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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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5 恋の予感?

【前回までのあらすじ】オレとサラは、サクヤと別行動。レディ・アリアとともに蔵の国の王宮を調査中。獣人排斥政策をとっている蔵の国だが、この政策を推し進めている人間を探してる。麻里公爵ナオフミ、王子スバル、どっちとも話したけど、どうも話を聞く限りは賛成派じゃないっぽい? オレの知ってる限り、本気で政策を支持してるヤツって言えば……あいつだけなんだけどなぁ。

 目覚めの感触は悪くない。

 それは事実だった。

 ――だけど。


「あんた、何でオレの上に乗ってんの」


 オレの腹の上に座り込んでるのは、シーツに届く程の長い黒髪から同色の耳がひょこりと飛び出しているディファイ族の美少女サラだ。見た目はロリだが、本当はオレと同じくらいの年だから、変な心配はいらないんだけど。

 今朝も、いつもの黒いツナギのような服を着て、どっかりとオレに跨っている。


 窓から差してくる光は眩しいが、日はまだ高くない。

 そろそろ起きた方が良い時間ではありそうだから、起こしに来てくれたんだろうか?


「もっと別の起こし方ねーの?」


 尋ねても、サラは軽く首をかしげただけで、例によって答えは返ってこない。腹を動かして揺すってやっても、おとなしくオレの上で揺さぶられてるだけだ。

 寝起きの頭では今ひとつ分かり辛いけど。

 多分、その様子が伝えてくるのは。


「……仲直りしようって?」


 布団からむき出しのオレの左腕を、するり、と黒い尻尾が掠めていった。

 見つめられたままの瞳は全く動かないのに。

 赤い唇だけが、小さく開く。


「男女が仲直りする場合……」

「――止めろ。性別が男女だろうが何だろうが、友達が仲直りするには言葉だけありゃ十分だって」


 嫌な予感がして、即座に返答した。

 明らかにオレの方へ伸びてくる小さな両手を、途中で止める。

 そのまま両手を挟んで向き合っていると、ぐい、と顔を近付けてきたサラの黒い瞳が、目の前にきた。

 真夜中の暗さに、吸い込まれるように惹き付けられる。


「一緒の布団で」

「止めろっつってんだろ!」


 これ以上近付いてこないように、片手を振りほどいてサラの小さな頭を押さえた。オレの手のひらで顔を押さえられて、「もひ」というような音を出しながら、サラは動きを止めた。


「どうせ、あんたにそんなこと教えたのは、エイジなんだろ?」


 返事はないけど、この雰囲気は多分肯定。

 もう、ほんとあいつ……こういうエロ知識ばっか、サクヤだのサラだのに教えるんだから。既に何発殴らなきゃいけないのか、分かんなくなった。


 どうやらいらない気遣いだったらしいと気付いたサラが、オレの上をゆっくりとどける。

 その姿を見ながら、オレはため息をついた。


「全く。いつかエイジに文句言ってやらにゃ……」

「エイジは関係ない」


 珍しく、サラが否定の言葉を述べたけど――オレには分かる。

 それ、嘘だろう?

 あんた、ちょっとエイジのこと庇い過ぎ。……いくら好きだからって。

 じろじろ見てたら、ふい、と顔を背けたサラが黙って部屋を出て行った。


 これだから、恋愛なんて碌でもない。


 あぁ? 人のこと言えるのかって?

 ……うるさいな、放っておいてくれ。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「さて、ようやくカイも起きて来たわね」


 今日のレディ・アリアのドレスも黒。腰から下がふんわりと膨らんでいる裾の長いタイプで、昨日のようには脚は見えていないけど。その分胸元の素肌露出は激しい。

 対するサラも真っ黒。

 こうして並べて見ると、2人とも同じように上から下まで真っ黒で、この一角だけ影が差してるようにすら見える。

 レディ・アリアのその口ぶりだと、本人とサラはもっと早くから起きていたのだろう。今だってそう遅い時間でもないが、待たせたことは詫びておくことにする。


「悪かった。……で、今日は何か予定あんの?」

「そうね……カイは嬉しいんじゃない、久し振りに会えて」


 その言葉で分かった。もう分かった。

 オレがこの国の王宮で知ってる人間なんて、数えるほどしかいない。

 しかもその中で久し振り、なんて。


「……麻里公爵のご令嬢だな」

「そ、エリカ様ね。あの後も何度かあんたの話出たから、それなりに気に入られてるみたいよ。話し相手として」


 そんなのは当たり前だ。

 前回エリカに会ったのは、サクヤを青葉の国へ連れて行く直前の夜会。情報収集目的だったその場では、出来るだけエリカを良い気持ちにさせて、話を引き出そうとした。だから。


「気に入られても大して嬉しくない」

「贅沢な子ねぇ。公爵令嬢よ? 逆タマよ?」

「オレが氷の島の王子だったら、だろ? 実際は違うワケだし」


 事実を吐き捨てて見せたのに、レディ・アリアはまだにやにやしている。


「分かってるわよ。あんたには婚約者がいるんだもんね?」

「……うるせぇ」


 そういう設定ってだけなんだけど。

 別に誰とも言ってないんだけど。

 ああ、もう! あんた関係ないから、頭の中ちらちらすんなっつーの!


 ぷくく、と笑いを噛み殺そうとして失敗したのはレディ・アリア。

 いや、そもそも本気で噛み殺そうとしたのかも疑わしい。


「あのさ、もう……とにかく行こうぜ。ほら、サラもさっさと歩けよ」


 照れ隠しに、ぺし、と目の前の頭をはたくと、すぱん、と尻尾でやり返された。

 その背中が「ふひっ」と変な声を残して去っていく。


 ……サラもかよ。

 皆してオレをからかって、ろくでもない。


 それでも、やっぱり。

 ちょっとだけ、思う。


 こういうとき、あんたがいたら何て言うだろう。

 何も分かってない顔して、黙ってるかな。

 それとも、少しはオレの気持ちを察して……や、無理だよな。分かってる。


 あのクソ鈍い姫巫女さんに、そんな上級スキルは備わってない。

 せいぜい「何怒ってるんだ?」と気付ければ、上等ってとこだ。


 脳内の面影に。

 心の中だけで、「ばーか」と呟いてやった。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 昨日とは違う場所だけど、ここも王宮の庭らしい。

 馬車で運ばれて降ろされるだけのオレには、位置関係が全く分からない。

 多分、サクヤなら例の正確無比な位置把握で、理解できちゃうんだと思う。


 例によってサラはどこかに潜んでいるが、今日は王宮内を回ってくれるように頼んでおいた。レディ・アリアなら文字が読めるだろうから、レポート書いてもらっても役立てられる。安心だ。


 従って、今オレの前にいるのはレディ・アリアと――


「ご無沙汰しておりますわ、カイ様」


 ――テーブル越しにオレに対峙する、美しく装った公爵令嬢、エリカだけだ。


「こちらこそ。しばらくお会いしない内に、ますますお美しくなりましたね」

「あら、そんな本当のことを仰っても、お世辞にはなりませんわよ」


 軽く笑い合うこの時間が……苦痛で仕方ない。

 何だろう、オレ本当にこの人、苦手だ。

 多分、あんまり裏がない割に、ひどく偏ってるからだろう。


 だけど、仕方ない。

 これもディファイ族とサラの為。

 気合を入れ直したオレに、エリカは淡く微笑みかけてくる。

 優しい色合いのワンピースを纏っていて……確かに綺麗なんだけどなぁ、この人。ぶっちゃけ、全く気が合わないから困る。


「あの、それでどうされたのですか? 私にご用とは……」


 にこにこ笑いながら、そんなことを言われて。

 思わず、隣に座っているレディ・アリアに視線を送った。


「どうしたの、カイ? エリカ様をお呼び立てして、何か言いたいことがあったんでしょう? そう言ってたじゃない」


 あっさりと斬り捨てられたけど……言ってねぇよ!

 こっそりと睨みつけると、向こうもふぁさりと扇を開いて、その裏で小さく舌を出してきた。

 何だよ! 何の嫌がらせだよ、あんた!


 オレは、テーブルの裏で軽く拳を握り直してから、正面のエリカに笑い返す。


「エリカ様にお尋ねしたいことがありまして」

「何でしょうか?」


 ゆったりとオレを捉えた瞳を見つめ返して、少し真面目に問うた。


「エリカ様は、恋をされたことはありますか?」

「まあ……!」


 驚きの声が返ってくると同時に、真横で、ぱふ、と扇が落ちた音がした。


「あ、あら……失礼」


 慌ててしゃがむレディ・アリアの頬が引き攣っている。

 要するに、笑いすぎて力が抜けたらしい。そのままテーブルの下へ入ってしまった扇を拾おうと、腰を屈めたまま肩を震わせている。

 何だよ、呆れるなぁ……。

 その様子を見下ろしておいて、エリカの方へ視線を戻した。


「恋なんて……どうして、そんなことをお聞きになるの……?」


 オレから目を逸らして、呟くような小さな声で尋ね返される。


 何でそんなこと聞くかって?

 決まってんだろ、あんたに獣人排斥賛成を止めさせるためだよ。


 ここに来るまでの間に。

 オレは今回の騒動をさっさと片付ける方法を考えた。

 つまり、王サマが変な政策止めれば良いワケだろ?

 そして多分、王子サマのスバルならそれが出来る。

 にも関わらず、あいつが王サマを止めないのは、こいつが賛成派だから悩んでるってことだ。


 なら、こいつに心変わりしてもらえば早いじゃん。

 恋のキューピットなんて柄じゃないけど。

 目的のためなら、それくらいはしてやるよ。


 相変わらず視線が合わないエリカをじっと見つめて、オレは意識して微笑みを作る。ちょっとぎこちないかもしれないが、多少は許して欲しい。


「あなたのことをお慕いする者を、1人存じておりますので」

「私を……」


 恐る恐る顔を上げたエリカと、ようやく目があった。

 なんだかその頬が赤いのは、エリカもスバルの思いに気付いているのだろうか。


「あの……なぜ、私を?」

「さっきから、どうして、何故、と理由ばかりお尋ねになりますね」


 反射的に鼻で笑いそうになって、途中で無理やり止めると、何か変な顔になった気がする。

 即座にエリカが苦しそうな表情を浮かべて視線を逸らしたので、自分では良く分からないが、きっと酷い表情になっていたのだろう。


「……失礼」

「いいえ……私こそ、つまらないことをお聞きしましたわ。カイ様は恋心の苦しさをご存知なのね」


 まあ、知らなくはない。スバルはきっと色々と心苦しいだろう。

 だけどそんなことは、本人に直接聞いて欲しい。


「……1つだけ伺っておきたいの」


 エリカの視線がゆっくりと移動して、オレの眼を見た。

 黙ったまま、オレも頷き返す。

 音がたつほどの緊張感をまとって、エリカが口を開いた。


「カイ様は、入婿というものについては、どう思われます?」

「……はぁ?」


 全く予想外の質問に、思わずおかしな声で返事してしまった。

 入婿? 何だそりゃ。何でそんな話が出てくる?

 何と答えたものか分からずに、混乱するオレの足元で、がたり、と音を立てたのは――


「――あら、失礼いたしました。ちょっと手が滑っていて……」


 扇を拾おうとして、しゃがんだままのレディ・アリアだ。

 いつまでも何やってんだと思って、テーブルの下を覗き込むと、片手で口元を押さえて一生懸命笑いを噛み殺していた。

 いつまでも、何笑ってるんだろう、この人……。


 何がなんだか分からないまま、オレは黙ってしばらく考えて――

 ――自分の置かれている立場に気付いたのは、それから数十秒後だった。


 つまり。

 足下でレディ・アリアが笑いを無理やり噛み殺している理由と。

 目の前の公爵令嬢が、赤らめた頬に両手をあてて身体をくねらせている理由が。

 全て同一の――オレのせいだということに。

2015/12/04 初回投稿

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