21 精神支配
【前回までのあらすじ】ヒデトの罠にかかり窮地に陥ったディファイ族を救おうと、突き詰めたオレの精神は自分の能力に気付いた。ついでに、その能力をもたらしているのは、全部ノゾミの力だってことにも……。
少しずつ耳鳴りがおさまっていく。
震える空気の代わりに、オレの頭の中で高笑いが響く。
【あはははは! ようやく! ようやくだ!】
【オレの声が聞こえるなら、全部分かっただろ?】
【さあ、行こうぜ】
【あんたとオレのターンだ!】
時間を空けず、ひたすら投げ込まれる情報。
全てがノゾミの知識だ。
何でここにノゾミがいるのか。
何でノゾミにこんなことが出来るのか。
ノゾミに、何が出来るのか。
今まで夢で見ていたこと。
夢はただの夢じゃなかったこと。
その夢はノゾミの力で見れていたこと。
オレは返事をせずに、耳をそばだてて声を聞いた。
頭の中で響くノゾミの声じゃない。
まだこの戦場で立つ、皆の声を。
(死にたくない、まだ……)
(獣人なんかに――くそ!)
(長老を……助けなきゃ!)
(死ぬな! 一緒に帰るって言っただろ!)
戦場なんて特殊な場所で。
開けっぴろげに差し出されて。
空気に舞う言葉を拾う。
(イオリ……おれ、あんたを守れなかった……)
(私は、絶対に君を見捨てない。カエデ――)
(私は何をしてた……どこから騙されてた?)
(皆、ごめん……僕のせいで……)
(トラを――お兄ちゃんをぜったい助けるんだ!)
浮かんでは泡のように消える言葉たちの中で。
一際刺々しくオレの頭に突き込まれる声が1つ。
(何だ――何だよ、今のは!)
(これじゃまるで俺の――)
(ヴァリィ族の――)
慌てたヒデトの脳内に、ノゾミが言葉を叩き込み返す。
【は! あんたがそこにいるんだぜ?】
【他のヴァリィだって】
【生きててもおかしくないだろ?】
「ふざけるな! お前は人間だろうが!? ヴァリィ族ならヴァリィの魔術師である俺が気付かない訳が――」
からかうようなノゾミの声に激昂して、思わず口に出して言い返したヒデトの言葉がそこで止まった。
そう。
ヴァリィ族なら、ヒデトは気配で分かるはずだ。
オレが、ヴァリィ族なら。
そのことに気付いたから。ヒデトは口を閉じた。
当然だ。
自分も同じ方法でヴァリィの魔術師になったのだから――。
「そうか……。お前も逆侵食したのか……」
【逆侵食? へぇ、素敵な呼び方】
【あんたはそう呼んでるんだ、自分のこと】
【でも、半分正解で半分間違い】
【オレはその逆侵食だけど、カイは――】
「オレはまだそんなとこに到達してないよ。ようやくノゾミの存在に気付いたくらいだもん」
むしろ、そんな方法があるなら教えてほしい。
ノゾミはさっきからひっきりなしにオレの脳みそに知識を植え付けようとするけど。
一番大事なことは全然教えてくれない。
どうすればこの共有関係を解消して、あんたと縁を切ることが出来るのかって。
「どういうことだ、共存してるのか? バカな……中のヤツはお前を何故捩じ伏せない? 『魔術師』を正面から抑えるほどの力があるならそれぐらい……」
ヒデトの問いに、オレもノゾミも沈黙で応えた。
あんたに教えてやる義理はない。
それにこれ以上ヒデトとの会話を楽しむつもりもない。
オレは自分の横でうずくまるサラの肩を揺すった。
触れた感触で、気付いたサラがぼんやりと顔を上げる。
「……カイ……いまのは……?」
「その話は後だ、トラを助けよう」
「トラを――」
ぐぃ、とサラが腰のナイフの柄を握り直した。
「サラ、いく」
「トラはあっちにいる。合図したら走れ。その後のことは後から指示する」
「わかった」
頷いたサラは身を屈めて、小さなお尻ごと尻尾を振り始める。
そのふりふりする間隔がだんだん小さくなるのを見ながら。
オレはもう一度宝玉を握りしめた。
【あぁ、サクヤに見せてやりたかったな】
【オレの力――オレが活躍するところ】
【何であいつまだここにいないんだよ】
うるせぇ。誰の力でも良いよ、もう。
とにかく黙って言うこと聞け。
脳内でくだんない喧嘩をしながら。
――オレ/ノゾミは一気に出力を上げた。
再び空気の振動が強くなる。
だけど、今度は。
サラは気付かないまま尻尾を振り続けてる。
ディファイを対象から外して人間達だけに圧力を加えてやったんだ。
こんなことも出来るんだと、ノゾミが教えてくれたから。
「ぐぅぅ!?」
「ぐ、くそ――何だこれは――」
あちこちで人間の呻く声。
細かく対象を指定してる分、さっきのように全員が身動きも取れなくなる程の威力は出ない。
それに能力者の力の残量もだいぶ心もとなくなってるから、そうそう大技を連発することは出来ない。
サラの尻振りの動きがだんだん小さくなる。
タイミングを図るようにそれを見ながら。
尻が、ぴたりと止まった瞬間――
「――今だ! 行け、サラ!」
――放たれた矢のように、サラが走りだした。
その通った足跡を追って、ちゅいん、ちゅいんと跳弾が地面を抉っていく。
狙い通り。妨害は弱くても、頭痛を抱えた人間達にはサラの素早い動きについていくのは難しいはず。
【ヤナギ、弓を絞れ!】
【狙いは『大蟹の鋏岩』の5度右!】
木の上に隠れて狙撃手を探していたディファイ族の弓使いの少女に、オレの言葉通りにノゾミが指示を出す。
弾かれたようにヤナギが放った矢は、サラを狙う狙撃手の額を過たず撃ち抜いた。
それを切っ掛けに狙撃手達の隠れ方に気付いたヤナギが、次々に矢を番えては引いていく。
【ジョウ、リカ!】
【ナイフを抜け!】
【あんたらの目の前の相手を抑えろ!】
呼ばれたディファイの2人の娘は、はっとした表情でナイフを構えた。
ちょうど前方から向かってきた兵士に、2人がかりで斬りかかる。
そんな2人の背中の向こうをサラが駆け抜けていった。
【カヤ、キヨ! 走れ!】
【サラを援護しろ!】
立ち竦んでいたディファイの男達は、自分の横をすり抜けたサラを追う。
サラを守るように両脇を固め、横から斬り込んでくる人間の兵士をさばいていく。
【サラ、その岩の向こうへ!】
【トラが――】
サラが身体をバネのように沈めて、岩を飛び越えた。
横を走っていたカヤとキヨは、カヤが引き続きサラを追い掛けて岩を越え、キヨはその場に留まって向かってくる人間を食い止める。
「……トラ!」
岩の向こう。
本来ならこの場所からは声も聞こえず姿も見えないそこで。
岩に背を預けて目を閉じているトラの胸の剣を、サラが引き抜いた。
「トラっ!」
今までになく大きなサラの声で。
長い黒髪の下、伏せられていた瞼が。
ゆっくりと開く。
「……サラ?」
「トラぁ!」
どこか似た面影の兄妹が。
まだ、何が何だか分からないような顔をして。
どちらからともなく、静かに手を差し伸べた――
その姿を最後まで見届けないまま。
オレ/ノゾミは別の視点に切り替えた。
【アキラ! 『剣』を構えろ!】
もう既にノゾミがオレの声を届けるのも何度目か。
オレの頭はずきずきと心臓の音に合わせて疼き初めてる。
くらくら目眩がして足元も頼りなくなってきてるけど、まだ止まれない。
頭が熱いのは限界を越えた力を発動させ続けているせいだ。
それでも、今はまだ――
――頼む、もうちょっとだけ。
小さく唸りながら涙で濡れた瞳でまっすぐ前を見て、アキラは『剣』を構えた。
【行け! キリを――!】
「こんちくしょおぉっ!」
一声叫んでから、短い『剣』を振りかぶる。
慌てた声でヒデトが叫んだ。
「何やってる、応戦しろ! カエデ!」
虚ろな瞳のカエデが一歩踏み出そうとしたところに。
【あんたは――邪魔だ!】
「っがぁあああぁ!?」
その脳内に、力を込めた一撃をお見舞いしてやる。
多分カエデの頭は今すごく痛んでるだろう。
彼女がずっと騙されて操られてたことを考えるとちょっと可哀想だけど、これぐらいは我慢してくれ。
あんたが悪いんじゃなくても。
あんたがやったことは――簡単には許せない。
頭を抱えたカエデが身体を振る姿を、一瞬だけアキラは忌々しく見つめたけど。
何も言わずにそのまま横を駆け抜けた。
狙うのは、オレ/ノゾミの圧力をまともに食らってしゃがみ込んだままのキリ。
その首筋に、『剣』を。
静かに顔を上げたキリの。
水色の瞳が、何もかもを見通すように真っ直ぐに。
アキラを見て――
「おらぁあっ!」
叫ぶアキラの振り抜いた『剣』が、キリの首の横を通り過ぎた。
ぴきり、と首輪が鳴って。
無音のまま、蝶番の割れた首輪が地面に落ちる。
「……首輪が――? 君は……」
「くそが! あんた、あいつの仲間なんだろ! 止めてみせろよ、あいつを! そうじゃなきゃイオリが――何でイオリが!」
呆然とするキリの胸元に、アキラが、どん、と拳を叩きつけた。
アキラの指差す先でのたうつのは。
オレ/ノゾミの攻撃を受けているカエデだ。
「……カエデ」
奴隷の首輪を付けていても意識を失ってるワケじゃない。
ただ自分の意に反してヒトの言葉に従ってるだけだ。
カエデの姿を見たキリは即座に己のやるべきことを思い出したらしい。
慣れない左腕で腰に佩いた剣を抜いた。
「カエデ。私は君を見捨てない。君がもうグラプルではないと言うなら、私も共に一族を捨てよう。君の犯した罪は全て、私も共に背負うから――」
「――おぉぉおぉんっ」
キリに応えるようにカエデが苦し紛れの遠吠えを吐く。
【ヒデトの力が及ばないところまで】
【そいつ連れて離れろ――!】
キリが唸りながら走り出すのを見てから――再び、オレ/ノゾミは視点を切り替えた。
既にオレの頭は疼きを通りこして、心臓の鼓動と同じリズムでずくんずくんと動いているようにさえ感じる。
熱い。痛い。苦しい。
いっそ頭の中から脳みそ取り出して、このぐにゃぐにゃと痛むものを捨てたい。
だけど。
まだ、残ってる――
「ヒデト――」
「それで……それで勝ったつもりか!? 一介のヴァリィの民が本当に『魔術師』に勝てると思うのか!」
顔をしかめるヒデトに向けて、とぎれとぎれにノゾミが言葉を流す。
【勝てると思うのか、って……】
【……実際に、勝ってんだよ、ばーか……】
認めるのはしゃくだが、ノゾミの言う通り。
ヒデトの必死の抵抗をねじ伏せながらも、カエデのコントロールはまだオレ/ノゾミが握ってる。
ヒデトがサラを操ろうと伸ばす触手を、払い続けているのもオレ達。
この一時、オレとノゾミは明らかにヒデトに勝っていた。
でも、オレ達は知ってる。
これがあくまで一時の勝利でしかないことを。
本当は、ヒデトを倒すまで。
ヒデトの横の魔法使いを押さえるとこまで。
ディファイ達が無事にこの苦難を乗り切るところまで。
力を使っていたいんだけど……。
【あんたね、これ誰の力だと思ってんの……】
【……他人事だと思って……むちゃくちゃ言うぜ】
なんて弱々しいことをノゾミは言う。
ちっ、偉そうに言っても所詮はノゾミか。
【そういうあんたには……】
【偉そうに、言う権利すらない……】
苦笑するノゾミを宥めるように、オレは頭に右手を当ててその場にしゃがみ込んだ。
それを最後に、ノゾミの力が一気に弱まる。
圧力を失った人間達が、頭を振りながら剣を握り直す。
ヤナギがまだ撃ち落としきれていない狙撃手が、再び銃を構えようとしてる。
そこまで視たところで。
もう一度出力を上げることは諦めた。
これ以上はオレには無理。
どんなに頑張っても、ヒトには限界ってもんがある。
だけど。
オレには分かってる。
この先のオレ達の勝利。
圧倒的な数の差を覆す絶対無敵の一手。
強大な魔力を己がものとする、リドル族の誇る麗しの姫巫女。
「――氷結槍!」
仄かな輝きとともに、甘い声が背後から響く。
オレの頭上を飛び越えて敵の魔法使いを貫く透明な刃。
その鮮やかな光を瞼ごしにさえ感じることが出来る。
良く見知ったその気配が。
ちょっと前から近付いてること。
気付いてた。
【サ、ク、ヤ】
「……良く保たせたな」
背後から聞こえる声はいつになく優しくて。
懐かしいその声に応えたいけど、もう。
声を出す力が出ない。
せめて顔を見たいと思ったんだけど、既に。
閉じた瞼を開く力がない。
しゃがみ込んだままの自分の身体がゆっくりと後ろに倒れてくのだけが分かった。
そんなオレの背中を包み込むように、細い腕が伸びて。
そっと柔らかい胸に抱きとめられた。
「後は任せろ、カイ」
懐かしい甘い香り。
耳元をくすぐるその声。
頬に触れる柔らかい髪。
その両手に全て委ねて。
【ねえ、オレの名前を……】
【オレを選んで……】
魔法が発動するときの白い光に包まれて。
バチバチと迸る火花の音の中。
オレは真っ黒い闇へと意識を落とした――
2016/02/12 初回投稿
2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更