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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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14 姿をくらます

【前回までのあらすじ】傷付いたサラを神殿に運び込んで、情けないけどアサギに頼ろうと相談してたら、サクヤの姪ナチルが出てきた! そっからどうするか悩んでる間に、意識を失ったオレ……何かその間、変な夢見てたような……?


 飛び起きた。

 固い床の上、申し訳程度にシーツのような薄い布が腹にかかってる。

 見回すとそこは窓のない部屋。


 なのに、青い光で眩しいくらいだ。

 床や壁に散りばめられた魔法陣が発光していることに気付いて、何だかそわそわした。


「――あ、気付いた。生きてる?」


 オレの上に顔を翳して青い光を遮ったのは、白銀に輝く髪と長い耳。


「サクヤ……じゃない、あんたは――」


 くりくりと大きな紅い瞳がオレをじっと見つめている。

 ぶかぶかのワンピースの肩がずれそうになっている。

 床すれすれを引きずる裾を持ち上げる小さな手。


 その小さな手で、元は大人の姿をしていた彼女の魔法が解けたことを理解した。

 そしてオレの目の前にいるのが誰なのかを。


「――ナチル」

「そうそう。どうやら頭は正常みたいね」


 偉そうに腕を組んで頷く。

 ムカついて何か言い返そうとして――それどころじゃなかったことに気付いた。


「――って、サラは!? あいつの怪我は――」

「あたしがここにいて、怪我人が大丈夫じゃない訳がないって思わないの?」


 顎を上げて、ふん、と鼻で笑う。

 その言い方に改めて腹が立つんだけど――ちょっとだけ思った。

 そんな言い方、サクヤに良く似てるって。

 幾ら誓約の為と言っても、もしかしてサクヤがそんな言い方するのは、元々はナチルの母親――イワナの影響なのかもしれない。


 オレは黙って立ち上がって、床についていた背中を払ってサラを探した。

 部屋の中央付近、魔法陣の上にぐったりと転がっている小さな黒い影が見える。


「――サラ!」

「だから大丈夫だって言ってるのに!」


 ナチルが悔しげに、駆け出したオレの背中に向かって怒鳴ってる。

 でも、知らない。

 こんな時、駆け寄りたくなる気持ちも分からないようなガキの言うことなんか、信じられるか。


「サラ……」


 瞳を閉じて横たわっているサラはすごく小さく見える。顔色も悪い。

 それでも鼻先に手を翳すと呼吸をしていて、ひとまず安堵した。

 頭の横に膝を突いて、血が固まってばきばきの板のようになっている服の隙間から脇腹を覗く。血の塊がこびりついてるけど、それを払った後は……傷跡も残っていなかった。


「ね、大丈夫でしょ? リドルの力を思い知りなさい」


 オレの背後に立ったナチルが両手を腰に当てて威張っている。

 無駄に偉そうだけど、いやいやサラを治療してくれたのはナチルだと思い直した。ムカつくなんて恩知らずだ。


「ごめん……ありがと、ナチル」


 素直に心から感謝の言葉を述べると、ナチルが怯むように後ろに一歩下がった。


「何だか、そんな風に言われるとびっくりだわ……。ねえ、あなた自身は大丈夫なの? いきなり倒れたんだけど、頭打ったりしてない?」

「オレ? ……そうだっけ?」


 思い返してみると、確かに。

 アサギと話してた途中でぶっ倒れたような記憶がある。


 何だろう、疲れてたのかな?

 一応指先や足首を動かしてみたけど、特に問題なさそう。


「うん……あれじゃね? 過度の緊張と疲労によるなんちゃらってヤツ」

「まあ、あなたがそれで良いなら良いけど」


 不満げな顔をしてはいるが、とりあえずナチルは口を閉じた。

 そこで、もう一度。

 立ち上がったオレは改めてナチルに向き直り、頭を下げる。


「あんたがいないとサラは助からなかった。助けてくれてありがとう」


 ナチルはオレの頭をぽんぽんと叩く。

 丁度目の前にオレの頭があるのだろう。


「良いの。サクヤのお友達が助かって良かった。あの……エイジ? ナギ? あの人達も島へ皆を助けに行ってくれたから、これでそのお返しになるかしら。なるわね。お返しした上でお釣りが来るわね」


 口の減らないガキ……に、見えるけど、中見はガキじゃないんだっけ。

 あれ……? この話、誰から聞いたんだったか。


 黙って頭を下げて聞いてるオレに気を良くしたのか、ナチルが1人で続けた。


「そう……人間も皆が皆、悪人って訳でもないのね。そりゃそうよね、獣人だって全員が善人な訳じゃないもの……」


 その声に少し悲しい色が混じっていたような気がして、オレは顔を上げた。

 目が合ったその表情からは感情というものは失われているけど。

 だからこそ余計に感じた。


 一族の追放者ヒデトのことを考えているのだろうか。

 幼い少女に似つかわしくない大人びた表情に、何と言えば良いか分からなくて。

 それ以上は追求しないことにした。

 別の話を振ろうと、オレはふと思いついたことを尋ねてみる。


「そう言えば、アサギは……?」

「あの国に誰もいなくなるとマズイじゃない? だからあたしだけこっちに送って自分は来なかったの」

「え!? アサギ来てないの?」


 半分以上本気の残念な思いで、ため息をついた。

 オレの顔を真下から見上げて、ナチルは背を反らす。


「ってことで、しばらく一緒に行動させてね。あたし1人で帰れないの」

「――げっ!?」


 途端にナチルの表情が険しくなった。

 ヤバい、「げ」はまずかったか……。

 だけどオレにだって言い分がある。


「何よ、そんなにあたしがお邪魔!? 折角助けに来てあげたのに!」

「いや、邪魔とかそんなんじゃなくて……今、この国すごく危ないんだよ。あんたみたいに目立つ獣人は――」


 ――獣人で思い出した。

 そうだ。キリとカエデを倉庫に置いてきたんだ。

 それに――まずい! 緊急事態だったから、ここの神官にも堂々と見せたけど――サラもナチルも本来ならこの国にいられない存在だ。


「ナチル! ここにいた神官は……!?」

「神官? さっきまでその辺にいたけど……そう言えばしばらく前からどっかいっちゃったわ」


 やばいやばいやばい!

 本当はあの神官にも、ちゃんとお礼を言いたいとこだけど。

 多分、今頃――


「――おい、ここに本当に獣人がいるのか!?」

「は、はい……! ディファイ族の娘と、もしかするとあれはリドル族……」

「リドルぅ!? 売ったら幾らになると思ってんだ、おい!」


 やっぱり来た!

 どうやら神官は人を呼びに行っていたらしい。

 当たり前だ、この国は獣人入国禁止なのだから。

 目の前に怪我をして生命が危ない人がいたらひとまず手を差し伸べる。でも法を破ってまでずっと匿うほどの義理もない。

 その辺りのバランスを取ろうとすると、こんな感じになるのだろう。オレもまあ割とそういうところがあるから、神官の行動も理解は出来る。


「な、何なの!?」

「ナチル! サラは動かしても大丈夫か!?」

「傷は塞がってるから大丈夫だけど……」

「じゃあ、逃げるぞ!」


 オレはサラを抱えてシーツをかぶせ、慌てて部屋を出た。

 でも、扉をくぐった瞬間に――


「――あ、あれです!」


 ――丁度廊下の左手側から来た神官に見付かった。

 扉を出ると左から右に廊下が続いてて、出来ればサラを助けてくれた人に手荒なことはしたくない。となるともう、右手側に逃げるしかない。


「ナチル、こっちだ! 走れ!」

「言われなくてもっ!」


 小さな身体でちょこちょこ走ってるけど――遅い!


「お前ら、待て!」

「あれは確かにリドル族だ! すげぇぞ! 一攫千金……」


 背後から迫ってくる男たちに向けて、オレは片手でポケットから金貨を一掴み取り出した。

 サクヤの金なので、ちょっとアレだけど。

 ゲスな考え方だが、ここまでのお礼も含めて使わせてもらおう。


「神官のお兄さん! ありがとな! これ、お礼だから!」


 お礼と言いつつ、背後に向かって投げつけた。

 金貨が顔にぶつかった男が声を上げる。


「痛っ! なんだこれ……金貨!?」

「あ、待って下さい! それは私へのお礼だそうなので拾わないで……神殿への寄付です!」

「いやいやいや、まあちょっと待てよ、拾ったヤツにだって権利がある――」

「お前ら邪魔なんだよ! あのリドル捕まえりゃどんだけ金貰えると思ってんだ! 廊下の真ん中でしゃがむな!」


 背後でわちゃわちゃしているヤツらの中には、まともに計算できてるヤツもいるらしいが、狭い廊下のこと。目の前でスピードを落として金貨を拾ってるヤツらに邪魔されて、思うように動けてない。

 その隙にオレはサラを肩に担ぎ直して、ナチルの手を握った。


「走るぞ!」

「走ってるってば!」


 ほとんど宙に浮かせるくらいの強さで引っ張って真っ直ぐに廊下を進むと、突き当りが小さな扉になっている。

 扉を開ければすぐに外に出た。裏口だったっぽい。


「ナチル、これ被ってろ!」


 オレは自分の上着を手早く脱いで、ナチルの頭に引っ掛けた。

 外は既に太陽も上がって、眩しいくらいになっている。

 人通りも増えているので、ナチルの頭上の耳を見た何人かは驚いた顔でこちらを指差してきた。

 サラはシーツかぶせてあるんで大丈夫だけど、ナチルは目立つ銀髪も耳も出しっぱなし。倉庫まで戻ればサクヤのマントがあるんだけどなぁ。


「何よ、これ! 汗臭い!」

「あんたね! 文句言える状況じゃないだろ!」

「あなた、リドル族を甘く見てるんじゃないの!? 要は見えなくすれば良いんでしょう!」


 偉そうにふんぞり返ったナチルが――突然、歌い始めた。


「え!? 何、呑気に歌ってんの!? そんな時間は……」


 歌詞も何も全く聞き取れないのは、リドル語だからだろうか?

 そこまで考えて。

 その歌の感じに、何か覚えがあるような気がした。


 いつか、サクヤが歌っていたような。

 どこか、夢の中で聞いたような。

 ああ、そうだ。

 確かこれは歌じゃなくて――


「――水煙ミスティレイン!」


 リドル族の呪文なんだった。

 ふわふわとナチルの足元から霧が上がっていく。

 広がっていく霧はすぐに周囲を覆いつくして、1メートル前の人影も良く見えない程になった。


「すげぇ!」

「……どうよ、あたしの力……これでこの町の中は……はあ……」


 濃密な霧は、歩くだけで身体がしっとりと湿るくらいだ。

 これなら、しゃべりさえしなければ見付からずに倉庫まで行けそう。

 ナチルももう姿を隠すためじゃなくて、濡れないためにオレのジャケットをかぶってるんだろう。


 だけど、ちょっと気になるのは。

 ナチル、あんたえらいヘタってない?

 視界が塞がれた段階で、ナチルの手を引いて歩き始めたが、どうも足元がおぼつかないみたい。


 もしかしてアレか、魔力切れか?

 そう言えばサラの治療のすぐ後に、こんな大掛かりな魔法使わせて……さすがに魔力特化のリドル族といっても大変なのかもしれない。


「あの……ナチル、疲れたんじゃない? どっかで休むか?」

「……つ、疲れてないもの……」


 強がりを言う声にも疲労感が滲んでいる。

 歩き出したら手を離そうかと思っていたが、この霧じゃ迷子になりそうだし、そもそもこんなふらふらしてて転けたりしたら困る。

 指の一本一本がオレの半分くらいしかないちっちゃい手を握って、オレは方角だけ決めて歩きだした。


「この町の端に倉庫があって、そこで仲間が待ってるんだ。途中休み休みで良いから、そこまで行こう」

「……大丈夫……休まなくても平気だもの……」


 全然平気そうには聞こえないので、自主的にこちらで休みを取ることにした。

 背後から男たちの怒声が聞こえていたけど。

 この霧じゃオレ達の後を追うことは難しいだろうし、倉庫に寄ってすぐにこの町を出てしまえば見付からないだろう。


 ――なんて、思いながら町を歩いたんだけど。

 結果としては、予想より倉庫に辿り着くのは大変だった。

 何せ途中で休憩取らなきゃいけないわ、前は良く見えないわ、神殿に来た時の道順覚えてないわで……。


 本当はここにサクヤがいればすごく楽だったんだよな。

 あの人、道に迷ったりとかほとんどしないの。

 本人曰く、道順を歩いた距離と方角で正確に覚えてるらしい。


 そんなサクヤ不在だと、元の場所に戻るだけでも結構な苦労をする。あいつの便利さはこんな時にも分かるもんだなぁ……。

 なので、倉庫に着いた時にはそれなりに時間が経過していた。

 霧で良く見えないが、太陽は真上を越えたらしい。


「じゃあ、入るけど……ナチルはそこで待ってろよ」

「何で? あたしも行くわよ」


 ナチルはこの中がどうなっているか知らないから、そんなことをあっけらかんと言ってくる。

 でも、この扉を開ければ中から漏れるのは、血と臓物の腐臭のはずだ。

 さすがにそんな中に(見た目は)少女を連れて入る気にはなれなかった。


 随分遅くなってしまったけど、キリはまだ待ってるだろうか。

 どっかで行き違いになってたりしないと良いんだけどな、なんて考えながら。

 扉の横にナチルを避けさせておいて、倉庫に入り込む。


「キリ! 時間かかってごめん!」


 声をかけながら中を見渡した。

 さすがに倉庫の中には霧は入り込んでなくて、広い倉庫の中が全部見渡せたけど。

 何故か。


「……何よ? 何もないじゃない。本当にここで待ち合わせしてるの?」


 言いつけを破ってオレの背後からそっと中を覗いたナチルが、不満げに呟く。


 ナチルの言う通り。

 倉庫の中には、あの山と重なった死体も、気絶していたカエデも、いるはずのキリの姿もなかった――

2016/01/15 初回投稿

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