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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
122/184

interlude18(後編)

「……けほっ……」


咳き込みながら立ち上がる。

周囲に細かく散らばった魔力に。

一斉に火が付いて爆発したらしい。


見回せば、周囲の木々は倒れ。

地面が抉れて土が見えている。

ツバサの姿が見えないのは。

向こうも爆風で飛ばされたのか。


(爆発するって分かんないのかよ!)

(あの赤鳥バカじゃないか!?)

(……まあ、オレも気付かなかったけど)


今の内に、同胞の元へ戻ろう。

身体のあちこちが、痛いけど。

我慢できないこともない。


(いや、痛いって!)

(大人しくして……るワケには)

(いかないんだよな、あんたは)


昇りつつある太陽が。

木々を失った森の端から。

はっきりと見えた。


もっと強い、炎を押し流すような。

魔力が欲しいのに。

時間は俺達に味方してくれない。

新月でないだけ、まだマシか。


「……ボクを置いて、どこ行くつもりだよ」


背後から聞こえる呻きのような声に。

思わず振り向いた。


血塗れの身体、千切れた右腕。

それでも、見る間にそれが復元されていく。


(あっと言う間に肉が盛り上がって)

(これが……『神の守り手』……)


「お前を連れて行かないと、ボクがヒデトに怒られるんだよ……!」


まだ半ばまでしかない右腕を振って。

ツバサは顔をしかめる。


いったいんだよ、もう! 全部お前のせいだ――『炎よ』!」


真っ直ぐに走る炎を。

避けようとして。

動きの悪い右脚が躓いた。


「……っ!?」


その場に座り込むように転けて。

ただ、迫ってくる炎を見た。


(――やばい!)

(頼むから、オレを――!)


【オレの名前を、呼んで】


どうしようもなく。

何を考える暇もなく。

炎を凝視して――


「――サクヤさん!」


聞き慣れた声、と。

目の前を横切る影。

炎よりも鮮やかな、赤い。

髪。


(――あんた!)


次の瞬間には、力強い腕に抱えられて。

飛ぶように俊敏に運ばれる。

俺を抱える背中を掠めるように。

炎が走っていくのが見えた。


「誰だよ!? おま――っがっ!?」


怒鳴りかけたツバサの頭が。

正面から太い矢に撃ち抜かれて。

そのまま、後ろに倒れた――。


「……ナギ? エイジ……?」


俺を抱く腕の持ち主と。

遥か遠方で弓を構えたままの王子の。


(師匠! エイジ!)

(良かった……間に合った!)


名を呼ぶ。


「本っ当に水臭いんですよ、あなたは……」


呆れたような声が頭上から響いて。

熱い胸板を押し付けられた。


(……ちょ、師匠!)

(密着しすぎ!)


「あなたはもう俺達の魔法使いなんだから、呼べばいつだって来ますよ、どこだって。こんなことになってるなら、もっと早く言ってくれれば――あぁ、大丈夫ですか? どこか怪我は……」


走って来たせいか。

はぁはぁと荒い呼吸が耳元で煩い。

確かめるように、忙しなく背中を弄られて。


(ちょ、師匠! あんたね!)


「――鬱陶しい!」

「ぐぇ」


思わず、蹴りを入れた。


「あらあら。サクヤちゃんたらお変わりねぇこと。気持ちは分かるけど、それより先に何か言うことあるんじゃない?」


弓と矢を片手に持ったエイジが歩み寄ってくる。

その気楽な姿と、しゃがみこむナギを順に見て。

尋ねた。


「……お前ら、何でこんなに早く?」


(違……! サクヤ!)

(そこはお礼だろ!)


苦笑したエイジが「本当に変わんないね」と。

呟いてから肩を竦める。


「やー良かったよ。あの子、ナチルちゃん? あれのおかげで来れてさぁ。少年がペーパーバード送ってきたから、助けに来る準備は出来てたんだけど、さて移動はどうしようかと思ってたとこだったんだよねぇ」

「少年……?」


(……あ)

(良かった、ちゃんと届いてたんだ)


ごそごそとかき回すポケットから。

エイジが紙切れ――ペーパーバードを取り出した。


「ご丁寧にさぁ、毎日ちょっとずつ送ってくるの」


(うるさいな!仕方ないだろ!)

【ぼんやりしてる夜の間しか書けないから】

(文字、小さく書けないんだよ……)


差し出されたペーパーバードを広げる。


『さくやをたすけて』

『りどるのしま』

『おそわれてる』

『いずみをてんいしろ』


大雑把に、でかでかと書かれたその文字。


(……悪かったな)


何となく。


その書き手を思い出して。


紙切れに唇を軽く当てた。


(――え……?)


「――サクヤさん! ちょっと待って下さい! 今の何ですか!?」


腹をさすりながら、煩いのが寄ってくる。

その言葉で今の自分の行為に思い当たった。


(ちょっと待て!)

(今の、無意識かよ!?)


「黙れ、ナギ」

「サクヤちゃん……あなたがそんな顔してちゅーするなんて……お兄さんびっくりだよ。えらい仲良くなったのね、君ら。結婚式には呼んでね」

「うるさい、今のは――」


――今のは。

今のは、何だろう?

自分でも良く分からないので、黙ることにした。

エイジがにやにやしながら話を続ける。


「まあ良いけどさ。そんなのが来たから、俺達も一生懸命どうしようかねって会議してた訳よ。主に悩んでたのは例によってアサギなんだけど」

「エイジ、帰ったらアサギに謝ってくださいよ。あなた宛に来てるのに、悩んでるの私だけですか! ってブチ切れてたじゃないですか」

「だって転移できないの分かってるのに、悩んでも仕方ないじゃん」


いつも通りの掛け合い漫才に、少しばかり。

心が緩む。


「そうこうしてる時に、じゃじゃーんっと現れてくれた救世主が、ナチル子ちゃんね。いやーいいよ、彼女。もうちょっと大きくなったら、お兄さんが色々教えてあげたいわ」

「あれでもお前より年上だ」

「へぇ! そりゃーますます意外な魅力だね」


軽い調子で言い返されて、思わず苦笑した。


「2人とも、ありがとう。助かった」


口にした感謝の言葉に。

軽く目を見開いて無言で返すエイジと。

大げさに笑って俺に抱きつこうとするナギ。


の、腕を避けて、改めて尋ねる。


「ナチルは、今?」

「向こう到着して説明もほとんどなしで、即俺達を送ってくれて、本当はその時に一緒についてくるつもりだったみたいなんだけどさ。直前にちょっとマズイ事態で、今頃は少年のとこに行ってくれてるんじゃない?」

「まずい事態?」


(――あ!)

(あれ? もしかして、じゃあ……)


ナギが再び俺の方に手を伸ばしながら。


「何かカイが怪我したとかで、即時通信が来たんです。俺達は無視してすぐこっちに来ちゃったんで良く分かりませんけど」


あっさりと答えた。

その腕を払い除けながら、聞き返す。


「怪我した!? カイが……」


(え!? 何それ!?)

(あんま、ちゃんと)

(情報伝わってないのかな)


(いや、待って)

(あんた、今オレの名前呼んだね)


「怪我なんて――あのバカ! バカカイ」


何かもやもやする気持ちを。

とりあえず罵倒で吐き出した。


(――えぇ!? これ?)

(オレを呼んだの、これかよ!?)


「バカだ、あいつは本当にバカだ! バカカイっ!」


(ちょっと……)

(もうちょっとこう)

(何かないのかよ……)

(頑張ってるのに……凹む……)


(つか、こんなんで呼んだって)

(どういうことだよ)

(適当だなぁ……)

【だから、オレを呼んでって言ってるのに】


俺がいない間に、またそんな。

やっぱり、あいつ1人にしておけない。

誰か傍で見張ってやらなくては。


(あれ? それどっかで聞いたな……)


くくっ、と面白そうに笑う声が。

見上げれば、エイジが何とも言えない顔で。

俺を見下ろしている。


「……そんなに心配しなくても、生きてんならアサギとナチル子ちゃんがついてりゃ死なないよ。名誉の負傷だと思ってあげな。そんなことよりさ、この4枚目のペーパーバード。これ本当に実現できるか、ちょっとマジメに考えてくれる?」


エイジが俺の手の中から紙片を1枚抜き出す。


『いずみをてんいしろ』


泉を転移しろ?


馬鹿な。

泉というのは、湧き出す地下があって。

そこから全てとは……どれだけ広範囲になるか。


「俺1人でそんな範囲は――」


――言いながら。

ふと、気付いた。


「この島には同胞がいるんじゃなかったんですか? アサギとナチルちゃんがやったように、皆で――」


ナギの顔を見ながら。

頭の中で、計算する。

どこからどこまでを転移させるか。

どれだけの魔力が必要か。


(……待って!)

(計算の速さに追いつけない!)


魔法陣をどこに配置して。

どこで誰が呪文を詠唱して。

魔力の流れ、詠唱の変更、展開のタイミング。


(――あぁ、もう!)

(無理! 任せた!)


島にいる全員の魔力の総計。

一時的に高まる出力。

その総てで、青葉の国まで――


「――いける」


断言した。

いける。

間違いない。


(サクヤ)

(あんたが言うなら、信じられる)


ほっとした表情で、エイジが頷いた。


「そりゃ良かった。青葉の国に場所は用意してあるからさ。人少ないから土地が余り放題なの」


青葉の国に転移するなら。

リドル族もその国民ということに。

なるのだろうか……。


(あー……悪い)

(そこまで、オレ考えてない)

(後で何とかして)


よくよく思い出せば。

そもそも俺があの国に属することになってる。

人間の国に雇われた姫巫女なんて。

初めての存在だろう。


だから……もう、良いか。

後でイツキ達と考えよう。


「んじゃ、計画立てましょうかね。俺ら崖の方から来たんだけどさ、あれ傭兵? 何か寄せ集めみたいな奴らが上がってきてたよ。もうすぐこっち来そう」

「すごい音がしましたしね。おかげで俺達にもここが分かったってことなんですが」


2人の言葉で理解した。

まだ傭兵達はこちらに来ていない。

なら、今のうちに――


「――サクヤ。このありさまは……そいつらは誰ですか?」


背後からかけられた声は、イツキの。

先程の爆発音で、様子を見に来たのだろう。

人間の姿に怯えているけど。


「俺の友人だ。加勢に来てくれた」

「友人……」


釣り上がっていた眦が、少しだけ緩んだ。


「サクヤの友人――助勢はありがたいですが。彼らも人間でしょう?」


我が一族があれからどんな苦渋を味わって。

どんな目に合わされたか。

忘れるはずがない。

だけど。


胸の痛みを堪えて、答えた。


「今攻めて来ているのは、一族の1人ヒデトの指示だ。もう……種族を問うている場合じゃなくなったんだ、イツキ……」


泉を転移するには。

1人残らず皆が協力しなければならない。

姫巫女の言葉をもって命ずれば。

逆らう者はいない。


だけど。

イツキの表情は固いままだ。

きっと他の一族も同じ顔をするだろう。


聖なる泉を動かすなど、何と不遜な。

もしかして、俺の名前は。

史上最も愚かな姫巫女として。

暗黒の時代として。

一族の歴史に残るのだろうか。


所詮人間如きが。

余計なことをしたと。


(サクヤ……)


――それでも。

他に術はない。


「イツキ。これからの計画を話す。こいつらのことも紹介するから、一緒に泉に向かおう」


もう俺に付いてこなくても良い。

転移したら、今度こそ代替わりしても良い。


だけど。

今だけは。

この窮地を乗り切るまでは。

許してほしい。


ただ皆が生命を永らえて。

平和に暮らせる時を望んでいるだけなんだ――


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(あんたには無理をさせるのかもしんない)

(けど。オレ……見過ごせないよ)

(全部諦めて消えるあんたなんて)

【絶対にそんなことさせない】


(あいつら、向こうに行ったんなら)

(もう大丈夫だよな、あんたは)

(今度は……こっちだろ、やばいのは)

(なあ、サラ――)


――暗転――

2016/01/12 初回投稿

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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