとサクヤとエイジと一緒に、オレの話を聞いて欲しい」
変に冷たい笑顔でオレを見ていた女王の表情がようやく動き出し、訝しげに眉を寄せて首を傾げた。
「話を聞く? 聞くだけで良いの?」
「それで、オレの申し出について真剣に考えて欲しい」
「……聞いて考えた後、君の申し出を断るかもしれないよ?」
「構わない。それがあんた達にとって一番良いと思うなら仕方ない。オレはあんた達の決断に対してまで責任を負えない。オレが出来るのは提案だけだ」
不審な顔で問われたけど、オレは考えてた通りのことを答えた。
何となく目の前の女王の表情にはまだ、出所の分からない怒りが加わってるような気もするけど。
何だろね。
【あは、オレには分かるよ】
【知りたい?】
どうでも良い。黙ってろ。
キリが隣からオレの腕を引いてるけど、それもどうでも良い。
もっかい謝れ、ってこそこそ耳元で言ってきたけど、これも無視。
「話を聞く、ねぇ……ずいぶんと簡単な……」
ちょっと肩透かしを食らってつまらなそうな顔になった女王に、オレは小さく笑いかけた。
「その代わり……ってったらアレだけど、ちょっとくらいハンデをくれないか?」
「ハンデ――なるほどね。それが目的なんだ。でもま、そういうことなら考えなくもないよ。どんなハンデをお望みなの?」
ハンデを求められた女王は、逆に嬉しそうにすら見える。
なんて余裕だよ、全く。
だけど、こういう獣人の身体能力に関する傲慢にこそ、つけ入るスキがあると言える。逆に言えば、こういうスキを見逃せば、オレの勝ち目はないってことだ。
「じゃ、決着の付け方をさあ、先に一撃でも当てた方が勝ちってことにしてくれない?」
「ふーん。まあ、普通に正面から殴り合えば、自動再生する私の方が圧倒的に有利だものね。いいよ、その方が楽しそうだ」
どうなることかと思ったが、オレの申し出にちょっと機嫌が上向きさえしてるかもしれない。あっさりと頷かれた。
良し。たった一撃でいいなら、ノゾミの力さえあれば何とかなりそうだ。先読みで相手の動きを読めばいいんだから、簡単なことだ。
「じゃあそれでいこう」
「良いけどさぁ、お願いだからその一撃で死んだりしないでね。終わった後のお楽しみがあるんだから。あーあ、手加減するなんて面倒臭い……」
「手加減なんかいらない。オレは絶対にあんたの攻撃はくらわない。これなら面倒じゃないだろ?」
「ふふ……強気だねぇ」
笑いながら、オレの腹からゆっくり離した手の先で尖る爪を、見せつけるように舌で舐め上げた。
てかてか光る舌は血のように赤い。
その赤を見下ろしながら、オレは隣のキリのことを思い出した。
「あ! あともう1つ頼みがあるんだけど――」
「えっ、2つもあるの?」
「いいだろ。あんたの一族を賭けるよりは可愛いお願いじゃないか」
なんて言ってみたけど、さすがに女王は渋い顔をしている。
「それはさすがに欲深過ぎじゃないのぉ……?」
頷かない女王を見て、オレの背後からサクヤが声を上げる。
「……では、こちらも2つ賭ければ同条件だな。ならば俺の身柄を――」
「はあ!? ちょ、オレはあんたにそういうことさせたくなくて……」
「うるさい。聞かない。もう決めた。この勝負には俺の身柄も賭ける。これなら良いだろ?」
ああ……遅かった。
姫巫女の宣言は絶対。
女王は一気に上機嫌になって、笑顔を浮かべている。
妖しい舌なめずりは……確実に良からぬことを考えてるとしか思えない。
「なるほどなるほど、それなら問題ないね。うん全く問題ない。さあ、人間の少年、君の2つ目の望みは何かな?」
オレは振り返ってサクヤを睨んだけど、同じ強さで睨み返された。
どちらにせよ、この人が口に出してしまったことは第2誓約に引っかかるから、撤回させられない。
諦めて再び女王に向き直る。
「もう1つの頼みは――キリとカエデがどちらを選ぶか分からないけど……オレが勝ったら2人に選ばせてやってほしいってことだ」
オレの言葉に、隣のキリがはっと息を呑んだ。
カエデの罪を知らない女王は不思議そうな声で問う。
「え? 何? 選ぶって――」
「オレが勝ったら教える。だから今は、選ばせるとだけ誓ってくれ」
「何のことだか分からないけど……まあ、それも認めよう。君が勝った時、のことだもんね」
ふふふふふ……と地を這うような笑いが女王の唇から漏れる。
「君、さっきの恨みは上乗せするからね。負けたら君の目の前で教えてあげる。サクヤが閨でどんな声を上げるのか……」
にやにやと笑っているそのイヤラシイ表情がどういうことを意味してるのか。
理解したオレは顔をしかめた。
すっごい趣味悪い。
想像したくない。
そもそもさっきの恨みっていうのも何のことなのか分かんない。
【ふざけんな、オレがまだやってないこと】
【ぽっと出のロリガキになんかやらせらんない】
【今回ばかりはオレ、あんたに味方するから】
ああ、そうしてくれると助かるね。
「さ、じゃあ準備出来たらおいで。こっちはいつでも良いからさ」
オレを置いて、笑いながら女王は後ろに下がっていく。
そんな女王の姿を見つめたままで、オレの隣のキリが小さく囁いた。
「カイ、君は私やカエデのことまで考えて……」
少しばかり申し訳なさそうなのは、まあ……オレとサクヤの人生がかかっているからだろう。
だけど、キリが申し訳なさそうな顔する必要なんかない。
オレは軽く首を振って答えた。
「オレ絶対勝つから。カエデが目を覚ましたら2人で相談しろよ」
グラプルの掟、勝者の言葉は絶対というのが本当なら、オレが勝てばカエデは群れに戻ることも出来るのだろう。
同族殺しの罪は消えないとしても。
群れに残るのか、それとも離れるのか。
選ぶことだけは出来る。
きっとどちらも辛い道に違いない。
簡単に許される罪じゃないから。
余所者が「許せ」と言えることでもない。
だけど、選ぶ位は。
その位の自由はあげたいと思うんだ。
きっと同じ道を征くのだろう、友人の為に。
「何か、策があるんだな?」
「策って程でもないけど……オレの記憶が間違ってなければ、五分五分くらいにはイケるはずだ」
ノゾミの力で女王の動きを先読みする。
守り手に『精神支配』は効かないから、百パー勝つとは言えないけども。
あと『頭をガリガリする』のは出来るけど、それをやると……ノゾミの存在についてサクヤやエイジに説明せざるを得なくなるんだよなぁ。他に方法がないって訳じゃない限りは、出来れば避けたい。
【ああ、何やったんだ!? ……って】
【聞かれるだろうね。説明しなきゃいけない】
【だけどさぁ、もうさっき……】
うるさい、あんたの話は聞かない。
オレは脳内でノゾミちゃんを追い払いながら、忙しく作戦を立てる。
先読みで五分五分なら、後はオレの身体能力でどこまで戦えるか、だ。これまで師匠にいろいろ教わった剣の腕が、果たして披露出来るかどうか。
「――分かった。私は君を信じている」
力を込めたキリの手が、オレの肩を叩いて離れていった。
その途端に。
「……この……大馬鹿が!」
背後のサクヤが、オレの背中に頭突きをかましてきた。
「ぐぇ!?」
「うるさい、バカ! 信じられない! お前、本当に勝ち目があると思ってるのか!?」
「何でキリが信じてくれたのに、あんたが信じてくれないの! しかもあんた信じられない方に賭けたの!?」
「信じられないのはお前の行動だ、バカ! 負けたらどうなるか分かってるのか!」
「あんたこそ……」
振り向こうとするオレを、サクヤの手が押さえた。
「こっち向くな。そのまま聞け」
何で振り向いちゃいけないのか分かんないけど。
お言葉に従って振り向かないまま、背中の筋肉をつたって届く声を聞く。
「……女王の能力を知ってるのか?」
「知ってる。姫巫女が魔力特化なら、女王は肉体強化――怪力なんだろ?」
これがノゾミちゃん情報。
ノゾミちゃん、意外に便利だ。
【あは、良く言われますー】
嘘つけ。
「知ってるなら今回の勝利条件だと、飛び道具がある俺の方が圧倒的に有利なのに」
「あんたが戦うなら違う方法で戦ってたはずだよ。前回と同じように先に立てなくなった方の負け。どっちが有利でもない」
「……何故知ってる?」
あ、ヤバい。調子に乗って言い過ぎた。
オレは慌てて口を噤む。
待っても答えが返って来ないことを理解したサクヤは、小さく息を吐いた。
「……獣人の事情にお前を巻き込みたくなかったのに……」
それで、自分が片を付けようとしてたのか。
だけどさ、オレ、巻き込まれたなんて思ってない。
全部オレが決めたこと。
そう言おうとした瞬間に、背中からそっと気配が離れた。
「最近のお前は秘密ばかりだ……」
低い声だけが切なく残って。
あんまり悲しそうなので、何か言い訳した方が良いんだろうかと慌てて振り向いた時には、既に踵を返したサクヤの背中しか見えなかった。
それでも。
その小さな背中越しに。
こちらも見ずに。
「……負けたら絶対に許さない」
と、負けられない理由をもう1つ増やされた。
【ふふ、許さない、だなんて可愛いなぁ……】
【でもま、もちろん――】
――言われなくても負けられない、よな。
珍しく気が合うじゃないか。
ノゾミちゃんと脳内で気合を入れ合ってから、女王の方へ向き直った。
背伸びをしながら待っていた女王は、こくり、と首を傾げる。
「ん? 覚悟出来た?」
周囲を見回せば、エイジとサラはいつの間にかオレ達からものすごい距離をとって、向こうの方で手を振っている。
巻き込まれるのはゴメンです、というエイジの声が聞こえたような気がして、ちょっとだけイラッとした。
そんなオレに気付かずに、女王は上機嫌でトラに手招きする。
「あ、そこの長老。ちょっとこっちおいで」
「ぼ、ぼぼぼぼ僕れすか!? あ、あの……」
「何もしやしないよ。君ね、審判してくれる? この中じゃ比較的中立だろう? 君なら間違えて当たっても死なないし」
「死なな……いえっ、はいっ! 審判やります!」
「良いお返事だ、可愛いよボク」
少女のような女王に声をかけられただけで、トラがめっちゃ緊張してる。
右足と右手一緒に出しながら、慎重に女王とオレに近付いてきた。
無理もない。守り手としての年月と迫力が違うからなぁ……それにしても、一族の面々には見せられない姿だ。
「さ、場所も整ったし始めよう」
微笑みかけられて、オレは頷き返した。
「いいぜ。やろう――」
尻ポケットに入れておいた宝玉を確かめながら、右手で剣を抜く。
オレが剣を正面に構えたのを見計らって、空手のまま軽く跳ねた女王が。
次の瞬間に。
消えた。
(まっすぐ足元を――)
その姿も見えないまま、女王の意識だけを頼りに右へ避ける。
どす、と鈍い音と同時に、つい一瞬前までオレのいた地面に穴が空いてそこに女王の拳が突き刺さっていた。
「お? 避けるのか、なかなかやるじゃない」
笑いながら女王がオレの方へ振り向く。
その真下に空いた深い穴にぞっとした。
今の攻撃。
目で追えないレベルを超えて、ほとんど消えたようにしか見えなかったけど。
何の魔法でもない、とノゾミが語っている。
【な、サクヤと戦った時の思い出、共有してやっただろ?】
【あれがグラプルの女王の能力――肉体強化だ】
いやでも、今の全然見えなかったぞ!?
しかもこの距離を一気に縮めるような――あれ、本当に物理攻撃なのか!?
【らしい。あれを受けようなんて思うなよ】
何言ってんだ!
死ぬ。
受けようとすれば死ぬ。多分剣ごと巻き込まれる。
つか、これじゃ負ける前に死ぬ。
こんなの――どうやって反撃すりゃいいんだ!?
【知らねぇ】
【それくらいは自分で考えろよ】
ノゾミの突き放した声と無関係に、女王が再び跳ねる。
「良かった。いきなりやられるようじゃ面白くないからね――」
(――さ、いっくよぉ、まっすぐまっすぐ!)
聞こえた意識を合図に、オレも跳んだ。
背中ギリギリを何かが掠めて、ただの空気の流れに巻き込まれて後ろに引かれそうになるのを、踏ん張って堪える。
どふん、という地面を削る音とともに、オレの視線の先で女王が姿を現した。
動きの止まった隙を狙って、そこに向けて斬りかかろうと剣を振りかぶって――
(何これ、遅いなぁ――右足をもらおう……!)
――意識で理解して、振りかぶったまま慌てて後ろに跳んだ。
目の前を生成りの布がかすっていく。
(まーだまだ、だよ! ま、とりあえずまっすぐ攻撃で良っか)
避けた後も攻撃が続くので、足を止められずひたすら後ろに下がった。
どすどすどす、という音がして、幾つか穴が追っ掛けてくる。
しばらくオレを追って増えていく穴から背中を向けて逃げるような時間が続いた後で、オレの数歩前でようやく動きを止めた女王が土で汚れた手を振りながら姿を現した。
「うーん、何だろう? 君、特別速くもないのに何故か当たらないなぁ」
不思議そうにしてはいるけれど、焦った様子はない。
そりゃそうだ。
オレがちょっと気を抜けば当たる。
いや、当たらないようにどんだけ頑張り続けたとしても、多分。
「でもこのままならきっと君がへばる方が早いよね。どうする、続ける? それともここで諦めて負けを認める? 今止めれば、とりあえずは五体満足で生きられるよ」
いっそ、優しいくらいの声で。
うっとりと語りかけてくる女王の申し出を。
「――ちくしょ! 負けられるか!」
すっぱりと断った。
負けを認めればどうなるか、自分のことだけじゃない。
背中にサクヤの視線を感じて、余計に。
脳内でノゾミが【よし、良く言った! お前死んでも負けるな!】とか言ってるけど、それは無視!
「あはははは、強気だね! 私は好きだよ、そういうの。じゃあやっぱり……死なないように仕留めようね――」
意識を聞くより先に――来る――と分かった。
慌てて避けはしたが、正直こっから先の考えなんかない。
【ほら、避けろ! 当たったら終わりだぞ!】
ノゾミの応援だか煽りだか分からない言葉を聞きながら、この恐ろしい殺戮兵器をどうやって止めるか、必死で頭を動かした――
2016/03/04 初回投稿