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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第1章 Beautiful Stranger
11/184

10 つよくて かわいくて おおざっぱ?

 結局、一度口を閉じてしまうと、もう一度何かを喋りだすには勇気が必要だった。

 仕方ないので、黙ってサクヤの後をついて歩くことにした。

 無言のまま町の反対側に着くと、朝とは別の役人が通行証を確認して門を通してくれた。


 この町は周囲をぐるりと垣根で囲われている。

 出入口は今朝通った門と、今通された所の2ヶ所しかない。

 大体、他の同規模の町でもそうだ。日が昇っている間だけ門を開き、役人が出入りを確認するやり方が主流。もちろん、転移直前までオレがいたような小さな村なんかは、それこそ出入りのチェックも何もないけども。

 旅なれた師匠から言わせると、本当は国の方針によって多少違うらしい。オレも、もっとあちこち旅をすれば、その違いが分かるようになるのだろうか。


 町を出てもサクヤはずっと無言だった。

 オレも空気を読んで、黙って歩く。

 太陽が頂点に達した辺りで森の中に続く道に踏み入ったが、それでも何も言わない。

 さすがに耐えきれなくなり、声をかけた。


「なあ、オレ、ものすごい眠いんだけど」


 よく考えたら、一昼夜眠らずにどたばたやっていたワケだ。朝方は、まだ徹夜の名残で元気もあったが、そろそろ眠気と疲れが襲ってきた。


「……安心しろ、俺も眠い」


 返ってきた声は小さかった。喋らなかったのは、機嫌が悪いと言うより単純に疲れていたようだ。

 オレと違ってサクヤの方は朝まで人の上で眠ってはいたはずだが、まあ……人に担がれて坂道を下りながら熟睡できるワケもない。

 お互いにまとまった休息が必要なのだろう。


「じゃあさ、どっかで野宿とか……」

「ああ、そのつもりだ。――後ろの奴を片付けたらな」


 こちらを振り向きながら吐き捨てた、その語調の激しさに一瞬息を飲む。

 だけどすぐにその青い眼が、オレよりも遠くを見ていることに気付いた。

 サクヤの視線を追いかけて振り返ると、オレ達と少し距離を取って2つの人影が近付いてきているようだ。


「通りすがりの旅人じゃないのか?」

「森に入るまでは5人いたが、3人隠れた。途中で散開したんだろう」


 気を付けて探すと、確かに3人、それぞれ別の木の後ろに隠れている。言われて探したオレより先に、サクヤにはどこにいるかまで分かっていたようだ。

 そのまま、低い声で確認してくる。


「見えたか?」

「ああ、3人とも見つけたけど」


 こちらの視線を警戒してか、木の後ろのヤツらは動かず息を殺している。隠れ方が雑なので少し探せば見付けることが出来るんだけど。

 その様子からして、こちらを追い掛けてきていることは確実だった。


「師匠の仲間かな?」


 どの人影も、師匠でもエイジでもないことは見ればすぐに分かる。

 それでも、サクヤを捕まえる為に師匠達が雇ったという可能性もある。もしそうならオレが邪魔をするのはあまり好ましくない。


「違うと思う。向こうはお前を知らないようだ。知ってればさっきの町でコンタクトを取ってきただろう」


 その言葉を信じるなら、ヤツらは町の中からずっと付いてきていたということか。ただの通行人だと思って余り気にせずにいたのだが。商売柄、荒事に慣れたサクヤには違和感があったのだろう。


「面倒だ。片付けていこう。お前も手伝いくらいはしてくれるな?」

「……まあ、できる範囲で」


 答えながらもオレはまだ、師匠の仲間だったら困るな、と悩んでいた。

 サクヤの言葉はもっともらしいが、そのまま受け取るワケにはいかない。たまたま一緒に旅をすることになっただけで、その目的は大きく違う。場合によっては敵同士だ。


 だけど、こちらの都合でモノを言えば。

 もし後ろのヤツらが師匠の仲間だとしたら、何と雑な追跡か。こんなにあっさり見つかるようでは、サクヤを捕らえることなど不可能だ。

 ここでオレが少し位手伝っても、大した問題はないだろう。

 先ほど町で買ったばかりの剣も、馴らしもしない内から早速本番デビューとなるらしい。


「右側の木の後ろの奴分かるか? あれはお前にやる」


 隠れている3人の内、こちらに一番近いヤツをオレの相手に指定された。

 オレは無言で頷き、荷物をその場に置く。

 ありがたい。距離が近い方が剣の間合いに入りやすい。


 残りの4人についてはサクヤは何も言わないが、自分が引き受けるつもりなのだろうか。昨日のように魔法を使えば、確かに4人やそこらあっという間かもしれないけれど……。


「行くぞ」


 短く言い切って、サクヤが走り出した。

 真っ直ぐに道の向こうの2人を目指す。


 こちらが動いたのに気付いて、オレの標的が慌てて木の影から姿を現した。

 走るサクヤを追おうとするが――遅い。

 オレがその背後に辿り着く方が先だった。

 直後に、背後に迫ったオレに気付いて振り向いた男と、目が合った。


「――おお!? 何だ、くそぉ!?」


 気合を入れながら剣を抜いてきたが――

 そのときには既に、オレは腰から外した剣を鞘ごと振りかぶっていた。


 驚いて眼を大きく見開いたヤツに少しばかり哀れみを覚えるが、躊躇はしない。

 軽くその横っ腹へ向けてスイング。

 腕に衝撃を感じた瞬間に鈍い音が響いた。

 勢いでヤツは反対側へ吹っ飛んでいく。


 念のため追いかけて、意識があるか確認しておく。

 幸いさっきの一撃で気絶しているようだ。肋骨は折れたかもしれないし、もしかすると内臓も傷付いているかもしれないが、とりあえず息はしている。早めに治癒魔法をかけてやれば、後は手当てする人間の腕と本人の運次第だろう。


 ノルマを達成したところで、サクヤはどうしてるかと、改めて周囲を探した。

 その姿を見つけるより先に、道の向こうにいた2人が倒れているのが見えた。念のため近寄ると、こちらも意識は失っているが、一応息はしている。


 どちらも腕に針が刺さっている。

 昨日、師匠との戦いで見たサクヤの武器だ。

 刺さっているのは急所でも何でもないのに、2人とも動けそうにもないくらい弛緩していて……意識もあるのかないのか。目は緩く開いているが、焦点が合っていない。


 多分、針に毒が塗ってあるのだろう。

 致死性のものかどうかまではちょっと分からないけど。

 オレが助ける義理もないので、そのまま放置。


 残りは2人。

 顔を上げると、道の中央付近を双方向から矢が飛び交っていた。

 矢の狙う先ーー的になっているのがサクヤだった。


 道の左右の脇にある藪の中から弓使いがそれぞれに狙っているのだが、的が動きを止めないので、狙いが定まらないらしい。


 黒い風のように、マントを翻しながらサクヤが跳ねる。

 その身軽で先の読めない動きに、そんな場合でもないのに一瞬見惚れた。


 矢が途切れた瞬間、マントの下から抜いたサクヤの右手が一閃する。

 指先から放たれた銀色の光が、右側の弓使いに向かって飛んだ。

 避ける暇もなく針が刺さり、弓を握ったまま何があったのか分からぬ顔で膝をついた。地面にゆっくりと倒れていく。地に伏せたその身体が動かないのを確認してから、オレはサクヤに視線を戻した。


 既にその黒い影は、藪の中に潜む左方の弓使いに駆け寄っていた。

 放たれた矢を、軽く身体を捻ってかわす。

 目前に迫った姿に、弓使いは慌てて弓矢を捨て身構えようとした。


 そう、弓使いのその判断は正しいだろう。この距離まで寄られてしまうと、矢をつがえるより殴る方が早い。


 だけど。

 サクヤの踏み込みはその予想より更に早かった。

 弓使いの姿勢が整うより前に、抜き身のナイフをその首筋に当てていた。


「――誰の指図だ?」


 低い声が、静かな森に響く。

 数の上では有利な状況をあっという間に覆されて、弓使いの動揺はいかばかりか。同情する必要もないけど、こんな急速な状況転換についていけるヤツは少ないだろう。

 当てられたナイフから放たれる脅しではない殺意を感じて、弓使いは声を裏返らせながら答えた。


「町の……ブラックマーケットの元締めの……」


 そこまで聞いただけで、サクヤは明らかに興味を失った。

 言葉尻も聞かず、弓使いの鳩尾にブーツの爪先を叩き込む。

 弓使いは悲鳴も上げられないまま、眼を見開いて顔から地面に落ちていった。


 その姿を最後まで確認もせず、サクヤは藪の中からこちらに戻ってくる。

 開けた道に立つと、マントの埃を払ってオレに向き直った。


「行くか」


 怪我人が転がる森の中と言うのに、短い言葉からは何の余韻も感じとれない。

 オレは荷物を置いてある方へと戻りながら、尋ねてみた。


「随分あっさりだな。黒幕は見当ついたのか?」


 置いておいた荷物を拾って、道の先へと歩き出す。

 オレを待たず歩き出しているサクヤも、一応は答えを返してくれた。


「分からん」


 余りの返答に、拾った荷物を落としそうになったけど。

 すんでの所で受け止めた。


「……さっきの尋問はそれを聞いてたんじゃないの?」

「末端過ぎて分るもんか、あんなの。ナギ達の依頼かもしれないし、商売敵の関係か。案外、朝に会ったあのたちの悪い役人の差金かもな。思い当たりが多すぎて絞れない」

「まあ……あんた、敵が多そうではあるけど」

「さっきの町まで戻ってブラックマーケットの元締めとやらを絞めれば、多少は分かるかも知れないが面倒臭い」


 あ、面倒なんだ。

 時間が惜しいとかじゃないんだ。


「お前がどうしても知りたいと言うなら、1人で行ってきてくれても構わない」

「いや、何であんたの敵の正体暴くのに、オレがそんな辛い往復マラソンしなきゃいけないんだ」

「今の奴らの息の根を止めなかったからな。放っておくと、お前も狙われる可能性もある」


 ものすごくどうでも良さそうに言うので、オレは脱力した。

 はいはい、オレのこの先の安全なんて、興味がないんでしょうとも。


「まあ、それはいいよ。オレも殺さなかったし」

「……ナギだったら、嬉々として刻んでるところなのに」

「あ、師匠ってやっぱりそういう人なのか」


 知ってるけど。

 もともと怖ぇけど、刀を抜くと異様に怖い。その迫力はどこの殺人鬼かというところだが、あんまり言うと怒られる。

 だけど正直、怒るのはお門違いだ。それ位なら、『血を見たくて仕方ない』とか、日常的に言うのを止めればいいのだ。


「弟子のお前は斬らなくていいのか?」

「そういうとこは見習わないことにしてるんで。でも動いたら眠気もとれたな。いっそこのまま次の宿場まで行って、宿に泊まった方がよく寝れるんじゃないか?」


 オレの提案を聞いて、サクヤは一瞬、何とも言えない微妙な間をあけた。

 しばらくの無言の後、「それがいいかもな」と最後に呟く。


 今の一瞬の間は多分アレだ。

 「若いな」とか「何だその体力」とか、そういうことを言いたいのを止めたっぽい。


 そう言えばこの人、何才なんだろう。

 師匠とエイジはどちらも22才で、その2人とああして同等に話しているということは、サクヤも同じ位なのだろうか。

 外見からはオレより年下に見える。今の反応を見ると、もっといってるような感じもするのだが。


「……今お前が何考えてるか、当ててやろうか」


 非常に声が冷たいので、オレはとりあえず「結構です」と答えておいた。

 無意識に敬語になっているのは……まあ、気遣いってことで。


 ところで、かなり森の奥に入ってきたけど。

 さっきの戦闘中も今も、サクヤは相変わらずフードを取っていない。

 町中のことだけかと思っていたが、他に誰もいなくてもこの状態。随分目深に被ってるので、眼が悪くならないかと少し心配になる。


 そう言えば、最初に見かけたときも被ってた。

 この状態がデフォルトなのか。


 オレは、真下からフードの中を覗き込みながら尋ねてみる。


「なあ、それってやっぱ隠してるワケ? 美人過ぎるから?」


 正面から見つめると、フードの奥でサクヤがびっくりしたように眼を見開いた。さらにたたみかける。


「隠す必要ないじゃん、もったいない。せっかく可愛いんだし」


 その動きが固まっている間に、右手を顔の横に差し入れて、フードを下ろしてやる。黒い布の下からさらさらと金色の髪が流れ落ちる。手に当たる感触が、絹を撫でるようで心地良い。


「他に人がいないときは外しててもいいんじゃない? オレは顔を見て話したい」


 ――よし!

 いつだったかエイジに教わった、恥ずかしがりやの娘への対処方法。

 締めの言葉だけ自分のアレンジをいれたけど、基本的にはエイジの教え通り。


 今までのところ皮肉ばかり言ってるサクヤが、黙ってこちらを見つめているということは、それなりに成功してるらしい。


 ああ、最後に笑えって言ってたな。

 やばい、忘れるところだった。


 正面から、きらきら輝く青い瞳を覗き込んで、意識してにっこりと微笑みかけたところで。

 サクヤの白い頬がゆっくりと赤くなった。

 細い首筋がふるふると震えている。


 ……何だこれ、可愛い。

 フードを外したサクヤをまともに見たのが久し振りだったので、うっかりしてたけど。改めて見てもやっぱり美人だ。

 お世辞半分の口説き文句だったのに、現実は話を盛る必要もなく、可愛い。


 特に今みたいに黙っていてくれると、見かけの可愛さだけを愛でられる。伏せた睫が頬に長い影を落として、何か言いたげに薄桃色の唇が震えている。

 その唇がゆっくりと開くのを見つめながら――


 ――オレは、死角からサクヤの右拳を力一杯、頬に受けた。


「――人を何だと思ってるんだ! お前は!」


 ……痛い。

 あー……体重の乗ったいいパンチだ。

 自分の左頬を撫でながら、サクヤの方を見る。


「今度やったら置いていくからな!」


 罵声のついでとばかりに、がごん、とブーツの底で脛を蹴られた。こっちは拳より更に痛かったので、思わず足を抱え込んでしゃがむ。


 ……うん、照れてるのかと思ったら、本気で怒ってらした。

 この手の応対はお嫌いらしい。エイジの嘘つき。


 しばらくその場で呻いた後、ようやく痛みから復活して顔を上げると、サクヤはいつも通りの無表情でオレを見下ろしていた。

 立ち上がったオレと目が合うと、踵を返してさっさと歩き出す。

 怒っているように見えるけど、オレの立つのを待っていたり、フードを被らずにいてくれてるのは、もしかしてちょっとやりすぎたと反省してるのだろうか。

 今度エイジに会ったときに礼を言うかどうか、ちょっと悩むところだ。


 まあいいや。

 連れの顔も見えないまま歩くのと、脛に痣が出来てもこの綺麗な顔を好きなだけ拝めるのとで、後者を選んだ――と、思おう。


「何にやにやしてるんだ。気持ち悪い」


 歩きながら、サクヤがこちらを見下すような視線で呟いた。

 本当、喋らなければいいのに……。

 あと、もう少し愛想がよくて、女ならば完璧だ。

 ――あ、良いことを思い付いた。


「なあ、あんた、魔法使って次の町まで、また転移するといいんじゃないか?」

「お前の思考回路が手に取るように分かるんだが、そんなに寿命を縮めたいのか」


 本気で苛ついている低い声が返ってきたので、慌てて手を振って誤魔化した。

 こんなとこで殺されるのはちょっと困る。


「……えっと。それは半分冗談にしても、むしろ何でそうしないんだ?」


 転移魔法なんてすごいものが使えるなら、こんなとぼとぼ歩いてないで、さっさと先まで行ってしまえば良いんだ。

 それとも、再使用制限時間リキャストタイムがあるのだろうか。


 オレの質問に、美貌の魔法使いは先程の苛々を引き摺ったまま、不機嫌に答えた。


「俺は魔法の制御が下手なんだって言ってるだろ。たまたま成功したからいいものの、失敗したらどこに出るか分からん。突然、海上に出たりするんだぞ? よほどじゃなければ使いたくないな」


 え? たまたま?

 何か不穏当な話になってるんだけど。


「……んん? じゃあ、昨夜のは……」

「うまくいって良かったな。まあ、残ってた魔力量から言って長距離移動出来ないのは分かってたから、逆に成功率は割と高かった。……そう、5割くらい?」


 割と高くて半々……。


 衝撃の新事実に、呆然とする自分を隠せない。

 魔法使いって、皆、こんなアバウトなのだろうか。

 初めて見た魔法使いがこれなので、正しいのかどうかも判断出来ないんだけど。

 緻密に準備をして計算し尽くされた計画の上で、国家に勝利をもたらすエリート職のイメージが。

 オレの中で音を立てて崩れたことは、言うまでもない。

2015/06/01 初回投稿

2015/06/12 サブタイトル作成

2015/06/13 言い回しを若干修正

2015/06/20 段落修正

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2015/11/07 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2018/02/03 章立て変更

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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