16 夢のないはなし
【前回までのあらすじ】いなくなったキリの後に残されていたのは、切断された腕だった。誰のものとも知れないそれに刻まれたメッセージの通り、サラとオレ、リドル族のナチルは、サラの故郷ディファイの集落へ向かう。
「……で、その腕を大事に抱えて、徹夜で歩いてきたって訳?」
呆れたようなカスミの声に、何を言い返す気も起きなかった。
荷物の中に入ってた、誰のものとも知れぬ腕。
あの腕がオレ達の想像通りキリのものなのか、それともあそこに転がっていた他の人間のものなのかは、結局あの場でははっきりしなかった。
獣人達は人間よりも五感が鋭いはずなんだけど。
サラは血の匂いで判別出来ないと言って(はないけどそんな感じを無言で伝えて)くるし、ナチルに至っては近付いてさえ来ない。
どうしようもないので、腕はそのまま荷物へ入れなおして、半日ぶっつづけで歩いて王都へ戻ってきたところで、真夜中になった。
ようやくカスミの宿で一休みしてるとこ。
ナチルが遠くからオレ達の方を見ながら、ため息をつく。
「ねぇ変態。それ……本当にあなたの仲間のものなの? どうせ間違ってるんじゃないの? 変態の言うことなんか信じられないし……」
「変態はやめろ。それがはっきりしないから、こうして悩んでんだろ」
相変わらずの悪態だけど、そんなナチルの声さえも疲れてる。
そのくせオレの返答はお気に召さなかったのか、腹立たしいことに、すたーん、と足を踏み鳴らしてオレを睨みつけてきた。
オレだってただでやり過ごすつもりはない。真っ向からその視線を受け止めて睨み返す。
冷戦三つ巴の一角であるサラがいない今。
オレとナチルは半日続いた均衡状態を失いつつあった。
いや、カスミの言いたいことも分かるんだ。
別にそんな完徹でここまで戻ってくるなんて無理をしても、この先大変じゃないかって。
実際、こんなに空気が悪いのは、ナチルという新しいメンバーが入ったことだけじゃなくて、みんな寝てないから精神的に荒れてるっていう単純な理由があると思う。
それでも、ここまで徹夜で来た。
その理由は。
「あんたら随分ギスギスしてるねぇ。幾ら寝なくて良い魔法があるからって、やっぱりちゃんと睡眠取った方が良いんじゃない?」
――これなんだ。
元はと言えば、腕を見て焦るオレとサラにナチルがもちかけたのだ。「寝なくても疲れなくなる魔法があるから、使ってみる?」って。
寝なくて済むなら、道行は捗るよな、なんて。
一も二もなく頷いたオレ達に、ナチルは魔法をかけてくれた。
それなのに。
疲れないはずなのに。
カスミに責められて、オレはぐったりとナチルに眼を向ける。
「……何よ。実際疲れなかったでしょ。まだ歩けるでしょ。違うなんて言ったら怒っちゃうんだから! 変態!」
「それは認める。肉体的には多分疲れてない。だけど……」
だけど、精神的には別だった。
何か……もの凄く……とにかく摩耗していく感覚なのだ。
気持ちの上で、段々反応が億劫になってくる。
疲れた――と言うのだろうか、これも。
眠いとか休みたいとかじゃなくて、うーん……飽きた、というのが一番近いだろうか。
その状態で再び王宮の様子見に向かったサラは、ものすごい精神力だと思う。
オレが言わなくても自主的に行ってくれたのは、サラもキリのことが気にかかっているからだろう。
オレとナチルは今、そんなサラの帰りを待ちつつ、こうして休憩を取っている。
「あんたら、顔が疲れてるわよ。寝れば良いじゃない? 部屋貸すよ?」
ありがたいお言葉だが、素直に頷けないのは。
「それが……眠くはないんだよ、全然。多分ベッドに入っても寝れないと思う」
「そういう魔法だから当たり前でしょ、変態! 変態!」
この魔法、恐ろしいことに、一度かけると2日くらい保つらしい。
さすがリドル族。
魔法の威力が半端ない。
問題は、その間、寝たくても寝れないってことだ。
道中いい加減にチームの雰囲気が一触即発になったところで、ナチルに尋ねて見たのだが、魔法のかけ方は知ってても途中で解除する方法は知らないらしい。
勿論、その答えによってブチ切れたサラと、対抗するナチルによって、第1回猫vs兎王都までかけっこ大会が勃発したことは、わざわざ言わなくても分かってもらえると思う。
ちなみに当初ナチルだけでなくオレまで置いて行くスピードで飛ばしてた短距離走の得意なサラが、ゴールの手前で空腹を抑え切れず倒れた為に、後からたらたら追い付いてきたナチルの勝利となったことも、敢えて説明するまでもないだろう。
どんな窮地に陥っても、もう2度とこの魔法を使ってくれとお願いすることはないと思う。
まず、ナチルが自分にかけるのを嫌がるだろう。
精神的に疲れ果ててるナチルは、さっきからずっと「変態」ばっかり言っている。
寝なくて良いなんて夢のような魔法だ! ……と、思ってたけど。
ま、世の中にそんな旨い話はあるワケないってことだ。
オレはため息をついて、カスミに視線を戻した。
「もう仕方ないから、このままディファイの集落まで行く。アキラからその後連絡きたか?」
「それが、あれ以来ぱたっとないんだよねぇ」
キリも心配なんだけど、それも心配なんだよ。
サクヤはペーパーバードがディファイの集落に届かないと言ってた。
実はオレも昨日、街道の途中から送ってみた。
オレはディファイの集落には行ったことあるし、絶対にいるであろう人――つまり、長老のトラ宛に送ったんだ。
トラがこんな大変な時に集落を留守にしてるワケがないから。
なのに。
「ペーパーバードが戻ってきちゃうんだよな……」
もしも、受け取った後の連絡がないということなら、途中で燃やされているってことも考えられた。ペーパーバードは魔力で出来てるから、赤鳥の力なら燃やしてしまえるんだ……あれ、これは誰に聞いたんだったかな?
「戻ってくるってさ、あんた、宛先間違えてるんじゃない?」
「いや、一応サラにチェックしてもらったけど、間違いなかった」
オレだって綺麗に字を書けない自覚はあるから、念の為サラに聞いたんだけど、汚いことを別にすれば問題はないと言ってくれた。
「そう? じゃあ、考えられるのは向こう側の問題だけだね」
「うん……」
受取人の不在。もしくは、受け取れない程の状況。
こんな環境では、あまり良い想像は浮かばない。
「ま、とにかく……あたしは平気だけど、机の上に『腕』を乗せとくのはあんまり穏やかじゃないね。これ、こっちで処分しちゃっても良いかい?」
「ナチル……」
「いくらあたしでも、斬り落とされて何時間も経ってる腕なんてさすがにくっつけらんないもん。ディファイ族のところまでこれ持って行くなんて、変態的なことは言わないわよね?」
「じゃあ、カスミ、頼めるなら……」
「あいよ。こういうのは美少女連れの旅には合わないよ。……そう言えば、そのナチルちゃんの服さ、何とかした方が良いんじゃない?」
ぶかぶかのワンピースの肩が落ちたままのナチルを見て、カスミが首をかしげた。
まあ、そうだよな……。
「これね、この変態の趣味なの」
「!? 嘘つくなよ! そうじゃなくて、こいつ途中で縮んだんだよ! それでこんな……」
「客観的に聞くと、あんたの方が嘘にしか聞こえないのにね……。ほら、何が言いたいかって言うと、ユキの服で良ければこの子にさ……」
カスミの言葉に一瞬びっくりしたけど。
オレはしばらく間を空けてから頷いた。
「そう言ってもらえるのはありがたいけど……良いの? 旅に出るんだし、綺麗なまま返せるとは限らないよ?」
問い直した理由は……カスミの娘がもう死んでるってこと、オレが知ってるからだ。
だけどカスミは少しだけ笑って、答える。
「返さなくていいよ。ユキもきっと喜ぶ」
それ以上の言葉はないようなので、オレは有り難く受け取ってナチルに渡した。
事情を知らないはずのナチルだが、オレ達のやり取りで何がしかは察したらしい。
カスミが持ってきてくれた数枚の服から一番上の一着を、恭しく手にした。
「大事に着るわ」
「そりゃありがたいねぇ」
茶化すような言葉には本気の感情も含まれてるので。
オレもナチルも、ただ頷いた。
ナチルが着替えに行っている間に、カスミがオレにペーパーバードを渡してくれる。
「あんたいない間に来てたよ。何よ、あちこちに向けて精力的に頑張ってるじゃない」
渡してくれたペーパーバードは2通。
1通はこの国の王子――そう、スバルだ。
当たり前だけど、オレ、まだこの国の変な政策止めさせるの、諦めてないの。
だってそうしないと、ディファイ族だけじゃなくて獣人みんな大変じゃん。
それに。
今回の件、ヒデトが中心になっているのなら、邪魔せざるを得ない。
ディファイの剣が目的だ、なんて聞いたけど。
問題はその先――剣を持って、何をしようとしているのか、だ。
ペーパーバードを開けようとしたところで、サラが天井からひょこり、と顔を出した。
「……おかえり」
一瞬面食らったけど。
ま、いつものことだ。
しゅた、と天井から降りたサラが差し出してきたのは、サラ・レポートにしては短いメモ数枚だった。
行き来の時間も考えれば、王宮の様子見は本当に様子を見ただけだろう。
「お疲れさん。あんたも大丈夫かい? ちょっと休んでく?」
カスミに頭を撫でられて目を細めているサラを、本当は休ませてあげたいんだけど、実は問題がある。
サラは今、耳と尻尾を隠している。
同じく人間に紛れてたアキラを見習って、今のサラはいつものツナギみたいなヤツの中に尻尾を入れ込んでしまって隠し、頭にはバンダナ。
夜中だから人目も少ないとは思うが、念には念を入れて隠してもらった。
で、ディファイなら、これだけで良いんだけど……。
ナチルをどうしようか、非常に悩む。
さっきこの街の壁を越えるのも、実は一苦労だった。
今までに3回ここの壁越えを経験した中で、3回目の今回が一番大変だった。
一番最初。
サクヤとアキラと一緒に来た時は……あ、あの時はオレ自身は壁越えしなかったんだ。サクヤは魔法で、アキラはディファイ特有の身軽さで、どちらも苦労なしに越えてきた。
2回目。
キリとサラと一緒に越えた時は、サラが上から、キリが下から引き上げてくれた。
そして今回。
正直、もう無理かと思った。ナチルは浮遊の魔法は使えないって言うし……。
いや、オレは何とでもなるんだよ。でもナチルが……。
こんな子どもの姿だし強烈に足が遅いしで、おおよそ予想はできていたんだけど。
どうやらリドル族っていうのは本当に魔力特化で、運動に関してはからきしらしい。もしかすると種族特性じゃなくて、ナチルが運動音痴なだけかも知れないけどさ。
最終的に、オレがナチルを肩車して、それをサラが上から引き上げて持ち上げた。で、最後にオレが壁に乗った後、また逆の順番で降りた。
ナチルの体力と腕力のなさについては、自分の頭に叩き込んでおく必要がありそうだ。うっかりサクヤと同じ扱いをするとまずい。
そんなワケで。
壁越えするなら夜中の内に出発しないと、非常にマズイ。
耳も尻尾も隠すことは出来ても、消すことは出来ない。
獣人を連れてる以上、正門から出入りするのは無理だから……やっぱり夜中の内に出発するしかないんだろう。これを逃すと、明日まで待つことになる。
折角、眠くならないなんていう、ロクでもない魔法をかけてもらったのに。
「悪い、サラ……すぐ出発でも良いかな?」
サラは無言のまま、すぱん、と尻尾を振った。
いつもの無表情だけど。
……確実に怒ってる。
「えっと……ごめん。やっぱり休んでく?」
尋ね直してみても、すぱん、と再び尻尾が返事する。
この一大事に休むとか、何ふざけたこと言ってんだ、と言いたいらしい。
結局、どっちを言っても腹立たしいのだろう。
それならもっとちゃんとそう言ってくれ、と思って苛立つのは、多分オレにも余裕がないから。
こんな感じで、オレ達のチームは今、非常に空気が悪い。
その全てが。
「ねぇ、ちょっとこれ……あたし、すごい可愛くない?」
この、のーてんきウサギの存在によるものだと言いたい。
ユキのワンピースはジャストサイズだったらしい。
着替えて出てきたナチルは、満足げに両手を広げてくるりと回って見せた。
「ああ……似合ってるね。良かった」
「ありがとう! 本当に……大事に着るわ」
カスミがワンピースに良く合う帽子をナチルに乗っけながら、少しだけ笑う。
全く。ナチルはカスミの気持ちを本当に分かっているんだろうかと。
考えてから、すぐに思い直した。
多分、分かってるんだろう。
こうも苛々してると忘れがちになるけど。
ナチルだって大事な人を亡くしてる。
人の気持ちが分からない奴じゃないんだ。
だから。
きっと今、ナチルが黙って笑っているのは、それが彼女なりの思いやりなんだろう。
2016/01/22 初回投稿