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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
103/184

interlude14

(あんた今日、何考えてたんだよ)

(オレには全然分かんない)

(頼むから、少しだけ教えてほしい)


(チャンネルを選んで)

(カウントダウン――。5……3……1……)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


ベッドの上の同胞を。

黙って抱き締める。


腕のなかの白銀の髪も。

長い耳の少しへこんだところの形も。

頬から顎にかけてのラインも。


近くで見れば見る程、良く似ていた。


(そうだな)

(外見は本当にそっくりだ)


「……あなたは、本当にお母さんに良く似てる」


自分の声が掠れてることに気付いたけど。

どうしようもなかった。


背中に回された腕に、力がこもって。

しがみつくように。


「……サクヤぁ。ママは……」


胸元に顔を埋められた。

シャツが涙で濡れていくけど、別に嫌じゃない。


まるで。

自分の代わりに泣いてくれてるような。

勝手に、そう思って。


(……あんた、泣かないもんな)


「ママは、ずっと待ってたんだよ。サクヤが絶対来てくれるから大丈夫って、毎日言ってたのに……」


その姿が、容易に頭に浮かんだから。

余計に苦しくなった。


きっと、待たせていた。

ずっと。

イワナは、待ってくれていたに違いないのに。


「ママ……本当に死んじゃったの?」


(ナチルは知らないのか?)

(さすがのヒデトも娘の前で)

(殺すなんてことはしなかったのか)


その問いの答えは、自分にはない。


「ナチルはそう聞いたの?」


こくりと頷いて、見上げてくる瞳は紅。

生粋のリドルの血。

彼女こそまさに、姫巫女に相応しい。


「シオがそう言ってた……」


シオの名前が出た途端に。

美しい瞳から再び雫がこぼれ落ちた。


自分にとっては行きずりの商人だが。

この同胞にとっては、随分と。


(まあ、あのヒト……)

(ああいう趣味だし)


「……シオが好きだった?」


尋ねてみたら、小刻みに頷かれた。

少しだけ、シオの屋敷で。

何をされていたかが、心配になった。


「シオとはどういう関係だったんだ」


口に出すと、腕の中の小さな肩が震える。

見上げてきた眼に怯えの色が見えて。

詰問口調になっていたことに気付いた。


(あんた)

(娘の恋人について問いただす父親みたいだ)


「……いや、ごめん。脅かすつもりはない」


こういうところは。

イワナとは全然違う。

きっと彼女なら、逆に。

俺を怒鳴りつけてたはずだ。


「シオは、優しくしてくれた……」

「嫌なことや、変なことは……?」


されなかったか、と聞いても良いものか。

迷った。


いくら同胞とは言え。

自分がそんなことを聞いて良いのか。


(何言ってんだよ)

(あんたが聞かなきゃ誰が聞く?)


ふるふると首をふる同胞の頭上で。

一緒に振られた長い耳が震えた。


「何もなかったよ。毎日美味しいご飯食べて、ふかふかベッドで寝て……ママにも食べさせてあげたかった」


最後の一言に。

何と答えれば良いか分からなくなった。


こちらの逡巡に気付かず、ナチルは続ける。


「シオは一緒にお風呂に入ってくれた。一緒に寝てくれた。だから……本当はママからは言われてたんだけど……」


(……変なことされてるぞ、それ)


続いた言葉に、頭がくらくらした。


やはり。

死人を悪くは言いたくないが。

あの女商人は――。


「……サクヤ? 怒ってる?」


怒ってない、と言ってやりたいが。

怒ってる。

とても。


だが、その怒りをぶつける相手は。

ナチルじゃない。

シオですらなくて――自分だ。


全ては自分の動きが遅かったせい。

こんなことになっているなど、知らなかった。

自分がもっと早く。

気付いていれば。


(無理に決まってるだろ)

(そうして自分を責めても)

(出来ないことは出来ない……)


ヒデトの言葉を信じるならば。

その刃にかかったのはイワナだけじゃない。


テツ、タマキ、スグル。


まだ居場所の分からぬままだった同胞が。

既に奴の手によって。


(1人1人、こうして顔も思い出せる)

(同族殺し――そんな汚名を着てまで)

(ヒデトは何をしようとしてる?)


「ナチルは、ヒデトについてどれくらい知ってるんだ?」

「どれくらい? ママと一緒にいた時は、ヒデトが『飼い主』だって自分で言ってた」


ナチルの答えを聞く度に。

湧き上がるような怒りを覚える。

同じ血を持つ者を。

なぜ支配出来るのか。


(もうそこらで止めとけ)

(傷ついてる子からいっぺんに聞くのは良くない)

(あんた、本当にそういうの下手くそだ)


怒りのあまり、自然に震えていた手に。

ナチルが触れて初めて気付いた。


「サクヤ……ごめんね。ママが言ってた。『サクヤを助けてあげて』って。でも、あたし……シオが好きだったから……」

「良い。良いんだ。あなたが無事だっただけで……」


俺のことなんて、どうでも良い。


溢れ出す涙を止めるように。

柔らかい白銀の髪に、恐る恐る。

頬を寄せた。


「ね。……この手の傷も……ごめんね」


くしゅ、と鼻を啜る音。

ひぅ、と息が詰まる音。


ナチル自身に付けられた傷だけど。

だいぶ塞がってきたし、このままいけば。

昼には塞がるだろう。


(そう。塞がる……はずだったんだよな)


どう言って慰めようかと考えて。

ふと、思い出した。


「……あなたのお母さんが生きていても、同じようにしたかもしれない。イワナは口より先に手が出るタイプだったから、多分あなたにもその血が流れてるんだろう」


(何言ってんだ、あんた!?)

(それが慰めになると思ってんのか!?)


ぴくり、と動きが止まって。


次の瞬間には、肩を抱いていた手を振り払われた。

ベッドから飛び降りた少女が。

さっきまでカイが座っていた椅子を持ち上げて。


ぶん投げてきた。


(ああ、もう全く、このバカは……)


「――っ!?」


椅子に座ったままではさすがに避けそこねて。

そのまま右腕に椅子の脚が当たった。


弾けるような痛みは――傷が開いたらしい。

出来るだけ表情を動かさないように。


「……ナチル」

「知らない! あたし寝るもん! 出てって!」


何やら怒らせたらしい。


(何やらじゃない!)


良く分からないけど。

転がっている椅子を立て直して。

黙って部屋を出た。


部屋を出る前に一度だけ振り向くと。

ベッドに飛び込んだナチルが。

頭まで毛布に包まっていた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


黒く長い尻尾が扉の向こうへ消える。


(……あれ)

(だいぶ飛んだな)

(今、部屋を出てったのサラだよな)


空いた椅子に腰掛けて。

隣の少年を見ないように、声をかける。


「……カイ」


少年が、扉から自分に視線を移した。

それを、気配で察した。


「あ? どうした?」


特に意味もなく呼びたくなったのだが。

呼んだからには、何かがないといけないだろう。

黙ってもう一度立ち上がって、正面に移動した。


(ああ……オレだ)

(こうやって見ると、何かぼんやりしてんな)

(ってか、視線が……露骨に……)

(オレのばか……)


「……何だよ?」


その表情を見ながら。

思った。


やっぱり、こうして自分が近付くと。

何だか嬉しそうな表情を浮かべている。


(……うるせぇ)


俺に嘘がつけない分を。

補おうとしているのだろうか。

コレの言葉にはしばしば嘘が混じってる。


そのことに、この前ようやく気付いた。


嫌だ嫌だと言いながら。

俺が触れるのを喜んでいることに。


(……うるせぇってば!)


「――え、何!? ちょ――」


正面から両手を肘掛けに伸ばして。

自分の腕と椅子の中に少年を閉じ込めた。


その途端に、何だか頬を赤くしながら。

ちらちらと視線を逸らす様子が可愛くて。


(ああ! もう止めろ!)

(……そんなにオレの顔ばっか見てんなよ)


世に口付けはお礼の印という風習があるらしい。

昔、エイジが言ってた。


(はぁ!? どこのお伽話だよ!)

(――もう! あいつ今度会ったらマジで殴るっ!)


であれば。

嘘をついた罰と。

随分と活躍してくれたお礼ということで。

両方一緒で構わない……よな?


(聞くな! 知らねぇよ!)


唇を近付ける。

はぁ……と相手の吐いた息の音が聞こえて。

何かが、背筋を走った。


「――んくっ……」


乾いた唇に自分のが触れた瞬間。

何か気恥ずかしくて。

自然に眼を閉じた。


昨日は罰だということは教えたけど。

こうして触れるのが。

お前に対するご褒美だとは言わなかった。


(ああ、それでも)

(誓約は通っちゃうんだよな)

(嘘はダメでも、隠すのは良いんだ)


それで良いと思ったから。

もうずっと教えない。


(言えよ、バカ!)


それに、こないだみたいに。

触れたかっただけなのに。

何だろう、何か……違う。


(何言ってんだ、あんた)

(これ……おい)


挟むように唇を擦られて。

生暖かく滑る感触。

胸元が苦しいくらいに。


何か込み上げて来るような気がして。


身体を離そうとした――のに。

引き寄せられた。


逆らえずに、少年の胸の中に引き込まれるように。

抱き締められて。

さっきよりも強く、唇を押し当てられる。

唇を押し開いて、ぬるりとするものが――入ってきた。


(うわ……ちょ、待って)

(待って待って待てよ、おい!)


(ごめん、無理! ちょ、何これ)

(あんた、今……何か気持ち良く……)


(いや、もういい。もう何も言うな!)

(これ以上見たくない! 恥ずかしい……)

(強制切断――カウントダウン、5……)


鳥肌が立つような。

ぞわぞわする感覚。


(……3……)


こんな……耐えられない……

口の中の柔らかいものに、必死で歯を立てた――


(……1……)


――強制切断――

2015/10/31 初回投稿

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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