表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
107/184

4 その理由は

【前回までのあらすじ】獣人排斥政策をとっている蔵の国。レディ・アリアの手引で王宮に紛れ込んだオレは、まずはこの政策を推し進めている人間を探してる。そんな中、向こうから声をかけてきたのは……この国の王子スバル。見た目は頼りないけど、こいつは甘く見ていい相手じゃない。

「レディ・アリアは、今、我が国で推し進めている政策はご存知ですか?」

「……ええ、存じておりますわ」


 何てタイムリーな話題。スバル王子の相談とはそのことなのか。

 オレが驚きながらも耳を傾けていると、それに気付いたスバルは金色の巻毛を優雅に掻き上げながら、困ったような顔で囁いてくる。


「正直に申し上げれば、僕は此度の政策には反対です。何の意味があるのやらさっぱり分からない」


 頼りなげな見た目にそぐわぬ強い言葉。

 きっぱりと言い切る様子に、オレは肩を竦めて返した。


「しかしお父上は何か理由を仰っているのでは? 何の理由もなしに令を発することもないでしょう」

「父王はこの国に潜む獣人を炙り出すのだと言っています」

「炙り出すってどういうことかしら?」


 問い返したのはレディ・アリアだ。漆黒のドレスから覗く太ももも艶めかしく、すくい上げるような動きでスバル王子を見上げている。

 一方オレには事前の情報があるので、迷いなく理解した。

 サクヤやエイジの話では、ディファイ族を狙っているという。


 明るい庭園に立っていると言うのに、漂う空気は軽くはない。

 そしてその理由は三者三様。スバルとレディ・アリアとオレの抱える事情はそれぞれ全く違うはずだ。

 スバルが静かに口を開く。


「この国の領土の一部に、古くからディファイ族という獣人達が住んでいるのです。そのディファイ族達からあるものを入手したいのだと――」

「――ディファイの剣」


 スバルの言葉にかぶせて決定的な言葉を口にしたオレに、2人の視線が集まった。

 不思議そうな2人の表情を見て、笑い返す。


「ちょっと小耳に挟んだんですよ。何でも凄い力を持つとか」


 こくり、と頷くスバルの背後に、ちらちらと黒い影が動いた。

 その存在すら忘れかけていたけれど、サラはあの木の後ろに隠れているらしい。庭園の左手にある茂みの向こう、ほらまた、一瞬、黒い尻尾がちらりと揺らいだ。

 一族の名が出て、少しだけ気が緩んだんだろう。数秒後には動きもなくなったので、もしかすると見間違いじゃないかと思う程度の揺れだったけれど。

 レディ・アリアの正面にいるスバルからは背後に当たるから、見えていないはずだ。


「そのような伝説があるのです。ディファイ族の長老には代々剣が伝わっている。剣は不可視で大きさは自由自在。その昔、人間と争いがあった際には、戦場の兵を端から真っ二つにしていったと……まるで神話の物語か、歴史で語られる偉大な魔法使いのようですね」


 スバルの苦笑に、レディ・アリアも合わせて笑う。

 それが真実と知っているオレだけが笑えなくて、ただ黙って頷いた。


「父王が言うにはその剣を手に入れるには、ディファイ族を滅ぼさなければならないのだとか。彼らの集落を見付けることは出来たので、後は攻め続けるだけなのですが……これが中々うまくいかない。正直、兵士の無駄使いだと思うんです」


 オレが知るだけで、既に2度、蔵の国軍はディファイ達に押し返されている。費やした兵士の数はさほどではないかもしれないが、勝つ為に攻め込んでいるのだから、負ければそれは無駄とも言える。


 サクヤがこの場にいなくて良かった。

 あいつ、ああ見えて気が短いから、こんな会話聞いてるだけで苛々したに違いない。


「つまりスバル様としては、今回の政策、あまり乗り気ではないんですね?」


 オレが問うと、何故かスバルはにっこりと微笑み返してきた。

 度肝を抜かれて、思わずその顔をじろじろと見返してしまった。失礼だとは分かってるんだけど。


「まあ、そうなんですけどね。レディ・アリアにご相談したいのは、別のことなんですよ」

「あら……どういうことかしら?」


 ここまでの話はなんだったのかと、話の内容にそぐわぬ笑みを見返しながら、レディ・アリアも訝しげな顔をする。

 少し頬を赤らめながら、スバルが答えた。


「実は僕にはお慕いする方がいて……その方は今の政策を支持しているのです。こんな風に意見が合わないなんて初めてで、もう、僕もどうすれば良いか……」


 もじもじと身体をくねるのは、恥ずかしいから……なんだろうな。

 出来るだけ呆れた様子を見せないように、黙って視線を外したところで、頬を引き攣らせるレディ・アリアと目が合った。

 声には出さないが、その表情はどう見ても「親子揃ってバカじゃないの」と言いたいようにしか思えない。


 サクヤならもっとあからさまに態度に出ていただろうから、固まっているレディ・アリアはまだマシかもしれない。

 そんな彼女の様子をごまかしたい気持ちもあって、オレはふと思い付いた名前を上げてみた。


「スバル様……そのお相手、もしかして麻里様のご令嬢……」

「おや、ご存知ですか。そうです、エリカ様です」


 あっけらかんとした答えに、オレは今度こそため息をついた。

 気を張っていたのだが、さすがに恋愛相談が来るとは思っていなかった。こうして人に油断させるのがスバルの技なら、すごい才能だと思うけど。

 ああ、そう。エリカサマね。勝手にすりゃいいじゃん。


 やる気をなくしたオレをよそ目に、エリカのことを思い出したのか、スバルはますます楽しそうに目を細めている。その表情は柔和で裏があるようには見えなかったが。

 スバルの次の言葉で、オレはまだまだ人を見る目がないと自覚した。


「そう言えばカイ様は先日の夜会で、エリカ様と話されたそうですね」


 うん……なるほど。

 一周回って、ようやくスバルの目的を理解する。

 好意がどこまで本気かは知らないが、狙った女のライバルを遠回しに牽制しに来たワケだ。やっぱこいつ、気を抜けない。

 まあ今回は、オレがどの程度のヤツか、牽制すべきかどうかその辺りの様子見がてら、というものだろうか。目的の話を持ち出すのに、少し気を回してくれた感がある。


 気付けばそこそこ出来るヤツ、と評価してもらえるらしい。

 きっと本気でりに来る時は、もっとオレに気付かれないように話すのだろう。


 本気じゃないことを理解したので、オレは余裕の表情で頷き返した。


「魅力的なご令嬢でした。しかし、ご心配は無用ですよ」

「そうでしょうか。あの艶やかな様子に心奪われない男はいないと思います」


 冗談口調で応える様子に違和感はない。


 さて、どう答えるか。

 出来ればいらん疑いで、余計な敵は増やしたくない。

 変に警戒されても情報収集がやりにくいし、誤解されて嬉しい内容でもない。早めに警戒を解いて、オレの目的の会話が出来るようになりたい。


 放っておいても向こうは決定的なことを掴むはずだ。だけど、この話を早く終わらせる為に、オレは自分から切り出すことにした。


「やはり都会の女性は洗練されていますね。国の婚約者に良い土産話ができました」


 こちらが向こうの合図に気付いたことを理解して、スバルも微笑み返してくる。


「そうですか、婚約者がいらっしゃるのですか」

「ええ、この国の麗しい淑女方とは比べ物にもなりませんが」


 目を合わせて笑い合ったところで、男同士の戦いからは蚊帳の外だったレディ・アリアが、楽しげに口を挟んできた。


「スバル様、カイは決してあなたのライバルにはなりませんよ。口ではこんなことを言っていますが、意中の姫君に対する思い入れと言ったら相当なもので……」


 うふふ、と含みのある様子で笑われて、何故か。

 脳裡を横切ったのは、見慣れた紺碧の瞳だった。


 ……いやいやいや。これはオレのせいじゃない。

 レディ・アリアの意地の悪い口調から連想しただけだ。


「レディ・アリア、止めてくれよ……」


 半ば本気で彼女を止めると、スバルもからかうような言葉で乗ってくる。


「これはこれは。ご馳走さまです。次の機会にはぜひとも、その方にお会いしてみたいものですね」


 どうやら、だいぶオレの顔は赤くなっているらしい。

 生暖かい目で2人から見守られて、何だか暑くなってきた。


 意中じゃないし。

 そもそも、姫君でもないし。


 誰のことを思い出したかは、もう……言わなくても分かるだろ。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 王宮を辞したオレ達は、この王都の中央にあるレディ・アリアの事務所に引っ込んだ。事務所――もうお屋敷と言ってもいいかも知れない。

 立派な建物の中に、オレの部屋とサラの部屋を続きで貸してもらった。


 早速きゅるきゅると腹を鳴らすサラの為に、晩飯をご馳走になった後、部屋に引き上げてきた。

 そのまま自室へ入ろうとするサラの腕を引いて、自分の部屋へ導き入れる。

 ここに師匠がいたら、「何を色気づいて……」なんて言われただろうけど。

 幸いにして師匠はいないし、変な勘違いをするサクヤもいない。


 無表情のまま、何ぞ、と視線で問うサラに、オレは決定的な質問をした。


「サラ……あんた、一族を追放されたんだって?」


 ぴくりと尻尾が動いたのは、サラにしてはリアクションが大きいと言うべきか。

 小刻みに尻尾を揺らしながら、黒い瞳がオレを見ている。

 苛立ちと緊張の混じった空気に押されながらも、どうしても聞かなければいけないと、覚悟を決めて尋ねた。


「その……追放者っていうのは、具体的にどうなるんだ? 詳しい話を教えてくれないか」


 すぱん、と音が鳴るほどきつく、サラが尻尾を壁に叩きつけた。

 話したくないのは、良く分かってる。

 ……分かってるけど。


「それを聞いておかないと、この後ディファイの集落に行った時に、あんたがどんなことは出来てどんなことが出来ないか、知らないままになっちまう。あんたがいること完璧に隠さなきゃいけないのか、ただ集落に入らなければいいのか……オレ、知らないんだよ。それじゃ作戦も立てられないだろ」


 微かに喉の奥で唸る音が聞こえてきた。

 表情はさして変わらないが、力の入った肩が怒りをあからさまにしている。サラがこんなにも感情を露わにすることも珍しい。

 落ち着かせる為に頭をなでてやろうと、伸ばした手は一瞬で振り払われた。


「……サラ」


 オレを真っ直ぐに睨んでいた瞳が、ふと揺らいで床を見る。


 しばらくの沈黙の後。

 こちらを見ぬまま、サラは口を開いた。


「――同族殺し」


 同族、殺し。

 その禍々しい響きに一瞬怯んだ。

 その隙に、サラは踵を返して扉をすり抜けていった。


 その背中を隠すように、バタンっ、と勢い良く閉まった扉を見つめて、オレはもう一度先程の言葉を繰り返す。


 同族殺し。

 つまり、サラが追放された理由は。


「同じディファイ族を殺めたから――?」


 まさかサラが何の理由もなく、同胞に手を出す訳がない。

 だから、何か理由があったんじゃないか、とは勿論思うけど。


「サクヤ、あいつ何で教えてってくれなかったんだ……」


 多分、あいつは知ってる。

 それなのに言わずに行ってしまった。

 気が回らなかったのか、知る必要がないと思っているのか……。


 オレはサクヤがそういうヤツだって知ってた。

 人の気持ちに鈍感で、変なとこだけ優しい。

 だから、やっぱりオレから聞いておけば良かったんだ。


 そうすれば、これ以上サラを傷付けずにすんだのに――。

2015/11/27 初回投稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ