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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
108/184

interlude15

(少なくともサラは)

(オレに言いたくない訳じゃないらしい)

(ただ、口に出して言葉にならないだけ)


(もしかするといつものレポートなら)

(もっとはっきり分かるのかもな……)


(チャンネルを選んで)

(カウントダウン――。5……3……1……)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


表情は変わらなくても。

尻尾が忙しなく動いている。


部屋に招き入れられた時から。

言い出しづらいことを抱えているとは分かってた。


正面に座る男は馴染みの顔。

短い髪、吊り目がちの黒い瞳。

真っ黒な耳で左右を探って。

瞳がひたりとこちらを見据えた。


(あー、これ、誰だっけ)

(まだ若い、ディファイ族の男)

(前に1回見たような……)


「お前を友と見込んで、頼みたいことがある」


尻尾の動きが止まると同時に言葉を投げられた。

彼我の関係を思えば、その言葉は全き真実。

自分と同じように、命を賭けて。

決して虚偽を述べないと誓った存在なのだから。


こちらとしても。

相手の頼みを受けるに、否やはない。

頷き返すと、即座に本題を切り出された。


「我が一族から1人、奴隷を買い取って欲しい」

「……どういうことだ、トモエ」


(ああ! トモエ! そうだそうだ)

(トラの前の、ディファイ族の長老だ……)


「どうもこうもない。今言った通りだ」

「言った通りだ、じゃない。ちゃんと説明しろ」

「……コーヒーでも淹れるか」


立ち上がって台所に向かった後ろ姿を。

――黙って見送った。


(……コーヒーで懐柔されてんなよ)

(何なの?)

(守り手ってあんたみたいのばっかなの?)


湯を沸かす音を聞きながら。

柄にもなく考えてみる。

ディファイ族を自分が買い取ることで。

向こうの得られるメリットとは何だ。


金? そんな馬鹿な。

同胞を愛すると誓った自分たちに。

そんな考えが浮かぶ訳がない。


考えられるのは、対象の安全。

集落に置けない一族を。

きっと、自分サクヤなら。

安全な居場所を見付けてやれると信じて?


(珍しくまともに考えてるじゃん……)


香ばしい匂いが漂ってくる。

背後から音もなく近付いた腕が。

肩先を掠めて、カップを目の前に差し出してきた。


受け取りながら、振り向くと。

何処か楽しそうに微笑んでいる黒い瞳が腹立たしい。


(トモエの気持ち分かるよ)

(本当にコーヒー好きだから、あんた)

(今も顔に出てんだ、きっと)


「で、商品(・・)は、どいつだ」


苛立ち紛れに殊更に意地の悪い言葉を使った。

顔をしかめる様子で、最終的に。

相手の目的を確信した。


この苦々しい表情。

ほら、同胞を愛さぬ守り手がいる訳がない。

事情があるなら、最初から言えばいいのに。


「先の戦で親を失くしていてな」

「どれだ。イオリか? トラか?」


あの時、親を失った子の名をあげた。

愚かしくも。

そのどちらでもなければ良いと祈りながら。


その名がすぐに出てきたのは。

ともに戦場に立ちながらも生きて戻れなかった者を。

同胞の死を見守りながら、子の行く末を託されたトモエの姿を。

覚えていたからだ。


(そう言えば、前に言ってたな)

(あんたは、先の戦争でディファイに与したって)

(親を亡くしたと言うのは、その時の話なのか)


「お前に買って欲しいのは、トラの妹だ。サラという……」

「サラ……」


覚えがあった。

自分の記憶が正しければ、まだ幼い少女のような。

一体、そんな子どもを何故手離す?

親がいないから養育出来ぬなどという理由ではないはずだ。


「トモエ、お前……」

「まだ少女だが将来性はある。うまく育てれば強くなる」

「トモエ」


重ねて名を呼んだが、黙って目を逸らされた。

しかし。

理由を聞かなければ、動けない。

今の話を聞く限り、売り先の第一候補は。

馴染みのあいつしかない。


(青葉の国のリョウ王か)


「そんな顔で見るな。一族ディファイとしては隠しておきたい事件なんだ」

「馬鹿な。サラの売買を他種族おれが引き受ける時点で、もう明るみに出たも同然だろ」


そんな、意外そうに眼を見開かれても。

それでも首を横に振るのだから、こいつも強情な。


(あんたに言われたくないって)

(トモエは言うと思うぞ……)


「分かった。本人に聞く。案内してくれ」

「サラは多分答えないと思うが――」

「知るか。俺が事情も聞かずに、客に売ると思うのか」

「違う、そうじゃない。その件以降、サラはほとんど口を利かなくなったんだ」


立ち上がろうとした身体を。

無理やり途中で止めた。

想定外の話に、驚きを隠せない。


「口を利かない? 喉をやられたのか?」


尋ねながら、自分で。

それは違うと考え直した。


(それだったら、口を利けない(・・・・)だよな)


「身体的な機能は問題ない。昔から無口な方ではあったが、それが酷くなったと思ってくれ」


身体的に問題ないのなら。

問題があるのは精神こころの方なのだろう。


「ますます、聞かざるを得なくなった」

「……まあ、そうだよな」


商品とするなら、その価値をきちんと計らなければ。

当然のことだ。


ようやく向こうも諦めたらしい。

ため息をついてから、口を開いた。


「では話すが、他の者には内緒にしてもらえるか? お前だから話すんだ」

「……確約出来ない。内容による」


もしもそれが奴隷としての価値を損なうことなら。

買い手には告げざるを得ない。

聞く前からここで約束は出来ない。


(あんたには、誓約があるんだから)


「勿論、無闇に広めるつもりはないし、お互いに納得できないなら、そもそも買取からどうするか再検討しよう」

「……それでいい。では、説明する」


黒い耳が少しだけ伏せられた。


「掟破りだ」


声のトーンが下がったので。

身体を寄せる。


「掟……?」

「集落に一族の敵を招き入れた」

「そんな掟があるのか?」


同じ獣人、同じ原初の五種でも。

一族によって違うのだろうか。

少なくとも、我が一族(リドル)には。

「敵を島へ入れるな」などという掟はなかった。


あるのは泉のしきたり。

一族への反抗。

禁忌の祭り……は、まあ良いとして。

そもそも異邦人の少ないあの島に。

その取り扱いの掟は少ない。

異邦人は、それをもてなす者が責任を持つ。


そもそも相手が敵か味方かなど。

どうやって判断するというのか。


「何を言っている。リドルにもあるだろう? 異人に同胞が殺された場合の掟だ」

「……導き入れた余所者に、一族ディファイの誰かが殺害されたということか」


ようやく理解した。

ならばそれは一族への反抗。

「招き入れた者」の罪となる。


(……そんな)

(まさかそれが――)


だからそれは――


「――同族殺し」

「そうだ。一族の掟に従えば、異人の罪はその者を集落に入れた者が犯した罪と見做される。サラに与えられるのは極刑か、もしくは追放刑」


それが掟だから。

ならば、いっそ。

追放の名を借りてでも、彼女の命を繋げようと言うのだろう。


「何故、サラはそんなことを……」

「道に迷った人間の旅人が行き倒れていたそうだ。トラと2人でそれを見付けて、大人の知らぬ内に集落には入れずに看病していたらしい」


(じゃ、トラも……?)

(いや、現時点でトラは追放されてないから……)


「集落に入れてないなら――」

「集落に戻るサラの後をつけて、入ってきた」


回り込むように、答えが返ってくる。

反応があまりに早いのが、彼らしくないと言えばそうだろう。


(あんたと同じ)

(もう、何度も考えたんだろうさ)

(サラを救う為の論理を)


「旅人はサラを人質に取り、『剣』を出せと要求してきた」

「ディファイの剣……?」


何故そんなものを狙う?

人間がその存在を知るなどと。

知っていたとしても、お伽噺の如くに。

片付けられてしまう程度のものなのに。


先の戦に出ていたのか。

他の獣人から聞きでもしたのだろうか。


「隙を見て奇襲をかけたサラの幼馴染の子が……お前も知ってるだろう。ユズルが殺された。ここまでが、今朝の話だ」

「ユズルが」


幼い獣人の子の冥福を。

短く祈った。


どちらにせよ。

一族に黙って人間の面倒を見ていたこと。

尾行されて集落を危険に晒したこと。

人質に取られ、結果として一族の命を失ったこと。


全てを合わせて。

サラの罪は同族殺しと見做される。


「件の旅人は既に片付けた。残るはサラの処遇だけだ」


(いや、ちょっと待てよ)

(サラの罪も気になるけど)

(ディファイの剣を狙ってるって……)

(それじゃまるで――)


勿論。

いくら掟破りに当たると言っても。

同情すべき点は多々ある。

だから。


「……俺に預けたいと言うんだな」

「お前なら、良い主を見付けられるだろう?」


トラとサラの両親を思い出す。

どちらもディファイの誇る神速の持ち主で。


ならば、リョウも満足するだろう。

自分の顧客リストの中でも。

文句なしに推せる奴隷扱いの良さは他にない。


「頼めるか?」


黒い瞳に心底の請願を見て。

黙って頷き返した。


安堵したように、吐いた息は深かった。


「……そうか」


微かな笑みに、少しだけ。

これでまた金を稼げると考えたことを。

嫌悪した。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


「サラだけが悪いんじゃないんだ……」

「それはもう聞いた」


纏わり付いてくる少年を、しっかりと抱えながら。

ディファイの長老はそれでも頷き返している。


「だが、掟は掟だ。安心しろ。サクヤに任せれば悪いようにはならない」


長老の言葉の重みに、潰されそうになりながらも。

乗り掛かった船だから。


「誓おう。トモエの言葉は嘘じゃない」


2人の守り手の真実を受けて。

少年は黒い瞳を見開いた。


少女が俺の手を引いて。

早く行こうと無言で促している。

その小さな手を握り返して、踵を返した。


「……サラを、お願いします」


背中から追いかけて来た幼い声を。

サラの尻尾が揺れながら受け止めた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(サクヤがオレに伝えなかった理由は分かった)


(でも、サラは何故)

(喋らなくなったんだろう……)


(気にはなるけど、必要もないのに)

(そこに勝手に入るのは、おかしいと思うんだ)


(もしもそれを知るときがあるなら)

(あんたから、聞くときだろ……サラ)


(カウントダウン――、5……3……1、切断――)


――暗転――

2015/12/01 初回投稿

2015/12/04 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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