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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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6 ペーパーバードでお知らせ

【前回までのあらすじ】獣人排斥の動きのある蔵の国。賛成派の公爵令嬢エリカから、微妙な好意を受けて……まあ、あんまり嬉しくないんだけど。それもこれも、サクヤが別行動中だからだ、きっと。レディ・アリアとの約束はあと1日半。これさえ終わればディファイの集落へ向かえるんだから……もうちょい役に立っておきたいとこだな。

 エリカと別れ、再び馬車に乗った瞬間に。

 レディ・アリアは、今まで堪えていた分を全部吐き出すように笑い出した。


「っぶ、はははははっ、は、あははははひひひっ!」

「うるせぇよ! レディらしく、もっとおとなしくできねーのか、あんたは!」

「おとっ……おとにゃはははははっ!」


 にゃはは、じゃねぇよ。

 オレの不用意な発言とエリカの勘違いが、よっぽどお気に召したらしい。

 ひでぇ。


 とりあえず、直截なお誘いの数々をのらりくらりと躱して、王宮を出てきたが。

 スバルに対しては、後で何かしらのフォローを入れておいた方が良さそうな気がしなくもない。


 とにかく、ひたすら笑い続けるレディ・アリアを見ていると腹立たしい。

 オレは馬車の中から視線を外して、窓の外を流れる街並みを眺めることにした。

 王都の中央だけあって、活気のある店が並び、人の流れも多い。


 ……ふと、その中に。

 見知った姿が道を歩いていたような気がした。


「――降ろしてくれ」

「ぅぷぷ……っく、なに? いい加減っ、笑われすぎて……ぶはっ!」


 言いながらも、レディ・アリアはまだ笑ってる。

 ……ああもう、鬱陶しい。


「もういい。別に怒ってるワケじゃないけど、用事を思い出したからオレはここで降りる。怒ってるワケじゃないけどな! 後から戻るから、あんた先に帰っていいぜ」

「ふぇ!? ちょ、ちょっと……ぶふっ」


 御者に車を止めさせて、オレは急いで馬車から降りた。

 慌てながらも、まだ思い出し笑いしてるので、レディ・アリアはさして気にしてないようだ。

 ――全く。あの人と接してると、いつも小馬鹿にされてるような気がする。絶対聞けないけど……やっぱ年上だからだろうか。


 そんなことを考えながら、人混みの中、さっき見かけた背中を探しながら歩いていると、後ろから勢い良く肩を叩かれた。慌てて振り向く。


「……カスミ!」

「どっかで見た顔がうろうろしてると思ったら、元気そうじゃないか、良かったよ。サクヤも元気にしてるかね?」


 この蔵の国の王都で、宿屋を営んでいるカスミ。

 サクヤの昔なじみの元傭兵だが、今は宿屋の女主人。

 前回最後に会った時は、あれやこれやで別れの挨拶もしないままだったから、ずっと気にはなっていた。


「こないだは突然いなくなってごめん。色々あって……」

「ああ、最初は心配したけど、こないだサクヤからペーパーバード貰ったよ。青葉の国にいたんだって?」


 どうやらさすがのサクヤも、あんなことになったからには連絡はしていたようだ。

 ちょっと安心した。


「隣国では活躍したらしいね? サクヤから聞いたよ」


 ……前言撤回。全然安心じゃない。

 どこまでペーパーバードに書いたんだ、あいつ。

 余計不安になってきた。


「……あの、オレのこと、何か言ってた?」


 恐る恐る問うと、カスミは不思議そうな顔をしながら、ポケットから紙切れを取り出した。


「『カイとは途中、色々あったけど今は一緒にいる。隣国ではカイのお陰で危機を脱したこともあったから、女の趣味に納得がいかないけど、まあ許すことにした。あれは俺の代理人として使うことにしたから、どっかからペーパーバードが俺宛に来てたら、カイに全部渡して良い。これからそっちへ向かうけど、あいつの方が一足先に蔵の国に着くと思う。見かけたら便宜を図ってやってくれ』……だって」


 すらすらと言葉が出てくるのは、該当の部分だけそのままを読んでいるからなのだろう。

 ……あいつ、やっぱ余計なこと書いてる。

 読み直して初めて不穏な言葉に気付いたカスミが、不思議そうに尋ねてきた。


「女の趣味、合わなかったんだ?」

「や、それは違くて……つまり……その……」


 どう説明しようかと慌ててしまって、なかなか良い言葉が出てこない。

 だって言えないだろ。

 おっぱいの大きさを指摘したら拗ねられた、なんて。

 そもそもカスミはサクヤを男だと思ってるはずだ。そんな人に何て説明すれば分かってもらえるんだろう。


「あー……ま、無理に説明しなくて良いよ。冗談だと思ってたのに、本当にそんな関係になるとはねぇ……。ま、どっちがどっちをどうしてんのかは分かんないけど、詳しく聞こうとは思ってないから」

「待て! 違うって! そういうことじゃない!」


 必死で主張するけど、カスミは片手を振ってこれ以上聞かないという意志を明確に示した。

 はっきりとは言わないけど、何か変な方向に取られてるって、絶対……。


 そこはかとない絶望の中、カスミが腕を組んで尋ねてくる。


「それは良いとして、便宜を図ってやれって書いてあるから、何かあるなら引き受けるよ。あたしもあんたのことは嫌いじゃない」


 その言葉に。

 一も二もなく、オレは答えた。


「ペーパーバードの使い方、詳しく教えてくれ! あのバカに送ってやるから!」


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 久々の再会だが、相変わらずカスミの宿屋はボロかった。

 ここのところ、あちこちの王宮だの大商人の居宅だのをうろうろしてたので、特に目につく。壁は薄いし、良く見ればちょっと扉が傾いてて建付けが悪い。


 だけど。きっとここに娘との思い出があるのだろうから。

 オレは何も言わないことにした。

 ……まあ、案外別の理由かもしれないけどさ。金が勿体無いとか。

 そこんとこはオレには分からない。口を出す必要もない。


「ああ、これはもう使えないよ。ほら、宛名と居場所がもう埋まってる。サクヤが書いてあんたに渡したんだろ」


 宿の一室、オレと向き合ったカスミが、紙切れの端を指差した。

 確かにそこにはサクヤの名前と仙桃の国、王都と書いてある。こないだサクヤが渡してくれた一綴だ。これを見る限りは、居場所って言っても、結構ざっくりとしたレベルで良いらしい。


「サクヤに向けて出すなら、宛名はサクヤのままで良いんだろ? 居場所だけ消して書き直しは出来ないのか」

「出来ないよ。だから書き損じないように皆、気を付けるんだから」


 そう言えば、サクヤもそんなことを言っていたような気がする。

 そうか。折角もらったこれも、サクヤが仙桃の国にいない今は使えないんだ。


「大体、サクヤは今、どこにいんの? あんた、そこに行ったことあんの? その周辺ってレベルでもさぁ、ちょっとは近くに行ったの?」

「え!? いや、オレは行ったことない……行ったことあるとこじゃなきゃダメなのか?」

「基本的にはね。出来の良し悪しにもよるけど……それ、サクヤが作ったヤツでしょ。あたしも貰った。宛名も居場所も書いてないヤツ」


 カスミのポケットから出てきたのは、確かにオレが持ってるのと似た紙切れの束だった。違うのは、サクヤの名前が書いてないことだけ。

 きっとサクヤが連絡取りやすいように、作って渡したんだろう。


「サクヤはこういう魔法、そんなに得意な方じゃないからね。上手い魔法使いが作ればまた違うらしいけど、それはそれは上等なレベルになるよ。そこまで高価なもんは、あたしは見たことないわ」


 そういうものなのか。

 感心しながら、カスミのペーパーバードとオレのヤツを見比べていると、カスミがポケットから別のペーパーバードを出してきた。


「そう言えば、サクヤ宛のはあんたに渡しても良いんだっけ。はい、これ」


 渡された1枚の紙切れは、確かにサクヤ宛。

 差出人はと中を見れば、ずらずらと書かれた文字の最後に、知ってる名前でサインされていた。


「……エイジだ」

「サクヤ、元々は第二王子とは仲良かったけど……ついに仲直りしたのかい?」


 そう言えば、カスミは青葉の国の傭兵だったから、諸々の事情を知ってるんだっけ。前に会った時は、オレが色々教えてもらったくらい。


「うん、エイジの側で、サクヤも継承戦に参戦することになった」

「ふーん……ちょっとばかし意外だぁねぇ」


 前に会った時、サクヤが青葉の国のスカウトを断り続けている、という話をしてくれたのは、カスミだった。

 今思い出せば、あれはリョウ王とのいつものやり取りのことを言っていたのだろう。


「サクヤが心変わりするとこなんか、初めて見たわ。大体あいつは、やらないって言い出したらテコでもやらない……あぁ、でも、あん時はやらない、とは言わなかったのか。『今のところ考えてない』とかなんかそんなこと言ってたんだっけ。あいつ、時々姑息な言い方するんだからさぁ」


 その感覚は良く分かる。

 すごく性格悪く聞こえるんだよ、あいつのそういう言い回し。


 だけど。

 今のオレは知ってるから。

 その言葉、どれほど考えた上で紡がれているのかって。


 カスミに言うワケにはいかないので、曖昧に笑って誤魔化した。

 エイジからのペーパーバードを読み耽る振りを――している内に、文字を読むのが苦手なオレの意識は、実際にそちらに集中していく。


「……何だ、これ? 何か怒ってる?」

「どしたのさ。王子様がお怒りなんて、不穏だね」


 ……うん、不穏だなぁ。

 内容としては。

 『お前、仙桃の国で何してんの!? 融資してた金全部引き上げるって、年間幾らの利益がそこから出てると思ってんだよ!? その上、他から金借りるって何考えてんだ、このバカ! こないだ、今後の俺の投資計画見ただろうが! 今すぐ連絡取りたいから、神殿から即時通信かけろ、このバカ!』

 ……ってことが、そのまんま書いてあった。

 怒ってるとこ悪いけど、残念ながら全部終わった話だ。この辺がどうしようもないペーパーバードのタイムラグなんだろう。


「どうする? 何か返事しておくかい?」


 カスミが自分のペーパーバードをぺらぺらと動かす。

 どうやらこれを使っても良い、と言ってくれてるらしい。


 エイジは即時通信使えって言ってるけど。

 もう今更相談してもどうしようもないことだし、サクヤもいないのにオレだけ怒られるのも理不尽だ。

 即時通信は不要だろう。


 だけど青葉の国に戻ったら、エイジにそういうお金の計算の話は多少教えて貰った方が良いかも知れない。どうも今までの経緯を確認すると、サクヤの財布はエイジが握ってるらしい。

 サクヤはそれに頼りっきりで、あんまり自分では考えてないように見える。隣にいる者として、その状態には不安がある。


 そう言えば。

 即時通信は許可証をくれた大神官のアサギに迷惑をかけるのが嫌で、本当に最後の切り札に取ってある。

 前回のドタバタも金を集める時点で、アサギに連絡とっても良かったかも知れないけど。きっと神殿には金なんてないし、そもそも転移の魔法陣が壊れてたから送ってもらうことは出来ない。

 具体的にどう協力して欲しいかもわからないのに、助けてくれ! だけ言うなんて丸投げにはしたくなかったから。

 そうこうしてる間に、とにかく当初の目的は達成出来て、良かったっちゃ良かったのかな。


 うん、エイジへの返事も急ぎじゃないから、ペーパーバードで送ろう。


「カスミ、それ……」

「うん、あたしもサクヤから貰っただけのもんだからね。特別に破格値で売ったげるよ」

「金とるのかよ」


 道理で高価なものなのに、あっさり出してくると思った。

 まあいい。それならこっちも遠慮せずにすむ。


「じゃあさ、何枚かくれよ。他にも持ってれば役に立つかも知れないし。あと、やっぱり書き方教えて」

「いいよ。まいどありー」


 笑いながら千切って渡された紙束から、ふわりと嗅ぎ慣れた香りが漂ってきた。

 甘い香りで、ふと考える。

 あんた、今頃どうしてんのかな。

 あんたもオレのこと、こうやって思い出したり……してねぇよな、多分。


 オレはため息をつきながら、ポケットから財布を取り出した。

 そこで、カスミの意外な言葉に手が止まる。


「あ、丁度良かったわ。今朝、あんた宛にもサクヤからペーパーバードが届いたんだよね」

「……へ?」


 カスミの手元には、さっきとは違う紙片。

 それも、数枚重なってるような。

 何、それ。

 サクヤがオレにそんな長文で連絡してくるって……何だ?

2015/12/08 初回投稿

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