18 不在
【前回までのあらすじ】オレとサラとナチルによる、人間+獣人✕2の旅路。どうも相性の悪い組み合わせなんだけど、このメンバーしかいないんだから仕方ない。サラの故郷のディファイの集落を目指す旅路の途中で、少し休憩を取ったんだけど……。
「ちょっと、いつまで寝てるの!」
乱暴に小突かれて、仕方なく眼を開けた。
もうちょっと丁寧に起こして欲しいと言おうと口を開いて――目の前に見えたナチルの表情でそんな言葉は即座に消えた。
ナチルは。
泣きそうな顔をしてた。
「な……っ、ど……どうしたんだよ?」
「カイのバカ! 早く起きなさいよ! あたしどうすれば良いのよ!?」
「どうすればって……?」
ナチルはオレの手をぐいぐい引っ張って起こすと、空中に向けて指を差す。
日の差し始めた木々の向こう。
「見なさいよ!」
「え?」
指さす先をしばらく彷徨ったオレの視線は――立ち昇る幾筋もの煙を見付けた。
その方向にあるのは、ディファイの集落のはず。
「――サラは!?」
「とっくに行っちゃったわよ! あなたがいつまでも寝てるから……!」
言われて、眠る前にしっかりとサラに結んだはずの手首の縄を引っ張る。
何の抵抗もなくするすると辿る縄の先には、何もなかった。
起きたサラがさっさと解いていってしまったらしい。その動きにオレが間抜けにも気付かなかったのだろう。
「ねぇ、どうしよう、あたしたちどうすれば良いの?」
「どうって……そりゃ、サラを追い掛けようぜ」
オレは慌てて寝袋を畳み、荷物にしまった。
足元に注意しながら、煙の方角を目指して駆け出そうと――
「あ」
「な、なに? なによ? やっぱりあたし何かした方が良い? 眠らなくて良い魔法かける?」
「その魔法は永久封印してくれ。いや、そうじゃなくって、あんた危ない」
駆け出しかけた姿勢のまま、オレは一旦立ち止まって、この運動音痴ウサギをどうしようかと考える。
本人に悪気はないが、急いでいるときには足手まといでしかない。
危険な場所に連れて行くのも不安があるが……現状、治癒魔法を使えるのがこいつだけなのだから、連れて行きたいのも事実。
「……しゃーない。背中に乗れ」
「背中!? や、やーよ! 変態の背中なんか――」
「言ってる場合か! 早くしろ!」
今までの意味のないイライラとは違う焦りで声を荒げると、ナチルは少し眉を寄せてから、諦めたように息を吐いた。
「……! いいわよ! 乗れば良いんでしょ、乗れば!」
「そうそう、早く――ぐぇ!?」
蹴りを入れたんじゃないか、位の勢いで背中に飛び乗ったナチルが、オレの髪の毛を両手で掴んで叫ぶ。
「さぁ! 走りなさい!」
「ちょ……オレは馬じゃねぇ!」
「あなたが乗れって言ったんでしょ!」
言い合う時間も煩わしい。
オレは荷物も拾って背中に乗せ、全力で駆け出した。
「っきゃ……!」
「落ちんなよ!」
周囲も明るくなり目印も出来た今、目指す方向ははっきりしている。
集落の周辺にかけられている罠も、睡眠をとって回復したオレには綺麗に見通せる。
張られたロープ、落とし穴。
そういうものに気を付けて走りながら、気付いた。
ヒトの……大勢のヒトの気配がする。
多分これは――
「――ねぇ、血の匂いよ……」
背中のナチルが囁く。
柄にもなく声が震えているのは、怯えているのだろうか。
連絡が取れないことで、ある程度覚悟はしていた。
ヒデトが集落に向かったことも、先行した軍があることも聞いていた。
それでも。予測していた中でも、かなり悪い方の。
集落の側まで来たところで、前方に人影を見付けたオレは立ち止まる。
そこにいるのは、人間の兵士達に囲まれた、ディファイの男――
「――アキラ!」
「……っ? カイ!?」
「あぁ!? ちょ……きゃあ!」
背中からナチルと荷物を振り落として、剣を抜きながら駆け寄った。
3対1で良くここまで善戦したと、泥まみれのアキラに声をかける間もない。
対峙している兵士の1人を問答無用で斬り捨て、次のターゲットに斬りかかる。
オレの剣を受け止めた兵士が、「はぁ?」と間抜けた声をあげた。
「てめぇ、人間の癖に何を――」
もうオレには、種族なんて関係ない。
兵士の剣を弾く力にその答えの分を込めて、無言のままに斬り捨てた。
「カイ……助かった」
自分も1人片付けたアキラが、肩で息をつきながらこちらに寄ってくる。
感謝の言葉を述べながらも表情が暗い。
その表情で、現状にプラスの要素がないことを理解した。
「蔵の国のヤツら……魔法使いを持ち出してきた。集落はもうダメだ。仲間も何人も殺られて……おれ、どうすれば……」
魔法使い。
前回はこちら側にサクヤがいた。
数で負けていてすら、押し返せるその力を実感した。
それが。
アキラの抱える絶望に巻き込まれそうになりながらも、オレは拳に力を入れてその胸をどついた。
2人いて、2人ともが諦めてしまったら、もうどうしようもない。
「落ち着け。とにかく……皆どこにいるんだ? トラは?」
アキラの黒い耳がへたりと倒れて、掠れた声だけが答えた。
「……本隊は人間と交戦中だ。怪我人や戦えないヤツはみんな、祠で剣を守ってる。イオリもそこに……。だけど長老は……人間達に捕まって……」
アキラの絶望の理由が、今はっきりと分かった。
一族の先導者。
剣を掲げて先陣を切るトラの不在が、不安を煽って仕方ないのだ。
だけど。
元々そんな存在を抱えてないオレには何の影響もない。
いないなら、いないなりに次の手を打つしかない。
具体的に言えば。
「よし。祠へ行こう。怪我人に治癒魔法かけて、ついでに長老救出作戦を練るぞ」
「――っ!? お前は簡単に言うけどなぁ!」
「うっせーバカ! うじうじしてんじゃない! あんたの良いとこは脳天気で考えなしなとこだろうが! それが凹んだら良いとこなしだぞ!」
「てっめぇ!」
アキラが尻尾を立てて、ぼわぼわに膨らませた。
「言ったな、こら! 誰が脳天気で考えなしで軽率で短絡的だ!」
「誰って……あなた達2人に決まってるでしょ」
「このぉ! それを言うならお前はなぁ――お前は――あれ? ……この子、誰?」
荷物を引き摺りながら近付いてきたナチルが、呆れた顔でオレ達を見ている。
「あたしが誰だって別に良いでしょ。大事なのはあたしに何が出来るか。さあ、その祠とやらに案内して。怪我人くらいどうとでもしてあげるわ!」
ナチルの姿を上から下までじろじろと、アキラの視線が何度も往復する。最終的に、ナチルの頭についた長い耳に、アキラは眼を止めた。
「……まさか、これ……リドル族!?」
「これとは何よ!」
したーん、と足を踏み鳴らしたナチルと荷物を、オレはもう一度抱え上げる。
「リドル族なら何が出来るかは分かるだろ? 行こうぜ」
「ああ……! 頼む、イオリを! イオリを助けてくれ! あの怪我でも治癒魔法さえあれば、きっと――」
どうやらイオリの怪我は結構な状態らしい。
頷いたオレとナチルを導くように、アキラが先を走り出した。
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高く低く、祠に満ちるナチルの歌声を、その場にいたディファイ達はきっと心強く聞いているに違いない。
怪我を負ったもの、幼い子ども、年老いたもの。
祠に避難した彼らの中心で、ナチルは治癒魔法を歌っている。
オレはイオリの傍に片膝を突き、その腹部の酷い怪我を見ていた。
普通だったら致命傷かもしれないけど、ナチルの振りまくぼんやりとした光は、そんなイオリの怪我すら見る間に癒やしていく。
ゆっくりと開かれたイオリの黒い瞳が、徐々に焦点を結んで、オレを見た。
「……カイくん。来ちゃったんだ……」
「来るよ。約束しただろ」
「うん……ごめんね、負け戦に巻き込んで……」
諦めきったその声に、オレは盛大に舌打ちを返す。
「バカ、誰が負けるつもりで来るかよ。サクヤだってもうすぐ合流する。そうすれば押し返せるさ」
「……でも……」
やはり長老の不在は、この一族の心に大きな影を落としているらしい。
歌っていたナチルが、ぴたり、と声を止めた。
止まったことで初めてイオリはその存在に気付いたようだ。イオリの視線が正面のオレから、皆の中心に立っているナチルに移る。
「……カイくん、あの子は……?」
「何よ! ぐじぐじぐじぐじして鬱陶しい、これだからネコは普段偉そうな癖に逆境に弱いって言うのよ! しゃきっとして、しゃきっと! ちょっとはあたし達を見習いなさい! もしリドル族が姫巫女を奪われたら、考える間もなく突撃するはずよ!」
したーん、と足を踏み鳴らして、腰に両手を当てた。
その姿に、周囲のディファイ達は皆、唖然としている。
本当は全然威張れる内容じゃないんだけど……リドル族、すげぇ弱いし。
でも多分。
ナチルのその言葉は事実だろう。
昨今になってようやく分かってきたけど、意外にも気が短いのがリドル族のメンタリティ。サクヤのアレは本人の資質もあるだろうが、どうやら一族の傾向でもあるらしい。
「うふ……ウサギの子に言われるなんて……」
「そうだよ、イオリ。おれ達、まだ負けたわけじゃないんだ。諦めないで戦わなきゃ……長老はきっと待ってる」
傍に跪いたアキラが、苦笑するイオリの手を取った。
こくり、と頷いたイオリが身体を震わせながら立ち上がる。
「うふふふ、そうね……いいわ。正面切って突っ込むのはディファイのやり方じゃないんだから。見せてあげようじゃない。愚かな人間どもに、ディファイの力を」
イオリの背中で黒い尻尾が左右に揺れた。
ぶんぶんと触れるそのリズムに弾かれるように、怪我を負って項垂れていた周囲の一族からも声が上がる。
「そうだ……やろう! 長老を助けるんだ」
「あたしも! あたしもやる!」
「ディファイの隠密、とくと味わわせてやろう!」
ふんっ、と鼻息を吐き出したナチルが、満足げにそれを見回して再び歌い始めた。
立ち上がったイオリとナチルの歌に励まされて、剣の祠は闘争心に燃えるディファイ達の熱気に満ちていく。
盛り返し始めた雰囲気に、オレは少しだけ安心した。
だから。
これでようやく気になってたことを聞くことが出来る。
「長老救出計画を立てる前に、誰か知ってる人がいたら教えて欲しいんだけど……先にこっちに来てるはずのディファイの娘を知らないか? サラって言ってオレと同じくらいの年なんだけど、どうも見た目より幼く見える……」
「サラ――サラが来てるの?」
イオリがオレの言葉を奪って叫ぶ。
「サラ」の名前に反応したディファイが、他にも数人。
「見てないぞ……こっちには来てない。大体、何があってもあの子は集落には入らないだろう……」
きっとサラを知っているディファイ達は、事情も知っているのだろう。
彼女の罪。追放の経緯。
お互いに視線を交わして確認し合うディファイ達の中で、アキラがふと声を上げた。
「……あ! もしかして、本隊の付近で見たアレ……」
「見かけたのか!?」
「おれの知らないディファイの子が1人、ものすごい勢いで走ってったのを見たんだ。おれ、すぐに取り囲まれていつの間にか本隊から離れちゃったんだけど……あのまま戦ってるなら、本隊近くにいるんじゃないか?」
「本隊の傍なら、長老もすぐ近くに捕まってるはずだわ」
イオリの言葉で、オレは理解した。
きっとサラは途中でその情報を掴んで、トラを助けに行ったんだ。
ディファイ達の長老で、精神的な支柱。
自らの兄でもある彼を――。
2016/02/02 初回投稿
2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更