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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
112/184

interlude16

(なあ、昼間の走り書き)

(どういうことだよ……)

(あんたに何があったの?)


(頼むよ)

(無事でいてくれ)

(もう、それだけで良いから)


(カウントダウン――。5……、3……、1……)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「……すごいことになってるわね」


声をかけられて初めて。

背後の気配に気付いた。


びくりと震えそうになった肩を。

気合で押さえる。


(何、そんなに驚いてんだよ?)


集中しているときに背後から声がかかると。

心を覗かれているような気がして。

慌てて机の上を片付けながら、返事をした。


「あーーユナ、どうした?」


義姉イワナの親友だった人だから。

今は知られたくない。

多分、今。

自分は義姉のことなど考えていなかったから。


「どうしたじゃないわよ、サクヤ……。なぁに、この部屋?」


(うん……すごいことになってんな)

(あんたの周り、紙くずで埋まってるぞ)

(何書いてたんだ? いつもの手帳?)


「ここはまだ俺の部屋なんだろ? 掃除しておいてくれてありがとう」


あえて少しずらして答える。

勿論、そんな小細工はすぐに気づかれて。

怒りの表情を浮かべて近付いてきた。


「私が聞きたいのはそういうことじゃないわよ」


腰に手をあてて胸を張るポーズは。

さすがに、義姉の親友だけあって、良く似ている。

少しだけ、どこかが痛いような気がしたが。

軽く首を振って無視した。


「……ペーパーバードを。島外にいる仲間に、今後の指示を出そうかと」

「ふーん……今後の指示、ねぇ……」


呟きながら床に伸ばされた指先の手前で。

慌てて、横から散らばっている紙片を奪い取った。


(ペーパーバードって、まさか……)

(オレのとこに届いた、アレか?)


全ての紙片を手の中に集めて。

ぐいぐいと押して小さくまとめておいた。

これで、もう見られることはない。


こちらの様子を見ているユナは。

少しばかり心配そうな表情をしている。


「ねぇ……島外で何が起こってるの? こんなに色々悩んで指示を出さなきゃいけないような状況なんでしょう?」


真摯な様子に、少しばかり。

後ろめたさを感じるのは、何故だろう。


(……指示って言うか、苦情だったけど)

(後ろめたいって何だよ?)


間違いじゃない。

そう、色々指示を出さなきゃいけない。

大変な状況なんだ。

それは、間違いじゃない。


だけど、それが嘘になったらどうしようと。

肯定するのは怖くて口には出せなかった。

ただ、黙って頷いた。


こちらの反応を読み損ねて。

ユナも黙ってしまったので。

部屋にはしばし沈黙が満ちる。


それでも、意を決してユナが口を開いた。


「ねぇ――」

「――サクヤぁ! まだぁ!? 一緒に崖を見に行くって言ったよね!?」


瞬間。

開かれたままの扉から飛び込んできたのは。


(ナチルだ)


義姉イワナに良く似た顔立ち。

その声。

もう何度か見ているのに。

俺もユナも一瞬息を呑んだ。


今の言い方が、あんまりにも似てたから。


「ねぇ! 言われた通り待ってたのに! サクヤまだぁ?」

「……あぁ、もうちょっと」

「えぇ!? 嘘つき! サクヤ嘘つき! 終わったら連れてってくれるって言ったのに!」


その言葉で、目に見えてユナの顔色が変わる。


「ナチル! いくら親友の娘でも、姫巫女にそんな口の利き方は許さないわよ!」


(そりゃ顔色変わるよ)

(『嘘つき』なんて、冗談でも)

(言っていい言葉じゃない……)


「ユナ……そんな風に言わなくても」


俺の言葉を無視して。

キツい視線のユナは。

ナチルと視線を合わせたまま、動かない。

ナチルは頬を膨らませて、ユナを睨み返している。


「サクヤは、ナチルがどんなすがたでもあいしてるって言った」

「サクヤ、あなたも姪だからって甘やかさないで」


話を振られて、びっくりした。

そうか、姪――ということになるのか。


(そう言われれば)

(あんた、同族は全部同じ扱いだから)

(親戚って感じ全然しなかった)


責めるように見つめてくる2対の紅い瞳を。

避けられなくて。


「……ごめん」


結局、俺が謝った。


(……あんたが負けんなよ)


ふん、と鼻息荒く。

ユナはナチルに視線を戻す。


「いい、ナチル。あなたもお母さん(イワナ)と同じ誇り高きリドル族なんだから、リドルの決まりをきちんと意識しなきゃダメ。イワナでさえ、サクヤにそこまで無茶はしなかったわよ……多分」


酷い言い草だと思う反面。

イワナに何をされたか思い出すと。

……まあ、イワナでさえ、は妥当かもしれない。


「そうでしょ、サクヤ? イワナだったらさっきみたいなことは言わないわよね?」


そうだろうか。

そう言われれば、そうかもしれない。

そう……のような、気もする。

恐る恐る頷いた。


(あんた、義姉ねーちゃんと何があったんだ)

(そんな迷うなら、頷かなくていいよ)


「……でも、サクヤが行くって言ったんだもん」

「行くとは言っても、いつ行くかは言ってないはずよ。姫巫女を嘘つき呼ばわりなんて、最悪だわ。知らなかったなら仕方ないけど、次は許さないわよ」


義姉と違っておっとりとしたこの女性に。

ここまで言わせるようなことなのだろう、多分。

何となく頷いて見せると。

泣き出しそうな表情で、ナチルが言い返した。


「バカ! サクヤのバカ! サクヤはナチルのこと本当はあいしてないんでしょ!?」

「いや、それは……」

「ナチル!」


ユナの鋭い一声を受けて。

びくりと身体を震わせたナチルは。

堰が切れたように泣き出した。


思わず伸ばした手を、ユナに止められた。

静かに顔を寄せたユナが耳元で。

囁いた。


「サクヤ……見た目通りの年齢じゃないとは聞いてたけど、どういうこと? あなた、32歳だって言わなかった?」

「……本人はそう言っていた」


(うん、確かに)

(でも、それが何か問題無の?)

(リドルは成長が遅いんだろ?)


ユナが何を危惧しているのか知っている。

カイには教えなかったこと。


(え? 何?)


確かにリドル族は肉体的には成長が遅い。

同胞の32歳は人間で言えば。

8歳の少女くらいの大きさだろう、だけど。

重ねた経験は変わらない、32年間。

だから。

脳の中身は人間の大人と変わりないはず。


(……え?)

(じゃあ、ナチルの中身が幼いのは……)


「奴隷として隔離されていたからなのか、成長させる魔法の副作用か……」

「私は後者だと思うのよ。途中までイワナが一緒だったんだから、もっとまともに育ててるはず……でなければ」


でなければ、先天性のものかもしれないが。

そこは例の研究者に聞けばはっきりする。


魔法の効果を考えると。

精神的な年齢を代償に、肉体の年齢を。

進めたのではないかと推測している。


火が付いたように泣き続けるナチルを。

やはり抱き締めようと足を踏み出して。

ユナの腕に阻まれた。


「ユナ……」

「――サクヤ、あなた外に行ってて」


どうやら俺は、ナチルの教育には邪魔らしい。

ちょうど書き終わったペーパーバードを。

さり気なく懐に忍ばせて。

素直に頷いて、家を出た。

振り返ると、そっとナチルの前に。

跪いているユナの姿が見えた。


ユナの言うとおり、いつとは約束していない。

崖の見物はまた今度で良いだろう。


外に出ると、明るい日差しが眩しい。

抜けるような青空を見て――帰ってきた、と感じた。


(汐の匂い)

(波の音)

(甘い、南国の――)

(これが、あんたのホームなんだ)


熱く太陽に照らされて、乾いた高温の風を身に受ける。

ナチルと約束していた崖まで着いて。

島を取り巻く深い蒼を眺めた。


きらきらと光る波を。

懐かしく。


ふと、来た道を振り返った時。

向こうから、一族の男が歩いてくるのが見えた。


手を振られて。


「サクヤ!」

「ああ、イツキか……」


振り返した。


ナチルを除けば、今のところ。

一番最後に島に戻って来たのが、イツキだ。


元々は指折りの戦士だった。

代々姫巫女の守護を司る。

一族の戦士の1人。


随分痩せてしまっていたけど。

それでも最後に見た時より、だいぶ身体は戻ったか。


目の前に立つ身体は、自分より大きくて。

昔は良くこの人に守ってもらっていたと思い出した。


(この人、前にも夢の中で見た)

(確かに、あの時よりだいぶ筋肉も戻って)

(良かったな……)


この人に、謝らねばならない――。


こちらが口を開く前に。

精悍な瞳に少し、痛ましい色を乗せて。

囁くように呟かれた。


「イワナの――娘を救ってくれて、ありがとう」


何も言えない。

何を言えば良いというのか。


イツキが、義姉イワナの恋人になったのは。

あの出来事の丁度前夜だった。


俺は、何も出来なかった。

彼らを守り切ることも。

救い出すことも。

一晩限りの恋人達を、再会させることも。


(そういう関係だったのか)


言葉に詰まって。

どうしようもなく、謝罪の言葉を口にした。


「ごめん……」


言ってから。

謝ってどうにかなるものではないと。


迷っている俺に、イツキが先に口を開いた。


「謝らないでください。あなたが謝ると、おれは――自分の無力さに泣きたくなる。姫巫女を守るのはおれの仕事なのに」

「一族を守るのが、俺の責務だ……」


結局は、そういうことだ。

俺達は皆、力が足りなくて。

蹂躙された。


だが、その中でも。

最も力を持っていたはずの、俺の責任は大きい。


(……知ってたけど)

(あんた、何でも1人で背負いすぎなんだよ)

(ちょっとは人の話聞け)


何故かしばらく、次の言葉を。

ためらっていたイツキが。

口を開いた。


「……おれ、実はあの子――」

「ナチル?」

「おれの子じゃないかと思うんです」


それほど義姉イワナを愛していたということかと。

問おうとしたが。

その視線が既に「そうじゃない」と言っていた。


拳を握り込んで。

低い声は、何かを堪えるようだった。


「奴隷だった頃に……思い当たりがあるんです」


唐突に、どういうことかを理解した。


(……何てことを)

(そうだ、ナチルも)

(ヒデトからそんなこと聞いたって……)


だからそれ以上、言わせたくない。

抱きつくように、イツキの背中に手を回した。


「分かった。言わなくても――」


イツキが顔を上げる。

どこか痛むみたいに眉を寄せて。

こちらにもたれ掛かってきた。

その腕が俺の肩を抱え込む。


ぼそぼそと囁くように。

言葉は続いている。


「思い当たりがあって……相手は誰か分からないけど……多分イワナじゃないかと思って……」


腕の中に握り込まれるように。

力が強すぎて。

骨が軋むような。


「ああ……っ、分かった……」

「相手は誰か……目隠しされてて……声も出せない、向こうだって……でも絶対にイワナだと……」

「ああ……」


そうだ、と言ってやりたい。

そうだ、それはイワナだったんだ、と。


(正直、その可能性も高いと思う)

(だけど――あんたは、推測でそんなことは言えない)


「多分、イワナなんです……」

「うん」


どうしようもなくて。

ただ、頷いた。

謝ることすら、出来ない。


ふと、身体に回された腕の力が緩んだ。


「……あ! すみません」


イツキが身体を離すと。

痛みに強張っていた自分の身体から。

力が抜けた。

黙って、もう一度頷いて見せる。


(痛い)

(のは、心だよな……)


イツキは一度頷き返してから。

誤魔化すように、少し笑って。


「……イワナの娘は、ナチルは、これからどうするんですか?」


優しく、尋ねられた。


「ユナに預けようと思う。……もし、良かったら」

「ええ。勿論。もうおれの娘だと思ってますから」


先程までのことを忘れたような。

屈託のない笑顔を見て、少し安心した。


2人に頼めば、もう安心だ。

俺なんかが相手をしていると、どうしても。

何かが歪んでしまうから。


さっきのユナとナチルのように。

何が正しいのか、俺にはきっと教えられない。


2人以外にも、島に戻っている同族達は。

新しい同胞を受け入れ、導いてくれるだろう。

だから。

一刻も早く。

俺は、また、帰らねば――行かねばならない。


どうしてるだろう。

1人ではないにしても。

そうでなくても危ない状況の、ディファイの集落へ。


信じて、向かわせたけど。

本当に大丈夫だろうか。


危険な場所だし。

まだまだガキだし。

咄嗟に右にばっかり避けるし。


(そう言えば、それ)

(師匠にも前に言われたなぁ……)


コーヒーを飲むときにふーふー吹き過ぎだし。

通りすがりに胸が大きい女性を目で追ってるし。

剣を抜くときにはもうちょっと重心を安定させた方が良い。


(何だ、そのとりとめない苦情!?)

(まさか、ペーパーバードに書いてた16項目……)

(そんなことばっか書いたのかよ!?)

(……道理でカスミが呆れた顔してた……)

(胸が大きい女性って……)


何だろう。

全部気になってしまって。


心配と言うか――多分、この気持ちは。


(な!? ……バカ)

(それ以上、もう言わなくて良いから)


ただ、お前に、会――


――瞬間。


(――うわっ!?)

(今、身体の中で、何か……)


身体の中で小さな衝撃。

俺がいない間も、常時、泉の魔力で。

島に張ってある九重の結界を。

外から誰かが破壊したことによる――泉の悲鳴。

魔力喪失の痛み。


(結界……が、あるのか)

(だから安心して、外へ出られるんだ)


「……イツキ」


名前を呼ぶと。

黙ってイツキが顔を上げた。


「一番外側の結界が破られた」


一瞬、目を白黒させていたが。

すぐに理解して、頷き返してくる。

崖から海の向こうを見渡して。

視線が一箇所で止まった。


「……あれじゃないか。軍船」


(軍船――!?)

(どういうことだ! まさか)


その先に、確かに黒く小さな船影。


「――結界を破ったってことは、それなりの準備をしてるということか」


どうやらヒデトは。

ディファイのみを狙うつもりではなかったらしい。


(ああ……やっぱり仕掛けて来るのか)


だが戦力を分割して、2箇所を狙うとは、愚策。


まさか、一船でこの島を。

落とせるとは思ってないよな?


(そもそも、あんたがこっちに来てるとは)

(知らないのかもな)


「サクヤ、おれ、皆に知らせてくる!」

「ああ……俺が出るから、泉で結界の再展開を頼む」

「分かった」


駆け去っていく背中を見送って。

ふと思いついて、ポケットから。

ペーパーバードとペンを取り出した。


(あ……それ……)


表面には既に書き込みすぎて、余白がない。

仕方がないから、裏側に。

少しだけ書き足して。


そのまま空へ放つ。

ひらりと舞う羽が、七色に輝きながら。

差し出した俺の手から離れていった。


少しだけ。

その姿を羨ましいと思ったけど。


(羨ましい? 何が?)


頭を切り替えて。

蝶から目を逸らした。


最後まで蝶の止まっていた指先を。

シャツの裾で拭う。


「……姫巫女を甘く見るなと言うのに」


唇が歪んでいることを自覚しながら。

近付いてくる軍船を迎え撃つために。

踵を返した。


何故か分からないが。

自分は姫巫女だと、そっと。

頭の中で何度も繰り返しながら――。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(――え!?)

(違……オレが知りたいのはこの後――)

(あぁ!? もう朝かよ!)


(くそ、軍船なんて!)

(頼むから、あんた)

(無事で……)


――暗転――

2015/12/15 初回投稿

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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