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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第8章 Miles Away
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2 真実を聞きたい

【前回までのあらすじ】サクヤと別行動中のオレとサラは、レディ・アリアと共に蔵の国の王宮へ向かってる。そこでは獣人排斥政策がとられてて、国内に居を構えるディファイ族達はもう大変。王宮に入り込んで中から対抗したいんだけど、無力なオレが果たしてどこまで出来ることやら……。

 基本的にオレとサクヤは、サクヤがメインアタッカー、オレがサポート、という分担になってる……と、思う。

 これについては別に話し合って決めたワケでも何でもないから、オレが勝手に思ってるだけかも知れないけど。


 その認識が間違ってなかったとして。

 サクヤが好き勝手するのを、如何にして好きなだけ(・・・・・)好き勝手させられるか、がサポートのオレの腕の見せ所だと思ってる。


 逆に言えば。

 サクヤと一緒に旅するようになってから今日まで。

 オレは常にサクヤの様子を観察しながら過ごしてきた。


 何を考えてるのか。

 どうしたいのか。

 ……どう、して欲しいのか。


 隣にいない時でも、いつだって。

 あんたがこの先何をするつもりなのかって。

 その為に今どうした方が良いのかって。

 そんなことばっかり考えてた。


 それを思えば、今日から少なくとも3日間。

 オレは頭の中のサクヤから解放されるワケだ。

 ――素晴らしい!


 勿論オレ達の目的は同一で、どうやってディファイ族を救いヒデトの目的らしきものを突き止めるか、だ。

 いくらサクヤがいないってったって、全部忘れて遊び呆けるぞ! ……っていうのとはちょっと違うんだけど。

 それでも。


 あいつの面倒を見なくていいと思うと……まあ……ぶっちゃけ、ちょっとした開放感。


 だって、あんたマジでひどいよ。

 昨日のことだって……あんな無防備に。突然。

 き、きき、キスとかするか、普通!?


 最終的に子ども扱いされたオレがブチ切れて、きょとんとするサクヤを放置してベッドに転がりこんだ。そのままふて寝して、今朝眼が覚めた瞬間からナチルに事情を聞き出す役を押し付けられたワケだけど。


 あんなことの後でも、サクヤの様子は変わらなかった。

 それらしいこと言われたのは「突然さわるな」なんて言葉だけだった。

 いいか、いつだって無防備に近付いて来るのはあんたの方だ!

 キスだって、あんたからしてきたんだよ、あんたから!


 だから。

 あいつが傍にいないのは、オレの精神衛生上とても良い。

 ――と、思ってるはずなんだけど。


 いなくなったらなったで。

 何故か、無意識にあの気配を……甘い香りを探してしまうのは、何だろうなぁ……。

 癖みたいなものなんだよ、多分……それだけのことだ。


 王宮へ向かう馬車の中、そんなことを考えてると、レディ・アリアがはたはたと扇をオレの目の前で振った。相変わらずの漆黒のドレスだが、見る度に毎回デザインが違う。さすがの大商人サマだ。今日は横に深いスリットの入ったピタリと身体についたドレス。隙間からちらちらする太腿が艶めかしい。


「ちょっとぉ? 聞いてんの? 大事なお話してるのよ?」

「……聞いてるよ。つまり、あんたの調べでもなーんも分かってないってことだろ」


 オレの隣、レディ・アリアの対面に座っているサラは、聞いているのかいないのか、ぼんやりと窓の外を見たままだ。

 こちらもいつも通りの黒のツナギだが、真っ黒2人に挟まれているこの馬車はオレの視線から見ると葬式の様相を呈している。


 反応のないサラとは会話が出来ないからか、レディ・アリアは斜め向かいのオレから視線を外さない。黒い瞳を楽しげに細めながらも、きらりと光らせる。

 その表情……やっぱり何か怖いけど、負けないようにオレも見つめ返した。

 サクヤの代理交渉人としては、いつだって、この人に迫力負けすることは許されないのだ。


「あのさ、事情が分かったならあんたを誘う必要なんかないのよ?」

「そんなのはあんたの側の言い分だろ。もうちょっとくらいはマトモにネタを掴んでると思ってたけど」


 前回蔵の国へ来た時は、王宮で開かれた夜会の途中で強制的にフェイドアウトすることになった。

 あれから、すでに10日弱。

 それだけあれば、そしてレディ・アリアの影響力を考えれば、詳細とまで言わなくても話の出所がどこかくらい、確認してあると期待してたのに。

 どうやら、レディ・アリアも有用な情報はほとんどつかめていないらしい。


「だから! 言ってるじゃない。出所は王様だって」

「何言ってんだよ、その王様は小心者で、圧力かけりゃその場しのぎでぺろっと適当なこと言っちゃうヤツなんだろ?」

「そうよ。それでおかしいって言ってるのよ。こんな偏った政策をずっと続けちゃうなんて!」


 先程までレディ・アリアが説明してくれたこの国の状況が頭に思い浮かぶ。

 曰く。

 小心者だから、人の意見に左右されやすい。

 誰かの意見をすぐに取り入れて、変な政策を突然始めることもあるが……別陣営から批判を食らうとすぐにやめる。もちろん、王サマの人格のみでなく、国内の勢力が拮抗していて、強力な権力者がいないことも一因ではありそうだ。

 結果として誰かだけが損をしたり得をしたりするような政策は立ち消え、中庸を絵に描いたようなものばかりが残る。周辺諸国も比較的平和な現状、蔵の国では今までそれでうまくいっていた、ということらしいが。


「だーかーら! それを王サマにやらせてるヤツが誰かいるんだろうが!」

「それが分かりゃ苦労しないっつってんの!」


 言い合うオレ達の横で、サラが「くはぁ……」と大きくあくびをした。

 その姿を横目で見つつ、レディ・アリアは嫌そうに呟く。


「全く。何かあんた、サクヤに似てきたわ……」


 オレも分かった。

 サクヤはいつも何でああ喧嘩腰でレディ・アリアに向かうのかと思ってたが。

 今のオレと同じことを考えているとしたら、それくらいの勢いを付けないと負けそうになるのだろう、気持ちの上で。

 ……いや、あいつの場合はただ単に無礼なだけかもしれない。


「まあいいや。とにかくオレはその黒幕探しからすりゃ良いワケだ」

「そういうことね。あんたのその良く利くお鼻に期待してるわよ」


 にぃ、と笑うその赤い唇に、オレは肩を竦めて見せた。

 馬車はいつかの夜と同じ道を通って、蔵の国の王宮へ入っていく。

 王宮の敷地内に駆け込んだ瞬間から、レディ・アリアの空気が変わった。

 仕事モード、またの名を本気モード。扇の向こうで漆黒の瞳が光る。


「早速だけど、この後面談の予定が入ってるのよ」

「だろうな。いきなり王宮に連れてこられるとは思わなかったけど」


 出来たらもっと早く言って欲しかった。

 だけど、途中で服を着替えさせられたので、まあ予想はついてたと言える。例によって似合わない立派な上下の揃いは、お偉いさんに会う為の服装としか考えられない。

 出来ればサラも着替えさせて欲しかったけど。サラはいつもの服装なので……レディ・アリアはサラを表に出す気はないようだ。


「相手は誰だ?」

麻里あさと公爵……って言って、分かるかしら?」


 麻里? どっかで聞いたな……。

 記憶の中を引っ掻き回して、思い出した。


 サクヤとこの国の夜会に赴いた夜。

 獣人排斥政策のことを聞き出そうとして、色々話をしていた相手が、確か麻里あさと 絵梨花えりか。公爵令嬢だったような気がする。


「あぁ……娘の方とこないだ話をしたような」

「そう言えば、あんた話してたわね。それの父親だと思いなさい」


 あの時エリカの話では、父親は獣人排斥を推し進めたようなことを言っていたが。


「父親は獣人排斥に賛成だって、エリカの話だったけど」

「そうね……。一応、そういうことになってるみたい」


 何とも歯切れが悪いのは……つまり、そこを今日確認したいということなのだろう。


「じゃあオレは、そこを重点的に聞けば良いワケだ」

「そうよ、期待してる」


 ようやく、レディ・アリアの表情が少し和らいだ。


 この人、美人は美人なんだよな。

 年齢不詳でいつも素の表情を隠しているけど。

 こういう顔をしていると、やっぱり綺麗な人だ。いつもそうやってのんびりしてれば良いのに。


 だけど折角柔らかくなった表情も、オレの不躾な視線に気付くと途端に固くなる。


「……何よ」

「いいえ、何でも」


 呟いて、オレはレディ・アリアから眼を逸らした。

 慌てていたので、ドレスのスリットから覗く白い太腿に一瞬視線が向いてしまって、ますます慌てた。

 サラがぴしりと尻尾を振って、オレの太腿を叩く。

 ……何だよ。その不満げな感じ。


 音を出さないままサラの唇だけが動いた。

 ――う・わ・き。

 無表情の中にも何が言いたいのかは理解できた。だけどこれを浮気なんて言われたら、オレにはもうどうしようもない。

 大体、レディ・アリアをちらちら見るのが浮気なら、本気はどこにあるって言うんだよ……。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 王宮の一角に案内される。

 他の国と比較して改めて納得した。やっぱり青葉の国の王宮は特殊だった。


 この蔵の国では、まず馬車が城門を潜る時に誰何された。当たり前だろう。

 もちろん馬車から降りて建物に入る時も同様に呼び止められた。当然だ。

 誰にも声をかけられない青葉の国が異常なんだと思う。


 最終的にはレディ・アリアの言うとおりに、王宮の敷地内のやや奥まった建物に入ることになったが、ここが貴族達の王宮内での居室なんだろう。


 案内する使用人が1人オレ達を先導して、何だか豪華な廊下をうねうね歩いた後、王宮の大きさから言えば小さな(と言ってもオレの感覚からすれば大きな)部屋に入れられた。王宮の中にも関わらず、気兼ねなく話せる場所なワケだから、麻里公爵の執務室か接客室なのだろう。

 オレなんかには装飾のきらびやかさはどこも一緒に見えるので、そういうもので見分けをつけることが出来ない。以前入った仙桃の国のシオの家よりはすごいような気がするけど。


「このまま少々お待ち下さい」


 言い残して使用人が出て行った後に残るのは、オレとレディ・アリアだけ(・・)だ。

 レディ・アリアが、そっとオレの腕を突付いてくる。


「……ねぇ」

「サラはあんたにはやらないぞ」


 先を越して答えてやるとそのまま黙ったので、どうやら言いたいことはそれだったらしい。

 オレはサラの隠れている(かもしれない)天井を見上げて、小さくため息をついた。


 王宮に着く直前に馬車から跳び出したサラは、例によって何処かに潜んでいる。

 潜んでいる……とは思うのだが、気配を消したサラの居場所を見付けるのは容易ではない。どこかにいるだろう、と信じて任せておくことにする。


「便利よね、あの子……サクヤったら、何でこう便利な手駒を掴まえるのが上手いのかしら」


 独り言みたいな言葉なので、返事はしなかった。

 けど。

 まあ、多分。

 あいつの手柄じゃないと思うんだよなぁ……。


 そんなことを考えながら待っていたら、ノックの音の後に扉が開いた。

 開いた扉から入ってきたのは、口ひげをキレイに整えた人品卑しからぬおっさんだ。スーツの布地が随分高級そうに見えるところからも、これがレディ・アリアの言う麻里公爵なのだろう。


「ナオフミ様、ご機嫌麗しゅう」


 商売モードのレディ・アリアが丁寧にお辞儀をした。

 オレもタイミングを合わせて頭を下げる。


「先の夜会の時以来かね、レディ・アリア。いつ見てもお綺麗だ」

「あら、ナオフミ様のお言葉だと思うと、嬉しさもひとしおですわね」


 うふ、と笑う姿に麻里公――ナオフミも微笑みを返している。

 その視線が、ちらりとオレを捉えた。


「こちらは……先日、氷の島の第八王子とおっしゃっていたかね」


 一瞬緊張したが、すぐに度胸を据えた。先日の夜会で名乗った適当な地位だが、レディ・アリアが何も言わないところを見ると、そのまま押し通せということなのだろう。オレも微笑み返して右手を差し出す。


「カイと言います」

「私は麻里あさと 尚文なおふみ。レディ・アリア同様、気軽にナオフミと呼んでくれ」


 馬車の中でのレディ・アリアの簡易レクチュアによれば、この国では貴族に称号を与えるのだと言う。偉い方から公侯伯子男の順だそうなので、公爵ならば単純に考えて……貴族では一番偉い。

 その割にさして気取ったところがない。なかなか良い人そうじゃないか……。


 思い出せば、娘のエリカの方も獣人嫌いはあるけれど、人間に対しては比較的分け隔てなく接していた……のかな。氷の島の王子なんて名乗るオレに対してさえ、笑顔で接していたように。まあ、獣人嫌いという1点において、オレとは決して分かり合えないと思うけど。


 その父親であるナオフミはどうなんだろう。

 オレとレディ・アリアは勧められるままにソファに腰掛けた。


「さて、今日はどうしたのかな?」

「ただ単にナオフミ様にお会いしたいというだけではいけませんの?」


 にっこり微笑む表情を受けて、ナオフミも「おやおや」と相好を崩すが――ま、どっちもさして本気で口に出してるワケでもない。

 切り出し始めのご挨拶、というヤツだ。そんな軽いジャブの間に、使用人がお茶を運んで来てくれる。

 使用人が退出して扉が閉まったのを見計らい、ナオフミが口を開く。


「君が人を連れて来るなんて珍しいからね。彼のおいえの方で何かあったのかと思ったのだが?」


 オレを視線で指しながら、軽く切り込んできた。

 そう、オレが本当に他国の王子サマなら、そういう話だってありだろうな。

 レディ・アリアはカップに指をかけながら、悪戯っぽい微笑みを浮かべる。


「ぜひ彼の後ろ盾になって頂きたいと? まさか。私のようなか弱い婦女子に政治は向きませんわ」


 ぬけぬけと言ってのける姿に、ナオフミは面白そうに笑った。


「君がか弱い婦女子なら、私は無力な小僧だね」

「まあ、何てことおっしゃるの!」


 わざと黒い瞳を見開いて見せるレディ・アリアの視線を、ナオフミが楽しげに受ける。


「……さて。じゃあ、どうしたのかな。君にはいつも世話になっている。君の本業に関して、私に出来ることなら何でもするよ」


 その言い方は軽くはあるが、嘘をついている様子ではない。どこまで本気かは分からないけど。


 オレ達はいつだって、嘘をつく自覚もなしに言葉を使う。

 こうしてサクヤと離れてみると良く分かる。

 「何でもする」なんて、何と重たい言葉だろう。

 あいつならきっとそんなことは言わない。もっと厳密に。慎重に。


 オレ、確か最初は、あいつのそういうとこが、いやみったらしくて人の気を逆撫ですると思ってたはずだったんだけど。


 ……なんだろ。慣れたのかな?

 無性に、あの低い声で。あいつの『真実』を聞きたくなるなんて――。

2015/11/13 初回投稿

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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