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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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19 長老救出作戦

【前回までのあらすじ】ディファイの集落は予想以上に酷い状態だった。長老は人間達に捕まり、魔法使いに圧倒された一族には絶望が広がっている。そんな中、空気読まないナチルのおかげで、再びやる気が戻ったディファイ達だけど。先行したはずのサラはここにはいなかった。つまり、あいつーー1人で長老を助けに行ってるんだ……!

 オレの知ってる魔法使いって、つまり。

 サクヤのことだけなんだけど。


 あいつはちょっと規格外でもあるので、あれ自身を参考にすることは出来ない。

 だから、今まであいつから聞いた話を手がかりに、魔法使いについてちょっと考えてみたいと思う。


「魔法使いがやばいっていうのは、やっぱり火力だよな。1対多でも殲滅出来るくらいの力がある」

「見張りが気付いた時には、もう既に集落の外から撃たれてた。いつかサクヤが撃った『月焔龍咆哮ルナティックロア』みたいなヤツよ。それだけで集落は4分の1が消し飛んだ」


 オレの言葉の後に続けたのは、イオリだ。

 ただでさえ大きな胸を強調するように鳩尾の前で腕を組んでいるが、その表情は苦々しい。

 祠の中、ナチルの魔法で回復したディファイ達とオレとナチルは、額を寄せ合って長老救出計画を練っている。


「そう。遠距離から撃ってこれるのが魔法使いの恐るべきとこだ。でもあいつらだって神様じゃない。弱点がある」

「弱点!? あんなすげぇ攻撃に弱点なんかあるか?」


 ロクに考えもせずに言い返してきたのはアキラ。

 弱点がない、と思えてしまうのはサクヤを基準にしてるからだ。

 強大な魔力を己がものとするリドルの姫巫女。

 本当はそんなサクヤにさえ、色々とウィークポイントがある。

 なら、余計に。ただの人間の魔法使いなんて、幾らでも攻略法があるはずだ。


「あたし分かったわ。呪文を唱えるタイムラグがあるって言いたいんでしょ」


 さすがに自らも(治癒魔法とは言え)魔法を使うナチルは理解が早かった。

 そう。

 優れた癒やしの一族であるリドルですら、歌のような呪文を必要としている。

 つまり。


「ナチル正解。一発撃ったら次が来るまでは安全だ」

「なるほど、撃たせれば良いって言いたいのね」


 感心したように頷くイオリの動きに合わせて、胸部の柔らかいのがふるんふるんと震えた。

 思わずそこに視線を奪われていると、横からナチルが思い切りオレの脇腹をどつく。


「――っい!?」

「どこ見てんのよ。サクヤに言いつけるわよ」


 言いつけたけりゃ言いつけろよ――とは、口に出せなかった。

 とりあえず黙って痛みを堪えておく。


「……と、とにかく。魔法使いに魔法を撃たせるような囮を用意しろってことだよな」


 アキラが取り繕うようにぱたぱたと尻尾を振った。

 男同士、ついついそこに目がいっちゃう現象に同情してくれたのだろう。


「良いわ、あたしがやる。注意をひけば良いのよね?」

「そうだけど……どうするつもりだ、イオリ?」


 オレを見て、イオリがいたずらっぽく笑う。


「ディファイの剣を持って指揮官を狙いに行けば良いじゃない。流石に看過できないだろうし、全力で潰しに来るでしょ」

「剣!? 持ってって良いのか? そもそもあんたにも使えるの」

「長老みたいに剣の力を引き出せはしないけど、持ち運ぶ位は誰でも出来るもの。だから長老の横にいた仲間が、剣だけはって回収して帰ってきたんだから」


 守り手の長老でなくてもそれくらいは出来るってことか。

 感心するオレとは裏腹に慌てたようにアキラが両手を上げた。


「何言ってんだよイオリ、そんなことしたら狙われるだろ! 危ないことはおれに任せとけよ!」

「狙われに行くんでしょうが。それにアキラに任せられる訳ないじゃない、あたしの方が強いんだから」

「そうだそうだー」

「お前にイオリの代わりが出来る訳ないだろう」


 イオリの言葉に、周囲のディファイ族からも同意の声があがった。

 さっくりと斬り捨てられてアキラが肩を落とす。


「そ、それはそうだけど……」

「あんたはカイくんと一緒に行きなさい。あたしが引き付けてる間に魔法使いをサクっといっちゃってね」

「……分かった」


 渋々という体で頷くアキラを見て、ナチルが笑ってみせた。


「ただの役割分担でしょ。即死しない限りは、あたしがついてるんだから何とでもしてあげる。心配しないでがんがんいっちゃって!」

「ナチルちゃんが言うと説得力あるわねぇ」

「リドル族だもんな。頼んだぜ」


 ディファイ達に頭を撫でられてにこにこしてるナチル。

 小さな子が頑張ってる姿は微笑ましいってことだろう。

 ……だけど、あんたらさ。それ、あんたらより年上なんだぜ。


「……ま、良いか。とにかく、魔法使いさえ倒せばだいぶ戦いは楽になるはずだ。それから長老を助けに行こう。今、トラはどこに捕まってるか、誰か知ってるか?」


 イオリが胸元から、いつかサクヤがくれた地図を取り出してきた。

 その拍子に革鎧に押し上げられてる胸がぷるるんっと揺れて、やっぱりついついそこを見てしまう。

 ナチルの視線を意識して、今度はすぐに目を逸らしたけど。


「……変態」

「な、何がだよ! むしろこれは健全!」

「喧嘩してないで、地図を見てよ」


 オレ達の言い合いの理由が分からないイオリが、地図を指差した。


「この辺一帯に人間達は陣取ってる。長老はここ……指揮官の近く、まるであたし達をおびき寄せるように陣の奥に捕まってるの。魔法使いはこっちの方にいたはずだから――こうしましょう。あたしは魔法使いにちょっかいかけてる振りをしつつ、長老の方へ行くわ。魔法使い狙いは囮で、本当の狙いは長老と指揮官だって思わせるの。そうして人間達の意識があたしに集まった隙に、カイくん達は魔法使いの相手を」

「分かった。じゃあ後は……道中で怪我人を見付けたら祠に来るように伝えるから、ナチルはここで治癒魔法を使ってくれ」

「置いてくつもり?」


 不満げにナチルが呟いたけど。

 置いてくも何も、あんた連れてたら危なくてしょうがない。

 それに。


「適材適所、ヒトには向いた場所があんの。オレは前線、あんたは後方支援。みんなあんたの力に期待してる。あんたの力は前線で敵と刃交わしながら活かせるもんじゃない。だから……頼むから、あんたの力を最大限発揮してくれ」

「何よ……モノは言いようってヤツ? まあ今回は騙されてあげるけど……」


 頭を下げるオレに、ナチルが目を逸らしながら頷いた。

 割と真面目に話してるんだけど、そんなオレ達を見てイオリがくすくす笑う。


「カイくんたら、随分大人な考え方するようになったじゃない。サクヤに『離れるな』って言われてふててた頃とは大違い」

「――な!? それは……サクヤはオレが役に立たないから……」

「あら、自分のことはやっぱりまだ分かってないの?」


 意地悪そうにちょっと下から上目遣いで見上げてくるイオリ。

 そんな顔されても、オレには良く分からない。


「サクヤは心配で仕方ないだけよ。役に立つ立たないは関係ないの」

「でも心配されるってのは、そもそも……」

「強かろうが弱かろうが、大好きなヒトが危ないところにいると心配になるでしょ? カイくんはサクヤのこと、心配じゃなーい?」


 からかうような声を出されたけど。

 そりゃ、心配だけど。

 心配なのは、オレがあいつの弱点も良く知ってるからだと思う。

 絶対そう。そうに違いない。そう……だと思う。


 ……いや、百歩譲って、オレの側は認めても良い。

 割とオレ、あの人のこと好きだ。だから心配。

 そうじゃなきゃ、一生いっしょにいても良いなんて思わないだろ、普通。

 だけど、サクヤは。

 サクヤが本当に心配してるのは、きっと――


 オレの表情で大体理解したイオリが、残念そうに呟いた。


「なーんだ、別にあんまり進歩してないんだね。他人のことは良く分かるってことか……。ま、誰だってそうかもね。あたしだって自分のことなんか良く分かんないし……」


 くす、と笑って肩を竦めた彼女の後ろで、アキラがイオリの背中をじっと見つめていた。

 その視線の真剣さで、オレも……他人のことは良く分かるって本当かも知れない、とちょっと思った。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 最前線は敵と味方が入り混じり、酷い状況になっていた。

 数の少ないディファイが押されているのは事実だが、一人ひとりの力はディファイの方が圧倒している。

 それでも時折陣の奥から放たれる魔法に貫かれて、ディファイ達の骸も人間の兵士同様に増えていく。

 つまり、拮抗した戦力の為に、双方が徐々に消耗していく戦いだった。


 それでもディファイが退かないのは、彼らの視線の先に捕らわれた長老の姿があるからだ。


「……ひどいな……」


 思わず呻いたオレに、隣のアキラが無言で頷いた。

 心臓を長剣で串刺しにされ、板に磔にされたトラは余りにも痛々しい。

 その姿を見れば、消耗戦だと分かっていても、ディファイ達は突撃するしかないのだろう。


 ふと、最前線でナイフを振るうディファイ達の向こうに、見慣れた影を見付けた。


「あれは――サラ!」

「あ、やっぱり! あれがそうなのか」


 激しい剣戟の中、獣人ならではの耳の良さで、サラはオレの声を聞き取ってくれたらしい。

 こちらを振り向いて――あからさまに嫌な顔をした。


 ちょうど斬り掛かってきた人間の兵士の首元を一撃で切り裂いてから、サラがこちらに走ってくる。

 その表情が分かりやすく怒っていたので、珍しいこともあるものだと、近付いてくる様子をぼんやりと見ていたら。


「――このバカっ!」

「痛てっ!?」


 走ってきた勢いで殴られた。


「どうして来た!? ここは危ないから帰れってウサギに言ったのに!」

「聞いてないし、聞いてても知ったことか。危なくてもオレはあんたと――ディファイの力になりたいし、ナチルだってそう思ってるから来てんだよ!」


 多分ナチルがオレにサラの言葉を伝えなかったのは、そういうことなのだろう。

 サラの尻尾がぼっさぼっさになってるのは、よっぽど怒ってるらしいけど。

 知るもんか。

 オレのことはオレが決める。

 いつどこで何に命を賭けるかは。


「丁度良い、これからイオリがあいつらを引き付けるから……オレとあんたとこのアキラで、あの奥の魔法使いを殺るぞ!」


 サラはイライラと何かを叫ぼうとしたが――その直前に。


「――さあ、あんたらの欲しがってる剣はここよ!」


 イオリの声が、高々と響いた。

 戦っていた人間もディファイも一斉にそちらを見る。


「――イオリだ……!」

「あれが! あれが目的の剣だぞ!」

「あれを狙え! あのディファイの女を――」

「イオリ! 無事だったのか!」


 入り乱れる声の向こう。

 半透明の短い刀身を掲げたイオリが、皮肉に笑う。


「さあ、行くわよ! あたし達の長老を返してもらうわ!」


 その声を聞いたディファイ達が各々閧の声を上げる。


「始まった――行くぞ、サラ!」


 サラは一度だけ忌々しげに尻尾を大きく振ると、ひっそりと駆け出したオレ達に合わせて走り始めた。

2016/02/05 初回投稿

2016/02/05 誤字修正

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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