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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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9 隠しているもの、見せないもの

【前回までのあらすじ】オレ達の敵ヒデトは、どうやらあっと言う間に、この蔵の国の公爵ナオフミを『精神支配』したらしい。ヒデトとレディ・アリアに罠にハメられたオレとサラ。衛兵に捕まっちゃって、さあ、これからどうするか……。

 捕まった。あっさりと。

 いや、だってこんな大勢に取り囲まれて、抵抗とか無駄だ。

 ほら、同じように両手を掴まれているサラだって、黙っておとなしくしている。


 動きを封じられたオレ達を見て、ナオフミ――ヒデトは鼻で笑った。


「言うこと聞かねぇでも、こうして縛り付けて首に縄つけりゃ人質として使えるだろ。おい、連れてっちまえ」


 ヒデトが軽く手を振ると、衛兵達がオレとサラを引っ張りながら室外に連れ出した。

 レディ・アリアの隣を通り過ぎる時、彼女は小さく「ごめんね、氷の島に第八王子なんていないって言われちゃったの」なんて呟いてウィンクしたけど。

 あんたね、それでオレが許すと思うなよ!


 大体、これ、どっからオレは罠にかけられてたんだ?

 うまいこと王宮に引っ張り込まれたところからって言うと……ああ、もしかして。隣の仙桃の国でレディ・アリアと会話した時から、ハマってたのか?

 いや、あの時はヒデトはまだカナイだったはずだから、その後。

 オレがこっちに来てからか、もしくは。


 今朝届いたというペーパーバード。

 あれが、きっかけらしい。

 多分。


 衛兵に引き立てられながら廊下を歩いていると、ぱたぱたと背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 両腕を掴まれたまま不自由に身をひねって視線を向ける。

 そこにいたのは。


「……エリカ」

「カイ様……」


 胸元で両手を組んだエリカは、まあ……愛らしいと言っても良いだろう。普通なら。

 悄然と項垂れる様子は、雨に打たれた薔薇のような様子を、醸し出していなくはない。


 だけど、オレ。

 美少女はもう見慣れたんだ。


「あのさ、オレに様なんてつけなくていいよ。オレの正体はもう分かっただろ。お貴族サマがそんな言い方しなくて良いぜ。オレももうあんたに丁寧にするのやめるからさ」

「……そんな。本当に、本当なのですか?」


 傷付いた表情には裏はない。

 そんな顔されると、ちょっと胸が痛むけど。

 嘘をつく意味もない。オレは黙って頷き返した。

 エリカは青褪めた頬をして、こちらを睨みつける。


「私を騙したのですね……! そんな――穢らわしい獣人まで使って!」


 言葉の前半には否定する気も起きない。

 仰る通り。騙したのさ。

 だけど。


「あのさ、あんた若いのにちょっと頭固すぎるぜ。『穢らわしい』って何がそんなに気に食わねーの。あんたとサラは今日初めて会ったばっかだろ」


 もう、猫を被る必要もないので、好き勝手言うことにした。


 ……ああ、すっきりした。

 どうやらオレ、自分の思ってること言えなかったのが、一番ムカついてたみたい。

 エリカに対して好き嫌いってより、ひたすら我慢してた状態がストレスだったのだろう……と、今更自己分析した。

 まあ、こうして思ったことをそのまま言ったところで、別にエリカのこと好きになるワケじゃないんだけど。


 指摘を受けた公爵令嬢の頬が紅潮する。

 ムカついたらしい。

 青くなったり赤くなったり、忙しいな、この人も。


「あなたに何が分かると言うの……! 獣人は――獣人はお母様を殺したのよ! 何の罪もないお母様を! ただ集落に迷い込んだと言うだけで!」

「ふーん……」


 そんなこと言われたって。

 オレには適当な返事しか出来ない。

 ますます距離を縮めたエリカが、真正面から睨みつけてきた。


「今の話で何故そんな腑抜けた答えが返せるのですか! あなたも下流とは言え、人間の端くれでしょう!? 共に手を取り合って、獣人をこの世界から追い出そうではありませんか!」


 端くれごときに対して、そんなに熱く語られてもなぁ。

 もうオレは腹立たしくさえ感じない。


 オレにだってオレの考えがある。

 あんたの話は、それを動かすような話じゃないってだけ。

 そのことを、あんたに面と向かって言える今は。

 ただ、世の中には考え方の違う人間がいると思うだけだ。


「じゃあ、言うけどさ」

「どうぞ、申しなさい」

「集落って、ディファイの集落だろ?」


 そこに入ろうとして殺されたって。

 何だか、何かを思い出しそうな気がしたけど。

 とりあえず、過ぎ去った記憶は追いかけなかった。


「そうです。お母様は、まさにそこのケダモノの一族に殺されたのよ!」

「へぇ……」

「へぇ、とは――」

「――いや、だって。それがサラと何の関係があんの?」

「何の――?」


 エリカが一瞬絶句した。


「――何の関係ですって!? 何の関係どころか、同じ種族なのですよ!? 私の母を無惨に殺した一族なのに!」

「……え? だから?」


 全く噛み合わない。

 多分、立っている場所が、全然違うんだ。

 ますます激昂したエリカは、らしくもなくオレに掴みかかってきた。

 ジャケットの襟を胸元で掴まれて、さすがに苦しくて眉をひそめる。

 そんな反応すら、エリカには腹立たしいらしい。


「何故、そんな顔をしていられるのよ!?」

「あんたこそ、何でそれでサラに怒るの? 一族はみんな同じこと考えてると思ってんの? 犯罪者の血縁はみんな犯罪者なの?」


 質問を次々に続けると、エリカの瞳が一瞬怯んだ。

 そこに、畳み掛けるように最後の言葉を捩じ込む。


「あんた1人だけ後にも先にも清廉潔白か!? ――あんたの一族には1人も人殺しがいないって証明できるのか!?」


 言っても、絶対に理解なんて得られない。

 だって、エリカはきっと何かを考えて口に出してるワケじゃないんだ。

 ただ、やるせない気持ちをぶつけただけ。


 それでも。オレだって。

 背中にひしひしとサラの視線を感じながら。

 上から顔を覗き込むようにして、至近距離から一気に吐き出した。

 オレのジャケットを掴んでいる手が、驚きで緩んだ瞬間。


 背後で短い悲鳴が聞こえた。

 一瞬、全員の注意がそちらに向いて、オレの腕を握る衛兵の手から力が抜ける。


 何の打ち合わせもしてないけど。

 すぐに理解したオレは、肩を捻って両手の自由を取り戻す。

 そのまま、驚いて目を丸くしているエリカの首を掴んで、衛兵に向き直った。


「うぐっ!? ……や! ――離してください!」


 何か言ってるけど、これは無視。

 廊下の向こうに目を向ければ、衛兵達の背中越しにピンクのフリルを揺らすサラが見える。

 その足元に、サラを掴まえていた2人の衛兵が倒れている。

 さっきの悲鳴はこれだろう。


 オレの視線に気付いたサラは、一瞬でこの距離を飛び込んで、手にしている銀色のナイフを押し付けて来た。

 血に濡れたナイフは、サラの愛用のもの。

 どっから出したんだよ、こんなん。

 ……いや、逆に尻尾を隠せるくらいなんだから、ナイフなんていくらでもドレスの下に隠せてたのか。

 サラが1人でこんな服着られるワケがない。


 だから、つまり――レディ・アリアは知っていたのだろう。

 もう、本当にあの人、気を許せない。


 色々と言いたいことはあるが、とにかくありがたく使わせて貰おう。

 ナイフをエリカの首元に押し付けながら、じりじりと後退した。


「さあ、公爵令嬢の生命が惜しけりゃ、追いかけてくるなよ」


 バタバタと暴れていたエリカも、ヒヤリとした鉄の感触で動きを止める。

 衛兵達が遠巻きに見守る中、ゆっくりと後ずさりして、廊下を戻る。

 気が逸ったのか、内の1人が飛び掛かろうと身体を沈めた瞬間に、サラのドレスが捲れ上がった。フリルの向こうを銀色の光が走っていく。

 動こうとした衛兵の太腿に、サラがドレスの下から取り出して投げたナイフが突き刺さり、衛兵は苦悶して膝から崩れ落ちた。


「っきゃー!」


 流れる血に慌てたのか、大声で悲鳴を上げ始めた公爵令嬢を、オレは突き放した。

 膝から倒れ込む姿を最後まで見ないまま、サラとともに全力で走り出す。


 角を曲がったところで、サラがオレの手を握ったまま、窓へよじ登っていった。

 どうやら、ここから外に出ようと言っているらしい。

 ここが何階かは忘れたけど……地面までは遠いはず。


「――いや。いいぜ、行こう!」


 オレの答えに、こくりと頷きだけ返して、サラが窓の向こうに飛び降りる。

 オレもサラに続いてよじ登った窓から真下を見ると、やはり地面は遥か遠くに見えているけど。どうやら2階下分くらいの場所、思ったよりも近くに庇があって、サラはその上に降りていた。


 落下距離が短いのはありがたいが――庇の幅、50cmくらいしかないんだけど。

 とは言え、承諾して、行こうと言ってしまった手前、今更やっぱやめるとは言えない。背後からは衛兵の足音と怒声が近付いてくる。

 下からオレを見上げてくるサラの瞳が、若干呆れたような色を浮かべているのに気付いて、諦めたオレは窓を飛び越え、背中を壁でこすりながら真下に落下した。


 がん、と足の裏に強い衝撃。

 絶対に前方にバランスを崩すなよ……と自分に対して言い聞かせたが――案の定、身体が前に揺らいだ。

 落ちる――!


 ――と、思った瞬間に、横からサラがオレの身体をどん、と壁側に押しやった。

 当然、その反動で、サラの身体が庇から落ちていく。


「――サラ!?」


 ケツから庇に座り込んだ格好で、必死にサラに手を伸ばしたが、サラはいつもの無表情でそのまま落下していった。

 長い黒髪が羽毛のように空中を舞って、オレの視界から消える。


「サラ――」


 慌てて下を覗き込もうと庇に手を突いて……自分の手の横に、白い薄布に包まれた、肌色の――脛を見付けた。

 脛から続く肌色の稜線がそのまま庇の下に続いていて……庇の下を覗き込むと、広がったドレスの裾、純白のふわふわしたフリルの中央に、三角形の布が――


「――あ、パン――」

「――消し飛べ」


 真下から不機嫌な声が聞こえた直後。

 庇に引っ掛けたままの脛の片方が外れて、オレの頬を強打した。


「っい……!?」


 ――痛ぇ! と叫ぶのを何とか抑えている内に、足を支点に腹筋の要領で下から起き上がってきたサラが、いつもと同じ――いや、いつもより冷え切った無表情で、オレを見た。

 その眼が何かを訴えてくるので、慌ててオレは答える。


「……あ、あの! あんた意外に可愛いパ――」

「――思い出したら殺す」


 普段ツナギのような何かばっかりを着ているサラは、こういう状況に慣れていないようだった。

 本当は、色とか形とか。

 あっちとこっちに小っちゃいリボンが2つ付いてたことまで覚えてるんだけど。

 思い出したら殺されるそうなので、言及は控えようと思う。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 昨日、サラに王宮の調査をしておいてもらって良かった。

 逃走ルートはサラの頭の中に出来上がっているようだ。

 数々の(オレにとっての)困難を乗り越えて、涼しい顔してアクロバティックな動きをするサラの後を追ったオレは、うまいこと王宮を脱出し、レディ・アリアの屋敷へ向かった。


 屋敷の裏口でオレ達を待ち構えていたレディ・アリアは、にっこりと笑うと、既に纏められたオレ達の荷物を放り投げてきた。


「おっかえりー、あんど、いってらっしゃい!」


 脳天気な声は、オレが何を考えてるかまで見通しているようだ。


 ……ま、結局。

 オレが自分(レディ・アリア)の考えてることに、すぐ気付くってとこまで見透かしてるようなヤツ。

 敵に回さなくて済むなら、敵に回したくない相手、ってことで。


 荷物を受け取ったサラが、早速そこからいつものツナギを取り出して、扉の裏側に駆け込んでいった。どうやら、早急に着替えたいらしい。

 オレはその後ろ姿を見ながら、レディ・アリアに毒づいてみせる。


「あんた、絶対ロクな死に方しねぇよ……」

「あは、良く言われるわ。前の(・・)ナオフミ様にも言われたんだけどね……。あんたら、すぐ追手かかるから、早めに街を出なさいよ。門から堂々と出ようなんて考えないように!」


 笑いながらの注意を受けて、呆れて頷き返しておいた。

 理由も経緯も知らないくせに、レディ・アリアは現状をほぼ正確に理解しているらしい。

 全く、これだから油断ならない。


 本当は、きっと。

 彼女とオレの利害が一致している間は、信用出来る相手なんだろう。

 ただ、その利害がいつ相違するか、気を付けていなきゃいけないってだけで。


 オレの考え事は、ごそごそと着替えるサラのドレスを脱ぐ音で――いや、途中からビリビリと布が裂ける音がしてるので、どうやらうまく脱げなかったらしい。

 あの愛らしいフリルやレースは、これで役割を終えたワケだ。


 高かったのだろう。

 オレと同じように、その音を聞かない振りをしつつ、微妙に聞いてるレディ・アリアの表情が引き攣っているのが、ちょっとだけおかしかった。

 これで、裏切りの一割くらいのお返しにはなるかもしれない。


 扉一枚隔てた向こうで、さっきのパ――布が。外気にさらされてるかと思うと、微妙な……いやいやいや。思い出したら殺されるらしいので、やっぱり考えないようにしよう。ロリに興味はない。


 着替え終わったサラが、ピンク色の糸くずをあちこちにつけたまま、いつものツナギの尻から伸びた尻尾をパシン、と勢い良く扉に当てた。

 どうも怒りの表れらしいが、レディ・アリアはどこ吹く風だ。


「小娘や小僧にはまだまだおねえさまの考えは読めねーわよ。サクヤによろしくね。出来れば二度と会いたくないっつっといて」

「分かった。あんたには世話になったって伝えとく」


 話は終わったと認識して、鼻で笑ったレディ・アリアが踵を返す。

 その、こちらに向けたドレスの背中に。


「――寂しいひと」


 サラの強烈な皮肉が刺さったけど、レディ・アリアの背中は揺るがなかった。

 誰にも理解されなかったとしても。

 それで良しと思える理由が、彼女にはあるのだろう。


「じゃあな。また、会うことがあれば」


 オレの挨拶にも、レディ・アリアは答えなかった。

 オレは黙ってサラの手を取る。

 そして、その手を引いたまま、レディ・アリアの屋敷を後にした。


 多分、サラにだって分かってる。

 ただ、何か言わずにいられなかっただけで。

 だって、サラだって、そんな――何者にも替え難い理由を持っているんだから。

2015/12/22 初回投稿

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