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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
132/184

interlude20

【なあ、聞いてくれよ】

【オレの話】

【これだけこきつかったんだから】

【ちょっとくらいはいいだろ?】


(あれ……チャンネルがない)

(おい、チャンネルどこだ?)


【ねーよ】

【諦めて、大人しくオレの話を聞け】

【カウントダウン――。5……、3……、1……】


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 さして気にならなかった。

 そんなことよりわくわくすることを聞いたから。


 サクヤがもうすぐ返ってくると。

 ペーパーバードが届いたらしい。

 エイジが昨日教えてくれた。

 オレはもうその時から心ここにあらず。


 だから。

 その子が死ぬと聞いても気にならなかった。

 病死なんてどこにでもありふれてる。

 実際、この5年後にオレも。

 同じように病気で死んだワケだしね。


 それに元々。

 サクヤがいない間の暇つぶし。

 上っ面でちょっと付き合っただけの子。

 そんな風に思ってたから。


(……あんた……最低だな)

【へえ、ヒトのこと言えんの?】

(あんた程ひどくないよ、オレは)


 まあ、サクヤが戻ってくるのは明日だし。

 今日は時間に余裕があったし。

 短いと言えお付き合いもあったワケだし。

 見舞いくらいは行ってもいいかと思った。


 今考えれば、それが全ての始まりだった。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 病室には、眠る彼女以外誰もいなかった。

 まあ、手の施しようがないんだから。

 ヒトの手もいらないってことなんだろう。

 そんな風に思って。


(あんた本当に最悪だ)

【優先度がはっきりしてるって言ってくれ】


 いらないとは思いながらも、他に思いつかず。

 適当に買ってきた花を花瓶に突っ込んだ。


(雑だな……)

【どうでも良いだろ】

【見せたい本人は寝てるんだから】

【それより……見ろよ、これ】


 そこで気が付いた。

 花瓶の隣に、きらきらと光る玉が一つ。

 何だろうかと不思議に思って。

 そちらに手を伸ばして。


(これ……あの宝玉……!?)


 彼女に背を向けて注意を取られていたから。

 背後から声がかかった時は本当に驚いた。


「ノゾミ……」


 びくりとして、慌てて手を引っ込めた。


「!? ……ああ、眼が覚めたの」


 オレは甲斐甲斐しく傍に寄って。

 彼女の手を両手で握ってやる。

 意識があるならせめて。

 死ぬまでは優しくしてやろうと思ってさ。


(何だよ、その無駄な優しさ)

【優しくして文句言われるとは思わなかったな】


「気分はどう?」


 微笑みかけるオレにお構いなしに。

 こちらの眼を見据えた彼女は真剣な顔で。


「……ノゾミ。話があるの」


 と、切り出した。

 遺言かな、なんてオレは気楽に考える。

 表情だけは真面目に頷き返した。


「どうしたの?」

「私、きっともう死ぬわ」

「そんなこと言うなよ」


 お決まりの慰め。

 声の調子と目の表情に気を付けて。

 いつだってオレのそんな嘘に。

 女の子達はうっとりと騙される。


 別にオレの嘘がひどく上手なんじゃない。

 きっと本人が騙されたいと思ってるからだ。


(あんた滅茶苦茶だ)

(でも、そうだな。騙すって技法については)

(まあ……半分くらい同意する)

【おや? 珍しく気が合ったな】


 それなのに、彼女の表情は揺るがなかった。

 ただ昏い眼でオレを見つめてくる。


「ねえ、ノゾミは本当は好きな人がいるでしょ?」

「もちろん。あんたのこと大好きだよ」

「違う。私よりも好きな人がいるんでしょう?」


 こう聞かれるのもいつものこと。

 どっか掴みどころのないオレ。

 女の子達はすぐに気付く。

 自分はもしかしたら一番じゃないんだって。


 でも、いつだって否定すればそれで片付く。


 サクヤがこの国に来てしまえば。

 否が応でも分かることだろうから、別に。

 バラしても良かったんだけど。

 いつ死ぬか分からないんだし。

 黙っておいてやろうと、そんな風に思った。


(やっぱり、あんたの優しさはおかしい)

【そう? 死ぬ前にそんな嫌なこと】

【聞きたくないだろ、普通は】


「いないよ。あんたが好きだ」


 嘘は押し通した者勝ち。

 誤魔化したり切り上げたりしようとしないで。

 正面からただ、否定し続けるのが一番。


 それだけで。

 本当はオレのこと信じたい女の子は。

 ころっとまた騙される。


 ……はずなんだけど。


「嘘はいらない。私、その人が誰か分かってるの」


(ほら見ろ。いつだってそううまくは騙せない)

【そうだな。でも見て欲しいのはそこじゃない】


 随分とあっさり見破られた。

 それ自体は気にならないけど。

 何で見破られたのかは気になった。


「誰だと思ってるの?」

「サクヤさまでしょう。時々青葉の国へ来る」

「……何で分かった?」


 後から思えば。

 この動揺を引き出したかったんだろう。

 心を鎧ったオレの。

 ちょっとした隙を突くために。


「何故か、知りたい?」


 痩せた彼女の腕が伸びて。

 ベッドの上から、花瓶の横に手を伸ばす。

 そこに置いてあったのはあの宝玉。

 血色の悪い唇がにぃ、と嗤って。


「ヴァリィ族って、知ってるかしら……?」


 オレの知らない単語を吐いた。

 瞬間に。

 頭の中身をぐちゃぐちゃに。

 混ぜ込むような強烈な痛みが。


(い――!? いててててっ!)

(おい! これ何とかなんないの!?)

【すぐ終わるから、ちょっと黙って見てろ】


「――ぐぅ!?」

「あなたのようなクズなら、奪う罪悪感がないわ」


 くつくつと笑う声がベッドの上から。

 いや、どこから?

 声の響く場所が分からない。

 ベッドの上の彼女は手の中に宝玉を握って。

 いつの間にかくったりと伏せている。


 だから、その声は。

 どこか遠く? いや近く。

 きっと頭の中から。


「こうして私達ヴァリィは、人の身体を乗り移って生きてるの。ねぇ、あなたの大好きなサクヤさまは本当はリドル族の姫巫女なんでしょう……?」

「な……んで、それを……」


 何でもクソもなかった。

 後から考えれば、すぐ分かった。

 彼女はオレの頭を覗いてたんだ。

 だけど、この時のオレはそんなこと分かんない。

 

「姫巫女の寿命は長いわよ? 何せ次の姫巫女に譲るまでをずっと同じ姿で時を過ごすのだから。このままじゃあなたの方がずっと先に彼女を置いていってしまうわ」

「……サクヤを、置いて……」


 そのときのことを考えると。

 すごく辛くて。

 ちょっとだけ甘い。

 オレが死ぬ時、サクヤはどんな顔をするだろう。

 きっとすごくすごく悲しんで。

 オレが死んだなんて見て見ぬ振りするだろう。


 そのくらいには愛されてる自信があった。


(うるせぇよ!)

(痛いんだよ、頭が! 早く進めろ!)

【もうちょっとだって】

【これだから自分に自信がないヤツは】

【人の自信が羨ましいんだな】


 でも、本当は。

 サクヤを1人にするなんて。

 そんな可哀想なこと、出来ればしたくない。

 オレがいなきゃ1人になっちゃう。

 誰にも心を開けない、哀れな生き物。


「だから、ねぇ。私と一緒に永遠を生きましょう? 私を受け入れて頂戴。そうすれば、あなたと私は1つになって、身体がダメになるたびにまた新しい人に乗り移って……そうして、永遠に彼女を見守ることが出来るの」

「永遠に……」


 独りぼっちのサクヤを置いて行かずにすむ。

 永久を共に過ごすオレを。

 彼女はきっと手放せなくなるだろう。

 オレはきっと今以上に。

 なくてはならない者になる。


 だから、それは。

 とっても良い考えのように思えた。


「永遠をサクヤと――」

「そう、永遠に。だから、ね。抵抗を止めて、私を受け入れて……」


(バカか、あんた!)

(本当に最低だな!)

【あんたに言われたくないっての】


 オレは眼を閉じる。

 頭の中にむりむりと入ってこようとする異物を。

 押し出すのを、止めた。


 歓喜の声を上げて、押し込まれてきた女の。

 心?

 魂?

 精神?

 何だか分からないけど、それを感じて。


 たらたらと滴り落ちてくる記憶。

 全く共感出来ない感情。

 ねっとりとした生への執着。

 そんなものがオレと1つになろうとして。

 とろけて混ざる、その瞬間に。


 オレの身体が無意識に。

 ベッドの上の女の手――宝玉に触れた。


 ――ああ、サクヤ。

 あんたの為ならこんな変なのだって。

 幾らでも受け入れてやる。

 人間じゃない者になることだって厭わない。

 それであんたの愛が得られるなら。


 1人にはしない。

 きっと永遠に。

 オレだけがあんたを愛してあげる。

 他の誰もあんたには近付かせない。


 献身の悦びにオレの身体が震える。

 この身体、端々まであんたに捧げてやる。

 だからあんたも。


 ――全部、オレにちょうだい。


「待ちなさい! この身体のコントロールは私が……」


 うっとりするオレを邪魔するように。

 脳内で金切り声が叫ぶ。

 オレの身体を自分の勝手に動かそうとして。

 ……ものすごく鬱陶しい。


 これはオレの身体。

 サクヤのものであって、あんたのじゃない。

 絶対に、コントローラは渡さない。


 入ってきた彼女の心を押し退けて。

 小さく小さく圧し潰して丸めるイメージで。


「待って、私は生きたいのよ! 永遠に……! まさか、ただの人間がヴァリィに逆らえるなんて――」


 叫ぶ女の意識をぐるぐるに縛り付けて。

 脳内の倉庫に放り込んだ。

 これで、女の声は聞こえなくなった。

 オレはオレの身体を守ったんだ。


(……どういうことだ? これは……)

【押し負けたんだよ、あの女】

【メインコントローラを奪い合って】

【オレが勝ったってこと】


 きっと。

 オレのサクヤへの愛が勝ったんだ。

 どうしようもない生きるために生きる欲望に。


 負けた女が沈黙した。

 それだけのことなんだろう。


(だからヒデトの言ってた『逆侵食』は……)

侵食しよう(くいつくそう)としたヴァリィが】

【逆に侵食される(くいつくされる)ことだね】

【あいつは魔術師を喰ったんだ】


 気が付けば、ベッドの上に覆いかぶさるオレと。

 その下で、ひっそりと息を止めた女の身体。


 オレは慌てて身体を起こして。

 人を呼ぼうと、扉の向こうに注意を向ける。


 偶然扉の向こうに人の気配。

 そちらに声をかけようとして。


 ふと気付いた。

 知らないヤツの声に出ていない呟き。


 ――今日の晩飯何かな?

 なんて声が、扉の向こうから聞こえて――


【ほら、これで始まりの話は終わり】

【この後オレがいかにこの能力を活かしたかって】

【本当は自慢してやりたいんだけど】

【その話は割愛しよう】

【あんまりここに長居も出来ないからさ】


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 扉を出ていくサクヤが小さく手を上げた。

 オレはベッドの上からその姿を見て、微笑した。


(これは……前にも見たような)

【あ、オレも見せた記憶があるな】

【でも、そのときはここで終わってたはず】


(サクヤは、あんたの力を知らないのか)

【言っても良かったけど……黙っておいたんだ】

【オレが死んだ時、サクヤがどんな顔するか】

【見てみたかったから……】


(あんたなぁ――!)

【ほら、ここまでは見ただろ?】

【今見せたいのは、その後だ】


 サクヤの出ていった扉がもう一度開いて。

 男が1人入ってきた。


(あれ……こいつ、どっかで見たことある)

【あんたがストリートチルドレンやってた頃】

【チームに入ってすぐ死んだヤツいなかった?】

(……思い出した。そいつだ)


「ノゾミさん。今日の薬持ってきました」

「うん、ありがと」


 オレはベッドの上に寝たまま。

 差し出されたコップを受け取る。


 もう起き上がる力がないのが腹立たしい。

 せっかくサクヤが来てたのに。

 抱きしめることも出来ないなんて。


 ……でも。

 この焦りもきっと。

 もうあと少しだ。


(もう分かった。あんた、こいつを――)

【ま、そういうことだよな】

【こいつの次があんたの友達】

【ギャングに襲われて、あんたの腕の中で】

【死にたくないって言いながら、死んだのがオレ】


(あいつもあんたに乗っ取られてたのか)

【そういうことになるね】

【だからあれは意識的な言葉】

【ああいう言葉は、人を揺さぶるのに】

【すっごーく便利なんだよなぁ】


【どうもあんたには有効に働かないけど】


 サクヤはもう一度来るだろうか。

 いや、きっと来ないと思う。

 オレの気持ち、きっと受け取ってくれた。


 サクヤに答えが出せないことは分かってるから。

 答えを出すことから逃げて、きっともう来ない。


 違うか。

 サクヤが逃げてるのは、オレの死だ。

 オレが死んだことを認めたくなくて。

 だからきっと、もう来ない。


「ふふ……」


 何だか嬉しくなった。

 それだけオレがサクヤの中で重要だって。

 実感したような気持ちがして。


「どうしましたか? ノゾミさん」


 思わず漏れた笑い声に、男が反応した。


「何でもないよ」


 そちらに答えておいて、ふと。

 思い直した。


「あ、そうだ。ちょっとそこのさ……」

「はい?」

「ロッド取ってくれる?」


 男が壁に立てかけたロッドに手を伸ばし。

 手渡してくれた。

 ロッドの中央に嵌め込まれた宝玉が。

 きらり、と光って。


 オレは宝玉にそっと手を載せる。


 まだ、今日じゃなくて良い。

 少しずつ、少しずつ。

 意識を弱めておけば、いざという時に。

 奪いやすくなる。


 きっとオレのサクヤへの愛に。

 勝てるほどのものはないはずだから。

 丁度良くこいつを頂くことにしよう。

 近々、この身体がダメになる時の為に。


「……ねえ、あんたさ……」

「はい」


 生真面目な応えが返ってくる。

 その純朴そうな顔に向けて。

 オレは1つ提案をした。


「……永遠を、見てみたいと思わない?」


 ――人の魂を喰って生きる。

 悪魔のような、提案を。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(最低だ……あんた)

【そう? 客観的に見ると、あんた】

【さしてかわりないぜ、オレと】

サクヤ(あいつ)のために何人殺した?】


(オレとあんたは違う)

(どんなに似てるって言われても)

(オレはサクヤのために殺したなんて思わない)

(全部オレの罪だから、あいつには関係ない)


【へぇ? ま、あんたがそう言うならそうかな】

【だってあんたとオレ、皆似てるって言うけど】

【実は顔はそんなに似てないんだぜ?】

(知ってるよ。鏡見れば分かる)

(あんたはモテるもんな)

【はは、謙虚だね。まあそういうこと】


【ただ、オレを知ってる人からすれば】

【かなり似てるように見えるみたいだ】


【だって、あんた】

【オレに侵食されかけてる(・・・・・・・・)から】


(……何でオレを喰い尽くさない?)

【ちょっと強すぎるんだよ、あんた】

【出来るもんならしてるんだけど】


【ま、無駄な攻撃して反撃食らうのも嫌だし】

【もうちょっと揺らぐまで、しばらく保留】

【それまでじりじり削ってやるさ】


(そうかよ……)

(いつか会ったらぶん殴ってやると思ってたが)

(これじゃ殴れないな……)

【殴る? ああ……羨ましけりゃ】

【あんたも一緒に入れば? サクヤと】

【風呂】


(……前言撤回。やっぱ、いつか殴る)

【あはは、ざまぁ見ろ】

【あのときの記憶だけは絶対】

【オレの目線は共有してやんないからな】

【涎垂らして羨ましがってろ】


【さ、あんたは帰れ】

【そろそろ向こうも片付きそうだし】

【これ以上寝てたらエイジに悪戯される】


【オレは疲れたからしばらく寝るよ】

【あんた1人で後は頑張って】

(やっぱ最低だよ、あんた……)


【カウントダウン――、5……3……1、切断】


――暗転――

2016/02/16 初回投稿

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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