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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第9章 You'll See
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4 狼の掟

【前回までのあらすじ】脳内のノゾミと喧嘩しながら、グラプルの女王をお出迎えに行く。久々に会ったってのにサクヤとしっくりこなくてちょっと辛いけど……。

 再び沈黙の落ちたオレとサクヤを、トラは何とも言えない視線で見ている。

 3人で歩いてるのに誰もいないのかってくらい静かだ。

 ざくざくと足音だけが響く中で、向こうからわいわいと人の声が近付いてきた。


「荷物持ちご苦労よなぁ」

「女性の身体は荷物のうちに入らないからね、お気になさらず」

「キリもここまで良く頑張ったね」

「恐縮です」


 聞きなれたエイジとキリの声に、2人を労う幼い声が混じっている。

 オレ(・・)には聞き覚えのないはずのその声は、いつかノゾミが見せてくれたサクヤの記憶で思い当たった。

 話題が見つかってほっとした様子で、ぴこーんとしっぽを上げたトラがそちらを指す。


「ほらサクヤ、あれだよ! 女王が来た!」

「知ってる。見れば分かる」


 ご機嫌が低空飛行のサクヤさんは、そんなトラの言葉も低い声ですっぱりと切り捨てた。

 ……いやコレご機嫌関係ないな、多分。通常対応だ。

 だけど切り捨てられたトラの方は、しょんぼりした様子でしっぽがだらんと垂れていく。


【けっ、ザマァ見ろ】


 相変わらずノゾミはオレの頭の中でうるさい。

 どんだけサクヤの周辺にぴりぴりしてるんだ、あんた。

 嫉妬深過ぎなんだよ。


【あんたもだろ。伝わってるんだぞ】


 ……気のせいだろ。

 オレはそういうの好きじゃない。

 オレだけのものだなんて。言えるワケない。


【みんなと仲良く共有するの? お優しいこと】

【オレは許せないね、あの猫野郎】

【大体猫系の獣人って何か心許せないって言うか、どっか冷ややかって言うか、情が薄いって言うかさぁ……】


 延々とトラの悪口を言い続けているノゾミの言葉は、もう右から左に聞き流そう。

 ノゾミが何を言おうと、オレにとってトラは友人だ。

 落ち込んでるトラを励ます気持ちで肩を叩いてから、向こうから近付く一団に手を振る。


「おーい! エイジ、サラ!」

「はいはい、少年のお言いつけ通りに女王サマをお連れしましたよ」


 まだ気を失ったままのカエデの身体をエイジが抱えているのは、片手しかないキリを思いやって代わったんだろう。

 そんなエイジの斜め後方に、どこか憔悴した様子のキリとピリピリと苛立つ空気を纏ったサラ。

 どうも何かが……おかしい。

 違和感のある空気にどう答えようか迷っていると、エイジのでかい身体の後ろから、少女のような少年のような小柄なグラプルが顔を覗かせた。


「おやおや、姫巫女と長老がお揃いでお出迎えとは。となると推測するに、そこの3人目、キリの手によるペーパーバードで私を呼んだのは君かな、人間の少年」


 すとんとした……ワンピースというより貫頭衣に近い生成りの布を身にまとって、首や腕、足に幾つもの飾りの輪を付けている。

 鈍色の髪は短く刈ってあるし声も未成熟で、見た目からは男とも女とも判断出来ないけど。

 オレは、それが女だと知っていた。


「はじめまして、女王サマ。オレがあんたを呼んだ三之宮さんのみや かいだ」

「ふふ、人間に呼びつけられたのは初めてだ」


 ふぁっさふぁっさと尻尾が左右に動いているのは、面白がってるってことだろうか。

 ゆったりと立っているように見えてるけど、油断は出来ない。

 幼い身体のまま少女が女王として長い年月を過ごしてきていることを、オレは知っていた。


【オレが教えてあげたからでしょ】

【今までの夢、忘れたとは言わせないぜ】


 分かってるよ。

 ずっと夢だと思ってたけど、あんたがオレに見せてたアレは全部全部、サクヤの頭の中(きおく)なんだろ。

 うるさいノゾミを追いやってから、オレは女王に意識を戻す。


「キリからもう聞いてるだろうけど、グラプル族に忠告したい。それと提案を」

「忠告と提案! なんと心優しい少年だろうね! 人間とは思えないよ」


 いっそ楽しげにさえ聞こえるけど。

 どこか危険な瞳の輝きでようやく気が付いた。

 水色の眼が湛えている感情は――言葉にすれば、敵意。

 どうやら振られている尻尾は喜びではなくて、興奮を顕にしているらしい。敵を前にして血沸き踊る戦士の興奮を。


同胞カエデをあんな風にした一族ニンゲンから私達に何か言いたいことがあるの? いいよ、聞いてあげる。だけどその一言一言が命を削る可能性があること……十分に理解しておいてね」


 ぐる……と唸って牙を剥いた少女の様子で、サラがしっぽを持ち上げて態勢を低くした。

 即座にエイジの左手がサラの頭を撫でる。そちらを見もしないまま、エイジには分かってるのだろう。

 サラは戸惑うようにつっかえながらごろごろと喉を鳴らしつつ、視線だけを油断なく女王に向けた。


 女王の傍に、姿勢を低くしたキリが近づいてくる。

 ずっと目を伏せていたが、あからさまなオレへの敵意に堪えかねて顔を上げた。


「女王様……彼は私を助けカエデを救ってくれたのです。何度もご説明したように他の人間とは違う立場から私達を――」

「うんうん、キリ。よくカエデを救い出したね、偉いよ」


 そっとキリの頭に少女の手が置かれた。

 困惑した表情を浮かべながらも、キリの尻尾は地面すれすれを何度か揺れて、褒め言葉に反応する。

 そんなキリを愛しげに見下ろしながら。

 女王は何の前触れもなく、ぎりり、とその小さな手に力を込める。


「……ぅ……」


 頭に食い込んでくる指先の痛みに、キリが顔を歪めた。


「でもさ、キリ。私は巫女どのと共闘したという話は聞いたけど、人間やそこの猫(ディファイ)が関わっているなんて話、ついさっき聞いたばかりなんだよ?」


 ぴり、と周囲に緊張が満ちた。

 どうやら女王のこの態度が、キリやサラの浮かべていた憔悴と怒りの原因らしい。

 腐っても一国の王族として、こういう事態に慣れているエイジだけがうまくやり過ごしているのだろう。


 オレがそんな推測をしている間も、グラプルの女王は手に込める力を徐々に強くしてて、キリの息が苦しげに段々荒くなってく。

 それでもその手を跳ね除けないのは、それが女王という存在の権威なのか、それとも女王から逃げるのは不可能だと諦めているということなのか。


「全く……猫なんて冷たいし情もない。ただの猫でも好きじゃないのに、掟破りだなんて面倒臭い存在によくも勝手に恩を売ってくれたものだよ……」


 ちらりと視線を投げられたサラを、エイジがさりげなく背中に庇った。

 その刺々しい視線の壁になったエイジは、気付かぬ振りでポケットから煙草を抜き出して火を点ける。

 オレの後ろにいるトラも(ノゾミの検知によると)サラや一族に対する女王の言い草に顔をしかめている。

 女王はそんな周囲の様子を見るともなしに見やりながら……だけど指先の力は増したようで、キリがぎり、と歯を食い締めた。

 エイジに撫でられているサラが、咽を鳴らすのを止めた。徐々に頭を下げて飛びかかる態勢に移行する。

 女王も引き下がる気はなさそうだ。


 まさに一触即発。

 高まる緊張感の中、声を上げたのは沈黙を守っていたサクヤだった。


「止めろ、女王。カイもサラも俺の連れだ。種族で差別することは許さない」


 ゆっくりと振り向いた女王の瞳がサクヤを捉えた。

 正面からその視線を受けて、サクヤは首筋を晒すように顎を上げる。

 傲慢に、上から見下ろすように。


「勝者が正義、それがグラプルの掟だな?」

「勝者が正義、それが我らの掟だよ」


 2人の言葉が重なって。

 その内容で、そこはかとなく嫌な予感がした。


【あー……その予感、多分正解】

【あんたには見せてないけど】

【割と排他的なグラプル族にサクヤが受け入れられたのは】

【ある意味、実力行使だったワケ……】


「……巫女どの。私は確かに30年も前に君に負け、君をリドルの姫巫女として認め森への立ち入りを許可するとは誓ったがね。君の下僕まで無警戒に受け入れるとは言っていないよ?」

「カイもサラも俺の下僕じゃないし、俺は昔話をしてる訳じゃない」

「じゃあ再戦ってことで良いのかな? あれから私もただ女色に溺れていた訳じゃない。今なら私が勝つかもしれないよ? 私はとっては願ったりだけど……」


 ちろり、と女王の舌先が薄く開いた唇から覗いた。

 濡れて光る白い牙と赤い舌。

 興味を完全にサクヤに向けたからか、緩んだ手元に解放されたキリが地面に膝を突く。

 サクヤは一歩踏み出して、女王との距離を詰めた。


「負ければ勝者に従う。お前たち(グラプル)の中ではそれがどんな掟にも優先する。――今もそれに変わりはないな?」

「そうさ、それが今も昔も私達の最上の掟だ。だけどこちらだけが賭ける訳じゃない。そちらもこの掟に従って貰うぞ。負ければ……君の身体は私のものだ。その時は諸手を上げて歓迎しよう、私のハレムに」


 はぁ、と熱い息を吐いた女王は、両手を自分のふっくらした頬に当ててサクヤの靴先に目を向けた。

 そこから時間をかけてなぞるように這い上がった視線が、嫌悪でしかめられた青い瞳に当たって止まる。

 女王の背中に掲げられた尻尾が激しく振れた。


「それでも挑むかい?」

「それがあなたに認められるのに、必要なことなら」

「なるほど。その整った顔を私の褥で乱す時が楽しみだな……」


 品の無い物言いに、うんざりした顔で答えを返そうとサクヤが口を開いた瞬間に。


「ストップ」


 声を出したのはオレの方が先だった。


「――待って。ストップ。タンマ。そういうのナシ! あんたを呼んだのはオレだ。サクヤが自分を賭けるなんておかしい!」


 突然口出ししたオレを、場の全員が呆気にとられた表情で見てる。それどころか、当のサクヤに至っては、あからさまに「お前、邪魔」って顔してたりして。


 そりゃ、オレなんて女王の足元にも及ばないんだろうさ。

 だけど、放っておくとあんた、どんどん暴走するんだもの。

 喋りながらずいずいと女王に近づこうとしたら、サクヤが鬱陶しそうにオレの胸元を押して止めた。


「おい……黙ってろ。折角うまくいきそうだったのに」

「うまく? 何が? あんたが身体賭けて戦って、それで絶対勝てるって思ってるのかよ? 前回だってギリギリで勝ったんだろうが」


 オレが知るはずのないその情報は、さっきのやり取りの間にノゾミがそっと耳打ちしてくれたものだ。

 ノゾミちゃんはオレの味方ではないけど、サクヤを盗られるのは許せないヤツだから、多分この情報は間違いじゃない。


「何で知ってる……いや、それはどうでも良い。ギリギリだったから何だ、勝ちは勝ちだろ」

「今度も勝てると思ってんの? 負けたらどうすんだよ」

「……負けることは想定してない」

「バカか、あんたは!」

「負けるつもりで勝負を挑むなんて、最初から弱気でどうする」


 そういうことじゃない。

 リスク管理をしろっつってんだよ、バカ!

 やっぱりこの人には任せられない。

 だって多分……負けたらどうなるか、本気で考えてないんだ。


【純粋だよなぁ、ホント】

【そういうとこ可愛いけど、今回はちょっとね】

【危なすぎる】

【あんたも止めるならもっと優しく言えば良いのに】

【そうすれば喧嘩にならない】


 優しく言えるようなことか、これが。

 何でこいつがこんなに気楽に自分を賭けるのか、あんた分かるか?

 すげぇ簡単なことだけど。


 オレは分かった。

 今まで気付かなかっただけで。

 この人、自分なんかどうなったって良いんだ。

 ただ責任感と罪悪感で生きてるだけで、きっと本当は。


【考え過ぎじゃない?】

【純粋なだけだよ。真っ直ぐで】


 まっすぐ? このバカが?

 こんなに屈折してる人、あんたまっすぐって言うの?

 オレより付き合いの長いあんたが、まだ分からないの?

 やってらんない。やっぱあんたとは気が合わない。


【はい、お互いさま】

【でも今回に限っては目的は一緒みたい】

【手伝ってやるよ。オレもサクヤを穢すヤツは許せない】


 ありがたいお言葉で言質がとれた。

 これでオレは全力で戦える。

 サクヤの肩越しにぴしりと女王を指差した。


「負けなきゃ分かんないって言うなら、あんたを呼んだオレが相手する。サクヤを巻き込む必要ない」


 触れたままのサクヤの手を振り払い、目を見開いてわたわたするトラを押し退けて、オレは更に足を運ぶ。

 向こうで息を整えたキリが、無言の内に必死の表情でオレを止めようとしている。

 エイジの口からぽろりと煙草が落ちて、空中で掴んだサラがそっと口に戻した。


 女王は一身に周囲の注目を受けながら、堂々とした態度で近寄ってくる。


「へぇ、君が? 人間の君が私と戦うの?」

「何言ってるんだ、カイ! 今すぐ取り消せ――」


 慌てたサクヤの声がするけど、無視してオレも女王に歩み寄った。

 少女の姿をしているくせに真下から艶めかしい上目遣いで見上げてくる女王に、ぴたりと視線を合わせて応える。


「オレが戦う。あんたにサクヤは渡さない」

「素敵な台詞だね。君、サクヤのことが好きで仕方ないって顔してる……」


 女王の熱い手のひらがオレの腹に当てられて、指先がゆるゆると腹筋をなぞりあげる。

 くすぐったいような感じに思わず顔をしかめると、そんな表情の変化が楽しかったらしい。くすくすと笑われた。


「でもさ、君こそ、負けたらどうなるか分かってるの? 私、人間を奴隷にするなんて初めてだから加減できないよ。……死ぬまで搾り取ってやるから」

「は? いやあのつまり……あんたには負けない……多分」


 え? 何これ? オレもそういう対象なの?

 女王は純潔を守らなきゃいけないのに、オレのナニをドウするつもりなんだろう。

 そんなどうでも良いこと考えながらしどろもどろだったので、言い返しはしたけど、最後に「多分」なんて曖昧な言葉がつく辺りが……オレの限界みたい。


【決め台詞は決めようぜ……情けない】


 うるさいな。

 脳内のツッコミを必死で振り払おうとするオレのおかしな態度がお気に召したらしい。楽しそうな女王の哄笑が森に響いた。

 きっと弱っちぃ人間のオレが必死で格好つけてるのが笑えるんだろう。


 分かってる、でも。

 ここはオレが賭けるべきところだ。譲れない。

 だって、これはオレの考え。

 誰にも相談出来ない状況で、無理やり捻り出したオレの思い付き。

 サクヤにも、他の誰にも責任だけを負わせるなんて出来ない。


「……この、バカ」


 囁くような声が背後で悪態をついてるけど。

 こればっかりはあんたの言うこと聞けない。

 耳に絡み付く女王の笑い声を聞きながら、オレは正面から彼女の水色の瞳を睨みつけた――

2016/03/01 初回投稿

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