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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第9章 You'll See
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3 責任ということ

【前回までのあらすじ】獣人対人間の戦争、ディファイ族が勝ったのは嬉しいけど、個人的にはどうも一件落着しない。サクヤとは久々の再会だってのに喧嘩になるし、脳内のノゾミはすげーうるさいし……オレだけ前途多難って言うのかな、こういうの?

 黙って歩くサクヤを追い掛ける。

 どこに行こうとしてるのかも聞けないけど。

 1人だけ行かせるワケにもいかない。

 しばらくそのまま無言で歩いてる内に、小さく息をつく音が聞こえた。


「……あっち行け。今はお前に付いてきて欲しくない」


 低い声が前を向いたままオレを拒絶する。

 サクヤがそう言うのならば、本当にオレが迷惑なんだろう。

 よくある反語の「来ないで」じゃ、なくて。


【あーあ、嫌われた】


 うるせぇよ。誰のせいだ。


 覚悟はしてたが、言葉にして表現されると途端に辛くなった。

 すごくショック。

 でも、さっきオレに拒絶されたサクヤはきっと今のオレ以上に辛かっただろうと思ったので、口には出さなかった。


 何も言わないオレをちらりと見上げたサクヤが、もう一度ため息をついて歩き始める。

 何か答えれば喧嘩になりそうで、だけど1人にすることは出来なくて、オレはただ黙って後ろを付いて歩いた。

 そんな息苦しい空気の中、向こうから声が聞こえる。


「――サクヤ!」


 サクヤを呼びながらこっちに向かってきたのは、ディファイの長老トラだ。

 オレ達を見ながら片手を振ってから……何となく漂うよそよそしい感じに気付いて微妙な顔をした。


【オレ、何かこいつ嫌ーい】

【こいつ絶対サクヤのこと狙ってるよな】

【オレのサクヤに近付くなよ】


 うるせぇよ。サクヤはあんたのもんじゃないから。

 頭の中で返しておいて、もう一回トラの様子に意識を戻す。

 血と泥で汚れた白いローブはここまでに負った酷い怪我の名残だ。さっきまで心臓一突きにされてたはずだけど動きにおかしなところがないのは、これが純粋な『神の守り手』の回復力ってことなんだろうか。サクヤだったらきっと回復までもっと時間がかかるはずだから。


「トラ。あんた身体はもうだいじょうぶなの?」


 オレの呼びかけにトラが応える前に、サクヤがかぶせるように別の質問を乗っける。


「トラ、そっちはどうだ。片付いたか?」


 それぞれから尋ねられてしばし迷った様子だったけど、トラは何故かオレの方を見ながらサクヤの質問に答えた。答えても仕方ない質問をスルーしたってことだろう。

 守り手だから身体の怪我なんてすぐ治る。こういうとこは、サクヤもトラも同じだ。


「人間の兵士は大体片付いたよ。例のヒデトには逃げられたけど、こっちは森から出て追い掛ける余裕もないしね。……それよりどうしたの、2人。喧嘩してるの?」

「……えっと……喧嘩って言うか……」


【愛想尽かされそうになってるだけだよな】


 うるさいって。

 脳内でノゾミを叱りながら、しどろもどろに答えようとするけど。

 そんなの待たずに、舌打ちしたサクヤが踵を返して更に先に歩きかけた。その腕をトラが掴む。


「ちょ、ちょっと待って。2人の事情はとりあえず答えなくて良いから、サクヤにも聞いてほしいことがあるんだけど」

「……何かあったか?」


 サクヤが足を止めると、再びトラはオレの方を見る。


「森の入り口に客人が来てるんだ」

「客人……?」


 オレの方からは表情は見えないけど、その声だけでぴりりとサクヤが緊張したのが分かった。きっと人間達の新手が来たのかと思ったんだろう。

 だけどトラが『客人』と言うなら、オレにはその予測が付いてた。


「あ、ごめん。それ多分オレだと思う……グラプルの女王だろ?」

「やっぱり君だったのか……」


 呆れたような表情に、ごめん、と片手を上げた。

 さっきキリにも同じ理由で怒られたばっかりだったから。


「キリから聞いたよ、グラプルとディファイは本来は不干渉なんだって? 喧嘩になるから、犬猫大運動会以外では会わないようにしてるって」


 そのことを告げると、トラはちょっと何かを思い出すような表情になる。


「キリ……あぁ、あのグラプルの。そう言えばさっき女王の傍にいたなぁ。そうだよ、仲が悪すぎて、秋の恒例大運動会ですら恒例になるまでにすごく苦労したんだから……って前の長老が言ってた」

「うん、ごめん。でももう呼んじゃったし、女王が迷うといけないからキリに迎えに行ってもらったんだけど……」


 それをお願いしたら「君あの時のペーパーバードはそれだったのか!?」ともの凄く驚かれたのがさっきの話だ。


 砂の国にあるグラプルの森に、オレは行ったことがない。

 でもキリは勿論ある。

 だから、ヒデトの倉庫に行くまでの間一緒にいたキリにお願いして飛ばしてもらってたんだ、ペーパーバード。


 オレが書いて、キリが飛ばす。

 こんなんでも大丈夫なのか試してみたら、意外にイケた。

 つまりペーパーバードは「飛ばす人が宛先を知ってればきちんと届く」マジックアイテムらしい。

 これってもしかして、新しい商売になるかもしんない。

 ……ってわくわくしながら言ったら、エイジに「商売じゃないけど、もうそういうお仕事はあるから」って呆れられた。


【知らなかったのかよ、おい……】


 放っておいてくれ。

 むしろそれさえ先に知ってれば、もっと楽に色んなとこと連絡とれたのに。

 何で誰も教えてくれないんだよ、主にサクヤ。


「とにかく。呼んだなら自分で責任取ってね。僕はあんまり話したくないよ、あの人怖いから」

「何言ってんだ、守り手が3人揃うなんてそうそうないだろ? あんたやサクヤと相談してもらう為に呼んだんだぜ」

「相談……?」


 不機嫌な顔で沈黙を守っていたサクヤが問い返してきた。

 オレがそちらに視線を向けると、ぷい、と逸らされたけど。

 とりあえず話は聞いてるらしい。


【あーあ、あんたのせいでオレまで】

【サクヤの笑顔が見れないんだけど】


 誰のせいだよ、誰の!


 ムカつくけど、どうせノゾミは認めやしない。

 サクヤは顔を逸らしたままなので、オレはトラと目を合わせながら答えた。


「良い? 今はヒデトを押し返したけど、このままじゃ何度も同じことの繰り返しだ。原初の五種と神の守り手はヒデトに狙われてる。向こうは人間を自由に操れるんだ、戦力の多さは向こうが上。バラバラにいたんじゃ絶対負ける。だから、1箇所に集まって守りを固めた方が良い」

「1箇所って、お前……!」


 トラと話してるのに、やっぱり横から口を出してくるのはサクヤだ。


「まさか青葉の国に……」

「もちろん選ぶのはあんたらだ。だけど……トラ、あんたヒデトの名前を知ってるなら、あいつが『ヴァリィの魔術師』だっていうのは、もう聞いたの?」

「それはさっき戦闘中にサクヤから……」

「じゃあ、グロウスが全滅して、グロウスの騎士がヒデトの味方してるってのは?」

「――全滅!?」


 トラの声が跳ねたとこを見ると、サクヤはまだ言ってなかったらしい。


【さっきのごたごたの中でそんな】

【何もかんも説明出来るかよ】


 あんたに言われなくても分かってる。

 自分だけフォロー入れてるような言い方すんな。


「まさかグロウスが全滅してたなんて……」

「言うのが遅れて悪い。今残ってる原初の五種はお前ら(ディファイ)とグラプル、それに辛うじて俺達リドル――身を守る術を持たない俺の同胞があの島で一族だけで暮らしていくのはもう無理だと、俺は判断した」

「え!? じゃあリドルは――」

「既に泉ごと青葉の国に転移してる。今回ここに来ていない同胞達は皆島を捨て、青葉の国にいるんだ……」


 どことなく悔しそうな表情をしているのは。

 本当は、守りたかったのだろう。


 長く暮らしていた場所を離れるのは誰だって辛い。

 思い出の多い、その島を。

 本当は離れたくなかったに違いない。

 同胞達の為にも島を守りたかったはずだ。


 それでもサクヤの判断が早かったのは、か弱い同胞を庇いながら戦うことの難しさを良く理解しているからだ。

 それも、青葉の国の継承戦まで引き受けてしまったからには、島を離れずにいることは出来ない。

 それが嫌だったから、サクヤは引き受けたがらなかったんだ。

 今更ながら、「誰かの命を背負って闘う」ことを躊躇してた気持ちを理解した。


 だけど。

 あんたはきっと、見過ごすことは出来ない。

 同胞の危機も、青葉の国(エイジたち)の困難も。

 これ以上背負わなくても、あんたはとっくにその腕の中に抱え込んでるから。


【オレ達の出会った国だからなぁ……】


 あんた、本当にうるさい。

 出来ればもっかい眠ってて欲しいくらい。


【はは、もう遅い】

【割と復活してきたから……そうだな】

【エイジくらいなら頭ゴリゴリしてやれるかも】


 あー、それは今度お願いする。こっそり。

 とにかく、今はあんたのノロケ聞いてる余裕ない。

 オレはノゾミとサクヤに向かって一歩踏み出した。


「丁度青葉の国の王子サマ(エイジ)もこっちに来てるし、その話をするなら今しかない。オレは獣人じゃないから、あんた達の気持ち本当には分かってないかもしれない。絶対を強いることも出来ないし、そうすべきでもないと分かってる。だけど……考えてみるだけでも頼む。もうディファイだけの問題じゃないんだ……」


 オレの必死の視線を受けて、トラは困ったように顔を伏せた。

 さらさらの長い黒髪がカーテンのようにオレの視線を遮断する。


 その様子を見てたサクヤが小さく首を振った。


「……俺は行く。女王が来てるならヒデトのことを注意してやらなきゃいけない」


 サクヤの言葉に反応してトラが少しだけ顔を上げる。

 その表情はひたすら迷っていて、何だかすごく苦しそうだった。


「ねぇ、サクヤは泉を転移するなんて大切なこと、何でそんなにすぐに決められたの? 誰に相談したの?」


 呼ばれて、サクヤが手を伸ばす。

 トラの頬に手を当てて至近距離から黒い瞳を覗き込んだ。


【あっ!? ちょ、サクヤぁ!】

【そんなのに触ったら妊娠する!】


 しねぇよ。


【ちゃんと止めろよ、バカ!】

【あぁ、オレだったら他人に触らせたりしないのに!】


 うるさい。

 これが獣人の距離感なんだよ。

 問題ない向きまで、問題ある見方するな。


【とか言って。今、あんたの気持ちオレに筒抜け】

【ジェラシー感じてんだろ? 分かるよ】


 ――うるさい!

 オレはあんたと違って、自分の欲望全面に押し出さないの!

 サクヤにはサクヤのコミュニティがあるんだよ!


 サクヤの声が低く響く。


「トラ、お前が決めるんだ、自分で。何が同胞にとって一番か、どれがより良い道なのか、考えて。誰にもその責任は負わせられない。一族の剣であり盾。それが俺達まもりてなんだから……」


 頼りなげな黒い瞳が一度伏せられて。

 それからサクヤの肩越しにオレを見た。


「……分かった。とにかくグラプルの女王と話してみる。色々決めるのはそれから……」

「ごめんな。あんたを休みなしに働かせて」


 オレが謝ると、少しだけトラは微笑んで見せてくれた。


 ここにいる誰も、服の汚れを払う暇もない。

 だけど。

 それだけ急がなきゃいけないようなことなんだ。


 そういう敵を相手にしてる。

 そういう危機にオレ達はいるんだから――

2016/02/26 初回投稿

2016/02/28 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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