11 見てれば分かるよ
【前回までのあらすじ】サラとオレ、再会したキリの3人は、西にある麻里家の倉庫を目指す。そこにサラの同胞ディファイ族が捕まっているという情報を元に。何となくサクヤのことは心配なんだけど……どうにもならないし。とりあえずは目の前のこと……で、良いよな?
「――カイ」
目が覚めた。
真っ暗な部屋の中、キリが静かにオレを揺すっている。
「あ、もう時間か……オレ、うなされてた?」
「いや、ただ……」
既に着替えて出発の準備も整っているキリが、タオルを差し出してくれる。
何だろうと思って顔に手を当てたら、頬がひやりと濡れていたので驚いた。
どうやら……寝ながら泣いていたらしい。
受け取って身体を起こしたが、変な時間に寝たからだろうか、随分とだるい。
それに、何だか。
どうしても気分が晴れなくて、ホントはもう一度ベッドに横になりたかった。
だけど、そういう訳にもいかないよな。
早くディファイ族の危機を脱して、サクヤを助けに――助けに?
あいつに助けが要るなんてことあるんだろうか?
何だか良く分からないまま、嫌な胸騒ぎがするのは確かだけど。
早く……早く、何か――
「――日が暮れたんだな。予定通り行こうか、キリ」
頭を揺すって、おかしな不安を振り切った。
心配そうにこちらを見るキリに微笑みを返すと、キリは黙って頷く。
背中を向けたその足の後ろで、頼りなげに尻尾が揺れていた。
オレの様子が普段と違うから心配してくれてるのだろうが……解消してやりたくても、オレ自身でも良く分からない。
何故かものすごく怠い身体を無理矢理に動かして、手早く身支度を整えいつもの宿の入り口に向かうと、オレを起こしに来ていたキリはもちろん、既にサラもそこにいた。
真夜中、外は真っ暗。
前回と同じく、この闇に紛れて壁を越え街を出ようということに決まってた。
見送りのつもりか、宿の主人のカスミもいる。
「待たせてごめん。行こうか」
オレの言葉に頷いたのはキリだった。
サラは黙って踵を返す。
カスミの右手が静かに差し出される。
「頑張んなさい」
「ありがと」
その手を軽く握り返す。
オレの表情が浮かないのを見て、カスミが口を開いたけど。
「ねぇ、サクヤを……うーん。いや、やっぱもう良いわ。あんたのやりたいようにしな」
すぐに口を閉じた。
前回と同じように言わなかったのは、今のオレには言わなくても良いと思って貰ったってことなんだろう。多分。
オレは黙って頷き返してから手を振り、サラとキリの方へと向かう。
「よし、行こうか!」
「ああ」
やっぱり返事はキリからしかなくて、サラは既に宿の入り口をくぐり抜けていた。
ふと思いついて追い掛ける。
「なあ、サラ。あんた、やっぱり先にディファイの集落に行きたいか? もしそうなら、キリと一緒に――」
ぱし、と肩を尻尾で叩かれた。
無言のままだが、その様子からすると余計なお世話らしい。
いや――お前を放って行くワケないだろ、かな?
「……ありがと」
笑いかけると、ふん、と鼻を鳴らしてオレから視線を逸らした。
サラの背中で黒い尻尾が揺れていた。
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夜闇に紛れて壁を越える。
先行したサラが軽々と壁に登った後、下からキリに支えられているオレを引き上げてくれた。最後にキリが駆け上ってくる。
降りる時は、その逆の順序で。
後は夜の街道をひたすら西へ向かう。
真夜中の森の中を歩いていると、ふと。
いつかサクヤと2人で歩いていた頃を思い出した。
お互いに、ちょっとだけ疑って。
ちょっとだけ気になって。
自分には関係ないと……完全には切り捨てられなくて。
こうして思い返すと、何かあの人、いつもキラキラしてたような気がするから、とても困惑する。
きっと髪が金色だからだろうと、勝手に結論づけることにした。
「あのさ、黙って歩いてても気が滅入るし、何か話さねぇ?」
前を行く2人に声をかける。
2人とも口数の多いほうじゃない(片っぽはほとんど喋らない)ので、こうしてオレから言い出さないと、このまま無言で一晩歩き通しそうだ。
普段、サクヤと歩く時もそういうことはよくあるんだけど。
しかもそれでも気にならないんだけど。
何故か、今日は。
1人で黙っていると、嫌な方にばかり空想してしまう。
例えば……今頃あいつ、島でピンチに陥ってたりしないか、なんて。
あんなペーパーバードのたった一文だけのことなのに。
ほぼ不老不死で向かうところ敵無しのあいつが、追い詰められるワケなんてないのに。
何でだろうな……。
それに、身体が本当に怠くって、黙っていると寝てしまいそうだ。
とにかく、少々不自然でも何か話していて欲しかった。
そうすれば多少は気が紛れる。
「話すのは構わないが、何の話をする?」
キリがノッてきてくれた。
サラは相変わらず無言だが、その背中は否定を示してはいない。
いつも通り、喋りはしないが実は聞いてる、ってことだろう。
オレはちょっと考えて、この共通点の少ないメンバでも何とかなりそうな話題を提示した。
「そうだな……好きなタイプについてでも語る?」
「――君は自爆癖があるのか?」
呆れたようなキリの視線を受けながら、その向こうでサラのしっぽが垂直に立ち上がっているのを見た。
楽しそうに2〜3回揺れた後、その顔が珍しくちらりとこちらを振り向く。
オレに視線が集まっているのを自覚して、思わずキリに尋ねた。
「……オレからってこと?」
「まあ、聞かなくても分かってるが、不幸自慢なら慰めぐらいはする」
不幸自慢? まあオレモテる方じゃないけど。
何でバレてんだろ。良く分かんない。
「じゃあ言うぞ? まず、オレ優しい娘がタイプなんだよね。そんで髪の毛は肩くらいの長さで下ろしてて欲しい。何かこうさ、さらさら揺れてる女の子の髪の毛って可愛くない?」
歩きながら妄想を語る。
本当はおっぱい大きくて、「うふふ」って笑う感じが好き……とか、細かいとこもあるんだけど。最初っからそんなに飛ばしてくと、皆ついてこれないじゃん。
若干気恥ずかしいものがなくはないが……まあ、アレだよ。オレが心を開けば、皆も開いてくれるさ。
しかし、男同士で「おお、分かる分かる」なんて盛り上がるはずのキリは、呆然とオレを見ているだけだった。
「え? オレ、何か変? キリは髪はもっと長い方が好き?」
「いや、私の問題じゃなくて……君、隠すならもう少し本腰入れて隠して欲しい」
「隠す?」
何のことを言っているのか分からない。
おっぱいのことも、しっかり言った方が良かったってことか?
でもさ、今語ってるのも嘘じゃないの。割と昔からのオレの好みなんだよ。照れるぜ。
そんなオレを無視して、サラがぼそりと呟いた。
「サクヤは」
「は?」
何? サクヤが何? サクヤの趣味なんか知らねぇよ。
と、答えようとして。
そういう質問ではないことがようやく分かった。
「……え、違……ちょ、サラ! 違うから! あいつ男だし!」
「君、仮にも女性に対して、そんな言い方は良くないだろう。いくら照れ隠しとは言っても――」
「キリ!? あんたまだ勘違いしたままだっけ!? あいつ男だから!」
そうだった。白狼族は例によって姫巫女の性別は女だと思い込んでたんだった。
オレの言葉でキリは首をかしげる。
「勘違い――いや、男だって?」
「そうだよ。あいつ男なの。他にも勘違いしてるヤツがいたんだけどさ……ほら、キリはディファイ族の長老のトラって知ってる?」
ぴくり、とサラの尻尾の動きが止まり、耳だけがこちらを向く。
トラの――兄の話が気になったのだろう。
そんなサラとは別の意味で、キリの表情が固くなったことが分かった。
「トラ……知っている。先の長老の後を継いだ、まだ若い長老だな」
「そうなんだけど……何でそんな嫌そうな顔してるの」
キリの立ち上がった尻尾を見ながら尋ねたが、ぐる……と喉の奥で唸るだけだ。
キリの代わりに、珍しくサラが口を開いた。
「犬猫は仲が悪い」
え!? 今初めて聞いたよ、そんなこと。
慌ててキリの方を見ると、少し鼻の上にシワを寄せた苦々しい表情で頷き返してきた。
「古から連綿と続く仲の悪さだ……。本当は没交渉でありたい位なのだが、如何せんそうもいかない」
そんなもん、連綿と続かせなくて良いよ!
え、じゃあ何? キリとサラはそんな感情を圧し殺して付き合ってたの?
普通に仲良さそうに見えてて、「やっぱ獣人同士って気安いんだな」とか思ってたんだけど、気付いてないのオレだけ?
オレは慌ててサラを見たが、黒猫の少女はさして気にした風もなく長い髪を掻き上げた。
「キリは除外」
キリの方へ視線を移すと、白狼の男は頬を緩める。
「サラは集落の者でもないそうだし。打ち解けてみれば悪い者ではないから、案外簡単だった。だが、他のディファイは……」
言葉の後半から始まったぐるぐると言う唸り声を聞いて、オレは肩を竦めた。
「何で昔からそんな仲悪いの? あんたらは『原初の五種』の中ではご近所さんな方なんじゃない……?」
ディファイの集落がこの蔵の国。
グラプルの森は隣国の砂の国。
それに比べればリドルの島は南国らしいから、結構な距離がある。
「そうだな。赤鳥の谷ももっと南にあるから、五種の中ではディファイとグラプルは近くに住んでいることになる。だが……」
「近いと争いも多い」
そういうもんなんだろうか。
こうして見てると、キリとサラは息がぴったりなんだけど。
「ふひっ」
いきなり笑い出したサラについていけず、オレは困惑する。
それなのに、キリの方は素直に笑い返してる。
「……何がそんなに面白いの?」
「いや……我らの対立を深めるような行事が、年に1回あるのだ。サラはそのことを言っているのだろう」
「行事!?」
「秋の恒例黒白対抗大運動会」
「恒例!? 運動会!?」
……仲良いじゃん。
「毎年、蔵の国と砂の国の国境付近で開催されるのだが。去年は蔵の国がきな臭い様子だった為に見送りになっていた。一昨年の国境リレーで、アンカーとして最後を争ったのが私と向こうの長老だったのだ」
「トラが勝った」
どこか微妙に自慢げなサラの様子に、キリがまた唸り始めた。
あの、すみません。
要約すると、「一昨年のリレーで負けたまま、去年は試合自体が流れたから、この屈辱を晴らすことが出来なかった(から、トラが嫌いだ)」ってことで良いんですかね?
「獣人ってそんなことばっかしてるワケ……?」
「君、そんなことばっかと言うが、これは大切なことなんだ。獣人はただでさえ数が少なく、人間に迫害されることが多い。共に手を取り合う為にはだな――」
「――それで喧嘩してりゃ意味ないじゃん」
かぶせたオレの言葉で、キリが黙り込む。
キリの尻尾が地面と水平に突き出されている。その不満げな様子からすると、何か言い返したいんだろう。聞かないけど。
サラはと言えば、楽しそうに尻尾を振っている。
こういうのは犬猫の差なんだろうか、それとも一族に属していないからなのか。
……いや、犬じゃない。狼だった。
そんなくだらない話をしてる間に、夜が明けるより前に目的の街に着いてしまった。
おかげで、当初オレの指定した話題である「好みのタイプ」については全然聞けないままだ。
だけど――オレは知ってる。
サラがいつも誰を見てるか。
キリがずっと誰のことを考えてたか。
だからやっぱり、そんな話はしなくても良かったんだろう。
見てればきっと、分かるんだから。
2016/01/01 初回投稿