4 その理由は
【前回までのあらすじ】獣人排斥政策をとっている蔵の国。レディ・アリアの手引で王宮に紛れ込んだオレは、まずはこの政策を推し進めている人間を探してる。そんな中、向こうから声をかけてきたのは……この国の王子スバル。見た目は頼りないけど、こいつは甘く見ていい相手じゃない。
「レディ・アリアは、今、我が国で推し進めている政策はご存知ですか?」
「……ええ、存じておりますわ」
何てタイムリーな話題。スバル王子の相談とはそのことなのか。
オレが驚きながらも耳を傾けていると、それに気付いたスバルは金色の巻毛を優雅に掻き上げながら、困ったような顔で囁いてくる。
「正直に申し上げれば、僕は此度の政策には反対です。何の意味があるのやらさっぱり分からない」
頼りなげな見た目にそぐわぬ強い言葉。
きっぱりと言い切る様子に、オレは肩を竦めて返した。
「しかしお父上は何か理由を仰っているのでは? 何の理由もなしに令を発することもないでしょう」
「父王はこの国に潜む獣人を炙り出すのだと言っています」
「炙り出すってどういうことかしら?」
問い返したのはレディ・アリアだ。漆黒のドレスから覗く太ももも艶めかしく、すくい上げるような動きでスバル王子を見上げている。
一方オレには事前の情報があるので、迷いなく理解した。
サクヤやエイジの話では、ディファイ族を狙っているという。
明るい庭園に立っていると言うのに、漂う空気は軽くはない。
そしてその理由は三者三様。スバルとレディ・アリアとオレの抱える事情はそれぞれ全く違うはずだ。
スバルが静かに口を開く。
「この国の領土の一部に、古くからディファイ族という獣人達が住んでいるのです。そのディファイ族達からあるものを入手したいのだと――」
「――ディファイの剣」
スバルの言葉にかぶせて決定的な言葉を口にしたオレに、2人の視線が集まった。
不思議そうな2人の表情を見て、笑い返す。
「ちょっと小耳に挟んだんですよ。何でも凄い力を持つとか」
こくり、と頷くスバルの背後に、ちらちらと黒い影が動いた。
その存在すら忘れかけていたけれど、サラはあの木の後ろに隠れているらしい。庭園の左手にある茂みの向こう、ほらまた、一瞬、黒い尻尾がちらりと揺らいだ。
一族の名が出て、少しだけ気が緩んだんだろう。数秒後には動きもなくなったので、もしかすると見間違いじゃないかと思う程度の揺れだったけれど。
レディ・アリアの正面にいるスバルからは背後に当たるから、見えていないはずだ。
「そのような伝説があるのです。ディファイ族の長老には代々剣が伝わっている。剣は不可視で大きさは自由自在。その昔、人間と争いがあった際には、戦場の兵を端から真っ二つにしていったと……まるで神話の物語か、歴史で語られる偉大な魔法使いのようですね」
スバルの苦笑に、レディ・アリアも合わせて笑う。
それが真実と知っているオレだけが笑えなくて、ただ黙って頷いた。
「父王が言うにはその剣を手に入れるには、ディファイ族を滅ぼさなければならないのだとか。彼らの集落を見付けることは出来たので、後は攻め続けるだけなのですが……これが中々うまくいかない。正直、兵士の無駄使いだと思うんです」
オレが知るだけで、既に2度、蔵の国軍はディファイ達に押し返されている。費やした兵士の数はさほどではないかもしれないが、勝つ為に攻め込んでいるのだから、負ければそれは無駄とも言える。
サクヤがこの場にいなくて良かった。
あいつ、ああ見えて気が短いから、こんな会話聞いてるだけで苛々したに違いない。
「つまりスバル様としては、今回の政策、あまり乗り気ではないんですね?」
オレが問うと、何故かスバルはにっこりと微笑み返してきた。
度肝を抜かれて、思わずその顔をじろじろと見返してしまった。失礼だとは分かってるんだけど。
「まあ、そうなんですけどね。レディ・アリアにご相談したいのは、別のことなんですよ」
「あら……どういうことかしら?」
ここまでの話はなんだったのかと、話の内容にそぐわぬ笑みを見返しながら、レディ・アリアも訝しげな顔をする。
少し頬を赤らめながら、スバルが答えた。
「実は僕にはお慕いする方がいて……その方は今の政策を支持しているのです。こんな風に意見が合わないなんて初めてで、もう、僕もどうすれば良いか……」
もじもじと身体をくねるのは、恥ずかしいから……なんだろうな。
出来るだけ呆れた様子を見せないように、黙って視線を外したところで、頬を引き攣らせるレディ・アリアと目が合った。
声には出さないが、その表情はどう見ても「親子揃ってバカじゃないの」と言いたいようにしか思えない。
サクヤならもっとあからさまに態度に出ていただろうから、固まっているレディ・アリアはまだマシかもしれない。
そんな彼女の様子をごまかしたい気持ちもあって、オレはふと思い付いた名前を上げてみた。
「スバル様……そのお相手、もしかして麻里様のご令嬢……」
「おや、ご存知ですか。そうです、エリカ様です」
あっけらかんとした答えに、オレは今度こそため息をついた。
気を張っていたのだが、さすがに恋愛相談が来るとは思っていなかった。こうして人に油断させるのがスバルの技なら、すごい才能だと思うけど。
ああ、そう。エリカサマね。勝手にすりゃいいじゃん。
やる気をなくしたオレをよそ目に、エリカのことを思い出したのか、スバルはますます楽しそうに目を細めている。その表情は柔和で裏があるようには見えなかったが。
スバルの次の言葉で、オレはまだまだ人を見る目がないと自覚した。
「そう言えばカイ様は先日の夜会で、エリカ様と話されたそうですね」
うん……なるほど。
一周回って、ようやくスバルの目的を理解する。
好意がどこまで本気かは知らないが、狙った女のライバルを遠回しに牽制しに来たワケだ。やっぱこいつ、気を抜けない。
まあ今回は、オレがどの程度のヤツか、牽制すべきかどうかその辺りの様子見がてら、というものだろうか。目的の話を持ち出すのに、少し気を回してくれた感がある。
気付けばそこそこ出来るヤツ、と評価してもらえるらしい。
きっと本気で戦りに来る時は、もっとオレに気付かれないように話すのだろう。
本気じゃないことを理解したので、オレは余裕の表情で頷き返した。
「魅力的なご令嬢でした。しかし、ご心配は無用ですよ」
「そうでしょうか。あの艶やかな様子に心奪われない男はいないと思います」
冗談口調で応える様子に違和感はない。
さて、どう答えるか。
出来ればいらん疑いで、余計な敵は増やしたくない。
変に警戒されても情報収集がやりにくいし、誤解されて嬉しい内容でもない。早めに警戒を解いて、オレの目的の会話が出来るようになりたい。
放っておいても向こうは決定的なことを掴むはずだ。だけど、この話を早く終わらせる為に、オレは自分から切り出すことにした。
「やはり都会の女性は洗練されていますね。国の婚約者に良い土産話ができました」
こちらが向こうの合図に気付いたことを理解して、スバルも微笑み返してくる。
「そうですか、婚約者がいらっしゃるのですか」
「ええ、この国の麗しい淑女方とは比べ物にもなりませんが」
目を合わせて笑い合ったところで、男同士の戦いからは蚊帳の外だったレディ・アリアが、楽しげに口を挟んできた。
「スバル様、カイは決してあなたのライバルにはなりませんよ。口ではこんなことを言っていますが、意中の姫君に対する思い入れと言ったら相当なもので……」
うふふ、と含みのある様子で笑われて、何故か。
脳裡を横切ったのは、見慣れた紺碧の瞳だった。
……いやいやいや。これはオレのせいじゃない。
レディ・アリアの意地の悪い口調から連想しただけだ。
「レディ・アリア、止めてくれよ……」
半ば本気で彼女を止めると、スバルもからかうような言葉で乗ってくる。
「これはこれは。ご馳走さまです。次の機会にはぜひとも、その方にお会いしてみたいものですね」
どうやら、だいぶオレの顔は赤くなっているらしい。
生暖かい目で2人から見守られて、何だか暑くなってきた。
意中じゃないし。
そもそも、姫君でもないし。
誰のことを思い出したかは、もう……言わなくても分かるだろ。
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王宮を辞したオレ達は、この王都の中央にあるレディ・アリアの事務所に引っ込んだ。事務所――もうお屋敷と言ってもいいかも知れない。
立派な建物の中に、オレの部屋とサラの部屋を続きで貸してもらった。
早速きゅるきゅると腹を鳴らすサラの為に、晩飯をご馳走になった後、部屋に引き上げてきた。
そのまま自室へ入ろうとするサラの腕を引いて、自分の部屋へ導き入れる。
ここに師匠がいたら、「何を色気づいて……」なんて言われただろうけど。
幸いにして師匠はいないし、変な勘違いをするサクヤもいない。
無表情のまま、何ぞ、と視線で問うサラに、オレは決定的な質問をした。
「サラ……あんた、一族を追放されたんだって?」
ぴくりと尻尾が動いたのは、サラにしてはリアクションが大きいと言うべきか。
小刻みに尻尾を揺らしながら、黒い瞳がオレを見ている。
苛立ちと緊張の混じった空気に押されながらも、どうしても聞かなければいけないと、覚悟を決めて尋ねた。
「その……追放者っていうのは、具体的にどうなるんだ? 詳しい話を教えてくれないか」
すぱん、と音が鳴るほどきつく、サラが尻尾を壁に叩きつけた。
話したくないのは、良く分かってる。
……分かってるけど。
「それを聞いておかないと、この後ディファイの集落に行った時に、あんたがどんなことは出来てどんなことが出来ないか、知らないままになっちまう。あんたがいること完璧に隠さなきゃいけないのか、ただ集落に入らなければいいのか……オレ、知らないんだよ。それじゃ作戦も立てられないだろ」
微かに喉の奥で唸る音が聞こえてきた。
表情はさして変わらないが、力の入った肩が怒りをあからさまにしている。サラがこんなにも感情を露わにすることも珍しい。
落ち着かせる為に頭をなでてやろうと、伸ばした手は一瞬で振り払われた。
「……サラ」
オレを真っ直ぐに睨んでいた瞳が、ふと揺らいで床を見る。
しばらくの沈黙の後。
こちらを見ぬまま、サラは口を開いた。
「――同族殺し」
同族、殺し。
その禍々しい響きに一瞬怯んだ。
その隙に、サラは踵を返して扉をすり抜けていった。
その背中を隠すように、バタンっ、と勢い良く閉まった扉を見つめて、オレはもう一度先程の言葉を繰り返す。
同族殺し。
つまり、サラが追放された理由は。
「同じディファイ族を殺めたから――?」
まさかサラが何の理由もなく、同胞に手を出す訳がない。
だから、何か理由があったんじゃないか、とは勿論思うけど。
「サクヤ、あいつ何で教えてってくれなかったんだ……」
多分、あいつは知ってる。
それなのに言わずに行ってしまった。
気が回らなかったのか、知る必要がないと思っているのか……。
オレはサクヤがそういうヤツだって知ってた。
人の気持ちに鈍感で、変なとこだけ優しい。
だから、やっぱりオレから聞いておけば良かったんだ。
そうすれば、これ以上サラを傷付けずにすんだのに――。
2015/11/27 初回投稿