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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
116/184

interlude17

(ああ、ようやくこの時間が)

(昨日の続きが)

(ねぇ)

(あんたがどうしてるか、知りたい――)


(カウントダウン――。5……、3……、1……)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


迫る焔を。


聖防御障壁セイクリッドオブスタクル!」


無駄と知りつつ、魔法で防いだ。


(何だこれ、ものすごい焔……)

(まさか――)


「『炎よ』」


障壁の向こうから、ひび割れた声が響く。

砂浜に立つこちらと、船上に立つ相手。

島の結界と逆巻く炎を隔てて対峙する。


焔の向こう、ちらつくように。

広がる赤い翼が見える。


(最後の赤鳥グロウス族の守り手――ツバサ)

(ヒデトの傍にいないと思ったら)

こっちの方に来てるとは)

(でも魔法使い同士なら、相性は――)


――違う。魔法じゃない。


(――え?)


障壁を舐める焔に。

魔力を食われていく感覚で。

頭がくらくらした。


(うわ!? 何だ、これ?)

(力抜ける……気持ち悪い……)


力の入らない左腕を上げて。

倦怠感を吹き飛ばすように、叫ぶ。


「――月焔龍咆哮ルナティックロア!」


左手の先で渦巻く白い光が。

海水を蒸発させながら。

白煙に包まれて相手に迫る。


その。

自分の最も得意とする魔法が。


「『火炎よ』――」


腕の一振りで。

炎に巻かれて消え失せるのが、見えた。


(あ……また)

(この、くらくらくる気色悪さ……)


こんなにも泉と近くにあるのに。

次々に消費されていく魔力に。

供給が追いつかない。

欠乏感で、呼吸が浅くなる。


先程よりもはっきりと見える紅の羽が。

ばさり、と揺れた。

こちらを嘲笑しているように見えるのは。

俺の勝手な思い込みか。


(ああ、オレにもそう見える……)

(あいつ……ツバサ……!)


もう、何度目だろう。

同じことを繰り返している間に。

軍船は近付いている。


九重結界が、再展開をしながらも。

1つ1つ破壊されて。

展開の速度よりも、破壊の方が早い。


いちぞくだけを通す障壁が。

全て消えれば何が起こるかは。

あの時(・・・)にもう分かってる。


それなのに。

軍船が、島へ到達するのももう。

時間の問題だろう。


(……!?)

(そんな、このままじゃ……!)


分かってる。

島に乗り付けられたら終わりだ。

いくら魔法を使えても、至近距離では。

1対多では相手しきれない。


内に入り込まれてからでは。

再展開された結界も無意味だ。


同胞達は、数も少ないが。

治癒魔法に長けた種族特性ゆえに。

まともにぶつかって勝てるとは思えない。


だからこそ、泉の障壁があるうちに――


「――っ!?」


(――痛っ!)

(この感覚……また結界が破られた?)


島を取り巻く焔が。

8つ目の結界を破壊した。


人間の魔法使いなら。

1つ破るだけで両手では足りない数がいる。

それだけの魔力が篭っている。


その膨大な魔力を、食い尽くすなど。

そんなことが出来るのは。

後にも先にも焔の一族だけ。


なのに。

こんな――獣人同士で。

争うことになるなんて……。


(種族なんて、もう関係ない)

(ヒデトも、カエデも)

(味方じゃない……)


船は更に近付いている。

既にここからでも、船上の。

唇の端を吊り上げた赤い影が。

はっきりと見えた。


怠さに堪えて、左腕をもう一度動かした時。

耳障りに甲高い声が、響いた。


「ねぇ、お前、まだやる気なの? 人間如き(・・・・)が、ボクら獣人に敵うと、本気で思ってるの?」


揺れる最後の障壁越しに。

船上から投げられた嘲りに。

心が揺れた。


(バカ、動揺するな)

(……あいつ……!)


胸に刺さるような痛みを。

意識的に無視しよう(・・・)と考える。


今は……認識してはいけない。

自分の力不足が。

こんなことを引き起こしているということは。


だめだ。

腕を上げろ。狙え。

だめだ。意識するな。

あれを、撃て。

あれさえいなければ――


「本当に愚かな一族だよ。わざわざ守り手に耳も尻尾も――もちろん翼も持たないような劣等種族を選ぶなんて! だからこんなことになるのさ。強い力にはそれに相応しい者を選ぶべきだったのにな」


(うるせぇ!)

(てめぇなんかに何が分かる!)


いつだったか。

カエデにも言われた。


獣人の誇りも持たぬ人間など、と。

俺のせいで一族は捕われたのだ、と。


(あんなの放っとけ!)

(あんたの価値を)

(他人に委ねるなよ!)


ああ。

そんなことは、最初から分かってる。

俺は、守り手に相応しくない。

一族が捕われたのは俺のせいだ。


自分は、所詮。

耳も尻尾も持たない人間だから。

本当は、この力。

もっと相応しい者が継ぐべきだった。


そうしていれば、今――いや、あの時だって。

そもそも、こんなことになっていなかった。


自分では、勝てない。


こんなにも。

島に魔力は溢れているのに。

うまく使えない俺の。

――また、俺のせいで!


(頼むから、聞いてくれよ)

(全部一人で支えようとすんな……)


「っあ……!」


(――っ痛!)


身体を走る9度目の衝撃が。

島の結界の全てが、燃え尽きたことを知らせた。


もう、この島を――同胞を守るものはない。

この自分の頼りない力以外には。


ならば、今度こそ。

この身を賭けても――


(なあ、そんなこと言うなよ……)

(力になりたいのに)

(何でこんなときに、オレ)

(あんたの傍にいないんだ――)


指先を震わせる痛みを。

膝が崩れそうになる脱力を。

胸元を押さえて堪える。


ふぁさり、と場にそぐわぬ。

優しい羽音とともに。

頭上から、影が落ちた。


見上げれば。

皮肉な笑顔を浮かべて。

深紅の翼が青空を覆っている。


(……来やがった)


「ヒデトからはこう言われてる。お前以外は全部殺して良いって。お前、守り手なんだから死なないんだろ? じゃあ……手加減なんて一切いらないじゃん!」


そちらに意識を取られている隙に。

タンっ、と船上から響いた破裂音が。


(――銃声!?)

(1つじゃない)

(持ち込んできやがった――!)


同じ音が何度か、続いて。


「――っ!」


脇腹に。

右脚に。

衝撃が。


(――何を!?)


全力で殴られた時のように。

自分の身体が跳ねたことは分かった。


後は、いつ落ちたのか。

気付いたら。

巻き上がる砂のなか。

身体は砂浜に伏せていた。


「……っは……ぁ……」


全身が重い。

どくどくと。

脈打つように熱い。

震えるように寒い。


立ち上がらなければいけないのに。

落下の衝撃と。

魔力の切れる倦怠感と。

身体を動かせば鋭い痛み。

手を突くこともままならない。


傷口から溢れて。

砂浜に滲み込んでいく血液を。

見下ろしながら。


白い砂浜の上に。

紅い影が、降り立つ。


ざく、と近寄ってきた。

一歩。


「お前じゃダメだ。言うこと聞かないし。だから――」


近付いてきた指先が。

金色に戻りつつある髪に。

伸びて。


「お前が自分から姫巫女を辞めたいと言い出すまで、可愛がってやれってさ、ヒデトが」


掴まれて。


「ボク、こう見えて研究熱心なんだぜ。人間の拷問について研究したんだけど、本当にあんな反応になるのか、実地で見てみたいと思ってた」


引き上げられた。

引っ張られて髪の付け根が痛む。

無理に動かされた脇腹が疼く。


「……っぐぁ……」

「姫巫女なんて偉そうにしやがって。ざまぁないぜ。この焔の力があれば、獣人も人間も――みんな、ボクのおもちゃに出来るよな!? そうだろう!?」


(止めろ……)


寄せられた瞳に浮かぶのは。

狂気と興奮の紅。


「……お、前なんか、に……!」

「あ? お前が喋るのは許可してねーよ」


ぐじゅ、と濡れた音がして。

右腕の傷に指先を。

突き込まれた――


(止めろ――)


「――っぁあぁ!」


自分でも止まらない悲鳴を。

ごりごりと。

探った指先が、腕の中から。

銃弾を抜き取って、ぼとりと落とした。


「んー、良い声。これで死なないんだから、しばらくは楽しめそうじゃん。いいおもちゃになりそうな気がする。ウザいヤツだけど、ヒデトにはお礼言わねぇとな」


そんな腹立たしい言葉も。

どこか、遠く聞こえる。


(おいっ!? ダメだって!)

(今は――)


自覚してる、意識が遠のいてる。

まずい、と思う気持ちだけが滑って。

痛みも和らいで遠ざかっているような気がする。

ダメだけど。

分かってるけど。

感覚が保てないんだ……


(あんたに無理させたくないけど)

(頼む、起きて――)


「――サクヤ!」


高い声で。

自分の名前を呼ばれた。

それで。

一瞬だけ、浮上した。


視線を上げれば。

ツバサの肩越しに。

重たそうに不慣れな剣を握って。

駆け寄ってくるのは。


「……ユ、ナ」

「お、来るか? ウサギ狩りといきますか?」


背後に視線を向けたツバサに。

砂の上に放り捨てられるように投げられて。

地面にぶつかって、一瞬息が止まった。


痛みのおかげで、目が覚めた。

その間に踵を返した赤鳥は。

ユナに視線を向けている。


右手に赤い炎を纏わり付かせ。

いつでも応戦できるような体勢で。

俺の脇腹を、踏んだ。


「……がっ……!?」

「一匹目はあいつだ。姫巫女ちゃん、あんたを守ろうとして一族が死ぬ姿。しっかり見ておけよ」

「止めなさい! サクヤに――我らの姫巫女から離れなさい!」


慣れぬ手つきで。

剣を振りかぶって向かってくる。


止めたかった。

来るな、来ても――。

ユナじゃ……勝てない。

そのままは言葉に出せなくて。

咄嗟に声が出なくて。


ツバサが楽しげに腕を振って。

走りくる炎を避けるユナの姿を。


「きゃあぁっ!」

「――ユナ……!」


とにかく、何か出来ることを。

動きづらい身体で、必死に。

ツバサの足にしがみついた。


「止めろっ、ユナをっ……!」

「ははっ、うるせぇよ。黙って見てろ」


脇腹から離れた足で。

頭を蹴りつけられて。


朦朧とした頭で。

でも、止めなければならないと――


――タンっ、と。

船上から聞こえた音が。

何度か続いて。

着弾の砂煙の向こう。


――ユナの胸元から。

血が吹き出す。


「っやだ、やめろぉ!」


その光景だけで。

痛みも。

倦怠も。

全部吹っ飛んだ。


吹き上がる砂を掻き分けて。

崩折れるユナに。

這いずるように駆け寄った。


赤く濡れる身体を。

動かない右腕を無視して。

左手で掻き抱く。


「ユナ、ユナ――!?」

「サ、クヤ、ごめ……」

「嫌だ! 待って、お願いだから……!」


縋り付いた俺の頬に。

触れた手が。


どこか満足そうに。

微かに緩んだ唇が。


「いず、みよ、わ……れらが……」


血とともに吐き出された言葉を。

最後まで、聞けないままに――


――ユナの身体から、力が抜けた。


「――や、いやだぁ!」


重い身体を必死に抱きしめる。

混乱した頭の中。


(――サクヤ)


「ちぇ、死んじゃった。本当、リドルって弱っちい生き物。燃やし尽くしてやろうと思ったのに、あんな武器なんかで死なないで欲しいよ。魔力があるだけが頼りなんていう、ボクの燃料になる為に生まれたみたいな生き物なんだからさ」


ざくざくと、砂浜を近寄ってくる。

足音を聞きながら。


腕の中のユナを。

いっそう強く掻き抱いて。

顔を埋めた。


もう。

ここで終わるのなら。

これ以上は、何も見たくないと――


(――サクヤ)


――それでも。

何故か。

聞き慣れた声に呼ばれた気がして。


(頼む、呼んでくれ)


「ねぇ、この島には全部で何匹のリドルがいるの? 全部殺して、お前に見せてあげるからさ。どうしても姫巫女を譲りたくないと言うなら、この上ないほど絶望して消えれば良いよ」


最後に会いたかったなんて。


(オレを、呼んで――)


その名前を。

ふと。

呟いた――


「……ィ……」


【サ、ク、ヤ】


(――サクヤ!)

(あいつ、絶対許さない!)


ギィン、と鉄を弾くような音が。

耳元で聞こえたような気がした。

途端。


(――てめぇは!)

(良い気になってんじゃねぇ――!)


「――っがぁあぁぁ!?」


何故か突然。

両手で頭を押さえて。

ツバサが苦しみだした。


(お前みたいなヤツがいるから!)

(お前みたいな――)

(――ふざけんな!)

(絶対にてめぇは許さねぇ!)


「ぎゃあぁぁ――!」 


何が起こっているのか、理解出来ない。


ユナを腕に抱えたまま。

目の前を身悶え捩る赤鳥を。

ただ、ぼんやりと見つめた。


どこかで様子を窺っていたのか。

今、到着したのか。

駆け寄ってきたイツキが手を差し伸べてくる。


「サクヤ! 今のうちだ、早く!」

「……イツキ?」


のを。

ぼんやりと見上げた。


痛み? 苦しみ?

のたうち回るツバサが。

苦しみ紛れに砂浜を蹴って砂を散らす。


「がっ、あぁあぁ!? 何だよ、これ!? 何で……あぁあっ!」


(うるせぇ!)

(てめぇは――邪魔だ!)


いでぇんだよ、ぢくしょお!?」


こちらを見ぬままに身を捩る。

赤鳥を見ていると。


イツキの手が。

抱き締めていたユナの身体を。

俺の手を。


「サクヤ。もういい、逃げよう――」


両手でそっとはずした。


背中を抱え込まれるように。

持ち上げられて。

イツキが走り出したのが分かった。


軍船からの動きはない。

ツバサが動き回っていて。

狙いを定めづらいのだろうか。


まさか弾切れではないだろうが。

弾込めの時間が必要だからだろうか。

銃声は聞こえなかった。


「っお前ら! 今は見逃してやるけどなぁ! あぁあ、くそ、痛ぇ! 外とは連絡取れねぇぞ! ペーパーバードは魔力で出来てるからな! ボクの焔の格好の……もう、くっそぉ、痛ぇんだよ!」


やけくそに叫ぶ声だけが。

追い掛けてくる。


ぼんやりと考える。

逃げながら。

逃げるとは、どういうことかと。


(どういうって……)

(良いから今の内に逃げろよ!)

(それで――)

(あんたら、転移魔法使えるんだろ?)


――逃げられない。

同胞達が、泉から離れることはない。


前の襲撃の時だって、それで。

力を使い果たした自分と。

泉を守ろうとして。

一族は皆、殺されるか、捕われるかしたのだから。


(泉なんて――)

(そんなものが、生命より大事なのか!?)

(大事なのかよ……)


きっと、最後の1人まで。

同胞は戦うだろう。

戦いに慣れぬ、か弱い身体で。


ならば、自分も。

それを見捨てることはない。

最後の1人まで。

絶対に。


(サクヤ――?)


だけど。

ナチルは違う。

まだ同胞としての心の浅い彼女なら。

たった1人でも、逃げ延びてくれるはず。


今のうちに。

託しておこうか。


姫巫女の力。

あの時、自分が託されたように。


(バカ、止めろ!)

(そんなことしたら、あんた)

(消えちゃうだろ!?)


そうすれば。

ナチルがうまく逃げおおせて。

もし、あいつに会うことが出来たら。

伝えてほしい、なんて。


(このバカ)

(言いたいことがあるなら、自分で言えよ!)


何を言っておこうかと。

絶望しかない時間の中。

そんなことで。

少しだけ、嬉しく感じた――。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(頼む……早まるなよ)

(お願いだから、あんた)

(オレの名前を、呼んで――)


――暗転――

2015/12/29 初回投稿

2015/12/30 誤字脱字修正

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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