interlude15
(少なくともサラは)
(オレに言いたくない訳じゃないらしい)
(ただ、口に出して言葉にならないだけ)
(もしかするといつものレポートなら)
(もっとはっきり分かるのかもな……)
(チャンネルを選んで)
(カウントダウン――。5……3……1……)
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
表情は変わらなくても。
尻尾が忙しなく動いている。
部屋に招き入れられた時から。
言い出しづらいことを抱えているとは分かってた。
正面に座る男は馴染みの顔。
短い髪、吊り目がちの黒い瞳。
真っ黒な耳で左右を探って。
瞳がひたりとこちらを見据えた。
(あー、これ、誰だっけ)
(まだ若い、ディファイ族の男)
(前に1回見たような……)
「お前を友と見込んで、頼みたいことがある」
尻尾の動きが止まると同時に言葉を投げられた。
彼我の関係を思えば、その言葉は全き真実。
自分と同じように、命を賭けて。
決して虚偽を述べないと誓った存在なのだから。
こちらとしても。
相手の頼みを受けるに、否やはない。
頷き返すと、即座に本題を切り出された。
「我が一族から1人、奴隷を買い取って欲しい」
「……どういうことだ、トモエ」
(ああ! トモエ! そうだそうだ)
(トラの前の、ディファイ族の長老だ……)
「どうもこうもない。今言った通りだ」
「言った通りだ、じゃない。ちゃんと説明しろ」
「……コーヒーでも淹れるか」
立ち上がって台所に向かった後ろ姿を。
――黙って見送った。
(……コーヒーで懐柔されてんなよ)
(何なの?)
(守り手ってあんたみたいのばっかなの?)
湯を沸かす音を聞きながら。
柄にもなく考えてみる。
ディファイ族を自分が買い取ることで。
向こうの得られるメリットとは何だ。
金? そんな馬鹿な。
同胞を愛すると誓った自分たちに。
そんな考えが浮かぶ訳がない。
考えられるのは、対象の安全。
集落に置けない一族を。
きっと、自分なら。
安全な居場所を見付けてやれると信じて?
(珍しくまともに考えてるじゃん……)
香ばしい匂いが漂ってくる。
背後から音もなく近付いた腕が。
肩先を掠めて、カップを目の前に差し出してきた。
受け取りながら、振り向くと。
何処か楽しそうに微笑んでいる黒い瞳が腹立たしい。
(トモエの気持ち分かるよ)
(本当にコーヒー好きだから、あんた)
(今も顔に出てんだ、きっと)
「で、商品は、どいつだ」
苛立ち紛れに殊更に意地の悪い言葉を使った。
顔をしかめる様子で、最終的に。
相手の目的を確信した。
この苦々しい表情。
ほら、同胞を愛さぬ守り手がいる訳がない。
事情があるなら、最初から言えばいいのに。
「先の戦で親を失くしていてな」
「どれだ。イオリか? トラか?」
あの時、親を失った子の名をあげた。
愚かしくも。
そのどちらでもなければ良いと祈りながら。
その名がすぐに出てきたのは。
ともに戦場に立ちながらも生きて戻れなかった者を。
同胞の死を見守りながら、子の行く末を託されたトモエの姿を。
覚えていたからだ。
(そう言えば、前に言ってたな)
(あんたは、先の戦争でディファイに与したって)
(親を亡くしたと言うのは、その時の話なのか)
「お前に買って欲しいのは、トラの妹だ。サラという……」
「サラ……」
覚えがあった。
自分の記憶が正しければ、まだ幼い少女のような。
一体、そんな子どもを何故手離す?
親がいないから養育出来ぬなどという理由ではないはずだ。
「トモエ、お前……」
「まだ少女だが将来性はある。うまく育てれば強くなる」
「トモエ」
重ねて名を呼んだが、黙って目を逸らされた。
しかし。
理由を聞かなければ、動けない。
今の話を聞く限り、売り先の第一候補は。
馴染みのあいつしかない。
(青葉の国のリョウ王か)
「そんな顔で見るな。一族としては隠しておきたい事件なんだ」
「馬鹿な。サラの売買を他種族が引き受ける時点で、もう明るみに出たも同然だろ」
そんな、意外そうに眼を見開かれても。
それでも首を横に振るのだから、こいつも強情な。
(あんたに言われたくないって)
(トモエは言うと思うぞ……)
「分かった。本人に聞く。案内してくれ」
「サラは多分答えないと思うが――」
「知るか。俺が事情も聞かずに、客に売ると思うのか」
「違う、そうじゃない。その件以降、サラはほとんど口を利かなくなったんだ」
立ち上がろうとした身体を。
無理やり途中で止めた。
想定外の話に、驚きを隠せない。
「口を利かない? 喉をやられたのか?」
尋ねながら、自分で。
それは違うと考え直した。
(それだったら、口を利けないだよな)
「身体的な機能は問題ない。昔から無口な方ではあったが、それが酷くなったと思ってくれ」
身体的に問題ないのなら。
問題があるのは精神の方なのだろう。
「ますます、聞かざるを得なくなった」
「……まあ、そうだよな」
商品とするなら、その価値をきちんと計らなければ。
当然のことだ。
ようやく向こうも諦めたらしい。
ため息をついてから、口を開いた。
「では話すが、他の者には内緒にしてもらえるか? お前だから話すんだ」
「……確約出来ない。内容による」
もしもそれが奴隷としての価値を損なうことなら。
買い手には告げざるを得ない。
聞く前からここで約束は出来ない。
(あんたには、誓約があるんだから)
「勿論、無闇に広めるつもりはないし、お互いに納得できないなら、そもそも買取からどうするか再検討しよう」
「……それでいい。では、説明する」
黒い耳が少しだけ伏せられた。
「掟破りだ」
声のトーンが下がったので。
身体を寄せる。
「掟……?」
「集落に一族の敵を招き入れた」
「そんな掟があるのか?」
同じ獣人、同じ原初の五種でも。
一族によって違うのだろうか。
少なくとも、我が一族には。
「敵を島へ入れるな」などという掟はなかった。
あるのは泉のしきたり。
一族への反抗。
禁忌の祭り……は、まあ良いとして。
そもそも異邦人の少ないあの島に。
その取り扱いの掟は少ない。
異邦人は、それをもてなす者が責任を持つ。
そもそも相手が敵か味方かなど。
どうやって判断するというのか。
「何を言っている。リドルにもあるだろう? 異人に同胞が殺された場合の掟だ」
「……導き入れた余所者に、一族の誰かが殺害されたということか」
ようやく理解した。
ならばそれは一族への反抗。
「招き入れた者」の罪となる。
(……そんな)
(まさかそれが――)
だからそれは――
「――同族殺し」
「そうだ。一族の掟に従えば、異人の罪はその者を集落に入れた者が犯した罪と見做される。サラに与えられるのは極刑か、もしくは追放刑」
それが掟だから。
ならば、いっそ。
追放の名を借りてでも、彼女の命を繋げようと言うのだろう。
「何故、サラはそんなことを……」
「道に迷った人間の旅人が行き倒れていたそうだ。トラと2人でそれを見付けて、大人の知らぬ内に集落には入れずに看病していたらしい」
(じゃ、トラも……?)
(いや、現時点でトラは追放されてないから……)
「集落に入れてないなら――」
「集落に戻るサラの後をつけて、入ってきた」
回り込むように、答えが返ってくる。
反応があまりに早いのが、彼らしくないと言えばそうだろう。
(あんたと同じ)
(もう、何度も考えたんだろうさ)
(サラを救う為の論理を)
「旅人はサラを人質に取り、『剣』を出せと要求してきた」
「ディファイの剣……?」
何故そんなものを狙う?
人間がその存在を知るなどと。
知っていたとしても、お伽噺の如くに。
片付けられてしまう程度のものなのに。
先の戦に出ていたのか。
他の獣人から聞きでもしたのだろうか。
「隙を見て奇襲をかけたサラの幼馴染の子が……お前も知ってるだろう。ユズルが殺された。ここまでが、今朝の話だ」
「ユズルが」
幼い獣人の子の冥福を。
短く祈った。
どちらにせよ。
一族に黙って人間の面倒を見ていたこと。
尾行されて集落を危険に晒したこと。
人質に取られ、結果として一族の命を失ったこと。
全てを合わせて。
サラの罪は同族殺しと見做される。
「件の旅人は既に片付けた。残るはサラの処遇だけだ」
(いや、ちょっと待てよ)
(サラの罪も気になるけど)
(ディファイの剣を狙ってるって……)
(それじゃまるで――)
勿論。
いくら掟破りに当たると言っても。
同情すべき点は多々ある。
だから。
「……俺に預けたいと言うんだな」
「お前なら、良い主を見付けられるだろう?」
トラとサラの両親を思い出す。
どちらもディファイの誇る神速の持ち主で。
ならば、リョウも満足するだろう。
自分の顧客リストの中でも。
文句なしに推せる奴隷扱いの良さは他にない。
「頼めるか?」
黒い瞳に心底の請願を見て。
黙って頷き返した。
安堵したように、吐いた息は深かった。
「……そうか」
微かな笑みに、少しだけ。
これでまた金を稼げると考えたことを。
嫌悪した。
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「サラだけが悪いんじゃないんだ……」
「それはもう聞いた」
纏わり付いてくる少年を、しっかりと抱えながら。
ディファイの長老はそれでも頷き返している。
「だが、掟は掟だ。安心しろ。サクヤに任せれば悪いようにはならない」
長老の言葉の重みに、潰されそうになりながらも。
乗り掛かった船だから。
「誓おう。トモエの言葉は嘘じゃない」
2人の守り手の真実を受けて。
少年は黒い瞳を見開いた。
少女が俺の手を引いて。
早く行こうと無言で促している。
その小さな手を握り返して、踵を返した。
「……サラを、お願いします」
背中から追いかけて来た幼い声を。
サラの尻尾が揺れながら受け止めた。
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(サクヤがオレに伝えなかった理由は分かった)
(でも、サラは何故)
(喋らなくなったんだろう……)
(気にはなるけど、必要もないのに)
(そこに勝手に入るのは、おかしいと思うんだ)
(もしもそれを知るときがあるなら)
(あんたから、聞くときだろ……サラ)
(カウントダウン――、5……3……1、切断――)
――暗転――
2015/12/01 初回投稿
2015/12/04 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更
2017/02/12 サブタイトルの番号修正