interlude17
(ああ、ようやくこの時間が)
(昨日の続きが)
(ねぇ)
(あんたがどうしてるか、知りたい――)
(カウントダウン――。5……、3……、1……)
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
迫る焔を。
「聖防御障壁!」
無駄と知りつつ、魔法で防いだ。
(何だこれ、ものすごい焔……)
(まさか――)
「『炎よ』」
障壁の向こうから、ひび割れた声が響く。
砂浜に立つこちらと、船上に立つ相手。
島の結界と逆巻く炎を隔てて対峙する。
焔の向こう、ちらつくように。
広がる赤い翼が見える。
(最後の赤鳥族の守り手――ツバサ)
(ヒデトの傍にいないと思ったら)
(島の方に来てるとは)
(でも魔法使い同士なら、相性は――)
――違う。魔法じゃない。
(――え?)
障壁を舐める焔に。
魔力を食われていく感覚で。
頭がくらくらした。
(うわ!? 何だ、これ?)
(力抜ける……気持ち悪い……)
力の入らない左腕を上げて。
倦怠感を吹き飛ばすように、叫ぶ。
「――月焔龍咆哮!」
左手の先で渦巻く白い光が。
海水を蒸発させながら。
白煙に包まれて相手に迫る。
その。
自分の最も得意とする魔法が。
「『火炎よ』――」
腕の一振りで。
炎に巻かれて消え失せるのが、見えた。
(あ……また)
(この、くらくらくる気色悪さ……)
こんなにも泉と近くにあるのに。
次々に消費されていく魔力に。
供給が追いつかない。
欠乏感で、呼吸が浅くなる。
先程よりもはっきりと見える紅の羽が。
ばさり、と揺れた。
こちらを嘲笑しているように見えるのは。
俺の勝手な思い込みか。
(ああ、オレにもそう見える……)
(あいつ……ツバサ……!)
もう、何度目だろう。
同じことを繰り返している間に。
軍船は近付いている。
九重結界が、再展開をしながらも。
1つ1つ破壊されて。
展開の速度よりも、破壊の方が早い。
泉だけを通す障壁が。
全て消えれば何が起こるかは。
あの時にもう分かってる。
それなのに。
軍船が、島へ到達するのももう。
時間の問題だろう。
(……!?)
(そんな、このままじゃ……!)
分かってる。
島に乗り付けられたら終わりだ。
いくら魔法を使えても、至近距離では。
1対多では相手しきれない。
内に入り込まれてからでは。
再展開された結界も無意味だ。
同胞達は、数も少ないが。
治癒魔法に長けた種族特性ゆえに。
まともにぶつかって勝てるとは思えない。
だからこそ、泉の障壁があるうちに――
「――っ!?」
(――痛っ!)
(この感覚……また結界が破られた?)
島を取り巻く焔が。
8つ目の結界を破壊した。
人間の魔法使いなら。
1つ破るだけで両手では足りない数がいる。
それだけの魔力が篭っている。
その膨大な魔力を、食い尽くすなど。
そんなことが出来るのは。
後にも先にも焔の一族だけ。
なのに。
こんな――獣人同士で。
争うことになるなんて……。
(種族なんて、もう関係ない)
(ヒデトも、カエデも)
(味方じゃない……)
船は更に近付いている。
既にここからでも、船上の。
唇の端を吊り上げた赤い影が。
はっきりと見えた。
怠さに堪えて、左腕をもう一度動かした時。
耳障りに甲高い声が、響いた。
「ねぇ、お前、まだやる気なの? 人間如きが、ボクら獣人に敵うと、本気で思ってるの?」
揺れる最後の障壁越しに。
船上から投げられた嘲りに。
心が揺れた。
(バカ、動揺するな)
(……あいつ……!)
胸に刺さるような痛みを。
意識的に無視しようと考える。
今は……認識してはいけない。
自分の力不足が。
こんなことを引き起こしているということは。
だめだ。
腕を上げろ。狙え。
だめだ。意識するな。
あれを、撃て。
あれさえいなければ――
「本当に愚かな一族だよ。わざわざ守り手に耳も尻尾も――もちろん翼も持たないような劣等種族を選ぶなんて! だからこんなことになるのさ。強い力にはそれに相応しい者を選ぶべきだったのにな」
(うるせぇ!)
(てめぇなんかに何が分かる!)
いつだったか。
カエデにも言われた。
獣人の誇りも持たぬ人間など、と。
俺のせいで一族は捕われたのだ、と。
(あんなの放っとけ!)
(あんたの価値を)
(他人に委ねるなよ!)
ああ。
そんなことは、最初から分かってる。
俺は、守り手に相応しくない。
一族が捕われたのは俺のせいだ。
自分は、所詮。
耳も尻尾も持たない人間だから。
本当は、この力。
もっと相応しい者が継ぐべきだった。
そうしていれば、今――いや、あの時だって。
そもそも、こんなことになっていなかった。
自分では、勝てない。
こんなにも。
島に魔力は溢れているのに。
うまく使えない俺の。
――また、俺のせいで!
(頼むから、聞いてくれよ)
(全部一人で支えようとすんな……)
「っあ……!」
(――っ痛!)
身体を走る9度目の衝撃が。
島の結界の全てが、燃え尽きたことを知らせた。
もう、この島を――同胞を守るものはない。
この自分の頼りない力以外には。
ならば、今度こそ。
この身を賭けても――
(なあ、そんなこと言うなよ……)
(力になりたいのに)
(何でこんなときに、オレ)
(あんたの傍にいないんだ――)
指先を震わせる痛みを。
膝が崩れそうになる脱力を。
胸元を押さえて堪える。
ふぁさり、と場にそぐわぬ。
優しい羽音とともに。
頭上から、影が落ちた。
見上げれば。
皮肉な笑顔を浮かべて。
深紅の翼が青空を覆っている。
(……来やがった)
「ヒデトからはこう言われてる。お前以外は全部殺して良いって。お前、守り手なんだから死なないんだろ? じゃあ……手加減なんて一切いらないじゃん!」
そちらに意識を取られている隙に。
タンっ、と船上から響いた破裂音が。
(――銃声!?)
(1つじゃない)
(持ち込んできやがった――!)
同じ音が何度か、続いて。
「――っ!」
脇腹に。
右脚に。
衝撃が。
(――何を!?)
全力で殴られた時のように。
自分の身体が跳ねたことは分かった。
後は、いつ落ちたのか。
気付いたら。
巻き上がる砂のなか。
身体は砂浜に伏せていた。
「……っは……ぁ……」
全身が重い。
どくどくと。
脈打つように熱い。
震えるように寒い。
立ち上がらなければいけないのに。
落下の衝撃と。
魔力の切れる倦怠感と。
身体を動かせば鋭い痛み。
手を突くこともままならない。
傷口から溢れて。
砂浜に滲み込んでいく血液を。
見下ろしながら。
白い砂浜の上に。
紅い影が、降り立つ。
ざく、と近寄ってきた。
一歩。
「お前じゃダメだ。言うこと聞かないし。だから――」
近付いてきた指先が。
金色に戻りつつある髪に。
伸びて。
「お前が自分から姫巫女を辞めたいと言い出すまで、可愛がってやれってさ、ヒデトが」
掴まれて。
「ボク、こう見えて研究熱心なんだぜ。人間の拷問について研究したんだけど、本当にあんな反応になるのか、実地で見てみたいと思ってた」
引き上げられた。
引っ張られて髪の付け根が痛む。
無理に動かされた脇腹が疼く。
「……っぐぁ……」
「姫巫女なんて偉そうにしやがって。ざまぁないぜ。この焔の力があれば、獣人も人間も――みんな、ボクのおもちゃに出来るよな!? そうだろう!?」
(止めろ……)
寄せられた瞳に浮かぶのは。
狂気と興奮の紅。
「……お、前なんか、に……!」
「あ? お前が喋るのは許可してねーよ」
ぐじゅ、と濡れた音がして。
右腕の傷に指先を。
突き込まれた――
(止めろ――)
「――っぁあぁ!」
自分でも止まらない悲鳴を。
ごりごりと。
探った指先が、腕の中から。
銃弾を抜き取って、ぼとりと落とした。
「んー、良い声。これで死なないんだから、しばらくは楽しめそうじゃん。いいおもちゃになりそうな気がする。ウザいヤツだけど、ヒデトにはお礼言わねぇとな」
そんな腹立たしい言葉も。
どこか、遠く聞こえる。
(おいっ!? ダメだって!)
(今は――)
自覚してる、意識が遠のいてる。
まずい、と思う気持ちだけが滑って。
痛みも和らいで遠ざかっているような気がする。
ダメだけど。
分かってるけど。
感覚が保てないんだ……
(あんたに無理させたくないけど)
(頼む、起きて――)
「――サクヤ!」
高い声で。
自分の名前を呼ばれた。
それで。
一瞬だけ、浮上した。
視線を上げれば。
ツバサの肩越しに。
重たそうに不慣れな剣を握って。
駆け寄ってくるのは。
「……ユ、ナ」
「お、来るか? ウサギ狩りといきますか?」
背後に視線を向けたツバサに。
砂の上に放り捨てられるように投げられて。
地面にぶつかって、一瞬息が止まった。
痛みのおかげで、目が覚めた。
その間に踵を返した赤鳥は。
ユナに視線を向けている。
右手に赤い炎を纏わり付かせ。
いつでも応戦できるような体勢で。
俺の脇腹を、踏んだ。
「……がっ……!?」
「一匹目はあいつだ。姫巫女ちゃん、あんたを守ろうとして一族が死ぬ姿。しっかり見ておけよ」
「止めなさい! サクヤに――我らの姫巫女から離れなさい!」
慣れぬ手つきで。
剣を振りかぶって向かってくる。
止めたかった。
来るな、来ても――。
ユナじゃ……勝てない。
そのままは言葉に出せなくて。
咄嗟に声が出なくて。
ツバサが楽しげに腕を振って。
走りくる炎を避けるユナの姿を。
「きゃあぁっ!」
「――ユナ……!」
とにかく、何か出来ることを。
動きづらい身体で、必死に。
ツバサの足にしがみついた。
「止めろっ、ユナをっ……!」
「ははっ、うるせぇよ。黙って見てろ」
脇腹から離れた足で。
頭を蹴りつけられて。
朦朧とした頭で。
でも、止めなければならないと――
――タンっ、と。
船上から聞こえた音が。
何度か続いて。
着弾の砂煙の向こう。
――ユナの胸元から。
血が吹き出す。
「っやだ、やめろぉ!」
その光景だけで。
痛みも。
倦怠も。
全部吹っ飛んだ。
吹き上がる砂を掻き分けて。
崩折れるユナに。
這いずるように駆け寄った。
赤く濡れる身体を。
動かない右腕を無視して。
左手で掻き抱く。
「ユナ、ユナ――!?」
「サ、クヤ、ごめ……」
「嫌だ! 待って、お願いだから……!」
縋り付いた俺の頬に。
触れた手が。
どこか満足そうに。
微かに緩んだ唇が。
「いず、みよ、わ……れらが……」
血とともに吐き出された言葉を。
最後まで、聞けないままに――
――ユナの身体から、力が抜けた。
「――や、いやだぁ!」
重い身体を必死に抱きしめる。
混乱した頭の中。
(――サクヤ)
「ちぇ、死んじゃった。本当、リドルって弱っちい生き物。燃やし尽くしてやろうと思ったのに、あんな武器なんかで死なないで欲しいよ。魔力があるだけが頼りなんていう、ボクの燃料になる為に生まれたみたいな生き物なんだからさ」
ざくざくと、砂浜を近寄ってくる。
足音を聞きながら。
腕の中のユナを。
いっそう強く掻き抱いて。
顔を埋めた。
もう。
ここで終わるのなら。
これ以上は、何も見たくないと――
(――サクヤ)
――それでも。
何故か。
聞き慣れた声に呼ばれた気がして。
(頼む、呼んでくれ)
「ねぇ、この島には全部で何匹のリドルがいるの? 全部殺して、お前に見せてあげるからさ。どうしても姫巫女を譲りたくないと言うなら、この上ないほど絶望して消えれば良いよ」
最後に会いたかったなんて。
(オレを、呼んで――)
その名前を。
ふと。
呟いた――
「……ィ……」
【サ、ク、ヤ】
(――サクヤ!)
(あいつ、絶対許さない!)
ギィン、と鉄を弾くような音が。
耳元で聞こえたような気がした。
途端。
(――てめぇは!)
(良い気になってんじゃねぇ――!)
「――っがぁあぁぁ!?」
何故か突然。
両手で頭を押さえて。
ツバサが苦しみだした。
(お前みたいなヤツがいるから!)
(お前みたいな――)
(――ふざけんな!)
(絶対にてめぇは許さねぇ!)
「ぎゃあぁぁ――!」
何が起こっているのか、理解出来ない。
ユナを腕に抱えたまま。
目の前を身悶え捩る赤鳥を。
ただ、ぼんやりと見つめた。
どこかで様子を窺っていたのか。
今、到着したのか。
駆け寄ってきたイツキが手を差し伸べてくる。
「サクヤ! 今のうちだ、早く!」
「……イツキ?」
のを。
ぼんやりと見上げた。
痛み? 苦しみ?
のたうち回るツバサが。
苦しみ紛れに砂浜を蹴って砂を散らす。
「がっ、あぁあぁ!? 何だよ、これ!? 何で……あぁあっ!」
(うるせぇ!)
(てめぇは――邪魔だ!)
「痛ぇんだよ、ぢくしょお!?」
こちらを見ぬままに身を捩る。
赤鳥を見ていると。
イツキの手が。
抱き締めていたユナの身体を。
俺の手を。
「サクヤ。もういい、逃げよう――」
両手でそっとはずした。
背中を抱え込まれるように。
持ち上げられて。
イツキが走り出したのが分かった。
軍船からの動きはない。
ツバサが動き回っていて。
狙いを定めづらいのだろうか。
まさか弾切れではないだろうが。
弾込めの時間が必要だからだろうか。
銃声は聞こえなかった。
「っお前ら! 今は見逃してやるけどなぁ! あぁあ、くそ、痛ぇ! 外とは連絡取れねぇぞ! ペーパーバードは魔力で出来てるからな! ボクの焔の格好の……もう、くっそぉ、痛ぇんだよ!」
やけくそに叫ぶ声だけが。
追い掛けてくる。
ぼんやりと考える。
逃げながら。
逃げるとは、どういうことかと。
(どういうって……)
(良いから今の内に逃げろよ!)
(それで――)
(あんたら、転移魔法使えるんだろ?)
――逃げられない。
同胞達が、泉から離れることはない。
前の襲撃の時だって、それで。
力を使い果たした自分と。
泉を守ろうとして。
一族は皆、殺されるか、捕われるかしたのだから。
(泉なんて――)
(そんなものが、生命より大事なのか!?)
(大事なのかよ……)
きっと、最後の1人まで。
同胞は戦うだろう。
戦いに慣れぬ、か弱い身体で。
ならば、自分も。
それを見捨てることはない。
最後の1人まで。
絶対に。
(サクヤ――?)
だけど。
ナチルは違う。
まだ同胞としての心の浅い彼女なら。
たった1人でも、逃げ延びてくれるはず。
今のうちに。
託しておこうか。
姫巫女の力。
あの時、自分が託されたように。
(バカ、止めろ!)
(そんなことしたら、あんた)
(消えちゃうだろ!?)
そうすれば。
ナチルがうまく逃げおおせて。
もし、あいつに会うことが出来たら。
伝えてほしい、なんて。
(このバカ)
(言いたいことがあるなら、自分で言えよ!)
何を言っておこうかと。
絶望しかない時間の中。
そんなことで。
少しだけ、嬉しく感じた――。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
(頼む……早まるなよ)
(お願いだから、あんた)
(オレの名前を、呼んで――)
――暗転――
2015/12/29 初回投稿
2015/12/30 誤字脱字修正
2017/02/12 サブタイトルの番号修正