interlude2
「何だ、その眼は。買ってきた奴隷をどうしようが俺の勝手だろ」
「……否定するつもりはない」
「失敗作だ。いつ処分しようかと思っていたが」
言葉とは裏腹に楽しそうに。
乱暴に。
傍らの娘をぐりぐりと足先で小突いている。
思わずひくりと動いた自分の腕を。
自分でも、意外な思いで押さえた。
自分は何をしようとしたのか。
まさか止めようという訳でもないはずなのに。
(ああ、この娘。知ってる)
(そうだろ? 今朝見た宿屋の――)
(男の方は、会ったことはないけど)
(何となく誰かに似てるような……)
娘はもう反抗する気力もないのか。
されるがままになっていた。
自分はその行為を非難する立場にない。
奴隷制度に従って、汚い金を稼ぐ自分は。
非難じゃない。
ただ。
「良ければ買い取ると提案してるだけだ」
「ふん。そんな顔には見えないぜ。あれだろ、この娘に同情してるんだろ。お優しいことだ」
「クライアントがいる。交渉を頼まれた。それだけだ」
同情などしている訳がない。
この広い世の中で。
奴隷として生きる子どもはこの娘だけじゃない。
飼い主の思うままに改造を受ける奴隷だって。
他にも幾らでもいる。
(改造? どういうことだ)
(駄目だ、その知識にアクセス出来ない)
本当に可哀想に思うのなら。
私財をなげうってでも助けようとするはず。
なのに自分の財布から金を出すつもりがない。
だから、これはただの。
商売の1つだ。
これを同情などと言うなら。
そんな言葉だけの同情に何の意味がある。
(そんな冷たいことを考えながら)
(ひどく)
(胸が痛い――)
「まあ、売ってやってもいいが……可愛がるつもりなら、うっかりこれを殺さないように気を付けろよ。巻き込まれるぞ」
「……伝えておく」
(巻き込まれる?)
(何に?)
預かっていた幾ばくかの金と引き換えに。
弱り切った娘を受け取った。
茫然と座り込む娘を見て。
哀れと思う気持ちの横で。
今回の儲けを計算する自分に、吐き気を覚える。
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「では、確かに確認しましたよ」
「……ありがとうございます」
執拗に握手を続ける男の手が。
シャツの袖から中に、侵入してきた。
さすがにこれ以上は鬱陶しい。
手首より奥に指が触れた辺りで。
やんわりと、だが明確に引き剥がした。
本当は今すぐにその脂肪だらけの腕ごと。
叩き斬ってやりたいけれど。
(嫌悪感)
(触られている感触が気持ち悪すぎる)
(もうこんなの、ぶん殴れば良いだろ)
そうしないのは。
その傍らに。
細い金の鎖で繋がれた同胞の姿があるから。
(紅の瞳。白銀の髪)
(兎のように長い、白い耳)
(これが、幻と呼ばれる種族――)
「それでは、彼を」
「ええ。……さあ、こちらが新しいご主人様を見つけてくれるぞ」
無理に鎖を引かれた同胞がふらつきながら。
こちらに近寄ってきた。
酷い表情をしている。
眼を合わせても、反応しない。
単にこちらの顔を忘れてしまったか。
それとも壊れてしまったか。
自分は、遅すぎたのだろうか。
(不安と後悔で)
(心臓が強く鳴り続けている)
嫌な想像をかき消すように。
軽く首を振って、鎖の端を受け取った。
鎖を渡すだけのことなのに。
無意味に触れてくる手が、気持ち悪い。
振り切るように腕を振ると。
握った鎖がしゃらりと鳴った。
鎖の音に急かされて。
彼の、名を呼ぶ。
「……イツキ」
名を呼ばれたのは久し振りなのだろう。
しばらく無反応だった彼は。
ゆっくりと目を見開き、顔を上げた。
かつては一族でも指折りの武人だったというのに。
こんなにも、痩せて。
「あ、あなたは……」
「――待たせて、ごめん」
謝るべきことは多くあるけれど。
それ以上言葉を続ければ。
幾つもの言葉が続きそうで、一言で無理に切った。
何を言っても、許されるとも思えない。
それでも彼が、名前に反応したことが嬉しかった。
その声に、応えたい。
(深い安堵)
(どんなに非難されるか分からないけど)
(それよりも、ただ無事なことに)
やつれた頬が痛々しいから。
手を伸ばそうとして。
止めた。
(触れることを、許されないかもしれない)
だけど。
次の瞬間に、強く抱き締められた。
以前よりも筋肉の落ちた腕が。
それでも、自分の背中をきつく掴んでいる。
その頬を伝う涙が。
自分の髪に吸い込まれていくのを、見た。
「絶対に、いつか来てくれると信じてました」
耳元に響く言葉に、縋りたい。
謝りたい。
でもそれで救われるのは、自分だけだから。
言葉には出さずに。
痩せた背中に片腕を回した。
「……あの、以前からのお知り合いで?」
商人の声が同胞の身体の向こうから聞こえた。
ふと、我に返る。
腕の中の衰弱した身体。
疲れ果てた表情。
同胞への愛しさを引けば。
感じたのは、ただ怒りだった。
沸騰するような衝動の中、強く決意した。
(――痛々しい程の、殺意)
耳鳴りのような音が空気を震わせる。
バチバチと弾ける火花の中心で。
右腕に傷付けられた同胞を抱いて。
左手を、ゆっくりと掲げた――
(徐々に光が強くなって)
(もう、何も見えない――)
2015/06/04 初回投稿
2015/06/04 言い回しを若干修正
2015/06/07 傍点を追加
2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更
2016/04/23 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更
2017/02/11 話数分割
2017/02/12 話数分割