interlude14
(あんた今日、何考えてたんだよ)
(オレには全然分かんない)
(頼むから、少しだけ教えてほしい)
(チャンネルを選んで)
(カウントダウン――。5……3……1……)
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ベッドの上の同胞を。
黙って抱き締める。
腕のなかの白銀の髪も。
長い耳の少しへこんだところの形も。
頬から顎にかけてのラインも。
近くで見れば見る程、良く似ていた。
(そうだな)
(外見は本当にそっくりだ)
「……あなたは、本当にお母さんに良く似てる」
自分の声が掠れてることに気付いたけど。
どうしようもなかった。
背中に回された腕に、力がこもって。
しがみつくように。
「……サクヤぁ。ママは……」
胸元に顔を埋められた。
シャツが涙で濡れていくけど、別に嫌じゃない。
まるで。
自分の代わりに泣いてくれてるような。
勝手に、そう思って。
(……あんた、泣かないもんな)
「ママは、ずっと待ってたんだよ。サクヤが絶対来てくれるから大丈夫って、毎日言ってたのに……」
その姿が、容易に頭に浮かんだから。
余計に苦しくなった。
きっと、待たせていた。
ずっと。
イワナは、待ってくれていたに違いないのに。
「ママ……本当に死んじゃったの?」
(ナチルは知らないのか?)
(さすがのヒデトも娘の前で)
(殺すなんてことはしなかったのか)
その問いの答えは、自分にはない。
「ナチルはそう聞いたの?」
こくりと頷いて、見上げてくる瞳は紅。
生粋のリドルの血。
彼女こそまさに、姫巫女に相応しい。
「シオがそう言ってた……」
シオの名前が出た途端に。
美しい瞳から再び雫がこぼれ落ちた。
自分にとっては行きずりの商人だが。
この同胞にとっては、随分と。
(まあ、あのヒト……)
(ああいう趣味だし)
「……シオが好きだった?」
尋ねてみたら、小刻みに頷かれた。
少しだけ、シオの屋敷で。
何をされていたかが、心配になった。
「シオとはどういう関係だったんだ」
口に出すと、腕の中の小さな肩が震える。
見上げてきた眼に怯えの色が見えて。
詰問口調になっていたことに気付いた。
(あんた)
(娘の恋人について問いただす父親みたいだ)
「……いや、ごめん。脅かすつもりはない」
こういうところは。
イワナとは全然違う。
きっと彼女なら、逆に。
俺を怒鳴りつけてたはずだ。
「シオは、優しくしてくれた……」
「嫌なことや、変なことは……?」
されなかったか、と聞いても良いものか。
迷った。
いくら同胞とは言え。
自分がそんなことを聞いて良いのか。
(何言ってんだよ)
(あんたが聞かなきゃ誰が聞く?)
ふるふると首をふる同胞の頭上で。
一緒に振られた長い耳が震えた。
「何もなかったよ。毎日美味しいご飯食べて、ふかふかベッドで寝て……ママにも食べさせてあげたかった」
最後の一言に。
何と答えれば良いか分からなくなった。
こちらの逡巡に気付かず、ナチルは続ける。
「シオは一緒にお風呂に入ってくれた。一緒に寝てくれた。だから……本当はママからは言われてたんだけど……」
(……変なことされてるぞ、それ)
続いた言葉に、頭がくらくらした。
やはり。
死人を悪くは言いたくないが。
あの女商人は――。
「……サクヤ? 怒ってる?」
怒ってない、と言ってやりたいが。
怒ってる。
とても。
だが、その怒りをぶつける相手は。
ナチルじゃない。
シオですらなくて――自分だ。
全ては自分の動きが遅かったせい。
こんなことになっているなど、知らなかった。
自分がもっと早く。
気付いていれば。
(無理に決まってるだろ)
(そうして自分を責めても)
(出来ないことは出来ない……)
ヒデトの言葉を信じるならば。
その刃にかかったのはイワナだけじゃない。
テツ、タマキ、スグル。
まだ居場所の分からぬままだった同胞が。
既に奴の手によって。
(1人1人、こうして顔も思い出せる)
(同族殺し――そんな汚名を着てまで)
(ヒデトは何をしようとしてる?)
「ナチルは、ヒデトについてどれくらい知ってるんだ?」
「どれくらい? ママと一緒にいた時は、ヒデトが『飼い主』だって自分で言ってた」
ナチルの答えを聞く度に。
湧き上がるような怒りを覚える。
同じ血を持つ者を。
なぜ支配出来るのか。
(もうそこらで止めとけ)
(傷ついてる子からいっぺんに聞くのは良くない)
(あんた、本当にそういうの下手くそだ)
怒りのあまり、自然に震えていた手に。
ナチルが触れて初めて気付いた。
「サクヤ……ごめんね。ママが言ってた。『サクヤを助けてあげて』って。でも、あたし……シオが好きだったから……」
「良い。良いんだ。あなたが無事だっただけで……」
俺のことなんて、どうでも良い。
溢れ出す涙を止めるように。
柔らかい白銀の髪に、恐る恐る。
頬を寄せた。
「ね。……この手の傷も……ごめんね」
くしゅ、と鼻を啜る音。
ひぅ、と息が詰まる音。
ナチル自身に付けられた傷だけど。
だいぶ塞がってきたし、このままいけば。
昼には塞がるだろう。
(そう。塞がる……はずだったんだよな)
どう言って慰めようかと考えて。
ふと、思い出した。
「……あなたのお母さんが生きていても、同じようにしたかもしれない。イワナは口より先に手が出るタイプだったから、多分あなたにもその血が流れてるんだろう」
(何言ってんだ、あんた!?)
(それが慰めになると思ってんのか!?)
ぴくり、と動きが止まって。
次の瞬間には、肩を抱いていた手を振り払われた。
ベッドから飛び降りた少女が。
さっきまでカイが座っていた椅子を持ち上げて。
ぶん投げてきた。
(ああ、もう全く、このバカは……)
「――っ!?」
椅子に座ったままではさすがに避けそこねて。
そのまま右腕に椅子の脚が当たった。
弾けるような痛みは――傷が開いたらしい。
出来るだけ表情を動かさないように。
「……ナチル」
「知らない! あたし寝るもん! 出てって!」
何やら怒らせたらしい。
(何やらじゃない!)
良く分からないけど。
転がっている椅子を立て直して。
黙って部屋を出た。
部屋を出る前に一度だけ振り向くと。
ベッドに飛び込んだナチルが。
頭まで毛布に包まっていた。
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黒く長い尻尾が扉の向こうへ消える。
(……あれ)
(だいぶ飛んだな)
(今、部屋を出てったのサラだよな)
空いた椅子に腰掛けて。
隣の少年を見ないように、声をかける。
「……カイ」
少年が、扉から自分に視線を移した。
それを、気配で察した。
「あ? どうした?」
特に意味もなく呼びたくなったのだが。
呼んだからには、何かがないといけないだろう。
黙ってもう一度立ち上がって、正面に移動した。
(ああ……オレだ)
(こうやって見ると、何かぼんやりしてんな)
(ってか、視線が……露骨に……)
(オレのばか……)
「……何だよ?」
その表情を見ながら。
思った。
やっぱり、こうして自分が近付くと。
何だか嬉しそうな表情を浮かべている。
(……うるせぇ)
俺に嘘がつけない分を。
補おうとしているのだろうか。
コレの言葉にはしばしば嘘が混じってる。
そのことに、この前ようやく気付いた。
嫌だ嫌だと言いながら。
俺が触れるのを喜んでいることに。
(……うるせぇってば!)
「――え、何!? ちょ――」
正面から両手を肘掛けに伸ばして。
自分の腕と椅子の中に少年を閉じ込めた。
その途端に、何だか頬を赤くしながら。
ちらちらと視線を逸らす様子が可愛くて。
(ああ! もう止めろ!)
(……そんなにオレの顔ばっか見てんなよ)
世に口付けはお礼の印という風習があるらしい。
昔、エイジが言ってた。
(はぁ!? どこのお伽話だよ!)
(――もう! あいつ今度会ったらマジで殴るっ!)
であれば。
嘘をついた罰と。
随分と活躍してくれたお礼ということで。
両方一緒で構わない……よな?
(聞くな! 知らねぇよ!)
唇を近付ける。
はぁ……と相手の吐いた息の音が聞こえて。
何かが、背筋を走った。
「――んくっ……」
乾いた唇に自分のが触れた瞬間。
何か気恥ずかしくて。
自然に眼を閉じた。
昨日は罰だということは教えたけど。
こうして触れるのが。
お前に対するご褒美だとは言わなかった。
(ああ、それでも)
(誓約は通っちゃうんだよな)
(嘘はダメでも、隠すのは良いんだ)
それで良いと思ったから。
もうずっと教えない。
(言えよ、バカ!)
それに、こないだみたいに。
触れたかっただけなのに。
何だろう、何か……違う。
(何言ってんだ、あんた)
(これ……おい)
挟むように唇を擦られて。
生暖かく滑る感触。
胸元が苦しいくらいに。
何か込み上げて来るような気がして。
身体を離そうとした――のに。
引き寄せられた。
逆らえずに、少年の胸の中に引き込まれるように。
抱き締められて。
さっきよりも強く、唇を押し当てられる。
唇を押し開いて、ぬるりとするものが――入ってきた。
(うわ……ちょ、待って)
(待って待って待てよ、おい!)
(ごめん、無理! ちょ、何これ)
(あんた、今……何か気持ち良く……)
(いや、もういい。もう何も言うな!)
(これ以上見たくない! 恥ずかしい……)
(強制切断――カウントダウン、5……)
鳥肌が立つような。
ぞわぞわする感覚。
(……3……)
こんな……耐えられない……
口の中の柔らかいものに、必死で歯を立てた――
(……1……)
――強制切断――
2015/10/31 初回投稿
2017/02/12 サブタイトルの番号修正