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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
128/184

18 不在

【前回までのあらすじ】オレとサラとナチルによる、人間+獣人✕2の旅路。どうも相性の悪い組み合わせなんだけど、このメンバーしかいないんだから仕方ない。サラの故郷のディファイの集落を目指す旅路の途中で、少し休憩を取ったんだけど……。

「ちょっと、いつまで寝てるの!」


 乱暴に小突かれて、仕方なく眼を開けた。

 もうちょっと丁寧に起こして欲しいと言おうと口を開いて――目の前に見えたナチルの表情でそんな言葉は即座に消えた。


 ナチルは。

 泣きそうな顔をしてた。


「な……っ、ど……どうしたんだよ?」

「カイのバカ! 早く起きなさいよ! あたしどうすれば良いのよ!?」

「どうすればって……?」


 ナチルはオレの手をぐいぐい引っ張って起こすと、空中に向けて指を差す。

 日の差し始めた木々の向こう。


「見なさいよ!」

「え?」


 指さす先をしばらく彷徨ったオレの視線は――立ち昇る幾筋もの煙を見付けた。

 その方向にあるのは、ディファイの集落のはず。


「――サラは!?」

「とっくに行っちゃったわよ! あなたがいつまでも寝てるから……!」


 言われて、眠る前にしっかりとサラに結んだはずの手首の縄を引っ張る。

 何の抵抗もなくするすると辿る縄の先には、何もなかった。

 起きたサラがさっさと解いていってしまったらしい。その動きにオレが間抜けにも気付かなかったのだろう。


「ねぇ、どうしよう、あたしたちどうすれば良いの?」

「どうって……そりゃ、サラを追い掛けようぜ」


 オレは慌てて寝袋を畳み、荷物にしまった。

 足元に注意しながら、煙の方角を目指して駆け出そうと――


「あ」

「な、なに? なによ? やっぱりあたし何かした方が良い? 眠らなくて良い魔法かける?」

「その魔法は永久封印してくれ。いや、そうじゃなくって、あんた危ない」


 駆け出しかけた姿勢のまま、オレは一旦立ち止まって、この運動音痴ウサギをどうしようかと考える。

 本人に悪気はないが、急いでいるときには足手まといでしかない。

 危険な場所に連れて行くのも不安があるが……現状、治癒魔法を使えるのがこいつだけなのだから、連れて行きたいのも事実。


「……しゃーない。背中に乗れ」

「背中!? や、やーよ! 変態の背中なんか――」

「言ってる場合か! 早くしろ!」


 今までの意味のないイライラとは違う焦りで声を荒げると、ナチルは少し眉を寄せてから、諦めたように息を吐いた。


「……! いいわよ! 乗れば良いんでしょ、乗れば!」

「そうそう、早く――ぐぇ!?」


 蹴りを入れたんじゃないか、位の勢いで背中に飛び乗ったナチルが、オレの髪の毛を両手で掴んで叫ぶ。


「さぁ! 走りなさい!」

「ちょ……オレは馬じゃねぇ!」

「あなたが乗れって言ったんでしょ!」


 言い合う時間も煩わしい。

 オレは荷物も拾って背中に乗せ、全力で駆け出した。


「っきゃ……!」

「落ちんなよ!」


 周囲も明るくなり目印も出来た今、目指す方向ははっきりしている。

 集落の周辺にかけられている罠も、睡眠をとって回復したオレには綺麗に見通せる。

 張られたロープ、落とし穴。

 そういうものに気を付けて走りながら、気付いた。


 ヒトの……大勢のヒトの気配がする。

 多分これは――


「――ねぇ、血の匂いよ……」


 背中のナチルが囁く。

 柄にもなく声が震えているのは、怯えているのだろうか。


 連絡が取れないことで、ある程度覚悟はしていた。

 ヒデトが集落に向かったことも、先行した軍があることも聞いていた。

 それでも。予測していた中でも、かなり悪い方の。


 集落の側まで来たところで、前方に人影を見付けたオレは立ち止まる。

 そこにいるのは、人間の兵士達に囲まれた、ディファイの男――


「――アキラ!」

「……っ? カイ!?」

「あぁ!? ちょ……きゃあ!」


 背中からナチルと荷物を振り落として、剣を抜きながら駆け寄った。

 3対1で良くここまで善戦したと、泥まみれのアキラに声をかける間もない。

 対峙している兵士の1人を問答無用で斬り捨て、次のターゲットに斬りかかる。


 オレの剣を受け止めた兵士が、「はぁ?」と間抜けた声をあげた。


「てめぇ、人間の癖に何を――」


 もうオレには、種族なんて関係ない。

 兵士の剣を弾く力にその答えの分を込めて、無言のままに斬り捨てた。


「カイ……助かった」


 自分も1人片付けたアキラが、肩で息をつきながらこちらに寄ってくる。

 感謝の言葉を述べながらも表情が暗い。

 その表情で、現状にプラスの要素がないことを理解した。


「蔵の国のヤツら……魔法使いを持ち出してきた。集落はもうダメだ。仲間も何人も殺られて……おれ、どうすれば……」


 魔法使い。

 前回はこちら側にサクヤがいた。

 数で負けていてすら、押し返せるその力を実感した。

 それが。


 アキラの抱える絶望に巻き込まれそうになりながらも、オレは拳に力を入れてその胸をどついた。

 2人いて、2人ともが諦めてしまったら、もうどうしようもない。


「落ち着け。とにかく……皆どこにいるんだ? トラは?」


 アキラの黒い耳がへたりと倒れて、掠れた声だけが答えた。


「……本隊は人間と交戦中だ。怪我人や戦えないヤツはみんな、祠で剣を守ってる。イオリもそこに……。だけど長老は……人間達に捕まって……」


 アキラの絶望の理由が、今はっきりと分かった。

 一族の先導者。

 剣を掲げて先陣を切るトラの不在が、不安を煽って仕方ないのだ。

 だけど。


 元々そんな存在を抱えてないオレには何の影響もない。

 いないなら、いないなりに次の手を打つしかない。

 具体的に言えば。


「よし。祠へ行こう。怪我人に治癒魔法かけて、ついでに長老救出作戦を練るぞ」

「――っ!? お前は簡単に言うけどなぁ!」

「うっせーバカ! うじうじしてんじゃない! あんたの良いとこは脳天気で考えなしなとこだろうが! それが凹んだら良いとこなしだぞ!」

「てっめぇ!」


 アキラが尻尾を立てて、ぼわぼわに膨らませた。


「言ったな、こら! 誰が脳天気で考えなしで軽率で短絡的だ!」

「誰って……あなた達2人に決まってるでしょ」

「このぉ! それを言うならお前はなぁ――お前は――あれ? ……この子、誰?」


 荷物を引き摺りながら近付いてきたナチルが、呆れた顔でオレ達を見ている。


「あたしが誰だって別に良いでしょ。大事なのはあたしに何が出来るか。さあ、その祠とやらに案内して。怪我人くらいどうとでもしてあげるわ!」


 ナチルの姿を上から下までじろじろと、アキラの視線が何度も往復する。最終的に、ナチルの頭についた長い耳に、アキラは眼を止めた。


「……まさか、これ……リドル族!?」

「これとは何よ!」


 したーん、と足を踏み鳴らしたナチルと荷物を、オレはもう一度抱え上げる。


「リドル族なら何が出来るかは分かるだろ? 行こうぜ」

「ああ……! 頼む、イオリを! イオリを助けてくれ! あの怪我でも治癒魔法さえあれば、きっと――」


 どうやらイオリの怪我は結構な状態らしい。

 頷いたオレとナチルを導くように、アキラが先を走り出した。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 高く低く、祠に満ちるナチルの歌声を、その場にいたディファイ達はきっと心強く聞いているに違いない。

 怪我を負ったもの、幼い子ども、年老いたもの。

 祠に避難した彼らの中心で、ナチルは治癒魔法いやしのうたを歌っている。


 オレはイオリの傍に片膝を突き、その腹部の酷い怪我を見ていた。

 普通だったら致命傷かもしれないけど、ナチルの振りまくぼんやりとした光は、そんなイオリの怪我すら見る間に癒やしていく。

 ゆっくりと開かれたイオリの黒い瞳が、徐々に焦点を結んで、オレを見た。


「……カイくん。来ちゃったんだ……」

「来るよ。約束しただろ」

「うん……ごめんね、負け戦に巻き込んで……」


 諦めきったその声に、オレは盛大に舌打ちを返す。


「バカ、誰が負けるつもりで来るかよ。サクヤだってもうすぐ合流する。そうすれば押し返せるさ」

「……でも……」


 やはり長老の不在は、この一族の心に大きな影を落としているらしい。

 歌っていたナチルが、ぴたり、と声を止めた。

 止まったことで初めてイオリはその存在に気付いたようだ。イオリの視線が正面のオレから、皆の中心に立っているナチルに移る。


「……カイくん、あの子は……?」

「何よ! ぐじぐじぐじぐじして鬱陶しい、これだからネコは普段偉そうな癖に逆境に弱いって言うのよ! しゃきっとして、しゃきっと! ちょっとはあたし達を見習いなさい! もしリドル族が姫巫女を奪われたら、考える間もなく突撃するはずよ!」


 したーん、と足を踏み鳴らして、腰に両手を当てた。

 その姿に、周囲のディファイ達は皆、唖然としている。

 本当は全然威張れる内容じゃないんだけど……リドル族、すげぇ弱いし。


 でも多分。

 ナチルのその言葉は事実だろう。

 昨今になってようやく分かってきたけど、意外にも気が短いのがリドル族のメンタリティ。サクヤのアレは本人の資質もあるだろうが、どうやら一族の傾向でもあるらしい。


「うふ……ウサギの子に言われるなんて……」

「そうだよ、イオリ。おれ達、まだ負けたわけじゃないんだ。諦めないで戦わなきゃ……長老はきっと待ってる」


 傍に跪いたアキラが、苦笑するイオリの手を取った。

 こくり、と頷いたイオリが身体を震わせながら立ち上がる。


「うふふふ、そうね……いいわ。正面切って突っ込むのはディファイのやり方じゃないんだから。見せてあげようじゃない。愚かな人間どもに、ディファイの力を」


 イオリの背中で黒い尻尾が左右に揺れた。

 ぶんぶんと触れるそのリズムに弾かれるように、怪我を負って項垂れていた周囲の一族からも声が上がる。


「そうだ……やろう! 長老を助けるんだ」

「あたしも! あたしもやる!」

「ディファイの隠密、とくと味わわせてやろう!」


 ふんっ、と鼻息を吐き出したナチルが、満足げにそれを見回して再び歌い始めた。

 立ち上がったイオリとナチルの歌に励まされて、剣の祠は闘争心に燃えるディファイ達の熱気に満ちていく。


 盛り返し始めた雰囲気に、オレは少しだけ安心した。

 だから。

 これでようやく気になってたことを聞くことが出来る。


「長老救出計画を立てる前に、誰か知ってる人がいたら教えて欲しいんだけど……先にこっちに来てるはずのディファイの娘を知らないか? サラって言ってオレと同じくらいの年なんだけど、どうも見た目より幼く見える……」

「サラ――サラが来てるの?」


 イオリがオレの言葉を奪って叫ぶ。

 「サラ」の名前に反応したディファイが、他にも数人。


「見てないぞ……こっちには来てない。大体、何があってもあの子は集落には入らないだろう……」


 きっとサラを知っているディファイ達は、事情も知っているのだろう。

 彼女の罪。追放の経緯。

 お互いに視線を交わして確認し合うディファイ達の中で、アキラがふと声を上げた。


「……あ! もしかして、本隊の付近で見たアレ……」

「見かけたのか!?」

「おれの知らないディファイの子が1人、ものすごい勢いで走ってったのを見たんだ。おれ、すぐに取り囲まれていつの間にか本隊から離れちゃったんだけど……あのまま戦ってるなら、本隊近くにいるんじゃないか?」

「本隊の傍なら、長老もすぐ近くに捕まってるはずだわ」


 イオリの言葉で、オレは理解した。

 きっとサラは途中でその情報を掴んで、トラを助けに行ったんだ。

 ディファイ達の長老で、精神的な支柱。

 自らの兄でもある彼を――。

2016/02/02 初回投稿

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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