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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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15 状況が把握できない

【前回までのあらすじ】サクヤの姪、リドル族のナチルが転移魔法でこっちに来てくれた。その上、オレの連れのサラを治癒魔法で助けてくれた。そんなナチルに感謝しつつ、キリがいたはずの麻里家の倉庫に戻って来たけど――そこには、さっきはあったはずの戦いの爪痕もキリの姿もなかった。

 サラを抱えたまま、倉庫の中をあちこち見て回る。

 積まれた荷物の影や空箱の中。

 見回してみても、キリはいない。

 奥の扉を開いて廊下やトイレを見てみたけど、そこにもいない。


「ねぇ、誰もいないわよ。場所を間違えたんじゃないの?」

「いや、見ろよ――」


 文句を言うナチルに向かって、床を指差す。

 そこには、急いで拭ったように伸びた赤い血の跡が残っていた。


 倉庫の外観からしても、入る前に確認した他の建物との位置関係からしても、この倉庫で間違いない。

 それなのに、あのたくさんの死体も、キリの姿もカエデの姿もない。

 だから、つまり。

 誰かが隠蔽しようとしているということか?


 死体を。

 キリの存在を。

 カエデのことを。


 もしそうならば、ここが麻里公爵家の倉庫である以上、そこには麻里ヒデトが関わっているかもしれない。

 ぐるぐると考えているオレの服を、誰かが引っ張った。

 ナチルだろうと思って見下ろしたところで――


「サラ……もう大丈夫なのか?」


 引っ張ったのは、オレが抱えっぱなしにしてたサラだった。

 いつもの無表情のまま、黒い瞳がオレを見てる。


「……降ろせ」


 大丈夫かどうかの答えにはなってないが、サラは多分これ以上は口にしないだろう。

 ゆっくりとサラの足を床につけてやると、滑るようにオレの手を離れて、身体を確かめるように何度か足を踏み鳴らした。


 その足元が少しふらついた気がするので、慌てて支えようと手を伸ばしたけど。

 ぱしん、と払われる。

 しっぽがぴしぴしと素早く振られているのは……オレが抱えてたのが嫌だったんだろうか。


「なあ、サラ。色々迷惑かけた、ごめん。悪かったよ」

「黙れ」


 謝る言葉を遮断するように、びしり、と言われた。

 その声がすごく怒って聞こえるのは、あまりにも情けないオレに呆れてるのかもしれない。

 姿勢を低くして、下からその黒い眼を覗き込む。


「ごめんな、オレが頼りなくてあんたに怪我させるような――ぐぇ」


 眼が合った瞬間に殴られた。

 アッパー気味にぐーで殴られた。


「……痛いんだけど」

「これでちゃら」


 ぷい、と背けた顔の後ろで、ばったんばったんと大げさに尻尾を振っている。

 無表情のまま頬が赤くなっているので、怒ってる訳ではないと理解した。理由は全く分からないんだけど……恥ずかしいらしい。


「何で照れてんの?」


 一応聞いてみたが、当然ながら答えは返ってこない。

 こちらを見ないまま、びったんびったんと尻尾が動くだけだ。

 その尻尾に合わせて視線を動かすオレの背後から、あっけらかんとした声がした。


「あなたを助けようとして、不覚にも怪我を負ったことが恥ずかしいんじゃない?」


 指摘したのはナチルだ。

 言葉を聞いた瞬間に、びたん、と尻尾を壁に打ち付けたサラが、ゆっくりとこちらを振り向く。

 その黒い眼は。


「…………」

「何よ? 何か文句ある? 恥ずかしいなんて思うなら、しっかり口で言ってね」


 堂々と腰に手を当てて胸を張るナチル。

 サラの眼は何だか怒ってるっぽいけど、ちょっと何で怒ってんだか分かんない。

 ナチルがそんなサラを煽るように顎を上げる。


「ばっちり当てられて悔しいとかも、ちゃんと口で言いなさいね」

「…………」


 無言で睨み合う美少女2人を、ちょっと遠巻きにしながら見つめるオレ。

 ……いやいや、遠巻きにしてる場合じゃなかった。


「あんたら何だか分からないけど喧嘩は後にしてくれよ。今はキリのこととか他に大変なことあるんだから」

「あたしじゃないもの。あの子が喧嘩売ってきたのよ」

「サラじゃない」


 ぼそり、と否定したサラを見て、ナチルが鼻で笑った。


「ほら、喋れるのさっき見てたんだから。恥ずかしがって喋らないなんて、小娘じゃあるまいし」

「え? 普通に小娘に見え――痛ぇ!」


 殴られた。

 フック気味にぐーで殴られた。

 ふん、と鼻から息を吐いたサラがそっぽを向く。


「……うざい」

「あなたね、女の子の年齢には話題として触れないのが良いわよ。上でも下でも」

「今の話題振ったのあんただろ!?」


 渾身のツッコミは両者から無視された。

 黙って睨み合うサラとナチルを見ながら、オレはため息をつく。

 どうやら……女の子ってのは、それぞれが勝手なことを言いつつ、自分に都合の悪いことは黙殺する生き物らしい……。


「今なんか禄でもないこと考えたでしょ?」

「…………」

「……あんたら何、それ? テレパシーなの?」

「顔に出てるのよ」

「女のカン」


 双方から睨まれて、オレは黙って後退した。

 その射程圏外に出たところで、2人はオレから視線を外し、お互いにじろじろと観察しあっている。

 そんな2人を放って、神殿に行く前から倉庫に置きっぱなしにしていた荷物を纏めている間も黙って睨み合っていた。

 どうやら、あまり気が合わないらしい。


 ……ま、どっちも我道を行く、な人だからな……。


 諦め気味にそんなことを思いながら、一応中を確認しようと荷物の袋を開けた時に。

 その中に。


 最初は何かわからなかった。

 良く見かけるモノなのに、それだけ単体で見たことないから。


 荷物の中に入っていたのは。

 ヒトの腕、だった。


「……っ!?」


 太い二の腕の途中で切断された、腕。


 悲鳴をあげそうになって、直前で息を呑んだ。

 うっかり荷物に突っ込んだ手がその冷たくて硬い感触に行き当たって、思わず放り出しそうになる。

 おおげさな身振りで荷物から手を引いたオレを見て、不審そうな顔でナチルが近付いてきた。


「なになに? どうしたの?」

「ばっ……こっち来んな!」


 いくら中見は大人でも、少女に見せたいものじゃない。

 だけどオレが荷物を引き寄せて、彼女から見えないようにするより前に。

 紅の瞳が、荷物の中を捉えた。


「――っひ――」


 息を思い切り吸い込んだ音の後に。


「っきゃぁああああぁっ!」


 当然のように、大音量の悲鳴が響いた。

 サラがこちらをちらりと見て、「ちっ」と小さく舌打ちをした。

 荒事に慣れてるサラには、それだけで状況が理解できたらしい。


「な、ナチル! ちょっと、こんなとこで悲鳴あげたら……!」

「いやぁああぁ! 何それ何それ何それ!? 変態! ばか! 何持ってんの変態っ!」

「や、待て! 違う! オレが好きで入れてるワケないだろ!?」


 止めようとあたふたしていると。

 当然の如く、倉庫の入り口から声がした。


「誰かいるのか!?」


 がたん、と開いた扉の向こうには、さっきオレ達を追いかけていたお役人さん達がずらりと!


「お前ら、さっきの!?」

「ほら見ろよ! あれは正真正銘リドルだろ!」

「あぁもう――くそっ!」


 オレは『腕』入りの荷物を急いで肩から背中に下げた。

 もう片方の手で、まだ悲鳴を上げているナチルを小脇に抱える。


「きゃああぁ――あっ!? いやぁっ!? 変態! 変態!」


 抱えられたナチルが足をばたばたさせる。

 意外に力強い動きで、ちょっと手間取るけど。

 それよりも。


「あいつ変態だって!?」

「獣人とは言え幼気な少女に露出の多い服を着せやがって、何て趣味だ」


 知らない役人達からの本音の言葉の方が、オレの足を鈍らせた。

 違う……違うって……!

 ナチルのワンピースがぶかぶかなのは、オレのせいじゃないの!

 今すぐナチルを放り投げて、全力で否定したくなる気持ちを押し込んで、オレは踵を返す。


「サラ! 行くぞ」


 そう声をかけた時には、サラはすでに前を走っていた。

 ちらりと振り返った目が、「今更何を言っているのか」とそこはかとなくオレを責めている。

 ……ひどいと思う。


 ばたばたと倉庫の奥へ向かうオレ達を、役人が追っ掛けてくる。

 倉庫の奥の扉へ飛び込んで、廊下側から扉を思い切り閉めた。

 サラがタイミング良く、廊下に重なっている木箱を扉の前に押してきたのでオレも背中で手伝って、扉を塞いだ。


 一番最初に倉庫に入って来た時と同じく、トイレの中に飛び込んだ。


「いやぁ!? 何すんの! 変態! 変態!」


 腕の中のナチルは足をばたばたさせながら、恐慌状態で叫び続けている。

 ――恐慌状態、なんだよな?


 サラがいち早くトイレの窓に飛び乗った。

 そこから手を差し出してくるのは、ナチルを寄越せということらしい。

 ナチルの身体を抱えなおして、窓へと持ち上げたところで――


「変態! 変態! 今おしり触った! えっち!」

「うるさい! 状況分かってんのか、あんた!」

「分かってるわよ! その荷物の中、変なもの入れてるあなたは変態!」


 ぶっちゃけ、『変態』より何故か『えっち』の方が傷付く……。

 いや、そんなこたいいから早く!


「あんたね、そんなこと言ってる間に人間が来てるだろ! 見付かったら捕まるんだから早く行けよ! 全然状況分かってねぇじゃねぇか!」

「分かってる! あなたの指図なんか受けなくても――きゃあ!?」


 上からサラがナチルを引き上げた。

 ナイスだ! サラ――?


 思わず心の中で褒め称えた次の瞬間には、サラの手がナチルを窓の外へ放り投げていた。


「――っにきゃぁ!?」


 変な悲鳴を上げながら落ちたナチルを、窓の上のサラが満足げに見下ろす。

 サラ……。

 やっぱりこの2人、あんまり仲は良くないらしい。

 サラの助けでオレも窓を乗り越えて、倉庫から出たところで。


「おい! 外から回れ!」

「裏口どっちだ!?」


 一息つく間もなく、役人達の声が聞こえてきた。

 再びナチルと荷物を抱えて走り出したオレの腕の中で、ナチルは延々と「変態変態変態……」とつぶやき続けていた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「い、いいか? あけるからな……」


 ようやく落ち着いたのは、町の外まで使った半日間の追いかけっこの後。

 森に入って、夜闇に紛れてからだった。


 さすがに夜の森を誰とも知れぬオレ達を追って踏破する勇気は、人間達にはなかったらしい。

 オレだってサラとナチルがいなければ、そんな気にはなれなかっただろう。

 武闘派のサラと治癒魔法のナチル。

 そう思えば(オレ以外は)バランス取れたチーム……の、はずなんだけど。

 睨み合う2人はオレの言葉を聞き流しつつ、お互いから視線を逸らさない。


「早く開けなさい、変態」

「……うざ」


 ぎり、とぶつかる視線の裏で、サラが尻尾ごと尻を左右に動かしている。

 その姿を見たナチルがすたーんと足を踏み鳴らして顎を上げた。


 うん……臨戦態勢だ。

 もう知らん。人間もいないし、好きなだけ喧嘩しろ。

 それよりも、問題は。


 開いた荷物の中、雑に突っ込まれているのは、やはりヒトの腕だった。

 さっきのは夢とか幻とかで、もう1回あけたら何もなくなったりしてないかな……と祈ったんだけど、やっぱりダメだった。


 オレの表情に気付いたサラが、何ともない様子でぐい、とその腕を掴んで持ち上げる。黙ってオレの方に差し出してくるのは……ちゃんと考えろ、ということだろう。


 そう、ちゃんと考えなければ。

 あの倉庫が片付けられていたのは、片付けたヤツがいるからだ。

 きっと誰かが見てもそこで惨劇が起きたなどと気付かれないように。


 その上で、オレにだけ。

 こうして知らせてくるってことは。


「なあ、サラ……。キリの手の形とか……ほくろとかあざとか、覚えてる?」


 サラは反応しない。

 オレは、すごく嫌なことを考えてる。

 この腕、もしかして――


「……覚えてない」


 珍しくサラが言葉に出して答えたのも、多分、同じ理由なんだろう。

 何か他に手がかりはないかと、オレはその固まった手(最初は慌ててて見てなかったけど、それは右手だった)の握りしめた手の平を力を入れて開かせた。


 生きた血の流れていないそれは、ものすごく嫌な感触で。

 頭に浮かぶ嫌な想像とともに、オレの背筋を冷たい汗になって流れる。


 そして。

 何とか開かせた大きな手の平に。

 ナイフのようなもので刻み込まれた文字。


『残りはディファイの集落で』


 脳裏を掠めたのは、オレの頬を叩いた大きな手の感触だった――

2016/01/19 初回投稿

2016/01/19 前回までのあらすじに重大なミスを発見したので慌てて修正……誰が誰の姪かちゃんとしろ、自分

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