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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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8 先約

【前回までのあらすじ】蔵の国の獣人排斥政策。その中心になっているのは誰だ? 有力貴族の麻里公爵ナオフミ、その娘エリカ。それとも王子スバルか? 麻里公爵夫人は獣人に殺されたなんて、そんな情報も入手したら。怪しいのはやっぱり……だよな? サクヤの方も何か心配だし、もう……!

 朝から寝覚めが悪かった。

 もう1回寝直したい位の気持ちだったが、起こしに来たサラにベッドから突き落とされたら、起きざるを得ない。

 人を起こすのに乱暴なサラに文句を言おうとしたが……結局、何も言えなかった。


 言えなかった理由はたった1つで。

 つまり、サラが。

 なんだか可愛いドレスだかワンピースだかを着ていたからだ。


 ピンクと赤のフリルたっぷりのドレスは、ロリロリしたサラに良く似合っている。

 耳をヘッドドレスの中に入れ込んで、膨らんだ裾の中に尻尾を隠していると、人間の少女にしか見えない。

 何でそんな格好をしているのだろうと、驚きで何も言えない内にばっさばっさと服を投げ付けられ、着替えをしながら気付いたら、あれよあれよと馬車に乗せられていた。


「……おい、これはどういうことなんだ?」


 馬車の対面、サラの前に座ってぶすっとした顔で羽根扇子を扇いでいるレディ・アリアに尋ねる。


「今朝一で、麻里公爵からペーパーバードが届いたわ」


 ひら、と示されたペーパーバードはサクヤお手製の紙切れみたいなものと比べると、正方形のつるつるした紙に黄金の縁取りがされていたりして……これがお高いヤツなんだろうか。さすが公爵家。

 妙に格式張った文字で書いてあって、普通の文字もすらすらとは読めないオレは、ちらっと見てすぐに諦めた。

 サラはと見れば、興味がないのかぼんやりと窓の外を見ている。


 そんなオレ達に呆れた顔で、レディ・アリアがペーパーバードをしまいながら、内容をまとめて教えてくれた。


「あんたの今後を尋ねる内容よ。もう一度会って話したいと」

「……今後?」


 何だろう。

 ナオフミに気にされるような今後はないはずだ。

 氷の島の第八王子なんて、この国と関係がなさすぎてどうしようもない。


「何ぽかーんとしてんのよ。あんた、昨日の出来事忘れたの?」

「昨日?」


 昨日は、カスミのところに寄ったら、サクヤから来たペーパーバードがあって、アキラと再会して……いや待て!? まさか、その前――


「ようやく思い出したわね。そうよ、麻里の娘よ! エリカ!」


 ぐい、とレディ・アリアが身を乗り出してくる。

 オレの横に座っているサラが、黙ってスカートの中で尻尾を振った。ぱすぱすとスカートの中から布に尻尾がぶつかる軽い音がしている。


 エリカとの会話の途中から、何かおかしいな、と思っていた。

 スレ違い、勘違い、思い違いの理由は――


「良い? 麻里の屋敷に着いたら、あんた確実に結婚申し込まれるわよ!」

「け……け、けけ……」


 驚きのあまり、言葉にならない。

 まさか、まさかオレがけ――


「――待て。オレまだそんなつもりないし、そもそもエリカがどうか知らないけどオレはそんな気持ちじゃないし、いや大体オレは氷の島の王子じゃなくて……」


 慌てて胸の前で両手を振ると、その手をぴしゃりと扇子で叩かれる。


「分かってるわよ、落ち着きなさい。あんた小賢しいのに色恋沙汰だけは本当に初心ね。良い? その為に、隣のヤツを用意したのよ」

「隣の……」


 首をゆっくりと回して、隣に座るサラを見た。

 サラの瞳は変わらず窓の外に向けられている。ちらりと見える横顔はいつもの無表情だが、微妙に不機嫌な空気が漂っているのはヘッドドレスに耳を押えられているのが不満なのだろう。


「ちょっと良くわからないんだけど。そのこととサラがこんな格好するのと、どんな関係が……」


 言いかけて、気付いた。

 一昨日スバル王子にした言い訳――。


「そうよ。その子を婚約者として紹介しなさい。まだ正式に話貰った訳じゃないし、先に紹介しちゃえば向こうはわざわざ家名を落とすようなことはしないわ」


 ぱすぱすぱすぱす、とサラのスカートが更に小刻みに鳴り出した。

 非常にご不満らしい。

 おとなしく言われた通りドレスを着て座っているということは、不満ながらも必要と納得しているのだろうけど。


「だけど……サラはしゃべらないぜ?」

「しゃべれないことにすれば良いじゃない。氷の島なんてド田舎かつ遠方の王族の恋愛事情なんか、向こうだって興味ないでしょ、きっと」


 まあ、ぶっちゃけてしまえばそうだろう。

 正直、オレに興味があるのはエリカだけ。さらに言えばそれも、ただの乙女の錯覚だと思う。


「何でも良いのよ。無難に断れれば何でも良いの。2人でいちゃいちゃして、間に入る隙なんてないって見せつけてやんなさい」

「……いちゃいちゃって……」


 ぱすぱすぱすぱすぱすぱす――

 刻まれる軽快なビートにため息を返したところで、馬車は王宮に到着した。

 作戦会議もへったくれもない。

 出たとこ勝負のフライング婚約破棄か……。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 王宮に着いて。

 通された先は、例によって(多分)ナオフミの執務室。


 その場にいるのは、予想通りの麻里公爵ナオフミと、そのご令嬢エリカ。

 最初の一瞬、満面の笑顔を浮かべてオレ達を出迎えた2人は、オレが手を引くサラの姿を見た途端に表情が変わった。


「おや……そちらの方は?」


 眉を寄せたナオフミに聞かれて、オレは脳内で練習したとおりの笑顔を浮かべて見せた。


「オレの婚約者です!」


 緊張のあまり、予想外にでかい声が出てる。

 そんなオレの勢いに押されて、2人とも少し引き気味で黙ってしまった。

 しんとした空気を壊すように、背後で、ぷくく、と聞こえたのはレディ・アリアだろう。あんたが笑うな。


「婚約者……いらっしゃったの?」


 あっけにとられたような表情で、先に口を開いたのはエリカだった。

 そのエリカに向かって、引き続き笑顔で頷く。


「はい。オレには勿体無いような美少女で……」


 ぎり、と繋いでいる手にツメが刺さった。痛い。

 何で褒めたのに怒ってんの。


「……自己紹介をさせたいんですけど、彼女、喋れないんです。だからオレが代わりに。オレの婚約者のサラです。昨晩こちらに到着したので、お2人にご紹介する良い機会だと思いまして」


 喋れない、という言葉を聞いて、ますます麻里親子は目を丸くした。

 それでもサラがぺこりと頭を下げると、ナオフミはぎこちない笑みを浮かべて、彼女の礼を受け入れる。


「これは初めまして。私はこの国の公爵ナオフミ、隣が娘のエリカです」


 紹介を受けたと言うのに、エリカはお辞儀も忘れてサラを見詰めている。

 サラはいつもの無表情で受け流しているが、その空気は「面倒」と伝えてくる。さすがに尻尾をスカートにぶつけるのは我慢しているようだが、サラの感情を読むのに慣れたオレには分かる。

 ――ただ単に、早く帰りたいんだって。


「エリカ。ご挨拶を」


 焦れたナオフミに急かされて、エリカは形ばかり頭を下げた。

 失礼な態度ではあるが……サラ本人はさして思うところがないらしい。無表情のままもう一度軽く膝を曲げて挨拶を返しているが、その空気も平坦だ。

 だけどその様子を見たエリカは、何故かますます苦虫を噛み潰したような顔になった。何で怒ってんだ、こいつも。


「まあ、お座り下さい。レディ・アリアもこちらへどうぞ」

「ええ、ありがとうございます。失礼しますわ」


 広々とした作りの立派な応接セットへ向かう。

 隣のサラがふわふわのスカートに慣れない様子だったので、両手を取って座らせてやってから、その横へオレも腰掛けた。

 オレ達の様子を見て、レディ・アリアが何とも言えない表情を浮かべている――あれは笑いを堪えている顔だ。最低だ。

 もう、あれは頼りにならない。諦めてオレは自分で話を切り出した。


「……あの。今日はどのようなご用件で?」

「カイさまの……本当のお気持ちが知りたかったのですわ」

「エリカ」


 そっぽを向いたまま呟くエリカを、父親がたしなめた。

 うん、予想通りの反応。サラを連れてきたのは正解だったらしい。

 さすがレディ・アリア。年の功。


「本当の気持ちとは……?」

「気にしなくて良いのだよ、カイ君。エリカは何か勘違いをしているのだ。私が聞きたいのはね、君がどんな立場なのか、なんだ」

「立場……?」


 何か、予想外の話が出てきた。

 鷹揚に頷く公爵の姿で、レディ・アリアも笑いをおさめて真面目な表情になる。


「麻里公爵様は、カイに何をお望みなのかしら?」

「いや……もし、君が……その、主を変える気はないかと、そう尋ねたい」

「主を変える……?」


 氷の島の(ほぼ王位継承の可能性のない)王子という立場を考えるに、主替えと言うなら、氷の島を出てこの蔵の国の王に仕えよ、ということだろうか。

 昨日までのオレなら、一考の価値がある提案だったかもしれない。

 内部にいればナオフミも隙が出来て情報も集めやすくなるだろうし、ディファイの集落はサクヤに任せようと思えたかも。だけど。


 あいつの状況が分からない今は、こんなところに足止めされている場合じゃない。


 昨日、久々に会ったアキラには、申し訳ないが早速ディファイ族の集落へ様子見に戻ってもらった。集落全体と連絡が取れないなんて、絶対に何かがおかしい。

 レディ・アリアとの約束の3日目が今日だ。これでようやく、オレも動ける。そもそもサクヤの状況すら不安のある今となっては、これ以上どこかに括りつけられたくはない。


「あの……折角のお話ですが。オレも自分の国で職務があるので」

「まぁ!」


 驚いたような腹立たしいような声を、エリカが上げる。


「ご自分の国って、氷の島でしょう? そんな辺境の領地、お捨てなさい。蔵の国からなら中央へ出るのも簡単だし、何より豊かな国ですのよ?」


 相変わらず、必死な様子で自分の基準を押し付けてくる。

 もう……放っておいてほしい。


 オレはあんたのこと、否定するワケじゃない。あんたはあんたの思う道を行けば良い。

 オレはオレの思うようにやる。その道が交わることはない、それだけだ。


 そんなエリカと比べて、ナオフミは随分と余裕のある様子だった。

 ふむふむ、なんて頷きながら、鷹揚に笑う。


「エリカ。そんなことを言わなくても大丈夫だよ。カイ君はこの話、もう一度真面目に考えてくれるはずだから」

「……どういう意味ですか?」


 自信ありげなナオフミに違和感を覚えて、オレがそちらを見据えた瞬間。

 ――隣のサラの身体が跳ねた。


「――サラ!?」


 慌てて隣を振り向くと、背後からレディ・アリアにドレスの裾を掴まれているサラが見えた。着慣れない服装の為に鈍っているのか、背後の気配に反応はしたものの、動きが一歩遅れたらしい。

 そんなサラのドレスを掴んだまま、レディ・アリアはにこりと笑った。


「ごめんね。バレちゃったからには、私も商売優先なの」


 その言葉の真意を問う前に。

 サラのヘッドドレスがレディ・アリアの手でずらされた。

 黒い耳がぴょこりとレースの下から覗く。


「……獣人!」


 憎々しげなエリカの声が部屋に響いた。

 サラが慌ててレディ・アリアの手を振り払うが、もう遅い。

 わなわなと拳を震わせて立ち上がったエリカを、ナオフミは手を引いて座らせる。


「カイ君。私はね、嘘はつかないんだ(・・・・・・・・)。だから、ここで約束するよ。君が私の元につくと言うなら、その子のことは見逃してあげよう」

「お父様!? 何を……!」


 慌てているエリカの声も、父親に少しキツく手を引かれれば、それで止まってしまう。


「さあ、カイ君。選びなさい。私と来るか、それとも……あくまで、あの奴隷商人と行くか」


 その言葉に、息を呑んだ。

 まさか、オレが氷の島の人間じゃないってだけじゃなくて、レディ・アリアはそこまで話したのだろうか。

 サラの背後の彼女の表情をちらりと窺ったが、驚いた顔でふるふると首を振り返された。

 その様子はとても嘘には見えない。

 そもそも、この期に及んでそんな嘘には何の意味もない。


 レディ・アリアが言ったワケじゃない……?

 それなのに、それを知っていて。

 それに、『嘘をつかない』なんて。それは――


「――あんた、ヒデトか!」

「ははっ、ちょっとばかり気付くのが遅かったな。どうする? 言った通り、俺は約束は守るぜ」

「……お父様? どうされたの?」


 父親の豹変にあたふたするエリカを。

 もう、オレもナオフミ――ヒデトも、見ていなかった。

 睨み合うように、お互いの視線を逸らさずに。


「さあ、返答を」


 ヒデトの面白そうな声に、オレは一瞬だけ答えを躊躇した。


 本当は、ヒデトに嘘をついて、内側に入り込めば良いんだろう。

 口からでまかせ。二枚舌。

 何とでも言ってくれ。オレはそんな評判、全然気にしない。

 結果良ければ全て良し、さ。


 だけど、口を開く前に。

 脳裡を過ぎったのは、あの深い青の瞳――


「――悪いけど。先約があるんだ」


 オレらしくもなく。

 何のひねりもなく。

 きっぱりと断ったところで、ヒデトが小さく笑った。


「お前がいりゃ、アレの攻略はもっと穏便になるんだがな。仕方ない、どうなったってもう知らん。2度は誘わねぇ」


 肩を竦めながら立ち上がり衛兵を呼ぶ父親の姿を、エリカは座ったまま愕然と見上げている。

 自分が今まで父親と信じていたものが、崩れるような感覚。

 何かを見失ったような驚きと失望。


 それを。その表情を。

 一瞬ですら、あいつにはさせたくないと、思ったんだ。

 全力でオレを信じる、不器用なあいつには。


 室内に入り込んできた衛兵に両腕を取られながら。

 ばたばたと周囲を回る靴音をよそに。

 オレは1人、今は遠くにあるあの青い瞳のことを考えていた――。

2015/12/18 初回投稿

2015/12/19 誤字修正

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