17 バカみたいな
【前回までのあらすじ】オレとサラとナチルによる、人間+獣人✕2の旅路……。ナチルの魔法で睡眠不足?に陥ってギスギスした空気の中、サラの故郷のディファイの集落を目指す。ああ、もう……何でオレ達こんなに喧嘩しなきゃいけないの!
相変わらず、オレ達の仲は最悪です。
カスミの宿屋を出て、再び苦労して街壁を乗り越えた後。
ディファイの集落に向かって黙々と街道を進む。
運動音痴少女がいるにも関わらず、途中で寝なくて良い分、1昼夜でだいぶ道行は進んでいる。
逆向きだからはっきりとは分からないけど、以前サクヤと一緒に歩いた時よりも早いぐらいな気もする。このまま進めば、日が昇る前に目的地に着くんじゃないだろうか。
そんな順調な道のりだと言うのに、チームメンバの機嫌は悪かった。
今まで曲がりなりにも友好関係を保ってきたオレとサラですら、ナチルが入ったことでぎすぎすしている。
まあ、例を上げれば。
「ほら、2人とも。いくら眠くないったって、メシは食わなきゃいけないんだろ。メシの時間にしようぜ」
オレの差し出した保存食を、黙って受け取るサラと、嫌そうに取るナチル。
「何だよ、その顔。嫌なら食わなくても良い」
「食べるわよ。どうせこれしかないんでしょ」
吐き捨てるようなナチルの言葉にムカつくオレ。
喧嘩腰のオレ達に挟まれて、イライラと尻尾を振るサラ。
そしてそのイライラした様子を感じて、ますますイライラを募らせるオレ。
「サラも。嫌ならやめていいぜ。あんたはメシ食わないとすぐだれるだろうけど」
すぱん、とサラの尻尾が地面を叩く。
「……役立たず」
「燃料不足でだれてるあんたより、オレのが役に立たないってのかよ!」
客観的に見れば。
どう考えてもオレの方が役に立ってない。
だけど頭に血が昇っちゃうと、そんなこと考えようもないじゃん。
そもそも自分でも分かってるからこそ、腹が立って言い返したくなるってのもあるしさ……。
もう1個例を上げると。
「……サラ、このメモ、字が汚すぎて読めない」
オレとナチルがカスミのところで休んでる間に、サラが見に行ってくれた王宮の様子を書いたサラ・レポート――と言うにはちょっと短いメモ。
文字少ないからオレでも歩きながら読めるかと、街道で取り出したけど。
オレが見てすら字が汚い。全く読めない。
サラは普段、綺麗とまでは言わないけど丁寧な字を書くヤツだ。
それがこうなのだから、きっとイライラでそれどころじゃなかったんだろう、と後から思えばそう考えられるんだけど。
オレの指摘を聞いても、先行するサラはこちらを振り向きもせず、尻尾の先だけをちょこっと曲げた。
どうやら「そりゃ悪ぅござんしたね、ふん」くらいの答えらしい。
悪い悪くない以前に、読めなきゃ何の意味もないだろと、オレは声を荒げる。
「サラ! 読めないっつーの!」
「うるさいわね! 黙って歩きなさいよ!」
何故か、無関係なナチルがキレた。
ナチルに言わせれば敏感な耳の側で叫ばれて、腹立たしいことこの上ないってことなのかも知れないが。
当然、この時のオレとサラに、そこまで事情を類推する能力はない。
すぱぱぱぱぱ、とサラが尻尾を小刻みに揺らし、だんだんだん、とナチルが足を踏み鳴らす。
オレもここぞとばかりにメモを突き出した。
「じゃあ、ナチルは読めるのかよ!」
リドル族のナチルには人間の言葉は読めないだろうという意地悪のつもりだったのだが……オレの予想は間違ってたらしい。
「読めるわよ、お生憎サマ! 文字歴史行儀作法は一通り習ってんのよ! 高級奴隷ですからねーだ!」
オレの手からメモを奪い取りながら、ナチルが舌を出した。
威張ることでもないような気がするが……それに気付いてツッコミを入れるようなまともな脳みそを持ったニンゲンは、この瞬間、不在だった。
立ち止まったナチルは両耳をまっすぐ前に向け、小さなメモに集中し――
「何よ……『ヒ』……『ヒ』っ――読めるか! こんなもんっ!」
――ぺいっ、と投げ捨てた。
慌てて空中でキャッチするオレと、姿勢を低くして尻尾をケツごと揺らし飛びかかる姿勢に入るサラ。
そのサラの姿を見て、ナチルもすったーん、と足を踏み鳴らした。
「読めないわよっ! こんな汚い字! こんなん文字じゃないわ!」
「……ぶじょく……」
睨み合う2人の間に割って入り、オレは続いてサラの方にメモを示す。
「さっきから言ってるだろ、読めないって! あんたこれ、自分で読めるのかよ!」
「……かせ」
珍しく怒りの表情も顕にオレの手から奪い取ったメモをしばらく見つめたサラが――
「……よめない」
「ほれ見ろ!」
「ほら見なさい!」
双方向からツッコミを入れられて、飛び跳ねながら「しゃーっ!」と叫んだ。
余程追い詰められていたのだろう。握りしめていたメモを破り捨てて、一気にまくし立てる。
「ヒデトは王宮にいなかった、麻里公爵の率いる軍が補給後にディファイの集落へ向かった! 先行した軍と合流予定! 以上!」
言うだけ言って、ぷい、と顔を背けると、またさっさと歩きだしてしまった。
残されたオレとナチルは、いつにないサラのマトモな台詞に何となく顔を見合わせたが……すぐに視線を逸らしてサラの後を追った。
後から思えば、これも色々考えなきゃいけない情報だったんだ。
もっと他に知ってることはないのか、サラに確認しなきゃいけなかった。
なのに、精神的にいっぱいいっぱいのオレ達は、そのままスルーして再び黙って歩き出しただけだった。
こんな感じで延々とイライラしながら、小休憩だけ挟みつつ、街道を歩いてて。
幸いに、と言うのか。
不運にも、と言った方が良いのか。
ディファイの集落を目前にした辺りで、魔法が切れた。
多分この中の誰よりもサラが肉体的な欠乏感に最も敏感なんだろう。街道を逸れた森の中のけもの道を先導して歩いていたところで、最初に脱落した。
具体的に言うと、歩きながら寝落ちした。
余りに突然だったので、オレは先頭を行くサラの姿が掻き消えたのかとさえ思った。
「サラ!?」
慌てて駆け寄ると、サラはもぞもぞと地面に丸まって寝息を立てている。
ディファイ族の罠か!? 人間達の攻撃か!? と思って心配した分、酷く脱力した。そういう精神的なショックもあったんだろうけど、くぴくぴ言ってるサラの姿を見た途端にオレ自身にも強烈な眠気が襲ってきた。
横から、ナチルが眠そうにあくびをする。
「……ふぁ……ようやく魔法が切れたみたいね……あたしも眠い……」
本当はディファイの集落まで行ってから休めれば最高だ。
だけど集落の様子もわからないし、オレの記憶ではこの辺りにはディファイ達がかけた罠があるはずだ。ここまではうまいことサラが避けてくれたけど、この眠気と女の子2人を抱えて、星明かりを頼りに罠を探しながら踏破する自信はさすがにない。
そもそもこんな獣道だ。サラがいないと、途中で道を見失う可能性すらある。
「ナチル、寝袋出してその辺に隠れよう。こんなとこで寝て人間に見付かったら……」
「……早く用意しなさいよ……」
偉そうな言い草にムカついたけど、文句を言う気も眠気で失せた。
大急ぎで寝袋を整え、見付からないように落ち葉で隠す。
本当は獣よけに火を焚きたいが、目立って人間達に見付かるとまずい。眠っているとは言え、野生の獣に近いサラの気配察知に信を置こう。
サラを突っ込んだ寝袋と自分の手首を縄で結んでおく。何をしてるかと言うと、サラが起きた時にオレもすぐ気付けるようにってことなんだけど。
その辺りを理解出来なかったらしいナチルが、隅っこに置いた寝袋に入りながら悪態をつく。
「何よ……そんなにそのディファイの子が大切なの? サクヤがいるのに……やっぱりあなたって変態」
「はあ?」
前半は勘違いだと抗弁出来そうだが、後半はまず前半とどういう関連があるのかが、さっぱり理解出来ない。
「あのさ、何でそこにサクヤが絡むの?」
流しきれずに尋ねると、寝袋に全身入りきったナチルがもぞもぞ動いてこちらを向いた。
オレもナチルとサラの間に置いた寝袋に足を突っ込みながら、その視線を受ける。
「ママはサクヤが好きだったの……」
「そりゃそうだろ。義弟だし」
「……サクヤもママが好きなはずなのに」
「そりゃそうだろ、義姉だし」
ぼふ、と寝袋の中で蹴りを入れた音がした。
「違うの! ママは毎日サクヤが来るの待ってたんだから! 絶対サクヤが迎えに来るって毎日言ってたのよ!」
ナチルがまたもぞもぞ動いて、寝袋の中に頭まで突っ込んでしまった。顔が隠れると、寝袋越しの声は少し聞こえづらくなる。
それでも袋の端から見えている耳だけが、ぴこり、と動いた。
「毎日言ってたの……。『ママとナチルを迎えに来るのよ』って……だから……」
段々声が小さくなって。
もうその後に続いた言葉は聞き取れなかった。
オレには同じような経験はないんだけど。
何となく、考えた。
きっとサクヤが。
いつか来るって待ってた白馬に乗った王子サマなのかな、ナチルにとっては。
だから、きっと――。
「……ねぇ、あなたに聞きたいの」
少しだけ声量があがって、ナチルの言葉が耳に届いた。
「なに?」
気付けば、寝袋の端から出ているナチルの両耳は揃ってオレの方を向いている。
「あなたとサクヤって、どんな関係なの……?」
「どんなって……」
長い耳がオレの方を向いたまま固まってる。
全力で聞き取ろうとしているその様子に、ちょっとだけ焦った。
だってこんなに真面目に聞かれたら、適当には答えられない。
だから。
「あのさ、あんたはほら、生まれてからずっとあれでしょ、外に出てなかったんだろ? だから分かんないかも知れないけど、ほら、男と女ってそんなにさ、性別とかってヒトとして大事なことじゃなくて、それが大事になるっていうのはその……いざと言う時だけで……」
「……そんなこと聞いてない」
ずぼすっ、と再び寝袋の中で蹴りを入れた音がする。
足癖が悪い。あ、もしかして、サクヤがすぐ蹴りを入れてくるのって、リドル族の習性を踏襲してるのかも?
――なんて、くだらないことを言って誤魔化したい気持ち。
答えたくないってのとは違うんだけど。
どうにもうまく言えないし。
何を言っても嘘になりそうで。
「……じゃあ逆にさ、あんたにとってサクヤって何なの? どんな関係なの」
時間稼ぎする訳じゃないけど、どうしようもなくて、聞き返してみた。
沈黙が落ちる。
きゅるきゅると何度か耳が動いて、しばらく考え込んだ後で。
ナチルが口を開いた。
「サクヤはずっと、ナチルのことを考えてくれてるんだと思ってたの。毎日毎日あたしやママがサクヤのことを思ってるように」
「……考えてるよ、絶対」
「もっとなの! だから……本当に来てくれたのは嬉しいし、好きだけど許せないの」
どうやらそれが、最初に会った時にサクヤが拒絶された理由らしい。
ついでに、今、オレが冷たくされてる理由。
つまり。
自分のことだけ考えてくれてるはずのヒトが。
オレなんか連れて気楽に旅をしてたから?
勿論、ナチルにはあの時魔法がかかってて、今よりずっと幼かったし、母を亡くした後につけ込んだシオの言葉を盲目的に信じていたっていうのもあるに違いないけど。
「あんた……サクヤとオレに嫉妬してるの?」
思わず尋ねた瞬間に、ずばん、と寝袋が鳴った。
否定のつもりだろうか。
「……いや、違うなら別にそれで良いけど」
「違わないわよ。ムカついただけ」
さくっと肯定の答えが返ってきたので、聞いたオレの方が逆に慌てた。
「そ、そうなのかよ」
「そうなのよ。肯定されて狼狽えるなら、聞かない方が良いと思うわ」
もぞもぞと寝袋が動いて、ナチルの紅い眼が寝袋の端からこちらを見る。
「あたし……世間知らずだけど、子どもじゃないの。あなたとは逆ね」
「オレが子どもってこと?」
「……まあね。あなたは世慣れた子ども」
随分勝手なことを言う、と思いながらも。
何となく分かるような気もする。
「それで? 子どもと大人で何が違うって言いたいんだ?」
「大人は許せなくても誤魔化せるの。それだけ」
オレの質問に、真顔で答えが返ってきた。
何か、でもさっきからそれって。
あまりにも。
オレは吐き出すように言葉を返す。
「サクヤが可哀想だ。あんたから見たら足りないのかも知れないけど、あいつ一生懸命だったぜ。あんたと義姉ちゃん助けようとしてさ。オレの言うことなんか聞きゃしないし、自分より大事なんだって、バカみたいなことばっかり言って……」
言い始めたら、何だか止まらなくなった。
全然関係のないことまで言ってることに自分で気付いて、最後は声が小さくなる。
ナチルが、くすっと笑った。
「許せないのはサクヤじゃないのよ。許せないのはあたしがママを失ってひとりぼっちだった時に、サクヤは誰かと一緒にいたってそのことなの。きっとママだったら、サクヤまでひとりぼっちじゃなかったことを喜んだでしょうにね……本当、バカみたい……」
ナチルの声も小さくなっていった。
だからきっと。
許せないのはそんな醜い自分の気持ちなんだろう。
何となく答える言葉もなくて、オレは黙って寝袋に潜り込んだ。
ナチルがオレに背中を向けながら呟く。
「あたし、あなたが嫌いよ……だってサクヤに愛されてるんだもの」
本当は、それは違うんだ、と教えた方が良いのかもしれない。
愛されてるのは、オレじゃない。
サクヤが見てるのは同胞達のことだけで。
それ以外に、あいつの頭にいるのはノゾミちゃんだけ。
オレはその代わりで。
あり得なかったおまけ。
失ってしまった続き。
だけど。
何となく、それを言いたくなかった。
ナチルの頭の中でくらい、オレが愛されてることになってても良いんじゃないか、なんて。
バカみたいなことを考えながら、オレは眼を閉じた――。
2016/01/26 初回投稿
2016/03/16 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更
2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更