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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
127/184

interlude19

(――ノイズ音)

(――ノイズ音)


(あれ、おかしい)

(チャンネルが選べない)

(何か、いつもと違って……)


(――ノイズ音)

(――ノイズ音)



――強制接続――



(――ノイズ音)


 殺気を感じた。

 振り向きざまに斬り付けてくる刃を、避けようもなく右腕で受けた。


(――っ痛!?)

(右手……!)


 ずぷり、と刃が沈む感触の直後に、剣を握ったままの己の腕が跳ね跳んでいく影が見えた。

 痛みを興奮で捻じ抑えて、私は吠える。


「――カエデ!」


(あれ? 今、オレ)

(誰の眼で見てる?)

(これはーー)


 気を失わせたからと、油断し過ぎたのがいけなかった。

 まさかこんなに早く意識を取り戻すとは。

 カイ達が去った後で良かった。


 飛び退りながら、右腕の止血を行う。

 今すぐカイの後を追えば右腕の蘇生も間に合うのかも知れないが……カエデをこの場に留める方が優先だ。

 己が身より群れ(チーム)の有利を取る。

 それが、狼の戦い方だ。


(――キリ!)

(キリだ! じゃあやっぱりあの腕……!)


「頼む、カエデ! 私が憎いなら殺しても良い! だが、何故こうなったのか教えてくれ! 君からのペーパーバードなんて、私の手元には……?」


 思わず語りかけてから、目の前の水色の瞳が閉じたままであることに気付いた。

 おかしい。

 何も見えぬはずのカエデが、ぶん、と剣を振る。

 彼女とは今までに何度か斬り結んだが、常とは違う単調な剣捌きにも違和感を覚えた。


「カエデ!? どういうことだ、これは……」

「あ、無理無理。そいつ気絶してるから、聞こえてねぇよ」


 ちょうどカイが開け放していった倉庫の入り口から、男の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声に、認識よりも先に自分の喉が唸り声を上げる。


「……おー、怖い怖い」


(あんた!)

(ヒデト……やっぱりあんたの仕業か!)


 嘲るような声を上げて、男が姿を見せた。

 高位の人間の着る服を纏ったその男の姿には見覚えはなかったが――雰囲気で、敵だと察した。


 私が倒すべきはこの男だと、本能が叫ぶ。


 問答無用で駆け寄ろうとしたところへ、カエデが横から身体を当ててくる。

 隙を突かれて後方へ吹っ飛んだ私の上に、追ってきたカエデが剣を掲げた。


「はい、捕獲。よくやったな、カエデちゃん」


 ぱちぱちと気取った拍手をしながら近付いてきた男が、カエデの剣に動きを阻まれた私の首に、かつてと同じ奴隷の首輪をまきつけた。

 この首輪がある限り、私の生殺与奪はこの男に握られることになるのだと、前回捕らえられた時に太った奴隷商人が言っていたのを覚えている。


(そんな……)

(それがあるから獣人達は)

(奴隷として言うこと聞いてるのか)


 首輪がカチリと嵌ったのを満足げに見下ろし、男が笑ってカエデの肩に手を置く。


「お疲れさん、寝てていいぜ」


 その言葉に従うように、どさり、とカエデの身体が床に崩折れた。


「――カエデ!」


 慌てて駆け寄り抱き上げたが、息はしている。

 気絶しているだけのようだ。


「なに慌ててるんだ? お前が気絶させたんだろ? コントロール切ったから元に戻っただけだ」

「……きさま、仙桃の国で会った、ヒデトという男か」

「以前はカナイ、今はナオフミ、まあ……中見はヒデトで良いだろう。まさかカエデに仲間をおびき寄せるなんてことが出来るとは思わなかった。知ってりゃもっと早くやらせたのに。しかも一度は捕えたのに、金にするために売っぱらっちまうとは。無知とは恐ろしいぜ」


(そう言えば仙桃の国でずっと)

(資金不足だって言ってたよな、カエデ)

(キリを森から誘い出したのは)

(ヒデトの指示じゃなかったのか……)


 腕の中のカエデの身体をきつく抱いて、私は再び唸り声を上げる。

 気を抜くと巻き込みそうになる尻尾を高く掲げた。


「カエデに何をした。彼女は私達に裏切られたと言っていた。ペーパーバードを送ったと……彼女を拐ったところから、全て貴様の差金か!?」


 ヒデトは私から目をそらして、黙って手を振る。倉庫の入り口から何人かの人間が入ってきた。慣れた手つきで死体を担ぎ、血塗れた床を拭いている。

 その様子をつまらなそうに見ながら、私の腕の中のカエデを指差した。


「ただのお試しのつもりだったんだけどよ。それ」


 その軽い言葉に、弾けそうになる憎しみを――ぎりぎりで抑えた。


「グラプルの森で俺がどこまで気付かれずに動けるか、試すためにそいつ掴まえたんだ。思いついたのは、その後だ」

「思いついた……」


 男は腕を組みながら、笑う。


「そいつ、自分の駒としても使えるんじゃないかって」

「何を……!」


 思わずカエデの顔を見たが、今までと変わらず苦しげに眼を閉じているだけだ。

 その表情にこれまで彼女の越えてきた苦痛を見た気がして、頼りない片腕ではあるが、強く抱き寄せた。


「俺が操るには条件があってな。1つ、『守り手』の加護を受けてないこと。2つ、精神的に隙があること」

「『守り手』の加護……隙だと?」

「その両方をいっぺんに満たすために信じさせたんだよ、そいつに。お前は見捨てられたって」


 そのために。


(そんなことのために……!)


 カエデはこうも傷付き、耳も尻尾も失ったというのか。


「尻尾ちょん切ったのは森の中だ。連れて帰ってから耳を切って牙を抜いて、お前はもうグラプルじゃないと言い聞かせた。ペーパーバードもわざわざ用意してやってさ。1枚も返って来なかった時のこいつの顔、面白かったぜ。グロウス族は魔力を燃やす。ツバサが燃やしてんだから、返ってこないに決まってんのにな」

「……きさま――!」


 もう許せない。

 怒りに我を忘れて、飛びかかろうとした瞬間に。

 真下から、カエデの腕が私の首に巻き付いた。


「――くっ……?」


 ぎりぎりと締め付けられて、呼吸が詰まる。


(カエデ!)

(また操られてる!?)


「……か、エデ……」

「油断大敵。もうそいつは俺の意のままさ。どうもお前は女王に近い存在らしいな。次のグラプル攻めでは役に立ってもらうぜ」


 徐々に暗くなる視界の中。

 瞳を閉じたまま、私の首を絞めるカエデの頬を。

 一筋の涙がつたったのを、見たような――



(――ノイズ音)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(――ノイズ音)



(……どういうことだよ)

(いつもだったら、サクヤのところにしか)

(あいつのことしか見えなかったのに)

(今日は……)

【それだけ、力が使えるようになったってこと】

【心を開いたヤツが増えてるってことでもある】



(――ノイズ音)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(――ノイズ音)



 歩く。歩く。歩く。

 ほめられて。

 うれしくて。


(……なに? 今度は誰だ?)

(視点が低い……子ども?)


 歩く。おうちをめざして。

 サラだけのないしょ。

 お姉さんにごはんを持っていったこと。

 けがの手当をしてあげたこと。


(これ――サラ?)


 歩く。歩く。歩く。

 しっぽをゆらして。

 今日はごきげん。

 おうちにかえる。


 お姉さんにほめられた。

 やさしいねって。

 きれいなけなみって。


 ニンゲンはわるいヒトだって言うけど。

 あの人はお母さんみたいだった。

 けがをして困ってた。

 だから。

 ごはんと、手当を。


(じゃあ、これは……まさか)

(掟破りの時の……)


 歩く。歩く。

 おうちにかえる。

 ほら。

 集落はもうすぐそこ。


「サラ! おかえり」


 向こうから手をふるのは、トラ。

 親友のユズルといっしょに立って。

 サラを見てわらう。


 そっちへ向かって。

 歩く。

 サラの。

 うしろから。

 のびた手が。


「――きゃあ!?」

「小娘、良く案内したな。ここが集落か」


 サラをつかまえた手は、ほっそりして。

 お姉さんの手なのに。

 なぜか、男の声がとおくからきこえる。


(この声……)

(ヒデト……!)


 まき付いたうで。

 首に、ナイフをつきつけられた。


 こわくなって。

 足をばたばたと。


「動くなよ、刺さるぞ。お前の役目はもうちょっとあるから、それまで殺したくないんだよ」


 かわらず、とおくからきこえる男の声。

 お姉さんの手が、ナイフを。

 首が、ちりっといたんで。


「そこのガキンちょ2人! 長老呼んでこい! こいつが人質になってるってな!」


 トラとユズルが。

 あわてたように顔を見合わせて。

 サラを見てうなずいた。


 ばたばたと走っていくのが。

 サラを助けようとしてるって分かってても。

 とてもさみしい。


「いやだ! 行かないで! 助けて!」


 ユズルが一度だけこちらをふり返って。

 ユズルの目が「大丈夫」って言ったように。

 すぐにかけ去って行った。


 そのせなかがおうちの向こうへ。

 走っていくのを見ていたら。

 ぐい、と引っ張られた。


「さて、後は待つだけだ。大人しくしてろよ」

「……あなたは、だれなの?」


 お姉さんの顔をしてるのに。

 お姉さんじゃない。


 どこかとおくから聞こえてくる声と。

 らんぼうな手つき。

 ぼんやりしたひとみ。


(どこか虚ろな)

(焦点が合ってない……)

(乗っ取られてるんじゃなくて)

(カエデと同じ……操られてる?)


「この身体は公爵夫人だな。操ってる俺は別だが」

「あやつってるの?」

「そうさ。人間を操るのはそう難しくない。ちょっと絶望させてやれば良い」

「ぜつぼう?」

「人間はすぐ絶望する。何でも良い。例えば財産の喪失、配偶者の不貞、子どもの死、配偶者の死……そこに憎しみや欲望が混ざれば最高に操りやすくなる」


 楽しそうな声。

 お姉さんの手がふるえる。

 あやられてるお姉さんにも何か。

 ぜつぼうがあったんだろうか。


「サラ! サラを離せ!」


 向こうから長老とトラが。

 走ってくる。


「お前が今代の長老か。この娘の生命が惜しければ、剣を渡せ」


 長老のめがサラを見て。

 そのかおだけで。

 長老はサラじゃなくて。

 剣をえらぶことが分かった。


 長老は何も言わずに。

 でもサラには分かってる。

 長老の言いたいこと。

 いのちかけても、剣をまもれと。


(……サラ……)


 そのことでサラは。

 少しさみしくて、どうなるか不安で。

 でも。

 ディファイの子らしく、ほこりたかく。


「お姉さん、ごめんね」


 助けてあげられなくて、ごめん。


 あたったナイフに向けて。

 自分から、首を押し当てようとした。


「――待って! 違うの!」


 サラを止めたのは高い声。

 ナイフがとおざけられた。

 お姉さんの手で。


(公爵夫人!?)

(正気に戻ったのか?)

(あいつの『精神支配』)

(切っ掛けがあれば抜けることも出来る……?)


 お姉さんはナイフをもった右手で。

 自分のあたまをおさえている。


「ダメよ、違うわ! 私がしたかったのはこんなことじゃない! 私はただ夫に私の方を見て欲しかっただけなのに……何故こんなことをしているの!?」

「……お姉さん……?」


 ナイフをにぎったまま。

 サラの手をつかんだまま。

 お姉さんが首をふっている。


「……ちっ。これだから根性無しは。てめぇの夫は今頃、てめぇの娘とよろしくやってんだろ? 自分でそう言っただろう? だから家を出てきたんだろ? もう自分なんてどうなっても良いんだろう?」


 男の声が。

 ぼそぼそと。

 ささやく。


 だけど。


「違うわ! 違うの……!」


 あたまをふりつづけるお姉さんを。

 サラはひっしでおうえんした。


「お姉さん、しょうきにもどって! あの声の言うこときいちゃダメ!」

「私……私は……!」

「――お前は旦那と娘に裏切られた女だって言ったじゃねぇか。決定的な瞬間を見たんだって?」


 なのに。

 その声で。

 お姉さんはていこうをやめた。


(……それが)

(あんたのやり口かよ、ヒデト)

(ヒトの心を抉って弄る……)


(大体あんたのそれは、本当なのか?)

(公爵夫人の勘違いを、ただ力任せに)

(助長しただけじゃないのか!?)


 お姉さんはまたうつろに戻って。

 何もうつしてない目が、サラを見た。

 いちぞくのために死ぬのはこわくない。

 でも。

 何もかんじない目の色が、こわくて。


「……いやだ! だれか! たすけて!」


 ほそい手がふり上げられて。

 光るナイフの刃が。

 サラを目がけて――


「――サラ!」


 そのときに。

 サラの足元の草むらから。

 とび出してきたのは。


「ユズル――!?」


 サラをかばうように、ユズルのうでが。

 サラをおおって。

 ま上から、ぎん色の光がふってきた。


(――刺さる!)


「――っぐぁ!」

「――ユズル!? ユズルっ!」

「ユズル! サラ! 伏せろ!」


 長老の声がしたあとに。

 耳元をとおっていく風が。

 見えない。

 剣の。


 ずぷり、とお姉さんのかたから。

 まっぷたつに。


「――っあぁああぁ!」


 ひめいの向こうで。

 男の声が。

 つまらなそうに、笑った。


「……邪魔しやがって。取るに足りない存在の癖に。お前如きが助けを求めたりするから。どうだ、これで2人死んだぜ……」


 サラをかかえたまま。

 もううごかないユズルの冷たい手と。


 血のうみにしずむ。

 お姉さんのひとみ。


「お前のせいでな……」


 笑い声は、小さくなって。

 きえた。


「サラ! ユズル! 大丈夫か!?」


 走ってきたトラの手が。

 サラの上からユズルのからだを。

 引き上げて。


 サラが、助けてって、言ったから。

 行かないでって、言ったから。

 いやだって、言ったから。


 お姉さんとユズル。

 赤い血がまざって。

 サラの足もとをぬらす。


 だらりと、たれたうでの向こう。

 ユズルと目が合ったのに。

 そこにはもう、何も。

 うつらない。


 えいえんに失われた。

 サラの、せいで。



(――ノイズ音)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(――ノイズ音)

(――ノイズ音)



(オレいつの間にこんなに)

(色々見えるようになったんだっけ)


(そもそも、何でこんな夢見るようになった?)

(いつからだろう)

【あいつのこと色々知れて便利で、良いでしょ】

(オレって、昔からこうだったっけ……?)


――暗転――

2016/01/29 初回投稿

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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