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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
120/184

interlude18(前編)

(――ノイズ音)

(――ノイズ音)

(――ノイズ音)



――強制接続――



目を開けた。

視界が悪い。

変に濡れている身体を拭おうとして。

腕を持ち上げたが……重い。

痛い。


(いてててっ!)

(痛い、痛いって!)

(何これ!? オレどこに跳んだの!?)


「サクヤ……目が覚めましたか?」


真上から声がした。

歪む視界を、目を眇めて。

何とか認識する。


「……イツキ……?」


自分を見おろす紅の瞳で。

イツキの腕の中にいると気付いた。


――瞬間に。

理解した。


身体の重さなんてどうでも良かった。

傷の疼きも気にならない。

即座にイツキの腕から滑り降りた。


無茶な動きで、脇腹と右腕が軋むように痛んだが。


(痛ぇ! 痛いって! もっと丁寧に!)

(……あれ? 呼ばれた時間じゃない)

(もっと前だ)

(でも、ツバサとやり合ったよりは後だな)

(だって撃たれたとこ、すげぇ痛ぇ……)


無視した。


「――時間は!? あれからどれだけ経った!」

「……向こうは停泊した砂浜から動いていません」

「動いてない? 何故……?」

「さあ、余裕を見せているのか……。ただ、様子を見に行った者の話ではほとんどが人間の傭兵のようなので、取り纏めるのに苦労しているんじゃないかと思います」


その説明は、確かに納得のいくものだった。


故郷を忘れた獣人ですら。

原初の五種に仕掛けるなど。

しかも一族諸共を狩るなど。


平気な顔では出来まい。

いきおい、人間の兵士で固めざるを得ない。


きっと赤鳥グロウス族を攻めた時も。

同じだったはず。


それが。

原初の五種の一種が。

よくもこんな寄せ集めの人間に――


(いや、あれだ)

(あの新兵器――)


銃で狙われたことがその理由だろうか。

あんな武器があるとは予想も出来なかった。


(中に火薬入ってんだろ?)

(炎とは相性悪そうだけど……)

(暴発を恐れなければ、遠距離で狙い撃てる)

(優れた武器だ)


赤鳥とは以前からほとんど交流がない。

種族特性すら、さっき初めて知ったくらいだ。

内乱で揉めていると噂には聞いたが。

まさか、滅びているとは思わなかった。


あれが最後の赤鳥。

最後の騎士ならば。

一族を守るはずの騎士が、何故。


ふと、イツキの背後から。

斜めに日が差してきた。


思わず目を眇めた様子で、気付いたらしい。

イツキが苦々しく呟く。


「あいつら、夜が明けるのを待ってたのかもしれませんね」

「……向こうにはヒデトがついてるからな。知っていてもおかしくない」


月の光で魔力は強まる。

その逆を狙ってくるなら。

今、この時間から、あいつらは動きだす。

――迎え撃たねばならない。


「イツキ。ナチルはどこにいる?」

「皆、近くにいますよ」


言われて周囲を見回して。

島の同胞の全てが傍にいることに、今更気付いた。


木々に囲まれたこの場所が。

どこなのか。

それに。

一族の意志も。

全て、一度に理解した。


「……ここは、泉の洞窟の前か」

「姫巫女ではない俺達は中には入りません。赤鳥達あいつらもここから先へいかせない為にいるんです。だから、あなたは――」


イツキの言葉が、そこで止まった。

止めたのは。


(止めたのは)

(あんたの視線だ)


真っ直ぐにその紅の瞳を見つめる。


「少なくとも今の姫巫女は俺だ。ひめみこは――」


イツキの唇が微かに動いたけど。

向こうが何かを言う前に。


「――我が一族とともにある。この命の最後まで」


先に宣言した。


(ああ、口に出してしまった)

(あんたは絶対逃げないとは思ってたけど)

(まさか言っちゃうとは)

(バカ……)


眉をしかめたのは、姫巫女の誓約の。

意味を良く理解しているからだろう。


(絶対に違えることはない)

(あんたの言葉は、一族にとっても)

(遵守すべきものになる……)


同胞達は何を考えていようと。

姫巫女の言葉を守るしかない。

あまり好きではない強制力だけど。

今は、言えて良かった。


イツキの嘆息が聞こえる。


「強情な人だな……」

義姉イワナの薫陶だろ」


本気で答えれば、こんな時でも微笑みが浮かぶ。

その人のことを考えると、いつだって。

少しだけ心が温まる。

例え、後悔と哀しみを掘り起こしたとしても。


「彼女は強い人でしたから」


目の前のイツキと同じような表情を。

きっと浮かべているのだろう、自分も。


だから。

今こそ、問わねばならないと思った。


(問う? 何を……?)


「……イツキ。もし、あなた達が――」

「はい?」

「――もしも、完全な姫巫女を望むなら……」


口に出した瞬間に、イツキの表情が変わった。

歪めた顔の示すものは、怒りか嘲りか。


「サクヤ。ちょっと黙って下さい。またあなたは余計なことを考えているみたいだ」

「余計? 目の前に敵がいて、今の力では不足があるかもしれないなら、底上げを考えるのは妥当だろう」


答えながら、本当は分かってた。


「あなた達が望むなら」なんて。

責任を被せるようなことせずに。

これも宣言してしまえば良かったんだ。


だけど、俺自身がまだ迷ってるから。


俺の作った苦しみを。

幼い同胞に負わせることが正しいのか。


それに……少しだけ。

これで自分は消えてしまうと考えると。


(怖いんだろ。おかしくないよ)

(誰だってそうだから)

(止めろよ、自分を責めるのは)


一族のためなのに。

身勝手な理由で躊躇する自分を嫌悪した。


イツキの視線が冷ややかなのを見て。

ますます……落ち込んだ。


(イツキがこんな顔してるのは)

(あんたが思ってる理由じゃないんだ)

(むしろ、逆なのに……)


「相手は魔力を燃やすんでしょう? 代替わりしたところで、姫巫女の魔力頼りの状況は変わらない。それでこちらに勝ち目があるんですか? そんな無駄なことなら……」

「逆なんだ。大昔に前の姫巫女が島のおじじ達と話していた口ぶりだと、グロウスの騎士と姫巫女がやりあった場合、勝つのは姫巫女だというようなニュアンスだった。それが押し負けるということは……多分、単純に出力の問題だと思う」


俺が大量の魔力放出に耐えきれないから。

格好の燃料になっているんだ。

魔力の出力を増やすことができれば。

燃え尽きる前に向こうに到達するはず。


だから、やっぱり。

正規の姫巫女なら、こんなことはないのだろう。


(……そうかもしれないけど)

(この運命を選んだのは)

(あんただけじゃないんだろ)


話している内にようやく、吹っ切れた。

彼女ナチルには、重荷を背負わせることになるけど。

一族全てが殺されれば。

彼女の生命だってないのだから。


(――おい、何考えてる……)


「ナチルを呼んでくれ。前の姫巫女の時のことを思い出すに、姫巫女を譲ってもしばらくは俺も消えないはずだ。だから――」

「――止めて下さい、黙って!」


厚い手の平で物理的に口を塞がれた。


(イツキ、良くやった!)


「何を言うつもりですか!? イワナがあの時どんな思いであなたを守ったのか、まさか覚えてないとは言わないでしょうね!?」


(……あの時?)


まさか。

分かってる。

イワナが守ってくれた生命だ。

無駄にしたい訳じゃない。

だけど――


俺の表情で大体分かってるのか。

イツキは手を離してくれない。


「責めるつもりではありませんが、あなたを説得するには別の言い様がないのが困る……。とにかく他の話をしましょう。それなら離します」


提案を受けて少し考えたけど、結局頷いた。

このまま作戦も立てられずに。

赤鳥に攻め込まれるのは困る。


おずおずと手の平が離れていく。

それでもイツキの顔色は青いので。

黙ってもう一度頷いて見せた。


「……失礼しました。もう、さっきの話は蒸し返さないと誓ってもらえますね」

「ああ、誓うよ」


その言葉でようやく。

イツキは息を吐いて力を抜いた。

俺ももう、口には出さないことにする。


(口に()ってあんた――)


「じゃあ、この先のことを考えましょう」

「うん。作戦を立てようか。皆、武器はある? 攻撃系の魔法が使えないなら、物理攻撃をしかけるしかない。狩りの時に使う弓矢は? 投石器(スリングショット)も持ってきた?」


本当は、まともな武器があればもっと良い。

だけど。

同胞達には武器を手にして戦うなど。

経験のない者がほとんどだ。


剣さえ数える程しかないこの島で。

まともな戦士が何人いるのだろう。

確実なのはイツキと、後何人いるか。


(そんな弱々しいのか……)

(そう言えば、トラ達もグラプルの女王も)

(そんなこと言ってたな)


もともと、治癒魔法に特化してる。

その一族を守るのが姫巫女の役目。


そのはずなのに。

俺の代でうまく機能してない。

姫巫女の力不足で。


「一応、武器になりそうなものは大体持ってきましたが……」


イツキの表情も暗い。

結果が分かっているのだろう。

本当は俺と同じで、皆を逃したいに決まっている。


だけど、多分。

同胞達はそれでは納得しないはずだ。

泉と姫巫女を捨てて、避難するなど。

決して。


「見張りはもう置いてあるか?」

「はい。勝手ですが俺の判断で、森の入り口に何箇所か」

「ありがとう。後は武器を割り振って……ここで迎え討とう。遠距離武器を持つ者は木の上に。剣を持つ者は――そうだ、イツキの……」


イツキの剣は。

さっきユナが。


「……ユナは」

「すみません。……俺にはあなたを連れて離れるのが限界でした……剣だけは回収しましたが」


言葉通り、腰に剣を佩いている。

イツキが2人を抱えて走るのは無理だ。

分かっていた。


きっとイツキが表情を変えないのは。

姫巫女を守るという、その責務を。

果たしたと思っているから。


(じゃあ、やっぱり)

(ユナは――)


俺の手の中で、既に呼吸も止まっていた。

あそこから連れて逃げたとしても。

例え同胞達でさえも。

手の施しようはなかったかもしれない。


だけど。

もしかしたら。


(でも、あんたは言わない)

(イツキのせいじゃない)

(自分のせいだって思ってんだろ)


俺がいなければ。

きっとユナは。


(それは違うよ)

(なのに、口に出さないだけで)

(あんた、ずっと考えてる)


こうして攻め込まれて。

他の同胞に同じ道を。

辿らせることになるんだろうか。


周囲を見回せば。

紅の瞳が、俺とイツキを見ている。

姫巫女と泉を守るために。

その柔らかい手に武器を持つ覚悟で。


彼らは逃げないだろう。

俺も逃げない。


だけど、せめて――


「――イツキ。やっぱりナチルを呼んでくれ。一族で最も幼い同胞だ。彼女だけ逃がす訳にはいかないだろうか」


提案に、イツキが少し考え込んだ。


「確かに彼女1人なら、逃げ延びられるかも知れません……」


幼い同胞を救いたいのは。

きっとイツキも同じなのだろう。


(そうだな)

(愛する人の娘でもあるのだから)


「頼む。ナチルを呼んでくれ」


俺の言葉にイツキは。

少し疑問を感じたようだけど。

すぐに。


「あたし、ここにいるよ。サクヤは何のご用なの?」


本人が来た。


その声に。

その姿に。


肩先で揃えた白銀の髪に。

深い紅の瞳に、不満げに尖らせた唇に。

いつか別れた時の義姉あねの面影を見る。


俺もイツキも、一瞬黙った。


(本当に、そっくりなんだ……)


「ナチル。崖を見に行こう」


約束をしていたから。

ここからなら崖までは近い。

ついでに赤鳥の様子も見える。


俺の言葉が聞こえていた一族達には。

この後に何が起こるか分かったらしい。


手の届く範囲でナチルの髪を撫でては。

気付かれないように別れを告げていた。


(何で本人に言わないんだ)

(騙し討ちみたいなことすんなよ)


ナチルまで「逃げたくない」と言い出したら。

どうすれば良いか、困ってしまうから。


多くの手に撫でられて。

物々しい空気に怯えていた耳が。

ゆっくりと持ち上がって、瞳を細めた。


「約束しただろ。一緒に見に行こう」


手を差し伸べると。

にこりと微笑んだ顔が。

記憶の中の何かを刺激する。


「うん。ナチル、一緒に行く」


俺達を凝視しているイツキに。


「少しだけ離れる。とにかく武器を用意しておいてくれ」

「……分かりました」


声をかけてから、手を繋いで歩きだした。

ナチルとの最後の約束を守るために。


(――あんた!)

(やっぱり、そのつもりなんだろ)

(姫巫女を譲って……)


(――くそ。頼む、誰か……)

(こいつの考えに気付いてくれ……!)


一族達の視線を背中に感じながら。

森へ分け入った。


歩きながら。


「ねぇ、皆なんで集まってたの? お祭りなの?」


途端にナチルの口数が増えた。

大人に囲まれて緊張していたのだろう。


適当に無言で頷き返すとますます喋りだした。


「お祭りはね、リドルのお祭りは楽しいってママが言ってたよ。いっぱいあってね、皆で赤い服着たりね、お歌を歌ったり……あと、きもだめし!」

「肝試しは、今はもうやってない」


そこだけ訂正しておく。


森を抜けると視界が開けた。

崖の向こうには、朝日を反射して輝く波と。

海岸に寄せられた軍船。

白い砂浜。

軍船の周りを取り巻く人間達。


「サクヤ……あの人達、なに?」


俺の腰に抱きついて、足を踏み鳴らす。

完全に寝かせた耳で恐怖が伝わってくるけど。


何も答えられないまま、魔法陣を描く。


(ナチルを安心させるような)

(優しい言葉が浮かんでこない)

(あんたはでまかせ言うわけにはいかないし)


大丈夫、なんて言えないから。


「ねぇ、サクヤはなにしてるの? こないだの魔法?」

「ああ。転移魔法だ」


この前と同じ。

場所を俺が指定して、ナチルの力を使って。

行く先は。


「もうここからお出かけするの? 今度はどこいくの?」

「青葉の国」


ナチルは俺から離れないまま。

頭を胸元に押し付けてくる。


(――痛っ!)

(肩の傷……まだ治りきってない)


優しい言葉はかけられないから。

多少の痛みで。

怯える彼女を突き放す気にはなれない。


「あおばの国にはなにがある? お花は咲く? ママは言ってなかった」

「青葉の国には――友人がいる」


以前島を襲われた時には思い付きもしなかった。

人間の国に逃げ込むなど。


今は。

ナチルを1人で送っても大丈夫だと。

信じられる。


リョウを。

エイジを、アサギを、サラを。

ナギ……は、ちょっとアレだけど。


多分。

カイも、全てが終わればあそこに戻るはずだ。


「サクヤのお友だちがいるんだ。じゃあ、みんなであそべる? あたしも一緒にあそんでくれるかな?」

「きっと」


ナチルをくっつけたまま。

地面に魔法陣を描ききった。

若干雑な気もするが。


(若干じゃないよ)

(アサギの魔法陣見た後だと……)

(――いや、それどころじゃないだろ!)


無視した。

立ち上がり、ナチルに向き直る。


「ナチル」

「なに? もう行く? ナチルおにもつ用意してないよ」

「荷物は良い」

「サクヤもおにもつ、いらないの?」

「俺は行かない」


途端に。

ナチルの瞳に涙が盛り上がる。


「……なんで?」


見開いた瞳で問われて。

何を聞かれているのか、分からない。


(バカ! ナチルはお前と)

(一緒に行くもんだって思ってんだよ)


「あたし……だけなの?」

「そう。だから、頼みがある」


カイに、何かを言伝ようと。

何を言おうかと迷って。


……止めた。

出てくる単語にロクなものがない。


(あんた、本気で消える気か)

(今浮かんだの)

(別れの言葉ばっかりじゃねぇか!)


「頼み、なに?」


だけど一度言いかけてしまったので。

何かを頼まずにはいられなくなった。


慌てて。

言葉を。


「目を閉じて」


静かに瞼に隠れた紅の、その頬の涙を拭った。

2016/01/12 初回投稿

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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